「魏、敗れる」の一報は、すぐに楚国にも届いた。
懐王は急いで武信君項梁を呼び、対応を協議した。
「秦の大軍が斉・楚両国の救援部隊を破り、魏を平定したそうです。これからどうすればよいでしょう?」
項梁は自信満々に胸を張った。
「おまかせあれ。臣がみずから出陣し、まずは章邯を誅殺し、すぐに秦を平定してみせましょう!」
項梁は、項羽・范増らと20万の兵を引き連れ、東阿へ押し寄せた。
そして、秦軍と30里(12km)をへだてて陣を置いた。
ここで項羽は、大胆不敵な行動に出た。
「叔父上、ちょっと出かけてきます」
などと嘯き、自分の手勢を引き連れ、愛馬烏騅を歩ませて、向かった先は、なんと秦本陣の門前だった。
項羽は胸いっぱいに息を吸い込み、天地も震えるほどに声を張り上げた。
「秦の大将章邯に言いたいことがある! 出てこい、章邯っ!」
対する章邯もまた豪胆である。配下の猛将たちを左右に並べ、門を開いて馬を出した。
章邯が現れたのを見ると、項羽はまた大音声を響かせた。
「秦の二世皇帝は無道だ!
丞相趙高は好き勝手に悪事を働いている!
そのうえお前たちは徒党を組んで民を傷つけている!
こんな悪事を続けていれば、天に見放されて滅びるに決まってる! そんなことも分からないとは、まるで、魚が釜の中で泳ぎながら、死が間近に迫っているのに気づかないようなものだ!
あまつさえ、兵を引き連れて函谷関から出てくるなんて、殺されに来たようなものだ。笑えるぜ!
今すぐ降伏すれば命は助けてやるぞ!」
負けじと章邯も言い返す。
「わしは上級国家の大軍を率いて、向かうところ敵なしだ。
それに比べれば、お前などは洞庭湖の南(楚のこと)に住んでるネズミみたいにちっぽけな盗賊だ!
勝手に楚王家の生き残りを立て、我が国の領土を盗み取ろうとしおって。そんなものが天意にかなった行いであるものか!」
「ネズミだとおっ!?」
項羽は激怒した。自分から舌戦を挑んだわりに、煽られるのには弱いのである。
項羽は章邯の言葉を最後まで聞こうともせず、いきなり槍をひねって突きかかった。
「来い、若造っ」
章邯も馬を交えて応戦する。
将軍同士の一騎打ち。互いに刃を戦わせること30合あまり。次第に章邯は焦り始めた。章邯もさすがの腕前だったが、項羽のほうは、もう、強いどころではなかったのだ。
繰り出す槍の一撃一撃が、巨岩の如く重く、飛矢の如く速い。受け止めるごとに根こそぎ体力が削ぎ取られていく。人間業とは思えない。まるで鬼神を相手取っているかのようだ。
章邯はみるみるうちに追い込まれていき、ついに、馬を返して逃げ出した。
「逃さん!」
項羽は兵を駆り立て追いかける。
その行く手を、秦の大将李由が塞いだ。
挑みかかってくる李由に向かい、項羽は目を怒らせ叫ぶ。
「誰だお前はァ!」
そのすさまじい気迫に、李由が震え上がる。彼の乗った馬まで怯え、20歩も後退してしまう。
体がすくんで身動きとれない李由を睨み、項羽は龍馬烏騅に鞭を入れた。疾風の如く駆け寄って、李由の背中へ突き込まんと勢いよく槍を振り上げる。
と、そのとき、司馬欣・董翳の2騎が慌ただしく駆けつけた。
李由と項羽の間に割って入り、二人がかりで項羽に戦いを挑む。
戦うこと20余合。
だが、司馬欣も董翳も相手にならない。2対1ですら項羽の勢いを止めることさえできないのである。
項羽の槍に事もなげにあしらわれ、逆に追い詰められた司馬欣と董翳は、とうとう馬に鞭打って逃げだした。
「逃がすな! 追え!」
項羽はすぐさま兵に下知して追い打ちをかけた。
この状況を遠目に見ていた武信君項梁は、甥の大活躍に、思わず頬を緩めた。
「項羽め、やりおるわ。
だが、敵地に深入りして万一のことがあってはまずいな。
英布! 桓楚! 于英! 各々5千騎をさずける。項羽に加勢せよ!」
三将の支援を得た項羽は、いよいよ勢いづいて、秦軍を散々に駆け破った。
*
おびただしい数の兵を討たれた章邯は、50里(20km)後退して陣を組みなおした。
諸将を集めて章邯が言う。
「楚軍は勢い盛んで、正面から戦いを交えるのは難しい。
特に項羽! あれは強すぎる。あんなやつと力比べをしていては、死人が増えるばかりで何の益もない!
