龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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五十一の乙 奇策、木罌缶

 

 

 許負は、嘘の人相(にんそう)占いで魏豹(ぎひょう)を大喜びさせたうえで、さらに、わざとらしくあたりをキョロキョロ見まわしはじめた。

「おや? おやおや? これはまさか……

 西魏(せいぎ)王様、ちょっと後宮(こうきゅう)の中を拝見してもよろしいか?

 どうも、後宮(こうきゅう)の方に、最も強烈な旺氣(おうき)が立ち込めているようなのです」

 

 魏豹(ぎひょう)は、ソワソワしながら頬を緩めた。

「よいですとも。奥に入って、よくご覧になってください」

 

 許負と魏豹(ぎひょう)は、連れ立って後宮に入っていった。

 後宮には、魏豹(ぎひょう)側室(そくしつ)薄姫(はくき)がいた。

 許負は、薄姫(はくき)一目(ひとめ)見たとたん、大いに驚いた(てい)で地に拝伏した。

 

「おおおおおーっ、すばらしい!

 娘娘(にゃんにゃん)(ご婦人)! あなた様の(とうと)さは言葉にもできません!

 いずれ、あなた様は天子を産んで、天下の母とおなりあそばすでしょう。私の申すことに間違いはございません!」

 

 これを聞いて、魏豹は、ますます喜んだ。もう、ニヤケっぱなしであった。

「私が(とうと)くなるばかりか、私の妻が天子を産むというのか!

 そうか……それが運命なのか!」

 

 魏豹(ぎひょう)は、許負に、たっぷりと金帛(きんぱく)(金や絹などの宝物)を与えて礼をした。

 

 一方の許負は、

「よしよし。ま、こんなところだろう」

 と、内心ほくそ笑みながら、去っていったのだった。

 

 

  *

 

 

 魏豹(ぎひょう)は心の中で深く喜び、腹心の大夫(たいふ)周叔(しゅうしゅく)を呼んだ。

周叔(しゅうしゅく)よ、私は決心したぞ。

 

 漢王劉邦は、私を総大将として()討伐(とうばつ)させようとしたが、不幸にも敗れてしまった。

 しかし勝負は兵家(へいけ)(つね)(なら)いだ。一度負けたとしても、それは総大将の罪ではない。

 

 それなのに、漢王は私を、ひどく(ののし)(はずかし)め、元帥の印章(いんしょう)を奪って、さらには左遷(させん)しおった。

 近ごろ、韓信が運よく()軍を(やぶ)ったものだから、漢王は、まわりの連中と一緒になって、いよいよ私の悪口を言い立てているという。

 

 こんな調子では、今後どんな目に()わされるか、分かったものではない。

 そこで……

 いい機会だから、漢に(そむ)いて、()に降参しようと思う。

 

 降参といっても、それは見せかけだ。

 私の真の目的は、まず漢王を(やぶ)り、どさくさにまぎれて私が咸陽(かんよう)(みやこ)を立てること。

 漢、()、我が()の三国で、天下を三分(さんぶん)するのだ!

 

 周叔(しゅうしゅく)よ、急いで準備に取りかかれ!」

 

 周叔(しゅうしゅく)は青ざめ、慌てて魏豹(ぎひょう)を止めた。

「それはいけません、はなはだ良くありません!

 漢王は心が広く、(うつわ)が大きい人物です。漢王の人徳に服従しない者は、この天下に誰もいない、というほどです。

 

 さらに、大元帥の韓信は、鬼神にも予測できない計略の持ち主。

 覇王項羽の武勇でさえ、韓信には(かな)いませんでした。

 

 対する我らは勢力も小さく、孤立していて、武将も兵士も多くはありません。

 どう考えても戦いになりませんよ!

 

 今はただ、真心(まごころ)を込めて漢王様にお仕えするのが一番です。

 そうすれば、いつかきっと天の助けがありましょう。漢王様も、こちらの誠意を分かってくださるはずです。

 

 西魏(せいぎ)王様、あなたは今すでに、座ったままで()国を(おさ)められる、(とうと)王爵(おうしゃく)の立場にいらっしゃるのですよ。

 『(くらい)人臣(じんしん)(きわ)める』とは、このこと。これ以上は高望(たかのぞ)みというものです!」

 

 だが魏豹(ぎひょう)は、首を横に振った。

「分かっておらんな、周叔(しゅうしゅく)

 物事にはみんな、天の定めた運命というものがある。

 天命は私に下った! ゆえに、勢力が強いか弱いかなんてことは問題にならん!

 

 許負が、私の人相(にんそう)を見て、そう言ったのだ。

 許負の相術(そうじゅつ)は、今まで一度も間違(まちが)ったことがない。

 周叔(しゅうしゅく)、お前はそれを知らんだけだ」

 

 周叔(しゅうしゅく)は、ゾッと寒気(さむけ)()った。

 心の中で、

「こ、この人は……! 一国の命運を、人相(にんそう)占いひとつに(ゆだ)ねようというのか!?」

 と(あき)れかえりながら、どうにか魏豹(ぎひょう)を心変わりさせようと言葉を重ねた。

 

西魏(せいぎ)王様、それは(あやま)りでございます!

 天の(ことわり)を論ずるのは、人事(じんじ)を尽くした後のこと。

 

 一介(いっかい)相士(そうし)(みだ)りに語ったことを()に受けて、軽々しく挙兵などしてごらんなさい。

 たちまち身を滅ぼし、家を失うことになりますぞ!

