ある日、漢の大元帥韓信は、楚国から来た使者に、こう申し出た。
「私はもう、漢王劉邦には愛想が尽きました。
楚に降伏したいので、この密書を覇王様に届けていただけませんか。
ただし、くれぐれも内密に……」
楚の使者は、喜んで密書を受け取り、彭城に帰っていった。
しかし、これは韓信の策略であった。
降伏を申し出たい、というのは真っ赤な嘘。
実はこの密書、項羽を挑発するための戦書だったのである。
そんなこととは知る由もなく、使者は、さっそく覇王項羽に謁見し、報告した。
「滎陽で韓信と会いました。
韓信は、覇王様の元へ戻りたがっております。
降伏を願いでる密書が、こちらに……」
項羽は、ななめならず喜んだ。
「なに、韓信が!
そりゃあいい。敵の総大将が寝返ってくれば、もう勝ったも同然だ」
項羽は上機嫌に密書を開いた。
ところが、その文面は……
『漢の大将軍にして東征大元帥たる韓信、書を西楚の覇王の麾下に上申する。
かつて、この韓信が楚に仕えていたとき、官職はわずかに執戟郎止まりであった。
その後、文武の百官みなで北面して懐王を立て、義帝として尊んだ。(北面:臣下が君主に対面すること)
以上のことから、明白であろう。
私が項羽の臣であったことは、一度もない。
私は飽くまで義帝の臣だったのだ。
しかるに貴公は、西秦を独占し、ほしいままに暴虐・横暴を極め、ついには義帝を弑逆してしまった。
この暴挙を、天下の人民は歯ぎしりして見ている。
私もその1人である。
こんな非道の行いを見過ごしてはおけない。
剣によって大いなる逆賊を誅殺し、かつて主君と仰いだお方の仇を討ちたい。
だが私は力が弱い。兵も少ない。貴公と戦うのは難しい。
ゆえに、私は、貴公を漢王劉邦に告発した。
貴公の罪を正して天下に布告し、漢王と共に無道の男を討伐すべく立ち上がったのだ。
漢王は、私を咸陽に駐屯させ、ご自分は一足早く睢水に向かった。
そこで漢王は誤って罠にかかり、多くの兵を殺戮されてしまった。
次は、この私が戦う番だ。
義帝への弔意を示すために喪服を身につけ、三軍を率いて進軍し、この韓信の武力がどれほどのものか、貴公で腕試しをしてやろうではないか。
両観(宮廷の門外の左右に設けられる楼閣)の門に貴公の首を掲げ、馬陵の道に貴公を追いつめ殺す。
それが私の願いである。
決戦の地、滎陽で待つ。
まあ、無理にとは言わない。私に勝つ自信が無いなら、彭城に閉じこもって震えているがいい。
覇王よ、よく考えることだな』
項羽は、書簡を読み終わると、怒りのあまりブルブルと震えだした。
「な……! な……! なんだこれはァッ!
これのどこが降伏の書簡だ!?
韓信! あの股潜り男め!
ふざけやがって! よくもこの俺を侮辱してくれたな!
許さん! 韓信を殺すまで俺は国に帰らんぞ!」
項羽は、即座に軍に命令を下し、遠征準備に取りかからせた。
*
これに驚いたのは、老軍師范増である。
范増の知らないところで滎陽への遠征が決まってしまったのだ。
「なんたることだ!」
范増は、慌てて項羽の元に駆けつけた。
「覇王様! これは罠ですぞ!
韓信は、覇王陛下を怒らせ、おびきよせ、伏兵によって返り討ちにしようと計っておるのです。
いったん落ちついて、心静かに再検討なされよ。
今もし軽々しく軍を動かせば、韓信の計にハメられることは必定だ!」
だが項羽は、まったく耳を貸そうとしなかった。
「あの股潜り野郎はなァ! 俺が送った使者を騙し、降伏の書簡だと偽って戦書を送り、こんなにも俺をバカにしやがったんだぞ!