そこで、緩兵の計を用いようと思う。
敵方の将が驕り、兵がだらけて油断するのを待ってから討つのだ。そうすれば、ただの一戦で勝てるだろう」
そこから秦軍は、陣に籠って守りを固めはじめた。
*
項羽は思うがままに勝ちまくり、意気揚々と本陣に帰還した。
項梁に合戦のありさまを語り、鼻息も荒く宣言した。
「明日は、我が大軍を二手に分け、秦の陣を打ち破ってやる!」
項梁は大いに喜んだ。
「章邯は無駄に名前だけ有名だが、年老いて力も乏しく、ものの役に立つ男ではない。
わしが明日、秦軍をことごとく討ち取ってやるわ」
その夜、楚軍は酒宴を開いて、歌を歌い、酔っ払い、諸将と存分に楽しんだ。
そして翌日。
項羽を中軍、英布を右手、沛公劉邦を左手に配置し、大軍をもって鼓を鳴らし、喊の声をあげ、秦軍へと押し寄せた。
凄まじいまでの強さであった。
楚軍の猛攻を、章邯はただの一支えすら支え切れなかった。あっという間に守りを突破されてしまい、秦軍は陣屋を捨てて逃走した。
楚軍はますます勢いに乗って、隙間も空けずに追いかける。
ここで秦軍は三方へ散った。
章邯は定陶へ。
司馬欣と董翳は濮陽へ。
李由は雍丘へ。
分散して、それぞれ必死に逃げ走った。
これを見た楚軍もまた、三手に分かれて追走した。
そのうちの一手、項羽は雍丘へ向かい、途中で李由に追いつき、3合も戦わぬうちに一槍にて刺し殺してしまった。
*
沛公劉邦は司馬欣・董翳を追って行き、濮陽にたどり着いた。
ここまで進軍すること一日一夜、実に300里(120km)もの道のりである。
そこで蕭何が劉邦を諌めた。
「昔から『窮地に陥った敵を追ってはいけない』と申します。もし敵の伏兵があって、疲れ果てた味方を討たれてしまったらどうします?
今はこの場所に留まって、周辺をよく調査なさるのが一番です」
沛公劉邦は
「なるほどね」
と、しばらく兵を駐屯させて、濮陽に留まった。
*
一方、英布は章邯を追って定陶にやってきた。
すでに秦の兵は定陶城に入り、守りを固めている。
英布は城の前に陣取って、日夜、戦いを挑んだ。
しかし章邯がまったく出てこないので、無駄に時間だけが過ぎていった。
そこへ、武信君項梁が、後陣の大軍を率いて合流した。
英布は項梁を出迎えて、ここまでの状況を報告した。
項梁が言う。
「秦の兵は、勢いもすぼまり、力も尽きて、城内に逃げ籠っている。秦本国からの救援が来ないうちに、さっさと攻め落とすべきだな。なんで無駄に日々を過ごしているのだ」
英布が言う。
「章邯の軍は、一つの戦に敗けたとはいっても、人馬はもともと勇壮です。おそらく、そうあっさりとは打ち破れないでしょう」
これを項梁は叱りとばした。
「貴様、大将たるものがこうも無策で、この程度の城を攻めるのに手間取ってどうする!
我が大軍も到着したのだぞ。無駄口を叩いて味方の士気を落とすんじゃない!」
項梁は諸軍に下知して、おびただしい数の雲梯を作らせた。
雲梯とは、台車の上に折りたたみ式の梯子を乗せた、攻城兵器の一種である。伸ばした梯子を城壁の上に掛け、それを足掛かりにして城壁を乗り越えるのだ。
楚軍は、無数の雲梯を押し出しながら、喊の声をあげ、鼓を打ち鳴らし、息もつかせず前進した。
対する秦軍は、城の中から鉄砲(手投げ式の爆弾)を飛ばし、火矢を放った。
雨のように降り注ぐ火を浴びて、雲梯がことごとく燃えはじめる。
寄せ手の楚軍が慌てふためいたところへ、秦軍は四方の矢倉から大石や丸太を投げ込んだ。
楚の兵は次々に押し潰され、何人死んだかも数えきれないほどの大打撃を受けてしまった。
しかし、項梁はまだ退かない。
今度は数百両の衝車を作らせた。
衝車、これも古くからある攻城兵器である。
台車の前面に尖った丸太を突き出させたもので、これを突き込んで壁を破壊するのだ。さらに、台車の上には屋根が備えられ、上からの矢や投石を防げるようになっている。
衝車が完成するや、項梁は再び城を攻めた。
しかし、章邯はこの攻撃にも対策を用意していた。
鉄製の槌に長い鎖をつけたものを数多く作り、それを兵に命じて投げ込ませたのだ。
矢や投石程度なら防げる屋根も、重い鉄槌を食らっては、ひとたまりもない。衝車はみな打ち砕かれて、前進できなくなってしまった。
(つづく)