龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
「
これは
俺は、そんなことも見抜けないで、あんなに忠実に働いてくれた
俺は、なんてことをしてしまったんだ……!」
項羽は大いに後悔し、ふと思い立って、
「
疑って、すまなかった……これからも安心して俺に仕えてくれ」
「臣は、覇王陛下にお仕えして数年。
不才の身ではありますが、陛下に対する忠誠心だけは動かざること
どうして裏切りなどを考えましょうか。
先日、
覇王陛下、どうかこれからは、卑劣な奴らに
「うん……そうだ。お前の言うとおりだ。気を付けるよ……」
項羽は、ますます後悔した。
だが、いつまでも落ち込んではいられない。
目の前の
項羽は、
さらに、軍馬を整理して再編成し、あらためて
今にも城を踏み破らんとする勢いで、すさまじい猛攻が始まった。
*
劉邦は、大いに恐れ、慌てて群臣を招集した。
「大変だあ! 項羽が、すごい勢いで攻めてきてる!
もう、この城も、いつまで持つか分からないぞ!
韓信も、まだ帰ってこない。
あちこちの国から集まってきた諸侯の中に、項羽と戦えるほどの勇者もいない……
みんな、なにか良い策はないのか!?」
張良が答える。
「項羽が急に城攻めの勢いを増したのは、
さらに先日、
当分、項羽は軍を
気がかりなのは、
もし川を
項羽がそのことに気づく前に手を打たねばなりません」
そこへ、
「臣に、ひとつ計略がございます。
この計略を実行すれば、必ずや、敵の包囲から漢王様をお救いできましょう。
ただ、ひとつ問題が……
漢王様のために
満座の諸将は、一斉にざわつき始めた。
「
どうして貴公は『漢軍に人無し』などと言うのか!
我々は長く漢王様に仕えてきた。義の心は
たとえ
「いやいや、そういう難しさとは、また別の話なのだ。
私には深い計略があるのだよ。諸君の知ったことではない」
劉邦が口を挟む。
「一体どんな計略なんだ?」
劉邦は、ぱっと顔を明るくして手を叩いた。
「おお! すごくいい計略だ!」
そこで劉邦は、張良に向かい、
「
と
*
張良は、帰宅してから、すぐに思案を巡らせはじめた。
この計略を実行するには、どうしても1人、不可欠の人材がいる。しかし、その選出が、実に繊細で難しい。
張良は、どうやって諸将の心を
「よし。この手でいこう」
と決断した。
その翌日。
張良は盛大な酒宴を
大将たちは、呼ばれるままに酒宴にやってきた。
型どおりの礼が終わり、来客側と主人側に分かれて座る。
そこで張良は、酒宴場の奥に、
諸将は、
あれは一体なんの場面を描いたものだろう?
絵の中に1両の馬車があり、その後ろから、重武装の兵士が数十騎で追ってきているようである。
馬車の中には、座っている人間が1人。
馬車のそばには林があり、その
諸将は、張良に
「張良先生、これは、何を描いた絵なのですか?」
張良は、静かに語りだした。
「今から300年も昔のこと。
*
両軍は激しくぶつかりあって死闘を繰り広げた。
はじめのうちは互角だったが、徐々に
護衛の軍勢とも、はぐれてしまい、
後ろからは
もう、どうにもならない……と諦めかけたそのとき、田夫が言った。
「事態は一刻を争います。
大王様は車から降りて、林のなかに隠れてくださいませ。
おそれながら、この私が大王様の
「いかん!
それでは、私が難を逃れたとしても、汝は確実に殺されてしまうではないか」
田父は、にっこりと笑った。
「主君から
私1人が死んだとて、大きな林の木の葉1枚が減る
しかし大王様が亡くなれば、それは天下万民が父母を失うに等しいのです」
そうこうする間に、追手は、すぐそばにまで迫ってきた。
そして自分は、
しばらくすると、
「こいつは
このとき、
「
しかし、ひとつだけ申し上げます。
もしここで私を殺したら、どうなると思いますか?
主君のために身を投げ出した者が、
自分の
ただ世の中のためを思って言っているのです。
なにとぞ、このことを考慮してくださいませ」
「汝は、身分こそ
臣が死を恐れずに働き、それによって主君が難を逃れる……それはまさに臣の果たすべき忠義だ。
汝のような人物を殺すのは
そして、ついに
*
張良は、話を語り終えると、言った。
「……という
この
そのため、この
今、漢王様は敵に囲まれ、いつ
その時は、我々も、みんな捕虜にされてしまう。
それを悲しく思い、この
張良の話を聞くと、大将たちは、
「父に苦難があれば、子が
主君に苦難があれば、臣が
まして、我らは長く漢王様に仕えて、重い
どうして
張良先生!
我々を漢王様の
漢王様のため、
張良は、にっこりと
「諸君にこれほどの忠義があるのなら、漢王様の運命にも光が見えてまいりました。
しかし……
これは忠義だけでは、どうにもなりません。
漢王様に顔や体格が似た人物でなければ、
諸君の顔を見回してみると、漢王様に似ているのは……紀信将軍。あなただけのようです」
紀信は、漢の大将の1人である。
張良から
「おお! 望むところだ!
熱湯に飛び込むことも、烈火の中に踏み込むことも、何を恐れることがありましょうか!」
紀信の言葉を聞いて、張良と
(つづく)
●注釈
「史記・
『
身代わりとなった人物:護衛の
ところが「軍談」「演義」では、こうなっている。
『
身代わりとなった人物:
判断に悩むところだったが、君主の名は単純な誤りと考えて「史記」に合わせて差し替えた。一方、身代わりとなった人物が