龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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五十四の丙 背水の陣

 

 

 韓信から熱心に計略を問われ、李左車(りさしゃ)は、長い沈黙の後に語りはじめた。

「『智者、千慮(せんりょ)すれば必ず一失(いっしつ)あり。愚者、千慮(せんりょ)すれば必ず一得(いっとく)あり』という言葉がございます。

 どんな知恵者でも、千回考えれば、その中に1回は失敗があるもの。

 逆に、愚者であっても、千回考えるうちには1回くらい良いことを考えつくものです。

 それゆえ、聖人は狂人の言葉を採用することもあるのです。

 

 私は知恵も薄く、才能も微小で、用いるに()るような人間ではありません。

 しかし、韓信将軍のために、なけなしの忠義を尽くし、肝胆(かんたん)(腹の中)にあるものを吐き出してみましょう。

 

 韓信将軍は、魏豹(ぎひょう)()()り、夏悦(かえつ)誅殺(ちゅうさつ)し、今また陳余(ちんよ)を斬り、(ちょう)兵20万人を破りなさいました。

 その勇名は天下に知れ渡り、武威(ぶい)は四海(世界)を動かしています。

 

 天下の農夫たちは、畑を(たがや)す手を止め、(すき)を手放してまで、将軍を()めたたえております。

 小さな幼児ですら、韓信将軍の名を聞けば泣くのをやめて恐れるといいます。

 これは韓信将軍の長所です。

 

 しかし、いくつもの戦場を()て、漢軍の兵は弱り、馬は疲れ、物の役に立たなくなっております。

 韓信将軍は、この弱り疲れた人馬を(ひき)いて、(えん)国を()とう考えておられる。

 

 (えん)は弱小国ではありますが、城に閉じこもって、数日、固く守るくらいなら可能でしょう。

 すると、たちまち漢軍は兵糧(ひょうろう)不足に(おちい)り、兵が苦しみはじめます。結局、(えん)を破ることは、できないでしょう。

 

 (えん)の平定に失敗すれば、残る(せい)国は、ますます漢に従わなくなります。

 これが、韓信将軍の短所であります。

 

 (いにしえ)の用兵の達人は、もっぱら自分の長所を使って敵の短所を撃ちました。逆に、自分の短所を使って敵の長所を撃とうとすれば、うまくいかなくても当然です。

 以上のことから、韓信将軍がどんなに攻めなさっても、(えん)は破れないだろうと思います」

 

 韓信は、うなずいた。

「なるほど……それでは、どのような計略を用いれば、それが可能になるでしょうか?」

 

 李左車(りさしゃ)が言う。

「まずは(ちょう)国を安定させ、人民を安心させ、軍を休ませて鋭気を養うことが第一です。

 そうすれば、(えん)国の将兵は、すぐ隣で漢軍が力を(たくわ)えているのを見て、いつ攻められるのかと不安や恐怖を感じるでしょう。

 

 そこを狙って、弁舌(べんぜつ)の士を1人選んで使者とし、(えん)王に書簡(しょかん)を送りなさいませ。

 その書簡(しょかん)(えん)王に利害を()き、韓信将軍の長所を見せつけなされば、(えん)が帰服しないはずがありましょうか。

 

 (えん)が帰服した後で、今度は(せい)に使者を送れば、こちらも降伏してくるでしょう。

 こうすれば、刃を血で()らすことなく(えん)(せい)を得て、天下統一につなげることができます。

 

 (いにしえ)の言葉に『兵は、まことに声を先にして実を後にするあり』……『軍事においては、先に言葉で圧倒し、後で実力行使するのである』と言うのは、これのことです」

 

 韓信は、限りなく喜んだ。

「すばらしい! 先生のお言葉の通りにすれば、戦わずに敵を屈させることができるでしょう。

 (つつし)んで先生の教えに従います」

 

 そこで韓信は、軍勢を(ちょう)城に留めて休ませ、随何(ずいか)を使者として(えん)王へ書簡(しょかん)を送ったのだった。

 

 

   *

 

 

 中国北東部、(えん)――

 

 韓信が代州・(ちょう)を破ったという報告は、(えん)王の耳にも、すでに届いていた。

 (えん)(ちょう)のすぐ隣である。(えん)王は大いに驚き恐れ、家臣たちを集めて緊急の対策会議を行った。

 