もう止めるな、亜父! 俺は奴を殺すと決めたんだッ!」
いったんこうなると、もう項羽は止まらない。
范増は天を仰いで長嘆し、なすすべもなく退出していったのだった。
*
一方、漢軍の要塞では、韓信が着々と戦準備を進めていた。
「私の戦書を項羽が見れば、必ず怒り狂い、日ならず攻めてくるだろう。
万全の態勢を整えておかねば……」
来たるべき決戦に備え、韓信が軍馬の調練に取り組んでいると……
ある日、こんな報告が入ってきた。
「ただいま、張良先生と陸賈が訪ねて参りました」
韓信は、
「はて、何の用だろう? 何か急変でも起きたのか?」
と不審がりながら、張良らを部屋へ通すよう命じた。
しばらくして、韓信の部屋に、張良・陸賈がやってきた。
いや、張良たちだけではない。2人の後ろから、樊噲はじめ漢の大将たちが続々と押しかけてきた。
すし詰めになった人の熱気で、軽く汗をかくほどである。
韓信は、普段あまり驚きを顔に出さない方だが、このときばかりは、さすがに目を丸くした。
「これは一体なんの騒ぎです?」
張良は、穏やかに微笑んだ。
「漢王様は、我々を使者として詔書を送られました。
おめでとうございます、韓信殿。
あなたは今、正式に大元帥へと復帰なされたのです」
そして張良は、大元帥の印章と、劉邦からの詔書を差し出した。
韓信が詔書を開いて見ると、その文面は、こうである。
『朕は、かつて聞いたことがある。
「将軍とは、国の命運を司る者である。将軍たるにふさわしい人物を得ることは、頼もしき国の柱を得ることに等しい」と。
しかし逆に、ふさわしくない人物が将軍になれば、やがて国は敗亡に至る。
国の安全と危険は、ひとえに将軍にかかっている。その重要性は、尋常なものではない。
しかるに、卿韓信は、文武の才を兼ねそなえ、学識は天も人も貫いてあらゆる領分に渡り、何度もすばらしい功績をあげてきた。
まさに国家の柱石、当代の豪傑である。
ところが朕は、卿を三秦の守りに回し、誤って魏豹を総大将としてしまった。
そのため、ついに睢水で兵を失うに至ったのだ。
魏豹からは、すでに総大将の印章を没収してある。
それ以来、長いあいだ総大将の地位が空席のままである。
そこで今、特命を発して、卿に再び大元帥の印章を任せる。
全軍の将兵を統率し、楚を討伐せよ。
ますます忠義を尽くし、朕の期待に応えてほしい。
以上、ここに詔して告げ知らせる』
詔書を読み終えて……
韓信は、無表情であった。
韓信は淡々と、だが淀みなく大元帥の印章を受け取ると、涼しげに言った。
「御辺ら、今日のところはお帰りなさい。
明日、滎陽城に行き、漢王様に直接、感謝の言葉を述べるとしよう」
張良は、薄く笑みを浮かべると、他の大将たちを連れて部屋から出て行った。
部屋には、独り韓信だけが残された。
静まり返った部屋の中で、韓信は、やっと笑った。
会心の笑みであった。子供のように無邪気で素直な、喜びの表情であった。
そして、翌日。
韓信は滎陽城に行き、劉邦に謁見した。
「昨日、臣は王命を蒙りました。
今後ますます忠誠を尽くし、逆賊項羽を滅し、四海(世界)を平定して、あまねく人民を戦乱の禍から救ってみせましょう」
かくして今、韓信は再び大元帥の地位に返り咲いたのであった。
*
同じ頃……
覇王項羽は、老軍師范増に彭城を守らせ、みずから30万の大軍を率いて進発した。
項羽の軍勢は、数日で滎陽に接近。滎陽城から50里(20km)ほどの地点に本陣を構えた。
本陣の建設を進める一方、項羽は、季布・鍾離昧の2将を呼んだ。
「季布、鍾離昧。お前たちは、先行して、漢軍の様子を探ってこい」
*
覇王の軍勢が接近してきたという報告は、すぐに韓信の元へも届いた。
韓信は、すばやく漢軍の諸将を招集した。
「いよいよ項羽との対決の時だ!
だが、まだ戦ってはならない。
敵は季布・鍾離昧を先行させ、こちらの出方を窺っているようだ。
ここは焦ることなく守りを固め、戦車を配置して陣を構築せよ。
敵の先遣部隊は無視し、項羽の本隊が到着するのを待って、一斉に攻撃を仕掛ける。
ここまで訓練してきたことは覚えているな?
高所に陣取ってはいけない。各自の持ち場に待機し、決して秩序を乱してはならない。
作戦通りに戦えば必ず勝てる! 決して仕損ずるな!」
「はっ!」
漢軍の大将たちは、それぞれの持ち場へ飛ぶように散っていった。
(つづく)