龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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七の中 我が心、砕くるが如し

 

 

 「()、敗れる」の一報は、すぐに()国にも届いた。

 懐王(かいおう)は急いで武信君(ぶしんくん)項梁(こうりょう)を呼び、対応を協議した。

 

(しん)の大軍が(せい)()両国の救援部隊を(やぶ)り、()を平定したそうです。これからどうすればよいでしょう?」

 

 項梁(こうりょう)は自信満々に胸を張った。

「おまかせあれ。(しん)がみずから出陣し、まずは章邯(しょうかん)誅殺(ちゅうさつ)し、すぐに(しん)を平定してみせましょう!」

 

 項梁(こうりょう)は、項羽・范増(はんぞう)らと20万の兵を引き連れ、東阿(とうあ)へ押し寄せた。

 そして、(しん)軍と30里(12km)をへだてて陣を置いた。

 

 ここで項羽は、大胆不敵な行動に出た。

叔父上(おじうえ)、ちょっと出かけてきます」

 などと(うそぶ)き、自分の手勢を引き連れ、愛馬烏騅(うすい)を歩ませて、向かった先は、なんと(しん)本陣の門前だった。

 

 項羽は胸いっぱいに息を吸い込み、天地も震えるほどに声を張り上げた。

(しん)の大将章邯(しょうかん)に言いたいことがある! 出てこい、章邯(しょうかん)っ!」

 

 対する章邯(しょうかん)もまた豪胆である。配下の猛将たちを左右に並べ、門を開いて馬を出した。

 

 章邯(しょうかん)が現れたのを見ると、項羽はまた大音声を響かせた。

(しん)の二世皇帝は無道だ!

 丞相(じょうしょう)趙高は好き勝手に悪事を働いている!

 そのうえお前たちは徒党を組んで民を傷つけている!

 こんな悪事を続けていれば、天に見放(みはな)されて滅びるに決まってる! そんなことも分からないとは、まるで、魚が(かま)の中で泳ぎながら、死が間近に迫っているのに気づかないようなものだ!

 あまつさえ、兵を引き連れて函谷関(かんこくかん)から出てくるなんて、殺されに来たようなものだ。笑えるぜ!

 今すぐ降伏すれば命は助けてやるぞ!」

 

 負けじと章邯(しょうかん)も言い返す。

「わしは上級国家の大軍を率いて、向かうところ敵なしだ。

 それに比べれば、お前などは洞庭湖(どうていこ)の南(()のこと)に住んでるネズミみたいにちっぽけな盗賊だ!

 勝手に()王家の生き残りを立て、我が国の領土を盗み取ろうとしおって。そんなものが天意にかなった行いであるものか!」

 

「ネズミだとおっ!?」

 項羽は激怒した。自分から舌戦(ぜっせん)を挑んだわりに、(あお)られるのには弱いのである。

 項羽は章邯(しょうかん)の言葉を最後まで聞こうともせず、いきなり槍をひねって突きかかった。

 

「来い、若造(わかぞう)っ」

 章邯(しょうかん)も馬を交えて応戦する。

 

 将軍同士の一騎打ち。互いに刃を戦わせること30合あまり。次第(しだい)章邯(しょうかん)は焦り始めた。章邯(しょうかん)もさすがの腕前だったが、項羽のほうは、もう、強いどころではなかったのだ。

 繰り出す槍の一撃一撃が、巨岩の如く重く、飛矢(ひし)の如く速い。受け止めるごとに根こそぎ体力が()ぎ取られていく。人間業とは思えない。まるで鬼神を相手取っているかのようだ。

 章邯(しょうかん)はみるみるうちに追い込まれていき、ついに、馬を返して逃げ出した。

 

「逃さん!」

 項羽は兵を駆り立て追いかける。

 

 その行く手を、(しん)の大将李由(りゆう)(ふさ)いだ。

 挑みかかってくる李由(りゆう)に向かい、項羽は目を怒らせ叫ぶ。

「誰だお前はァ!」

 

 そのすさまじい気迫に、李由(りゆう)が震え上がる。彼の乗った馬まで(おび)え、20歩も後退してしまう。

 

 体がすくんで身動きとれない李由(りゆう)(にら)み、項羽は龍馬(りゅうめ)烏騅(うすい)(むち)を入れた。疾風(はやて)の如く駆け寄って、李由(りゆう)の背中へ突き込まんと勢いよく槍を振り上げる。

