龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
この城の奥で、覇王項羽はここしばらく、じっと状況の変化を見守り続けていた。
そんなある日、
「先日、
それを伝え聞いた漢の大元帥韓信は、大軍を
待ちに待った報告である。
項羽は、ななめならず喜び、老軍師
「
韓信は
この
「そのとおりだ。この機会を
だが……韓信は計の深き者。我々の動きを先読みして
覇王様、
このやり取りを聞いて、大将
「
覇王様の武勇は、まさに神がかり。向かうところ敵なしだ。
「甘いな。
いやしくも大将たる者が、目に見えた危険に
険悪になりかけた2人の間に、項羽が苦笑いしながら割って入った。
「まあまあ。味方同士でケンカはよせよ。
さあ、
後陣は、この俺、項羽がみずから務める!
今度こそ劉邦を叩き潰してやれ!」
*
項羽の動きは、すぐさま漢王劉邦にも伝わった。
劉邦は大いに驚き、張良・
「
張良が、にっこりと穏やかに
「どうもこうもありませんよ。
韓信が言い残して行ったのでしょう? 『王陵を大将として、
どうして王陵をお呼びにならないのです?」
張良の落ち着いた口ぶりに、劉邦も少し平静を取り戻した。
「あっ、そっか……そうだな。よし、王陵を呼んでくれ!」
漢将王陵は、すぐに劉邦の前にやってきた。
劉邦が言う。
「覇王が、みずから大軍を
王陵。お前に全軍を預け、
王陵は、きっぱりと答えた。
「覇王項羽の軍は、勢力はなはだ
しかし、臣が
まず軍旗を伏せ、
やがて敵は気疲れし、士気が
それを待ってから1つの計を用いれば……
劉邦は身を乗り出した。
「その計というのは?」
王陵は、劉邦のそばまで進み出ると、耳元でヒソヒソと、ささやいた。
そのとたん、劉邦の顔に、パッと明るい光が差した。
「なるほど! そりゃあいい考えだ!
これなら心配ない。よし! 王陵、お前に俺たちの
こうして劉邦は、王陵を総大将に、
*
ところが
「覇王様。
敵は何を考えているのでしょうか?」
その場にいた
「劉邦は、もう城を捨てて逃げてしまったのではないか?
覇王様が攻めてきたと聞いて驚き恐れ、どこか近くの郡県に……」
「あるいは、韓信の
それで、我らに疑いを抱かせ、覇王様が攻撃をためらうようしむけているのではないだろうか」
「覇王様! いずれにせよ、今が攻撃の好機です!」
だが、項羽は静かに首を振った。
「いいや。お前ら、血気に
うかつに攻撃をしかけるのは、まずい。
こちらの人馬は遠路を進軍してきたばかりで疲れているし、今夜は休息を取らせよう。
そして明日、敵の動向をよく
項羽は、いつになく慎重だった。
先日の戦いで、項羽は漢軍をなめてかかり、無残な惨敗を喫した。
あのときの苦い経験が、項羽の胸に
*
が。
この動きを敏感に察知し、ひそかに動き始めた男がいた。
王陵である。
王陵は、
「項羽の性格からして一気に攻め込んでくるかと思ったが、意外に慎重だな……
よし。予定を変更し、計略の実行を早めよう!」
王陵は、まず
そして選び抜いた500の精兵に
「俺は今夜、
お前たちの役目は城の守りだ。
俺たちが出撃した後で敵が攻めてきたら、この柴に火をつけて防げ」
次に王陵は、夜襲部隊5千人を選抜し、全員の頭に目印として赤い布を巻かせ、手には短い刀を持たせ、口には
さらに別の兵500に鉄砲を持たせ、夜襲部隊の後ろへ配置した。
最後に王陵は、
「
「承知した。王陵殿、ご武運を」
このように
西の地平に日が沈み、人の顔も見えなくなった
王陵は、夜襲部隊を引き連れて出発し、音もなく
やがて、そのうちの1人が戻ってきて、こう報告した。
「
王陵は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「よし……思った通りだ」
夜襲部隊は、さらに前進し、
彼らが、門前で赤い旗を打ち振り合図すると、
「行くぞっ」
王陵の
今こそ好機!
王陵は、手に握っていた鉄砲を放り投げ、
その直後、陣の外でも呼応して無数の鉄砲が鳴り響く。
王陵が連れてきた500の鉄砲兵が、一斉に鉄砲を放ったのだ。
このすさまじい
そこへ、王陵の夜襲部隊5千が猛然と襲いかかった!
ひらめく刃。噴き散る
漢軍は
なにしろ時刻はすでに夜。なんの準備もしていないところへ、突然の襲撃である。
情報は
ある者は
斬られる者もあり、転んで味方に踏み殺される者もあり。
王陵は、いよいよ勢いに乗り、さながら無人の野を駆けるが如く、軽快に走りながら左右前後を
(つづく)
●注釈
あるとき、孔子の弟子の子路が、こんなことを尋ねた。
『もし先生が三軍を指揮するなら、誰を補佐に選びますか?』
これに対する孔子の回答が、
なお、「西漢通俗演義」や「通俗漢楚軍談」で実際に引用されているのは、『好謀而成(
しかし現代日本では全く事情が異なるため、本編は分かりやすく文言全体を引用する形に改めた。