 どうか、ご賢察(けんさつ)くださいませ!」

 

 周叔(しゅうしゅく)諌言(かんげん)は、理性的で冷静なものだった。

 

 だが魏豹(ぎひょう)は、許負の予言を信じきっているだけに、周叔(しゅうしゅく)の言葉を素直に受け止められなかった。

「……うるさい! 私は挙兵したいんだっ!

 なぜお前は、不吉なことばかり言って私の心を乱そうとするんだ?

 

 さては……周叔(しゅうしゅく)、貴様、漢と内通(ないつう)して、私を滅ぼそうと(たくら)んでいるんじゃあるまいな!?」

 

 これを聞くと、周叔(しゅうしゅく)は笑いだした。

「臣は、長く西魏(せいぎ)王様から厚恩(こうおん)(こうむ)ってまいりました。どうして今さら裏切りましょうか!

 

 臣はただ忠義の心から申し上げたまで。

 しかし西魏(せいぎ)王様は、臣の言葉をお聞き入れなさらなかった。

 いつかきっと後悔することになりますぞ!」

 

 こうなっては、売り言葉に買い言葉。

 魏豹(ぎひょう)は激怒し、

「もういい!

 おい、誰か周叔(しゅうしゅく)を牢に放り込んでおけっ!」

 と、部下に(めい)じて周叔(しゅうしゅく)を捕らえてしまった。

 

 一番の腹心をみずから排除した魏豹《ぎひょう》は、すぐに周叔(しゅうしゅく)抜きで軍の人事を組み直した。

 軍師は植長(しょくちょう)

 総大将は柏直(はくちょく)

 騎兵の将は馮敬(ふうけい)

 歩兵の将は項它(こうた)

 

 これらの将に10万の兵を任せ、平陽の付近の関門を守らせた。

 一方、()に対して使者を送り、降伏を申し出たのだった。

 

 

(つづく)




●注釈
 本編では、魏豹(ぎひょう)を調略するための使者として、許負が派遣されている。
 許負は、(しん)末から漢初期のころに活躍した高名な相士(そうし)、つまり人相(にんそう)()の占い師である。人相(にんそう)()の技術を相術(そうじゅつ)といい、許負はその達人であった。許負が(あらわ)したとされる相術(そうじゅつ)書「許負相法(そうほう)」を見ると、『目が(ひい)でて長い者は必ず君主や王に近づく。目が伏せた弓のような者は必ず奸雄(かんゆう)となる……』など、多種多様な人相(にんそう)占いの例が記されている。
 史実においても許負は魏豹(ぎひょう)と関わりがある。「史記・外戚世家」によれば、魏豹(ぎひょう)の後宮にいた薄姫(はくき)という女性が許負に人相(にんそう)を見てもらったところ、許負はこう述べたという。
『あなたは、いずれ天子を産むでしょう』
 当時はちょうど滎陽(けいよう)で劉邦と項羽が対峙し、情勢が混沌としていた頃。許負の占いを伝え聞いた魏豹(ぎひょう)は『私の子が天子になるのか!』と喜び、にわかに天下取りの野望を燃やしだした。すなわち、漢から離反し、()とは和睦(わぼく)し、中立の立場を取ったのである。これは明らかに自分自身が中華の覇者になろうとする動きであった。
 ところが、劉邦がさしむけた軍勢によって、魏豹(ぎひょう)はあっさりと打ち破られ、西魏(せいぎ)国は劉邦の手に落ちてしまった。
 このとき、美貌の薄姫(はくき)は劉邦の側室として迎えられた。そして、後に漢第五代皇帝となる劉恒(りゅうこう)を産むことになる――かくして許負の予言は成就(じょうじゅ)したのである。
 今回描かれた場面は、この逸話(いつわ)を小説的に脚色したものだ。
 他にも、「史記・絳侯(こうこう)周勃(しゅうぼつ)世家」には、周勃(しゅうぼつ)の息子周亜夫の人相(にんそう)を見た話が(しる)されている。
 許負は周亜夫を見て、衝撃的な予言を下した。『あなたは3年後に(こう)となり、さらに8年後に将軍や宰相(さいしょう)になりますが、その9年後に餓死(がし)するでしょう』周亜夫は『まさか』と笑い飛ばしたが、その後実際に(こう)、将軍、丞相(じょうしょう)と出世していき、最終的には失脚したうえ罪に問われて餓死(がし)してしまう。
 このように、いささか出来(でき)()ぎ感のあるファンタジーめいたエピソードの残る許負だが、実は古くから女性説がある。「三国志・蜀書・劉二牧伝」につけられた裴松之(はいしょうし)による注に、こうある。
孔衍(こうえん)の「漢魏春秋」によれば、許負は女性であり、高祖劉邦は彼女を明雌(めいし)亭候(ていこう)(ほう)じたという』
 この記述を根拠として、現代でも許負は女性とみなされることが多いようだ。ただ、裴松之(はいしょうし)はそのあとにこう続けてもいる。
『私裴松之(はいしょうし)が考えるに、東方では母のことを負と呼ぶ。このように、孔衍(こうえん)が許負を女性とした点については、相応の根拠があると考えられる。しかし、高祖劉邦の時代には封爵(ほうしゃく)は全て「列候(れっこう)」であり、「郷候(きょうこう)」や「亭候(ていこう)」の爵位(しゃくい)はまだ存在しなかった。よって、この封爵(ほうしゃく)については(うたが)わしい』
 記述の後半部分が怪しいとなれば、前半部分の信憑性(しんぴょうせい)にも疑問を抱かざるをえない。さて、本当に許負は女性なのだろうか? 毎度のことではあるが、真相は歴史の闇の中。本編では、とりあえず男性として描写することにした。
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