龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
一方、
「漢軍は、城壁に
しかし、どこもシンと静まり返り、兵士1人
敵は一体なにを考えているのでしょうか?」
項羽は、報告を聞いて、軽く鼻息を吹いた。
「そんなの決まってる。この俺みずから攻め寄せてくるのを待ってるんだ。
必勝の陣形を整えて待ち受け、一気に総大将の俺を
まさしく、その通りであった。
項羽は、韓信の狙いをピタリと見抜いている。
項羽は、腕組みして
「さて、そうすると……
おそらく、俺の軍が十分に接近したところで、敵は合図を出し、攻めかかってくるだろうな。
季布!
お前たちは、敵の策に対する
戦況を見ながら臨機応変に動き、味方を救援するんだ」
「はっ!」
「
お前たち4人は俺と来い。漢軍を
「はっ!」
項羽は、てきぱきと大将たちに
*
項羽は、漢の陣営が見えるところまで来ると、馬を止めた。
漢軍の方でも項羽の姿を
漢の陣門が開き、中から1人の将が進み出てくる。
他でもない、大元帥韓信である。
韓信は、項羽から十分な距離をおいて馬を止め、大声で呼びかけた。
「覇王よ!
項羽は、目に怒りの炎をカッと燃やした。
「なにが王侯への礼だ、心にもないこと言いやがって!
お前からの
さあ、この俺と勝負しろッ!」
項羽は、槍をまっすぐ韓信へ向けると、
たちまち項羽は韓信に
対する韓信は、1合も戦おうとせず、項羽の槍をただ払いのけて、東へ
韓信の背へ、項羽が
「あっ、コラァ!
自分から前へ出てきておいて、戦いもせず逃げるやつがあるか!
者ども、あの
項羽は、
そこへ、後方から2騎の騎馬が駆け寄ってきた。
季布と
「お待ちください、覇王様!
韓信が1戦もせずに逃げたのは、我々を誘い込む計略に違いありません。
ひとまず進軍を止め、よく
軽々しく進めば、韓信の計略にハメられてしまいます」
季布・
「バカを言うな!
その俺が、あんな
火に油である。
季布・
項羽は、季布・
*
それから、しばし……
項羽は、やっきになって韓信を追い続けた。
だが、どうも様子がおかしい。
項羽が馬を速めれば、韓信もまた急いで逃げる。それは当然だが……
項羽が足を緩めると、なぜか韓信も速度を落とすのである。まるで逃げ切りたくないとでも言わんばかりに。
しかし項羽は、韓信の行動の不自然さに気づいていなかった。
「あの
追いつけそうで追いつけない、という状況がずっと続き、項羽のイラだちは頂点に達していた。
そのため、冷静な判断ができなくなっていたのである。
追いつ追われつ、韓信と項羽は、ある川の前までやってきた。
川の名は
その川に、1本の橋がかかっている。
韓信は、橋を渡って向こう岸に渡ると、橋のたもとで急に馬を止めた。
そしてあろうことか、地面に槍を立て、のんびりと項羽の方に視線を向けたではないか。
項羽は怒った。
普通、逃げるなら、おびえながら後ろも見ず必死に逃げ走るものである。
だが韓信には、項羽を恐れるそぶりさえない。
それが項羽は気に入らない。
「
項羽は腹を立て、韓信を追って橋に駆け込んだ。
韓信は、項羽が橋を渡り始めたのを確認してから、再び馬を走らせ逃げ出した。
橋を渡り切った項羽が、韓信の後を追う。
そうして川から2里(800m)ほど離れた……そのとき。
「覇王様ッ! お待ちください! 橋が!」
項羽が馬を止めた。
「なんだ? 橋がどうした?」
「
項羽が、驚きに目を引きむく。
「なんだと!? 味方の損害は?」
「川に落ちた者は、ごくわずかですが……
まだ橋を渡っている途中でしたから、半数ほどの将兵が、川の向こう岸に取り残されたままです」
「泳いで渡れないのか?」
「流れが速すぎます!
項羽は
「しまったっ……これが韓信の罠か!」
韓信は、橋が崩れるような
それによって、
それだけではない。項羽の退路まで断たれてしまった。ここで
項羽は、慌てて大声を張り上げた。
「まずいっ!
……離れろ、と、まだ言い終わらないうちに、項羽の四方で
漢軍だ。
漢の伏兵が、
戦車から放たれた矢が、さながら雨の如く、あるいは空を埋め尽くす
「わあっ!」
その中でただ1人、覇王項羽のみが
「立ち止まるな! 動け、動けーっ!
一度止まれば二度と動けなくなるぞ! 敵の陣形が重なる前に、敵陣を強行突破して脱出するんだッ!」
さすがの覇王項羽、的確な指示であった。
漢軍は、戦車部隊で
狭まれば狭まるほど漢軍の陣形は厚くなる。
ならば、手遅れになる前に、強引にでも突破するしかない。項羽の対応は全く正しい。
だが……
漢軍の戦車部隊は、まるで鉄壁。あるいは銀でできた山脈のよう。
突破口を開くこともできぬまま、
さすがの項羽も
「そんな……まさか。
俺はここで……死ぬのか!?」
と、その時である。
南方……漢軍の包囲陣の外に、あらたな軍勢が現れた。
*
さきほど、項羽は季布と
取り残された季布と
「やはり、これは韓信の罠に違いない。
我々2人で独自の行動を取り、いざというときに覇王様を救出できるよう
そこで季布と
そうして項羽のいるであろうあたりへ接近してみれば、はたして、漢の戦車部隊が項羽を取り囲んでいる。
「いかん! お救いせねば!」
季布と
これに対応したのは、漢の大将、祖徳だった。
「ん? あれは
項羽を救出するつもりだな? そうはさせんっ!」
祖徳は、手勢を
季布・
「どけッ! 邪魔をするな!」
槍を繰り出す季布・
刀を振るって迎え
3頭の馬が入り乱れ、20合ほども打ち合ったところで、季布の
祖徳が馬から転げ落ちる。
将を失えば、あとは
季布・
だが、漢軍はすさまじいまでの数。前後左右すべてを戦車で
「なんという
季布は、
「そんなことを言っている場合か!
我らが
この
「む……そうだ。貴公の言う通りだ!」
季布・
季布も
この騒ぎは、包囲の内にいる
「味方だ! 援軍が来たぞ!」
内と外で
そして……ついに突破口が開けた!
漢軍の包囲陣に、ただ一ヶ所だけ空いた小さな穴。
この脱出路に、
彼らはそのまま季布・
(つづく)
●注釈
今回の戦場について、「漢書・高帝紀上」には『
これが「通俗漢楚軍談」および「西漢通俗演義」では脚色され、『京索河』という川が戦場になっている。川を