龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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巻二 馬か? 鹿か?
七の上 我が心、砕くるが如し


 

 

 その日、(しん)(みやこ)咸陽(かんよう)に、風雲急を告げる一報が飛び込んできた。

 

()において反乱発生!

 項梁(こうりょう)懐王(かいおう)を立て、盱眙(うい)(みやこ)を置いた。劉邦、陳嬰(ちんえい)らの勢力と合流し、威風を振るって(しん)への侵攻をもくろんでいる!』

 

 この事態に、冷や汗を浮かべた男が一人いる。

 宦官(かんがん)の趙高である。

 

 ご記憶であろうか。

 かつて始皇帝の遺詔(いしょう)改竄(かいざん)し、太子扶蘇(ふそ)を謀殺した趙高。

 彼はその後、丞相(じょうしょう)の位に登りつめ、(しん)を思うがままに動かすまでになっていたのだった。

 

 趙高は、すぐに大将軍章邯(しょうかん)を呼び出した。

 

「近ごろ、()()()()が諸国で蜂起して略奪を行い、人々を悩ませておりますねぇ。

 まあ大したことはないだろう、と思って今まで放っておいたのですが……

 どうやら、()の大将の項梁(こうりょう)という(やから)が、盱眙(うい)に駐屯して各地の勢力をまとめあげ、勢いに乗って攻めのぼってこようとしているようです。急を告げる早馬が次から次へと駆け込んできて、とぎれる暇もないほどですよ。

 征伐に手間どれば、とんでもない大事になってしまいます。

 というわけで章邯(しょうかん)さん。すみやかに行って、皆殺しにしてきてくださいな」

 

 章邯(しょうかん)は言った。

「それがしも、皇帝陛下の許しをいただいて出陣しようと考えていたところです。

 (いにしえ)より『兵は神速を(たっと)ぶ』と申す。早々に出発して戦勝を報告して進ぜよう」

 

 

   *

 

 

 章邯(しょうかん)は、司馬(しば)(きん)董翳(とうえい)、そして李斯(りし)の嫡子の李由(りゆう)、という猛将3名を伴い、30万の軍勢を引き連れて函谷関(かんこくかん)(しん)の入口にあたる要害)より出陣した。

 

 彼らの相手は、()項梁(こうりょう)だけではない。

 項梁(こうりょう)出陣の噂を聞き、六国王家の子孫たちがそれぞれの国で次々に蜂起していたのである。

 

 始皇帝が中国統一を果たす以前の春秋・戦国時代、大陸には無数の小国家が乱立していた。長年にわたる戦乱でそれらの国家は併呑(へいどん)や分裂を繰り返しながら、最終的に七つの大国に集約された。

 それが「戦国七雄」――(しん)()(せい)(えん)(ちょう)()(かん)の七国である。

 (しん)による侵略で他の六国は全て滅びたが、今、その子孫たちが故国再興のために立ちあがったのだ。となれば、六国ことごとく(しん)の敵に回ったとみてよいだろう。

 

 そこで章邯(しょうかん)は考えた。

「まずは近場の()国から平定するか。()を討つのはその後だ」

 

 (しん)の大軍は、()の国境へ押し寄せていった。

 

 このとき魏王(ぎおう)の位についていたのは、魏咎(ぎきゅう)という男である。

 彼は()王家の公子で、陳渉(ちんしょう)が蜂起するとその軍へ参加。陳渉(ちんしょう)軍が()の旧領を奪い返した後、その王として立てられていたのだった。

 

 いちおう王位についていたとはいえ、魏王(ぎおう)(きゅう)の手兵は小勢であった。章邯(しょうかん)率いる(しん)の大軍相手では、正面きって戦うことなど到底(とうてい)不可能だ。

 

 そこで魏王(ぎおう)(きゅう)は、要害に兵を配置して固く守り、その間に(せい)()の両国へ救援を求めた。

 

