龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
どうにか包囲から抜け出した
項羽の
その相棒の
その他、負傷者、戦死者は数知れず。
項羽は背を丸め、愛馬
あまりに激しい歯ぎしりで、奥歯が砕け散ってしまいそうなほどだった。
「お……俺のせいだ……
俺が……
その時である。
漢軍が追いついてきたのだ。
項羽たちの周囲で、次々に漢の大将の旗があがる。
南には
南東に
東には
南西に
西には
北西に
北には
北東に
漢が
おびただしい数の戦車を前面に立て、漢の大軍が殺到してくる。
「
と、将兵
覇王項羽は戦った。
愛馬
「ウオオオオァーッ!」
項羽の怒声はさながら雷鳴。項羽の槍はまさに雷光。
圧倒的に不利な状況に置かれていながら、いや、むしろ
項羽は、漢の兵を右へ、左へ、かきわけるように
と、その項羽の前に、1人の豪傑が立ちはだかった。
「覇王項羽! この俺と勝負せよ!」
漢の大将にして韓信の義弟、虎殺しの
だが項羽は、
「邪魔だーッ!」
と神速の槍を繰り出し、あろうことか、
これを見て、
「バカな! あの
それほどの男が、1合さえ戦えぬまま殺されるとは。
いまさらながら、項羽の強さは信じがたいほどであった。
すると当然、
項羽は声を張り上げた。
「よし! 北東に脱出路ができたぞ! 進めーっ!」
しかし、それを
後方に
その陣立ては、あまりに厚い。とても強行突破はできそうにない。
項羽が、再び
「くそっ……ダメか」
そこへ、
「覇王様! 北方面は突破できそうにありません。
いささか遠回りですが、南に
そして季布は、
「さあ、お前たち! こんなときに主君のために
南を目指せ! なんとしても包囲を破るんだ!」
季布・
その後ろから項羽と、その他の
多大な犠牲を払いながら、
そこから北上して、
もちろん、その間も漢軍による追撃は
四方から漢軍の叫び声が飛んでくる中を、戦い、戦い、戦い抜いて、やっとのことで項羽たちは本陣の近くまで戻ってきた。
だが……
そのとき、前方から、ボロボロになった
本陣の守りを任せておいた部隊の兵である。
その兵に、
「どうした! 何があった!?」
と
「味方の本陣は、すでに漢軍に奪われてしまいました!」
という絶望的な答え。
あの項羽さえもが、全身
項羽は、ギリッ……と音を立てて槍を握りしめた。
「味方の生き残りはわずか。誰もが傷つき疲れ果て、ついには本陣まで奪われた。
もうどうにもならん……
このまま
項羽は、ただ怪物じみて強いだけの男ではない。
味方の大損害を見て
だが……
そのとき、背後から
またしても、またしても漢の追手が迫ってきたのである。
敵の姿を目にすると、項羽は表情を一変させ、鬼の
「……
いいだろう! この覇王が、貴様と
これである。
気分が落ち着いていれば的確な判断を下せるのに、頭にカーッと血がのぼったとたん、一瞬前の自分の考えすら忘れてしまう。
これが項羽なのである。
項羽が槍を
と、
「いけません、覇王様!
韓信は計を用いること鬼神の如し。百もの計略を次々にくりだしてくる男です。
味方は大敗した直後で、将兵みな鋭気を失い、誰ひとりとして戦意を
戦ったところで無駄に兵馬を失うだけ……ここは逃げの一手です!」
だが、
「逃げたい奴は勝手に逃げろ! 俺は……戦う!」
そうこうする間にも、漢軍の兵は増え続けた。
兵と軍旗は野に満ち、山を
その恐るべき大軍に向かって、
「ウオオオオーッ!」
項羽は吠えた。駆けた。たった1騎で飛び込んだ。
項羽の槍が右へ左へ、雨あられと繰り出され、漢兵たちが
すさまじい強さである。信じがたい武勇である。
圧倒的多数の敵軍を、ものともせずに項羽は暴れ狂う。
だが……そんなことができるのは、項羽だけなのだ。
項羽配下の
項羽に従って戦いに身を投じたのは、腹心の大将たちと、兵わずか100騎のみ。残りは漢軍の勢いに
いかに項羽が強かろうと、たった100騎の兵力では、どうしようもない。
倒しても倒しても次から次へと襲いかかってくる漢軍に、項羽はみるみる追い詰められていく。
そのとき。
流れ矢が、ぐさ! と項羽の胸に突き刺さった。
「うっ」
項羽が、うめく。
「覇王様ッ!」
だが項羽は、あろうことか、胸に矢が突き立ったまま槍をふるって、さらに数人の漢兵を刺し殺した。
傷ついてなお少しも
とはいえ、項羽の矢傷は決して軽くない。
項羽は流血の痛みを胸に感じながら、普段と変わらぬ力強い
「撤退だ!」
項羽は馬を返し、東へ向けて駆け出した。
部下の大将も兵士たちも、あわてて項羽の後を追う。
項羽たちは、わずか100騎で
*
それから丸
背後には、
立ち止まれば、たちまち追いつかれ、今度こそ全滅させられるだろう。
項羽たちは、食事を取ることも、眠ることもできず、実に200里(80km)以上も走り続けた。
疲労
と、そのとき。
前方の林の中から一手の軍勢が姿を現し、
戦う力など、もう、ひとかけらさえ残っていない。今度こそ、おしまいである。
だが……
ただひとり、項羽は……笑った。
この絶体絶命の
「とうとう追いつかれたか。
よし。これ以上、
気持ちよく戦って、死のう!」
項羽は、力強く槍を振り上げ、最前列に立って、相手の軍勢を待ち構えた。
そのとき、相手の軍勢の方から、大声が聞こえてきた。
「おーい! そこにいらっしゃるのは、覇王様ではありませんか!?」
そう呼びかけながら近づいくるのは、
項羽たちの顔に、パッと明るく光が差した。
前方に現れた軍勢は敵ではなかった。
(つづく)