龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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五十三の上 決戦への布石

 

 

 大元帥韓信は、西魏(せいぎ)王魏豹(ぎひょう)を捕らえ、無事、滎陽(けいよう)に帰還した。

 そして帰ってくるなり漢王劉邦に謁見(えっけん)し、魏豹(ぎひょう)一族を劉邦の前に引き出してきた。

 

 劉邦は、魏豹(ぎひょう)の顔を見るや、声を大にして罵(ののし)りはじめた。

「魏豹(ぎひょう)!

 お前は56万の軍勢を率(ひき)いて睢水(すいすい)で戦い、30万人以上を死なせた!

 この俺だって、天の助けでどうにか逃げのびたけど、一歩まちがえば命(いのち)を落としていたところだ!

 

 だが、お前には一国の王という立場がある。

 だから誅殺(ちゅうさつ)はせず、平陽へ帰らせるだけで許してやったんじゃないか。

 そのことを恩に感じてくれたっていいくらいだろう。

 

 それなのに、お前は! 恩に着るどころか、俺を恨(うら)んで謀反(むほん)を計(はか)りやがって!

 もう生かしちゃおかねえぞ! 何か言いたいことはあるか!?」

 

 魏豹(ぎひょう)は、むっつりと顔をしかめ、開きなおった。

「言うことなど何もない。さあ、殺せ!」

 

 そのとき、魏豹(ぎひょう)一族の中から、1人の老婆が進み出た。

 齢(よわい)80を数えようかというこの老婆は、魏豹(ぎひょう)の母親である。

 

 魏豹(ぎひょう)の母は、悲しみに声を震わせながら、切々(せつせつ)と劉邦に訴(うった)えた。

「我が子の魏豹(ぎひょう)は、無知なあまり、反逆という過(あやま)ちを犯(おか)しました。

 国法をもって正せば、この罪は誅殺(ちゅうさつ)を免(まぬが)れがたいものでしょう。

 

 ただ……

 魏(ぎ)の公子たちは、始皇帝によってことごとく殺され、今や生き残りは我が子魏豹(ぎひょう)ただ1人……

 もしこの子が死んだら、魏(ぎ)の後裔(こうえい)は完全に絶(た)えてしまいます。

 

 漢王様、どうか、この子の命(いのち)ばかりはお助けください。

 魏(ぎ)王家の血筋を残し、祖先の祭祀(さいし)を繋ぐことをお許しください。

 どうか、どうか……」

 

 魏豹(ぎひょう)の母の懇願(こんがん)に、劉邦は心を動かされた。

 劉邦は大きく嘆息(たんそく)した。

 

「おい、魏豹(ぎひょう)よ。

 一家の柱たるべき男子が、こんな年老(としお)いたおっ母(か)さんに心配かけてどうすんだ!

 今度こそ誅殺(ちゅうさつ)してやろうと思ってたが……お前のお母(かあ)さんの泣き顔を、これ以上見たくねえ」

 

 結局……

 劉邦は、魏豹(ぎひょう)の処刑を取りやめ、庶人(しょじん)へ落とすことに決めた。

 

 庶人(しょじん)という身分は、今に言う一般庶民とは、かなり意味が異なっている。

 庶人(しょじん)は、赦免(しゃめん)された罪人や奴婢(ぬひ)からなる特別な身分階級である。奴隷ではないし、田畑(でんぱた)の相続も許されるが、仕官には制限がかけられていた。

 

 つまり劉邦は、魏豹(ぎひょう)の罪を完全に許したわけではないのだ。

 慎重に魏豹(ぎひょう)の権限を剥奪(はくだつ)しつつ、命(いのち)だけは見逃してやった……という表現が、最も実態に近いと言えよう。

 

 連座して魏豹(ぎひょう)一族も城外に追放されることとなったのだが、このとき劉邦は、魏豹(ぎひょう)一族の中に、容色(ようしょく)すばらしく麗(うるわ)しい2人の女性を見出(みいだ)した。

 魏豹(ぎひょう)の妻の、薄(はく)氏と管(かん)氏である。

 

 好色(こうしょく)な劉邦は、たちまち両美人に目を奪われた。

 薄(はく)氏と管(かん)氏は後宮(こうきゅう)に迎えられ、劉邦の側室となった。

 

 一方、魏豹(ぎひょう)の腹心であった大夫(たいふ)周叔(しゅうしゅく)は、西魏(せいぎ)の都(みやこ)平陽を預(あず)けられ、周辺郡県の管轄(かんかつ)を任されたのだった。

 

 

   *

 

 

 魏豹(ぎひょう)一族の処分が済むと、劉邦は韓信に言った。

「これで西魏(せいぎ)は平定できたな。

 大元帥、次はどうする?」

 

