龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
漢の大将王陵は、
一方、機能不全状態の
他ならぬ覇王項羽である。
中軍にいた項羽は、
「
という叫び声を聞くと、たちまち幕舎を飛び出して、馬に飛び乗り、槍を握って、
しかし
そこらじゅうに死体が転がり、血が川の如く流れる地獄絵図。
その奥を見れば、
もちろん、王陵である。
項羽は
「貴様が漢の大将かァッ!」
項羽は名馬
対する今夜の王陵は、馬に乗っていない。
騎馬と
「おっ?」
項羽が、感心して眉を動かす。
「俺の槍を受けたか。なかなかやるじゃないか」
そこから項羽と王陵は、20合に渡って槍を交わした。
必死に応戦する王陵。
どこか楽しげに槍を振り回す項羽。
王陵は、はじめこそ項羽と互角に渡り合っていたが、やがて、じりじりと追いつめられはじめた。
とにかく覇王項羽は強い。打ち合わせる
受け止めるたびに王陵の体力が
とうとう王陵は、
「だめだ、
と
項羽は、王陵の後ろ姿を
「おい! あの大将は誰だ? 知ってる者はいるか?」
すると、1人の兵が答えた。
「あれは漢の王陵です」
「ああ。あれが王陵か……」
項羽は、うなった。
「以前に劉邦の家族を捕まえようとしたとき、邪魔しやがった奴だな。
英布や
俺の槍を受け止めるとは、いい腕をしてる。
あいつは並の使い手じゃない。今のうちにどうにかしないと、後で大きな害になりそうだ」
そこで項羽は、馬を走らせ、王陵を追撃しようとした。
そのとき、季布、
「お待ちください覇王様、追撃してはなりません!
漢軍は今、勝った直後で鋭気はなはだ
しかも、先ほどより
おそらく、韓信が何か計略を残しておいたのではないかと……
いま追撃するのは危険です。
ここは、まず傷ついた軍を立て直しましょう。
王陵のことについては、臣らにひとつ計がございます」
項羽は槍を降ろした。
「計とは?」
「以前に、王陵の母を捕らえたでしょう。
それ以来、王陵の母は
(第四十三回参照)
その母親を、こちらへ移送させましょう。
そして王陵に『母の
王陵は、親孝行の気持ちが誰よりも強い男。
母が人質にされていると聞けば、必ずや降伏してくるでしょう。
王陵さえいなくなれば、
項羽は、ふん、と鼻息を吹いた。
「よし。じゃ、それでいってみるか。
また夜襲されてはかなわん! 陣を30里(12km)後退させろ! あと、誰か
*
一方そのころ、王陵は
今夜の戦果を調べたところ、漢軍の死傷者は100名あまり。それに対して
大戦果、まさに快勝である。
漢王劉邦も大いに喜び、王陵を迎えて
「王陵、やってくれたなあ! たった1戦で3万もの敵を倒すだなんて!
あの武勇自慢の項羽が、鋭気を失って30里も後退したらしいぞ!
これで、お前の名声は関中全土に
これからもよろしく頼むぜ! いつか必ず、この働きに重く
だが、この
項羽と直接槍を交わした王陵は、覇王の強さが身に
王陵は、緊張した
「先日申し上げた通り、もともと臣は、4、5日ほど固く守り、その後で攻めようと思っておりました。
そんなおり、
今回の大戦果は、あくまで敵が無防備になっている
同じ手は二度と通じない。
覇王は、今なお
遠からず再び攻めてくると見てよいでしょう。
急いで防戦の準備を整えなければ、次はどうなるか分かりません」
そこへ、張良が進み出た。
「確かにその通りですが、よい
韓信は、すでに
さらに
「ここは、
そうして韓信の帰還を待ち、その後で反撃の計略を考えるのがようございます」
王陵、
「おお……分かった。しっかり守ってくれ。お前たちに任せるぞ」
漢軍は、総大将王陵の指示のもと、弓や鉄砲をしっかり用意し、東西南北の門を固く閉ざして、
*
……が。
それから10日あまり、意外にも
攻めてこないならこないで、これもまた不気味である。
何かあるのではないか……? と漢軍が
「王陵将軍に会って、ひとつ大事なことを申し上げたい!」
それを聞くと、王陵は城壁の上から身を乗り出して、
「聞こう!
「王陵将軍の
将軍、どうか
もし王陵将軍の到着が遅れれば、覇王様は、きっと
王陵将軍は、親を見殺しにした
これを聞くと、王陵は、その場に崩れ落ちながら声をあげて、大泣きに泣きはじめた。
「お……おおおーっ! 母さん! お、俺のために、母さんが……」
王陵の目からこぼれる涙は、さながら雨の如くであった。
騒ぎを聞いて、劉邦や張良も駆けつけてきた。
「どうしたどうした」
と劉邦が問うと、王陵は泣きながら答える。
「臣の母は、今年でもう70歳あまり。
まだろくに親孝行もできていないのに、項羽は母を捕らえて殺そうとしています。
それで母は、臣に使者をよこし、会いに来てほしいと願ってきたのです。
……漢王様!
こんなことをお願いするのは、
しかし……しかし、どうかお願いです。
一度行けば、臣はもう漢には戻ってこれないでしょう。
しかし、たとえ体は
決して
ですから……どうか、どうか!」
劉邦は、たじろいだ。
母親のために漢を離反する気なら、黙って城を抜け出せばよいものを……まさか正面から許しを
正直に上にも正直を重ねた馬鹿正直……王陵とは、こういう男なのだ。
しかし、簡単に認めることもできない。
王陵が一度
目の前に項羽の大軍がいるこの状況で、防衛を指揮する総大将を失えば、一体どうなるか……想像するまでもない。
劉邦が悩んでいると、その後ろから、軍師張良が進み出た。
「王陵将軍。あなたは
王陵は、涙にまみれた顔を上げた。
「えっ?」
張良は、淡々と語り聞かせた。
「あなたは先日、項羽の兵を何万人も殺したのですよ。
項羽は、牙を噛み締めて
使者の言葉を軽々しく信じて
だいいち、本当に
王陵と劉邦は、ふたり声をそろえて、
「あっ!」
と叫んだ。
張良は、さらに
「ここはまず、信頼できる人物を返答の使者として
もし
王陵将軍が
劉邦は、うなずいた。
「うん、張良先生の言うとおりだ」
かくして、事の真相を確かめるための使者として、
(つづく)
●注釈
本文で王陵のことを『馬鹿正直』と表現した。この部分は筆者による創作だが、この人物評そのものは史書の中にも見られる。
「史記・高祖本紀」によれば、あるとき劉邦は『
なお、上記の『