韓信率いる漢軍別動隊は、代州の平定に成功した。
ここまでに攻略した西魏・代州の兵を加え入れたことで、韓信の兵力は、今や総勢30万人にまで膨れ上がっていた。
ところがこのとき、滎陽城の漢王劉邦から、こんな要請が飛んできた。
「滎陽を守る兵力が不足している。
そちらの兵を、増援として送ってくれ!」
次に攻略する予定の趙は、強国である。
その趙との戦いを前に兵を減らされるのは痛い……
しかし、滎陽城が落とされてしまっては元も子もない。
しかたなく、韓信は全軍のうち20万人を滎陽に送り、自身は残る10万のみを率いて、趙国へと進発したのだった。
*
韓信たち漢軍は、趙の国へ侵入し、井陘という土地の30里(約12km)手前に陣を取った。
この井陘は、山脈の間を走る隘路(狭い道)である。
道幅は狭く、大軍で通過しようと思えば、どうしても細く長い列を作らざるをえない。
もし井陘を通過している途中で襲われたら、大損害を受ける可能性がある。
そこで韓信は、張耳を呼んだ。
張耳は、かつて趙の実力者だった人物である。それだけに、趙の内情には詳しい。
(第四十五回参照)
韓信は、張耳に相談をもちかけた。
「趙には、広武君李左車という謀士がいるそうだな。
李左車は絶妙な計略を上手く用いる人物だと聞く。
そこで、まず間者を放ち、趙王がどんな方針を取っているか調べあげ、その後で兵を進めようと思う。
軽々しく敵地の奥に入り、敵に糧道を遮断されてしまったら、進んで戦うことも、退いて守ることもできなくなる。それは兵家が非常に忌み嫌うところだ」
しかし、張耳は余裕の笑みを浮かべている。
「大元帥、ご心配には及びません。
いま趙王を補佐している実力者は、成安君陳余です。
あの男、兵を用いるのは上手いのですが、臨機応変に物事へ対処する才能は持っていません。
そういう性格の男ですから、陳余は李左車のことを『人を騙すような手段ばかり多用する奴だ』と言って嫌っています。
たとえ李左車がすばらしい計略を考えても、陳余が採用しないでしょう」
韓信が言う。
「いや。『成敗利鈍あらかじめ見るべからず』だ。
成功するか失敗するか、やりとげられるか挫折するかは、前もって予測することはできない。
貴公の言うとおりになると決めてかかるのは危険だ。
実戦に臨む前に、まず敵の情報を詳しく調べ、虚実を明らかにする必要がある。
軍を前進させるのは、その後だ。
さすれば味方の意気も盛り上がり、必勝の体勢を作ることができよう」
そこで韓信は、兵の中から間者を10人選抜し、こう命じた。
「汝ら、ひそかに趙の城へ潜入し、敵の内情を探ってこい。
特に、陳余と李左車がどんな計略を用いるつもりかが知りたい。
有力な情報をつかんだなら、重く恩賞を与えよう」
命を受けた間者たちは、商人ふうに変装し、何食わぬ顔をして趙の城に潜り込んだ。
間者たちは、まず趙城の門番に接近をはかった。
賄賂を握らせてみたり。
ともに酒を酌み交わしながら、越し方・行く末(過去・未来)の四方山話に興じてみたり……
人間というのは不思議なもので、毎日挨拶を交わし、一緒に食事や雑談を楽しんだりしていだけで、ついなんとなく、その人に親しみを覚えはじめる。
数日を経て、門番はすっかり間者たちに心を許すようになった。
ここまでくれば、あとは簡単。
酒を飲みながら、世間話のふりをして、趙軍の内情を聞き出すのだ。
こうして、趙王が陳余・李左車と相談した内容は、一から十まで漢軍の間者に筒抜けとなってしまったのである。
*
間者たちが聞き集めた情報によれば……
趙王の趙歇は、漢軍が攻め寄せてきたという報告を聞き、すぐに動いた。
陳余とともに20万人の軍勢を整え、井陘の手前まで軍を進めて駐屯したのだ。
ちょうど、漢軍とは井陘の隘路を挟んで反対側に布陣した形となる。
ここで趙王は、李左車を呼んで計略を尋ねた。
李左車が答えて言う。
「私が聞いたところでは、韓信は渡河して西魏王魏豹を捕らえ、代州では夏悦を斬り、勢いに乗って攻めてきております。
その鋭気は、はなはだ盛ん。そのうえ、趙の地理・内情に詳しい張耳が補佐しております。
それゆえ、漢軍と真正面から戦うべきではありません。