 

 と、そのとき、司馬(しば)(きん)董翳(とうえい)の2騎が慌ただしく駆けつけた。

 李由(りゆう)と項羽の間に割って入り、二人がかりで項羽に戦いを挑む。

 

 戦うこと20()(ごう)

 だが、司馬(しば)(きん)董翳(とうえい)も相手にならない。2対1ですら項羽の勢いを止めることさえできないのである。

 項羽の槍に(こと)もなげにあしらわれ、逆に追い詰められた司馬(しば)(きん)董翳(とうえい)は、とうとう馬に(むち)打って逃げだした。

 

「逃がすな! 追え!」

 項羽はすぐさま兵に下知(げち)して追い打ちをかけた。

 

 この状況を遠目に見ていた武信君(ぶしんくん)項梁(こうりょう)は、甥の大活躍に、思わず頬を緩めた。

「項羽め、やりおるわ。

 だが、敵地に深入りして万一のことがあってはまずいな。

 英布! 桓楚(かんそ)! 于英(うえい)! 各々(おのおの)5千騎をさずける。項羽に加勢せよ!」

 

 三将の支援を得た項羽は、いよいよ勢いづいて、(しん)軍を散々に駆け破った。

 

 

   *

 

 

 おびただしい数の兵を討たれた章邯(しょうかん)は、50里(20km)後退して陣を組みなおした。

 

 諸将を集めて章邯(しょうかん)が言う。

()軍は勢い盛んで、正面から戦いを交えるのは難しい。

 特に項羽! あれは強すぎる。あんなやつと力比べをしていては、死人が増えるばかりで何の(えき)もない!

 そこで、緩兵(かんへい)の計を用いようと思う。

 敵方の将が(おご)り、兵がだらけて油断するのを待ってから討つのだ。そうすれば、ただの一戦で勝てるだろう」

 

 そこから(しん)軍は、陣に(こも)って守りを固めはじめた。

 

 

   *

 

 

 項羽は思うがままに勝ちまくり、意気揚々と本陣に帰還した。

 項梁(こうりょう)に合戦のありさまを語り、鼻息も荒く宣言した。

「明日は、我が大軍を二手(ふたて)に分け、(しん)の陣を打ち破ってやる!」

 

 項梁(こうりょう)は大いに喜んだ。

章邯(しょうかん)は無駄に名前だけ有名だが、年老いて力も乏しく、ものの役に立つ男ではない。

 わしが明日、(しん)軍をことごとく討ち取ってやるわ」

 

 その夜、()軍は酒宴を開いて、歌を歌い、酔っ払い、諸将と存分に楽しんだ。

 

 そして翌日。

 項羽を中軍、英布を右手、沛公(はいこう)劉邦を左手に配置し、大軍をもって(つづみ)を鳴らし、(とき)の声をあげ、(しん)軍へと押し寄せた。

 

 凄まじいまでの強さであった。

 ()軍の猛攻を、章邯(しょうかん)はただの一支(ひとささ)えすら支え切れなかった。あっという間に守りを突破されてしまい、(しん)軍は陣屋を捨てて逃走した。

 ()軍はますます勢いに乗って、隙間も空けずに追いかける。

 

 ここで(しん)軍は三方へ散った。

 章邯(しょうかん)定陶(ていとう)へ。

 司馬(しば)(きん)董翳(とうえい)濮陽(ぼくよう)へ。

 李由(りゆう)雍丘(ようきゅう)へ。

 分散して、それぞれ必死に逃げ走った。

 

 これを見た()軍もまた、三手(みて)に分かれて追走した。

 そのうちの一手、項羽は雍丘(ようきゅう)へ向かい、途中で李由(りゆう)に追いつき、3合も戦わぬうちに一槍(ひとやり)にて刺し殺してしまった。

 

 

   *

 

 

 沛公(はいこう)劉邦は司馬(しば)(きん)董翳(とうえい)を追って行き、濮陽(ぼくよう)にたどり着いた。

 ここまで進軍すること一日一夜、実に300里(120km)もの道のりである。

 そこで蕭何(しょうか)が劉邦を(いさ)めた。

 

「昔から『窮地に陥った敵を追ってはいけない』と申します。もし敵の伏兵があって、疲れ果てた味方を討たれてしまったらどうします?

