龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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四十八の乙 奪え、覇王の右腕

 

 

 一方、漢王劉邦は、滎陽(けいよう)城に軍を駐屯(ちゅうとん)させ、諸侯の軍勢を再び招き集めることに力を(そそ)いでいた。

 

 彭城(ほうじょう)での大敗北によって一度は散り散りとなった諸侯も、少しずつ劉邦の元へ帰って来た。

 まだ元通りとはいかないが、徐々に漢軍の勢力は盛り返してきている。

 

 そんなおり、劉邦は張良を呼んで、相談をもちかけた。

「なあ、張良先生。

 味方の軍勢が、だいぶ大きくなってきたけど、それを統率(とうそつ)する者がいない。

 このままだと、何か異変が起きた時に対応できない。

 

 だから、韓信を再び大元帥にして全軍を(まか)せたいんだが……

 以前に韓信から大元帥の印章を奪ってしまって、その後、韓信からは一度も連絡がないんだ。

 このあいだの大敗北の時だって、とうとう韓信は助けに来てくれなかった。

 

 これ……やっぱり、韓信、怒ってるよなあ……?

 先生、どうしたらいいと思う? 何をしたら、韓信がまた俺に会いに来てくれると思う?」

 

 張良は、(おだ)やかに微笑(びしょう)した。

「それでしたら、何も難しいことはございません。

 この私が咸陽(かんよう)に行って直接話せば、すぐに韓信は戻って参りますよ。

 

 ただ、()しむらくは……

 韓信の他にも2人の名将がおりますのに、漢王様は、彼らを御存知(ごぞんじ)ない」

 

 劉邦は、身を乗りだした。

「えっ? その2人って誰のこと? 先生、教えてくださいよ!」

 

 張良が答える。

彭越(ほうえつ)

 そして英布。

 この2人でございます」

 

 劉邦が目を丸くした。

彭越(ほうえつ)と英布ゥ!?」

 

「はい。

 この2人を味方につけ、韓信と(とも)に敵を()たせれば、天下を得ることは手のひらを裏返すよりも簡単になりましょう」

 

「いやいや……張良先生、ちょっと待ってくれよ。

 

 彭越(ほうえつ)のことなら、確かに分かる。

 彭越(ほうえつ)は、以前にこちらへ帰服してきた。俺が大敗した後は、(りょう)の国に逃げ込み、そこで兵を整えて機会を待っているらしい。

 だから、使者を送って招けば、きっとまた味方についてくれるだろう。

 

 しかし英布といえば、項羽の旗揚(はたあ)げ直後からの功臣だ。

 武勇は()軍第一、項羽とは『つうかあ』の仲で、九江王に(ほう)じられたほどの男。

 言ってみりゃ、項羽の右腕みたいな奴じゃないか。

 その英布が項羽を裏切って俺につくなんて……そんなこと、ありえるかあ?」

 

 張良は、静かに、うなずく。

「おっしゃるとおり……

 しかし、その『右腕』が『頭』と不和(ふわ)を抱えている、と聞けば、いかがです?」

 

「えっ、そうなのか?」

 

「以前、漢王様の大公と呂后を救出するため、王陵を潜入させたことがあったでしょう。

 あのとき、英布は漢王様御一族を奪い返すよう(めい)じられましたが、その任務に失敗しました。

 

 そのため項羽は激しく怒り、英布をさまざまに(ののし)(はずかし)めたとか。

(第四十三回参照)

 

 それ以来、英布は領国の九江に帰ってしまい、項羽からの出兵要請も(こば)んでおります。

 臣の調べたところでは、項羽に対して謀反(むほん)(くわだ)てている気配まであるとか……

 

 今、弁舌(べんぜつ)の人を派遣して利害を()かせれば、英布は必ず味方につくでしょう」

 

 劉邦は、目を輝かせて立ち上がった。

「よし!

 じゃあ、使者は随何(ずいか)がいいだろう。おい、誰か随何(ずいか)を呼んでくれ!」

 

 随何(ずいか)は、劉邦に仕える(すぐ)れた弁舌(べんぜつ)の士。

 しかも英布と同郷の六安(りくあん)出身である。この役目には最も適任と言える。

 

 随何(ずいか)がやってくると、劉邦は、こう(めい)じた。

「おう随何(ずいか)。汝に重大な仕事を任せたい。

 九江に行き、英布を説得して漢に帰服させるんだ!」

 

「はっ! お任せあれ!」

 随何(ずいか)は力強く()け合って、従者とともに九江へ旅立っていった。

 

 

   *

 

 

 随何(ずいか)は、九江に到着すると、すぐに英布の宮殿を(たず)ねた。

六安(りくあん)随何(ずいか)、九江王英布様の威名(いめい)(した)い、ここまでやってまいりました。

 拝謁(はいえつ)をお許しいただきとうございます」

 

 門番からの報告は、すぐに英布のもとに届いた。

 英布は、腹心(ふくしん)謀士(ぼうし)費赫(ひかく)を呼んだ。

費赫(ひかく)よ。随何(ずいか)が俺を(たず)ねてきたそうだ。

 目的は何だと思う?」

 

 費赫(ひかく)は答えた。

「これは、漢王劉邦の()(がね)でしょう。

 劉邦は先ごろ大敗し、大きく勢力を減らしました。

 このままでは覇王項羽と戦うことができないため、随何(ずいか)説客(せっかく)として、英布様を味方につけようとしているのです。

 