しかし、漢軍には弱点もあります。
漢軍は、はるばる千里も離れた本拠地から兵糧を輸送してきております。そのため食糧は常に不足気味で、兵士たちは満腹になる日がないそうです。
さらに、井陘の道は非常に狭く、荷車を走らせることも、騎馬を横に並ばせることも不可能。
となれば、漢軍が井陘を通過するとき、食糧の輸送が滞り、本隊からかなり離れた後方に留め置かれると予想されます。
そこで、お願いがございます。
臣に3万の兵をお貸しくださいませ。
漢軍が井陘の隘路に入ったら、臣の部隊が間道を使って敵の背後に回り込み、輜重(輸送)の道を遮断いたしましょう。
趙王様は、隘路の出口側を塞ぐかたちで布陣し、堀を深く、土塁を高くして、厳重に守りを固めてくださいませ。
さすれば、韓信は進んで戦うことも、退いて帰ることもできなくなります。
しかも今は10月の末。
食糧不足に陥った漢軍が略奪で賄おうとしても、この季節ならば、田畑にも野山にも食糧らしい食糧は残っておりません。
漢軍の兵糧はたちまち尽きます。敵を全員捕虜とするのに、10日もかかりますまい。
趙王様、どうぞ臣の計略を用いてください。さすれば完全勝利は間違いありません。
しかし、もしこの計略に従われなかったなら、韓信・張耳によって趙王様は確実に滅ぼされてしまうでしょう」
李左車の理路整然とした献策に、趙王も一度は納得しかけた。
が、ここで陳余が口を挟んだ。
「お待ちください!
李左車が言っているのは、全て詭謀、つまり人を騙す計略です。
この私、陳余は、義のために兵を起こした男。どうしてそんな卑怯な計を用いることができましょうか!
兵法にも『十なるときは則ちこれを囲み、倍するときは則ちこれと戦う』と言うではありませんか。
『敵の十倍の兵力があれば包囲し、敵の二倍の兵力があれば正面から戦う』……これこそ正々堂々の戦い方というものです。
韓信は、西魏や代州との戦いで疲れ果てた将士を連れてきております。
その兵力も『数十万』などと吹聴しているようですが、いやいや、大げさ、大げさ。その実数は、せいぜい数千人に過ぎず、といったところでしょう。
それが千里も離れた遠方から行軍してきたのですから、疲労も極限に達しておりましょう。
対する味方の兵は、長いあいだ戦わずに鋭気を養い、日々調練に励み、熟しきっております。
数の上でも、兵の力でも、我が趙の方が上回っている。韓信に負けることなどありえましょうか。
それに……
これほど有利な状況にもかかわらず、我らが陣地に引きこもって守りを固めたら、天下の諸侯はどう思うでしょうか?
彼らは我らの臆病さを侮り、領土の切り取りを狙って攻めてくるかもしれません。
長い目で見れば、これは良い策とは言えませんぞ」
陳余は実力者である。その意向は趙において重きをなす。
こうして、李左車の計略は却下されてしまったのだった。
*
以上の話は、間者からの報告によって、あまさず韓信の知るところとなった。
韓信は大喜びした。
「井陘の通過中に襲われたら危なかったが、趙にそのつもりがないのなら安心だ。
では、攻め寄せてやろう」
韓信は、10人の間者に重く恩賞を与えると、早くもその日の夜半に軍を動かす手配をしはじめた。
まずは騎兵2千人を集め、こう命じる。
「汝らは、ひそかに間道を使って井陘を迂回し、山の中へ身を隠せ。
しばらくすると、趙軍が、みんな本陣から打って出るだろう。
そうして空になった趙の本陣に、汝らは、すばやく突入せよ。
陣地を乗っ取り、趙の旗幟をすべて抜き捨てて、かわりに我が漢の赤旗を立てるのだ。
その後は陣地を固く守り、決して動かないように」
それから、他の諸軍勢に向かって、こう言った。
「さて、今日で趙を破ってしまおう。
お前たち、出陣前の食事は少なめにしておけ。趙を倒した後で、心静かにゆっくり食事をしようじゃないか」
これを聞いた張耳、曹参、樊噲、その他もろもろの大将たちは、目を丸くして、互いに顔を見合わせた。
「あ、はあ……」
趙軍は総勢20万人。この大軍を今日1日で破るというのか……
にわかには信じられず、生返事をするばかりの大将たちであった。
(つづく)