 (せい)の王は田儋(でんたん)。これまた陳渉(ちんしょう)の反乱で王位についた、旧王家の末裔である。

 すぐに田儋(でんたん)は兵を率いて出陣した。()が敗れれば、次に狙われるのは(せい)()だ。この危機は決して他人事(ひとごと)ではない。

 

 ()懐王(かいおう)にとってもそれは同じ。懐王(かいおう)武信君(ぶしんくん)項梁(こうりょう)と話し合い、まずは大将項明(こうめい)に3万騎あまりの軍勢を預けて()救援に向かわせることとした。

 

 

   *

 

 

 (しん)軍を率いる章邯(しょうかん)は、(せい)()両国の救援が来たのを(にら)み、すぐさま命じた。

司馬(しば)(きん)(せい)を防げ。

 董翳(とうえい)()を防げ。

 わしは後陣(ごじん)を率いてお前たちに続く」

 

 (せい)田儋(でんたん)が、兵を進めて近づいてくる。

 対する司馬(しば)(きん)は、左右の山間(やまあい)に伏兵を置いたうえで、自身は千余騎を率いて応戦した。

 

 (せい)の兵は、司馬(しば)(きん)の部隊が小勢なのを見て(あなど)(おご)り、勇んで前進した。

 一方の司馬(しば)(きん)は、負けたフリをして逃げ走りつつ、敵の足に疲労を蓄積させていく……

 

 と。

 にわかに司馬(しば)(きん)が反転した。

 時を同じくして、両側の伏兵たちが金鼓(かねづつみ)を鳴らして立ち上がる。

 伏兵の放った矢が、雨よりも密に(せい)軍へと降り注いだ。

 

「しまった! 誘い込まれたか!」

 (せい)王は驚き、すぐさま退却しようとした。

 だが時すでに遅し。

 (せい)王は、流れ矢に当たって落馬したところを、猛進してきた司馬(しば)(きん)によって斬り捨てられた。

 

 王を失った(せい)軍は、たちまち散り散りに崩壊してしまった。

 

 

   *

 

 

 一方そのころ、()の大将項明(こうめい)もまた、()を救おうと接近していた。

 (しん)の大将董翳(とうえい)は、道の途中まで出て待ち受け、()軍に戦いを挑んだ。

 

 しかしこのとき、(しん)兵は遠路はるばる行軍してきたばかりで、深く疲労していた。

 もうひとつ士気が奮わないまま戦いは長時間におよび、疲れ果てた(しん)軍は、散々に駆け破られて30里(約12km)も後退した。

 

 これを見た()項明(こうめい)が、勝ちの勢いに乗って追撃をしかける。

 

 そのときである。突如、(しん)後陣(ごじん)の大軍を引き連れ、総大将章邯(しょうかん)が打って出た。

 将軍李由(りゆう)を先頭にして突っ込み、まずは董翳(とうえい)を救出。そのまま()軍へと怒涛(どとう)の勢いで攻め寄せた。

 

 一日一夜戦い続けて、()軍の疲労は頂点に達していたところであった。それを無傷の新手に突かれては、ひとたまりもない。

 たちまち()軍は揉み潰され、大将項明(こうめい)李由(りゆう)に斬り殺された。

 ()の3万余騎はほんの少数を残して壊滅し、右往左往に散乱してしまった。

 

 (しん)軍はますます勝ち誇り、(しお)の満ちるように()国へ攻め寄せた。

 

 救援部隊が敗れたと聞いて、魏王(ぎおう)(きゅう)愕然(がくぜん)とした。

「この城は孤立してしまった! とても守りきれない!」

 魏王(ぎおう)(きゅう)は、城の西門から脱出し、()国へ向けて逃走していった。

 

 かくしてあっさりと()を平定した章邯(しょうかん)は、東阿(とうあ)という所に陣を構えたのだった。

 

 

(つづく)

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