 ここは随何(ずいか)との対面を()け、そしらぬ顔で普通のもてなしだけして帰らせるのが良いでしょう」

 

「よし」

 というわけで、英布は人をやり、随何(ずいか)にこう伝えさせた。

「英布は、このところ(やまい)に伏せっており、対面できません。

 今日のところはお帰りいただき、(やまい)()えた頃に、またお越しください」

 

 随何(ずいか)は、この伝言を聞いて、すぐにこう察した。

「これは費赫(ひかく)の入れ知恵(ぢえ)か。

 どうやら、まず費赫(ひかく)を説得せねば、英布に会うことはできないようだな」

 

 随何(ずいか)は、いったん英布の宮殿を立ち去ると、日を改めて費赫《ひかく》の屋敷に向かった。

 

 

   *

 

 

 随何(ずいか)は、費赫(ひかく)の屋敷の前まで来ると、門番に告げて言った。

「私は随何(ずいか)と申す者。費赫(ひかく)殿にお会いしたい」

 

 その(むね)を門番から伝えられ、費赫(ひかく)は目を細めた。

「そうか……随何(ずいか)め、英布に会えないから、まず私を口説(くど)きに来たんだな。

 よかろう、受けて立ってやる」

 

 費赫(ひかく)は、みずから随何(ずいか)出迎(でむか)え、奥の堂に招き入れた。

 お互いに型通りの礼を済ませたところで、費赫(ひかく)が冷たく問う。

 

「それで、随何(ずいか)殿。

 私のところへ来て、一体何を()くおつもりか?」

 

 対する随何(ずいか)は、立て板に水を流したような勢いで語りだした。

「これは心外(しんがい)な。

 それがしは、もともと六安(りくあん)の人。

 ずっと故郷を思っておりましたが、軍務の忙しさに、帰省(きせい)する(ひま)が取れませんでした。

 

 ところが、漢王様が滎陽(けいよう)に軍を置かれてからというもの、しばらく(いくさ)が起きておりませんから、諸将はみんな故国に帰りました。

 そこで、それがしも六安(りくあん)へ帰り、父母の墓を(おが)もうと思ったのです。

 

 その道の途中で、ここ九江を通りかかりました。

 私は、前々から九江王英布様の威勢と人徳を(した)っておりました。

 それゆえ、この機会に一目(ひとめ)お会いしたいと考えて宮殿を訪問いたした次第(しだい)

 

 ところが、英布様は、私を漢の説客(せっかく)ではないかと疑い、仮病(けびょう)を使って謁見(えっけん)(こば)みなさった。

 しかたがないので、このまま立ち去ろうかとも思いましたが、それでは英布様のお疑いは解けぬままになってしまいます。

 それは、あまりにも悲しい……

 

 そこで、費赫(ひかく)先生にお願いにあがりました。

 どうか、私が説客(せっかく)ではないことを英布様に伝えて、疑いを解いていただけませんか?

 

 英布様は、座ったままで九江を治め守り、うやうやしく四方の賢人を求めておられる。まことに当代の明主と呼ぶべきお方です。

 この天下に、英布様の人徳を(あお)がぬ者がおりましょうか?

 

 しかも、費赫(ひかく)先生が常に左右へ(はべ)り、見事に輔弼(ほひつ)しておられます。

 

 しかし……

 英布様の義を(した)って来た私を、疑って追い返しなさる……

 これは、人材を敬う態度ではありませぬ。

 

 世の賢士がこのことを耳にすれば、誰も英布様に仕えようとはしなくなるでしょう。

 加えて、費赫(ひかく)先生も、輔弼(ほひつ)の役目を果たせなかったと、人から(そし)られることになりましょう」

 

 費赫(ひかく)は、返答に(きゅう)してしまった。

 『説客(せっかく)ではない』という随何(ずいか)の言葉は、とうてい信じられるようなものではない。

 だが『わざわざ会いに来た賢士を門前(もんぜん)(ばら)いにした』などという(うわさ)が立つのも困る。

 

 国を運営していくには、一にも二にも人材が大事。

 中国各地に散らばる賢士たちは、仕えるに足る(あるじ)を求め、王侯の評判や言動へ常に目を光らせているのだ。

 一度(ひとたび)悪評(あくひょう)が広まれば、(たず)ねてくる賢士の数が激減するような事態も考えられる。

 

 悩んだ末、費赫(ひかく)は、こう答えた。

「……分かった。随何(ずいか)殿、今宵(こよい)当家(とうけ)にお(とま)りなさい。

 明日、私から英布様に奏上(そうじょう)し、謁見(えっけん)の機会を作っていただこう」

 

 そして、費赫(ひかく)酒宴(しゅえん)を開いて、もてなそうとした。

 だが随何(ずいか)は、礼を述べつつも、丁重に断った。

「それがし、まったくの下戸(げこ)でございまして……お気持ちだけ、ありがたく頂戴(ちょうだい)しておきます。どうぞお構いなく。

 明日、英布様に一目(ひとめ)お会いすることさえできれば、それだけで、それがしは満足でございます」

 

「さようか……」

 

 というわけで、随何(ずいか)は客室に通され、そこで一夜を明かしたのだった。

 

 

(つづく)

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