大漢の3年丁酉(紀元前204年)、冬11月。
漢の大元帥韓信が、西魏・代州・趙・燕の4国を平らげ、威風によって周囲を動かし始めていた、そのころ……
楚の都彭城にも、韓信快進撃の噂は伝わっていた。
老軍師范増は、楚将鍾離昧をともなって、覇王項羽に謁見した。
「近ごろ、韓信が魏豹を捕らえ、夏悦を斬り、趙を破り、燕を降伏させ、向かうところ敵なしの様子です。
この勢いを見て、今まで楚に従ってきた諸侯の中にも、漢の方に寝返る者が続出しております。
このまま捨て置けば、問題の根はますます深くなり、棘もいよいよ固くなって、取りのぞきがたくなっていくでしょう。
覇王陛下。ここは、一気に決着をつけるため、すみやかに兵を起こして、滎陽の劉邦を征伐なさるべきでありましょう」
項羽は、うなずいた。
「うん。
俺も韓信の噂を聞いて、近いうちに兵を出さなきゃいけないと思っていたところだ。
亜父たちの奏上は、俺の気持ちにぴったり合っているぞ」
項羽は、すぐに命令を発した。
すなわち、10万の軍勢を整えて、滎陽城へ向けて出発したのである。
*
項羽、またしても来たる!
その情報は、漢の間者によって、すぐさま劉邦に伝えられた。
劉邦は、大慌てで軍師張良と謀士陳平を呼んだ。
「やばいぞ!
韓信が北方へ遠征中だというのに、韓信不在の隙を狙って項羽がまた攻めてきやがった!
王陵は、おっ母さんが亡くなったことで心の病になって、まだ立ち直っていないし……
項羽に対抗できそうな英布は、領国の九江へ帰ってしまっている。
他の大将たちも、大半が韓信の出征について行ったから、今、この滎陽城はカラッポ同然だよ。
これじゃ、とても守りきれない!
なあ、俺、一体どうしたらいい?」
陳平が答えた。
「少しも御心を苦しめなさいますな。
臣に、ひとつの計があります。
項羽が普段から頼りにしている骨鯁の臣(魚の骨のように意志が固く、主君に直言する硬骨の臣)といえば、范増、鍾離昧、龍沮、周殷など、せいぜい5、6人にすぎません。
今回、楚軍がこちらへ攻めてきたのも、元々は項羽の意志ではありますまい。これら家臣団が勧めたからでありましょう。
そこで……
反間の計を用いてはいかがかと思います」
劉邦が身を乗り出す。
「反間の計っていうのは?」
陳平が流れるように説明した。
「敵の中に不和を作り出し、仲違いさせる計略のことです。
まず、漢王様には、賄賂の資金として数万金を用意していただきます。
これを楚の将士たちにバラまき、『范増や鍾離昧が反逆を企てている』という噂を流すのです。
項羽は、もともと思慮が浅く、讒言(他人を陥れるための悪口)を簡単に信じる性格です。
項羽は必ずこの噂を信じ、范増たちがどんなに見事な計略を考えたとしても、用いようとしなくなるでしょう。
そのときを狙って、臣が、もうひとつ別の計を施します。
そうすれば、項羽は怒り狂い、きっと范増や鍾離昧を誅殺いたします。
范増さえ楚から消えれば、項羽がどれほど強くとも、その武勇を活かすことは不可能となる。
その後で我らが攻撃を仕掛ければ、楚は、たちまち滅んでしまうでしょう」
劉邦は限りなく喜び、すぐさま黄金4万斤(約10トン)を用意した。
「陳平、この金を全部お前に任す。好きなように使っていいぞ!」
これほどの財宝を、ポンと家臣に預けてしまう気前の良さ。このあたりが、他人にはちょっと真似できない劉邦の長所である。
とはいえ、本当に范増を失脚させられるなら、これでも決して高い買い物ではない。
陳平は、十分すぎるほどの資金を手に入れると、ひそかに心腹の人を楚へ送り込み、楚の将士に金をバラまきはじめた。
そして、盛んに噂を流した。
「范増や鍾離昧は、たびたび功績をあげてきたが、覇王は彼らに領地や爵位を与えようとしない。
だから范増たちは覇王を恨み、漢と内通して楚を滅ぼそうと企んでいる。
彼らは、楚の領土を分割して自分たちの物にするつもりなのだ……」
*
噂は、ほどなく項羽の耳に入った。
項羽は、顔面蒼白になった。
「そうだったのか……もう少しで奴らに騙されるところだった」
范増や鍾離昧といえば、これまで数えきれないほどの功績をあげてきた、腹心中の腹心だ。
それにもかかわらず、項羽は、出所不明の怪しげな噂話を、いともあっさりと信じ込んでしまった。
それ以来、項羽は、重要な会議に范増たちを呼ばなくなった。
こうして、なにもかも謀士陳平の思惑通りに事が運んでいったのである。
*
楚陣営に微妙な空気が漂う中、項羽は、大軍を率いて出陣した。
項羽は、滎陽城の近くまで軍を進めると、まず城の手前に本陣を作り、その翌日、みずから先陣を切って滎陽城に押し寄せた。
かくして滎陽の戦いは始まった。
開戦から3日。楚軍は城の四方を取り囲み、息も継がずに攻め続けた。
一方、漢軍の方は、城に立てこもって、ひたすら守りを固め、城外にまったく出てこようとしない。
項羽は、勇ましく号令を下す。
「韓信が不在の今、あんな城は空城同然だ!