 韓信は、うなずいた。

「北部に目を向けるべきでしょう。

 ここ滎陽(けいよう)城から真北に位置する代州……そこに拠点を置く夏悦(かえつ)・張同の2人が、王化(おうか)に服(ふく)せず反抗を続けています。

 

 まず、代州の賊(ぞく)を誅殺(ちゅうさつ)し、そこから勢いに乗って東進し、趙(ちょう)、燕(えん)、斉(せい)と順に破(やぶ)っていく。

 これら諸国を平定してしまえば、我が漢の勢力圏によって楚(そ)を完全に包囲(ほうい)することができます。

 

 その後で一息(ひといき)に楚(そ)を滅ぼし、中国統一の大業(たいぎょう)を成しとげましょう」

 

 劉邦は、大いに喜んだ。

「よしっ! じゃあ韓信、よろしく頼むぞ!」

 

 

   *

 

 

 こうして漢軍は、項羽との最終決戦を見据(みす)えて動きだした。

 

 滎陽(けいよう)を拠点とする漢王劉邦は、王陵を大将として守りを固める。

 

 本拠地咸陽(かんよう)を守る相国(しょうこく)蕭何(しょうか)には、使者を遣(つか)わし、こう伝えた。

「固く関中を守り、法令を明確にして軍民を治めよ。

 わざわざ漢王へ奏上(そうじょう)するまでもない政策は、相国(しょうこく)の判断で、良いと思うようにやってくれてかまわない」

 

 蕭何(しょうか)は謹(つつし)んで王命(おうめい)を受け、昼夜孜々(しし)として(休まず懸命(けんめい)に努力して)政治に取り組んだ。

 蕭何(しょうか)が後方で本拠地をきちんと治め、莫大(ばくだい)な量の兵糧(ひょうろう)を滞(とどこお)りなく戦地へ送り続けたため、この後、漢の大軍はいつも力いっぱい戦うことができた。

 

 こうして足場を固める一方、大元帥韓信は、漢軍別動隊を率(ひき)いて北へ向かった。

 まずは代州。そこから一気に海まで東進し、趙(ちょう)、燕(えん)、斉(せい)など北部諸国の平定を狙ったのである。

 

 

   *

 

 

 さて、その中国北部、代州。

 

 この地を支配する夏悦(かえつ)と張同が、各地の勢力の動向について議論していると……

 物見(ものみ)の兵が部屋に飛び込んできて、報告した。

 

「漢の軍勢が、おびただしい数で攻めてきて、我が城から30里(12km)の地点に陣を置きました!」

 

 夏悦(かえつ)が言う。

「韓信は、先日、西魏(せいぎ)の魏豹(ぎひょう)を捕らえたらしい。

 つまり、勝ちの勢いに乗って攻め寄せてきた、というところだな。

 となれば、気が緩み、心が驕(おご)っているだろう。

 

 対する我々は休息十分。人馬ともに元気いっぱいだ。

 漢軍が備(そな)えをする前に、すばやく打って出て攻めこもう。そうすれば完全勝利できる。

 これは、いわゆる『逸(いつ)を以(もっ)て労(ろう)を待つ』の計だ」

 

 『逸(いつ)を以(もっ)て労(ろう)を待つ(以(い)逸(いつ)待(じ)労(ろう))』とは……

 じっと守りを固めて攻撃を耐え、敵が疲労したところを狙って反撃をしかける戦術のことである。

 

 確かに、韓信の軍は、西魏(せいぎ)討伐(とうばつ)からの連戦になるうえ、長距離を移動してきた直後である。

 人馬ともに相当な疲労を抱えているのは間違(まちが)いない。

 

 張同は、大きく、うなずいた。

「うむ、貴公の言うとおりだ。やろう!」

 

 代州軍は、夏悦(かえつ)・張同の指揮のもと、手際(てぎわ)よく合戦(かっせん)準備に取りかかった。

 

 

   *

 

 

 一方こちらは、代州の城から30里のところに位置する漢軍の陣。

 

 韓信は、諸将を集めて言った。

「我々は、代州まで遠路(えんろ)を移動してきたばかりで、まだ防備(ぼうび)が整っていない。

 

 夏悦(かえつ)と張同は、兵法(へいほう)の達者(たっしゃ)だ。

 我らの弱点を見抜き、必ず攻撃をしかけてくるだろう。

 

 汝ら、みな疲れているとは思うが、ここが踏ん張りどころだ。

 敵の策を逆に利用して裏をかく!