 今はこの場所に留まって、周辺をよく調査なさるのが一番です」

 

 沛公(はいこう)劉邦は

「なるほどね」

 と、しばらく兵を駐屯させて、濮陽(ぼくよう)に留まった。

 

 

   *

 

 

 一方、英布は章邯(しょうかん)を追って定陶(ていとう)にやってきた。

 すでに(しん)の兵は定陶(ていとう)城に入り、守りを固めている。

 

 英布は城の前に陣取って、日夜、戦いを挑んだ。

 しかし章邯(しょうかん)がまったく出てこないので、無駄に時間だけが過ぎていった。

 

 そこへ、武信君(ぶしんくん)項梁(こうりょう)が、後陣(ごじん)の大軍を率いて合流した。

 英布は項梁(こうりょう)を出迎えて、ここまでの状況を報告した。

 

 項梁(こうりょう)が言う。

(しん)の兵は、勢いもすぼまり、力も尽きて、城内に逃げ(こも)っている。(しん)本国からの救援が来ないうちに、さっさと攻め落とすべきだな。なんで無駄に日々を過ごしているのだ」

 

 英布が言う。

章邯(しょうかん)の軍は、一つの戦に敗けたとはいっても、人馬はもともと勇壮です。おそらく、そうあっさりとは打ち破れないでしょう」

 

 これを項梁(こうりょう)は叱りとばした。

「貴様、大将たるものがこうも無策で、この程度の城を攻めるのに手間取ってどうする!

 我が大軍も到着したのだぞ。無駄口を叩いて味方の士気を落とすんじゃない!」

 

 項梁(こうりょう)は諸軍に下知(げち)して、おびただしい数の雲梯(うんてい)を作らせた。

 雲梯(うんてい)とは、台車の上に折りたたみ式の梯子(はしご)を乗せた、攻城兵器の一種である。伸ばした梯子(はしご)を城壁の上に掛け、それを足掛かりにして城壁を乗り越えるのだ。

 

 ()軍は、無数の雲梯(うんてい)を押し出しながら、(とき)の声をあげ、(つづみ)を打ち鳴らし、息もつかせず前進した。

 

 対する(しん)軍は、城の中から鉄砲(手投げ式の爆弾)を飛ばし、火矢を放った。

 雨のように降り注ぐ火を浴びて、雲梯(うんてい)がことごとく燃えはじめる。

 

 寄せ手の()軍が慌てふためいたところへ、(しん)軍は四方の矢倉(やぐら)から大石や丸太を投げ込んだ。

 ()の兵は次々に押し潰され、何人死んだかも数えきれないほどの大打撃を受けてしまった。

 

 しかし、項梁(こうりょう)はまだ退かない。

 今度は数百両の衝車を作らせた。

 

 衝車、これも古くからある攻城兵器である。

 台車の前面に尖った丸太を突き出させたもので、これを突き込んで壁を破壊するのだ。さらに、台車の上には屋根が備えられ、上からの矢や投石を防げるようになっている。

 

 衝車が完成するや、項梁(こうりょう)は再び城を攻めた。

 

 しかし、章邯(しょうかん)はこの攻撃にも対策を用意していた。

 鉄製の(つち)に長い鎖をつけたものを数多く作り、それを兵に命じて投げ込ませたのだ。

 矢や投石程度なら防げる屋根も、重い鉄槌(てっつい)を食らっては、ひとたまりもない。衝車はみな打ち砕かれて、前進できなくなってしまった。

 

 

(つづく)




●注釈
(1)
 劉邦が董翳(とうえい)を追ってたどり着いた場所は、「通俗漢楚軍談」では「城陽」となっている。しかし、直前で董翳(とうえい)が「濮陽」に逃げていること、また城陽では距離が遠すぎて不自然であることから、濮陽の誤記と考えて濮陽に修正した。

(2)
 作中に鉄砲(手榴弾)が登場しているが、この時代は黒色火薬の発明前であり、火薬を用いた兵器が実際に使用されたとは考えがたい(史実での火薬兵器の登場は12世紀前後と考えられる)。が、「通俗漢楚軍談」に鉄砲を用いたとの記述があるため、それを尊重して採用した。
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