さっさと打ち潰してしまえっ!」
楚軍は、数多くの射手を集め、おびただしい数の鉄砲や火矢を一斉に城へ打ち込んだ。
漢軍の方も、石礫や灰瓶を、雨のように降らせて対抗する。(灰瓶:石灰を詰めた瓶。敵を失明させるための投擲武器)
連日、激しい戦闘が繰り広げられたが、決着はなかなかつかなかった。
いかに精強な楚軍といえども、籠城に徹する相手を強引に打ち破ることは難しい。
漢軍の必死の抵抗を浴びて、楚軍は、まったく城に近づくことができなかったのである。
そこから、膠着状態のまま時間ばかりが過ぎ去って、戦は7日目に突入した。
これだけ攻めても、まだ滎陽城が落とせない。
それどころか、攻略の足がかりひとつ作れていない。
項羽は、次第に焦り始めた。
*
一方、籠城する漢軍の側も、苦しい。
外の項羽からは、粘り強く守っているように見えるかもしれないが、劉邦たちは劉邦たちで、いつ守りを突破されるかと戦々恐々なのである。
この状況を見て、軍師張良が、劉邦に進言した。
「項羽は、猛烈な勢いで滎陽城を攻撃していますが、思わしい戦果をあげられていません。
そろそろ焦りはじめている頃でしょう。
いま使者を送り、詐りの降参を申し出れば、項羽は必ず和睦に乗ってきます。
和睦の交渉を利用して、陳平殿の計を動かしましょう。項羽と家臣団の間に疑念を生じさせるのです」
劉邦が言う。
「もし項羽が降伏を受け入れなかったら?」
張良の微笑が、氷のように冴えわたる。
「いいえ、その心配はありませんよ。
項羽は、天性の躁。
剛胆ではありますが、ジッと耐え忍ぶのが苦手な性格です。
項羽が城を攻め始めて、すでに7、8日が経過しております。
はじめは勢いがあった楚軍も、だんだんと疲れ、弱ってきています。
すでに項羽は、心の中で躁の気分が爆発しそうになっているはず。
漢から使者が来れば、たちまち兵を後退させて和睦に踏み切ることは疑う余地もありません」
劉邦は、うなずいた。
「よし、それで行こう! 随何を呼んでくれ!」
漢一番の弁舌の士、随何は、ちょうどこのとき韓信のところから滎陽に戻ってきていたのだ。
項羽を騙すための説客として、随何以上の適任者はいない。
劉邦は、随何に、使者として楚陣へ行くよう命じた。
*
随何は、滎陽の城壁に登ると、外の楚軍に向かって声を張り上げた。
「私は、これより漢王様の命により、一大事の使者として楚陣に赴く!
楚軍の方々よ! うっかり私を攻撃なさらないように気を付けていただきたい!」
それから随何は、滎陽城の東門を開け、楚の陣へ向かった。
楚陣に到着した随何は、項羽に謁見した。
「漢王は、以前に覇王陛下と義兄弟の盟約を交わし、共に義帝の命を受け、二手に分かれて秦を討伐いたしました。
その後、漢中という、険阻極まりない土地に封ぜられてしまいましたから、父母のいる遠い故国を離れるのを忍びなく思い、兵を起こして攻め上ったのです。
しかし、漢王の望みは、ただそれだけでありました。天下を手中に収めようと考えていたわけではありません。
関中の地を手に入れた今、漢王の望みは十分に叶えられました。
漢王は、もう、こんな戦いは終わりにしたいと考えております。
そこで……
滎陽より東を楚の領域、西を漢の領域とする条件で、和睦していただけないでしょうか?
和睦が成立すれば、すぐに韓信の別動隊も呼び戻します。
漢王と覇王陛下が、それぞれの領地の境界線を侵さぬようにすれば、人民は戦禍から逃れることができ、漢王と覇王陛下も共に長く富貴を保つことができます。
覇王陛下、どうかこの提案を聞き届けてくださいませ」
(つづく)