 いま辛苦(しんく)を厭(いと)わず、心を尽くして戦えば、敵を全員捕虜(ほりょ)にすることができよう」

 

 諸将は、力強く答える。

「おう! 命令(めいれい)をお聞かせください!」

 

 韓信は、うなずいた。

「よし。

 では、まず曹参(そうさん)! 貴公は一軍を率(ひき)い、攻撃をしかけて敵を誘いだせ!」

「承知!」

 

「灌嬰(かんえい)! 盧綰(ろわん)! お前たちは道の左右に伏兵を置き、敵が通過するのを待って退路を塞(ふさ)げ!」

「は!」

「お任せを!」

 

「樊噲(はんかい)! 汝は山の影に兵を伏せ、敵が敗走する姿を見たら、一気に飛び出て、とどめを刺せ!」

「おうっ!」

 

 そして韓信自身は、500の精兵を率(ひき)い、平山(へいざん)という山を迂回(うかい)して小道を進み、白石(はくせき)口(こう)なる谷に入って、兵を伏せた。

 

 

   *

 

 

 対する夏悦(かえつ)は、張同に城の守りを任せ、自分は午(うま)の刻(昼12時前後)に1万の軍勢を率(ひき)いて出撃した。

 

 夏悦(かえつ)は、韓信の陣の前に押し寄せ、声を大にして叫びかけた。

「股(また)を潜(くぐ)った男(韓信)は、この中にいるのか?

 すぐに出てきて降参せよ!」

 

 すると漢の陣門が開き、中から、1人の大将が馬を躍(おど)らせ駆け出てきた。

 その手勢が掲(かか)げている旗を見れば、『漢大将曹参(そうさん)』と大きな文字で書き記してある。

 

 しかし、一体どうしたことだろう。

 曹参(そうさん)の軍勢は旗幟(きし)がまるで整っていない。兵の隊列も交わったりバラけたり、あちこち乱れ放題(ほうだい)。

 まるで素人(しろうと)の集団である。

 

 夏悦(かえつ)は、大笑いした。

「はっはっは! なんだ、あの情けない軍勢は?

 人は皆(みな)『韓信は兵を用いるのが上手い』と言っているが、見ると聞くとでは大違いだ。

 まるで子供の遊びではないか。恐(おそ)るるに足らぬわ」

 

 夏悦(かえつ)は、軍勢の前に進み出ると、曹参(そうさん)に向かって声をはりあげた。

「おい! 股(また)潜(くぐ)り男は、なぜ出てこないんだ?

 ひょっとすると、この夏悦(かえつ)の名を聞いて、腰を抜かしてしまったのかな?

 ならば、しかたない。汝などは無名の匹夫(ひっぷ)だが、まずは汝で、我が刀の切れ味を試してやろう!」

 

 この挑発に、曹参(そうさん)は大いに怒った。

 曹参(そうさん)は戟(げき)を取り、馬を飛ばして夏悦(かえつ)に駆け寄り、戦いを挑(いど)んだ。

 

 そこから戦うこと10合ほど。

 曹参(そうさん)は急に顔を青くして、

「だっ、だめだ! 敵(かな)わぬ!」

 と怖気(おじけ)づき、馬を反転させて逃げはじめた。

 

 ……というのは、もちろん、すべて詐(いつわ)りである。

 曹参(そうさん)の軍勢が素人(しろうと)同然に乱れていたのも、敵を油断させるための演技であった。

 曹参(そうさん)は、負けたフリをして、夏悦(かえつ)を誘い出そうとしているのだ。

 

 そうとは知らない夏悦(かえつ)は、

「逃がさん!」

 と兵を駆り立て、曹参(そうさん)の後を追いかけた。

 

 そうして20里(8km)ほども進んだところ……

 突然、夏悦(かえつ)の周囲で太鼓(たいこ)の音が湧き起こった。

 漢の伏兵である。

 

 左手からは灌嬰(かんえい)。

 右手からは盧綰(ろわん)。

 二手(ふたて)の軍勢が殺出(さっしゅつ)し、夏悦(かえつ)の背後を塞(ふさ)いでしまったのだ。

 

 これを見て、前方の曹参(そうさん)も急に引き返してきて、夏悦(かえつ)に襲い掛かってきた。

 

「しまった! 罠か!」

 夏悦(かえつ)は顔面蒼白(そうはく)となった。

 

 

(つづく)




●注釈
 『逸(いつ)を以(もっ)て労(ろう)を待つ(以(い)逸(いつ)待(たい)労(ろう))』の計は、昔から中国で広く知られた有名な戦術のひとつ。古くは「孫子・軍争」に『以(い)佚(いつ)待(たい)労(ろう)』の表記で登場し、「漢書・趙充国辛慶忌伝」あたりから『以(い)逸(いつ)待(たい)労(ろう)』と変化して、以後さまざまな書物に引用されている。
 『逸(いつ)』と『佚(いつ)』はほぼ同義で、心を安らげる、気楽である、などの意味を持つ。安逸(あんいつ)の逸(いつ)と考えると分かりやすい。つまり、味方の兵馬をゆっくり休ませ、敵が疲れるのを待ってから攻撃をしかける戦術のことを言う。
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