 そのとき、1人の臣が進み出た。

「漢軍は、大いに勢いづいているとはいえ、たびたびの(いくさ)()て、三軍みな疲労してもおります。

 臣が推測いたしますに、韓信は、しばらく(ちょう)に留まって兵を休ませるでしょう。

 そして……近いうちに、(えん)王様に降参を(すす)めるための使者が、韓信から送られてくるに違いありません。

 

 その使者の説得を、簡単に受け入れてはいけません。

 漢と()、一体どちらが勝利するか……劉邦と項羽、どちらが天命を得た人物なのか……それを見極(みきわ)めないうちに漢の(がわ)につくのは危険です。

 

 そこで、臣を返答の使者として、韓信のところへ派遣してくださいませ。

 韓信と直接対面し、漢の実力と実態を見極(みきわ)めたうえで、韓信を説得すべきならば説得し、韓信に降るべきならば降る、というように臨機応変に対応して参りましょう」

 

 これは一体、誰の発言か?

 人々が声の(ぬし)に目を向けると、それは(えん)謀士(ぼうし)蒯徹(かいてつ)(あざな)文通という男であった。

 

 (えん)王は、蒯徹(かいてつ)の言葉に眉をひそめた。

「韓信から使者が来るだと? 本当なのか……?」

 

 そのとき、こんな報告が飛び込んできた。

「韓信が、随何(ずいか)を使者として書簡(しょかん)を送って参りました!」

 

 (えん)王は驚いた。まさに蒯徹(かいてつ)が予言した通りの展開ではないか。

 

 (えん)王は、すぐに随何(ずいか)を迎え入れて対面し、韓信からの書簡(しょかん)を受け取った。

 書簡(しょかん)を開いてみれば、文面は、こうである。

 

『漢の大将軍韓信、書を(えん)王の麾下(きか)(たてまつ)る。

 私、韓信は聞いたことがあります。「天命は長続きするものになびき、徳のある者の元へ帰りつく」と。

 

 (しん)は無道であり、古代の書物を焚書(ふんしょ)し、多くの人民を残虐に殺害しました。

 その後を覇王項羽が受け継ぎ、ますます乱暴で過酷な政治を好き勝手に行い、義帝を弑逆(しいぎゃく)し、悪行は天まで届き、海内(かいだい)世界は震え叫び、神も人も一緒になって(いきどお)っております。

 

 それゆえ、漢王劉邦は義挙(ぎきょ)をなしました。

 兵は義帝への弔意(ちょうい)を示すために白い衣服を身に着け、(むしろ)(敷物)を巻くように三秦(さんしん)を巻き取り、たちどころに河南(かなん)西魏(せいぎ)二魏(にぎ)を降伏させ、魏豹(ぎひょう)を捕虜とし、夏悦(かえつ)誅殺(ちゅうさつ)し、(ちょう)を破り、陳余(ちんよ)を斬りました。

 

 これは兵が強いからではありません。ひとえに漢王の人徳の賜物(たまもの)です。

 

 今や、漢軍が向かうところ誰も彼もが風のようになびき、帰順しない者は1人もいないというほどです。

 ただ、(えん)国だけが、いまだに我らに帰服しておりません。

 (えん)王様は、天命が帰りつくところを御存知(ごぞんじ)ないのでしょうか?

 

 そこで、この韓信が、兵を(ちょう)城に駐屯させながら、この書を貴国へ送りました。

 もし貴国が(ほこ)を寝かせ、我らへの()()()()(献上品のこと)を納め、民衆の(いのち)(あわ)れんで降伏なされば、(えん)王は王位を失うことなく100代先まで血筋を残すことができるでしょう。

 

 すぐ近くの(ちょう)がたどった運命をふまえて、(えん)王よ、よくお考えください』

 

 

(つづく)




●注釈
 蒯徹(かいてつ)という人物が登場した。一般には『蒯通(かいとう)』という名で知られる人物だが、蒯徹(かいてつ)の方が本名である。中国には、皇帝の名と同じ漢字の使用を避け、書物にその漢字が登場するときには似た意味の別字に置き換える、という風習がある。これを避諱という。漢の第7代皇帝(武帝)が名を劉徹というため、漢代に書かれた「史記」「漢書」では『徹』の字を同義の『通』に置き換えて『蒯通(かいとう)』と表記されたのである。一方、「通俗漢楚軍談」「西漢通俗演義」では『蒯徹(かいてつ)』に戻っているので、本編ではそれに従う。
 蒯徹(かいてつ)は今後も何度か本編に登場し、蒯徹(かいてつ)に関する逸話も史実に近い形で描く予定になっている。そのため、ここでは説明を省く。
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