龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
翌日。
張良と
「漢王様。
この紀信将軍が、漢王様の
劉邦は、顔色を変えて叫んだ。
「
こっそり
ダメだ、ダメだっ!
この劉邦は、まだ天下統一の
部下の将兵たちに、髪の毛1本分、
いくら紀信が俺のかわりに死にに行くと言ってくれたからって、『やったぜ! 後はよろしくな!』なんて言えるかよ!
他人に損をさせて自分だけ得をする、そういうのは仁義を知ってる人間のやることじゃねえ!」
これに反論したのは、当の紀信本人だった。
「今は緊急事態です。
もし、この計略を用いなかったら、
城内の物は宝玉も石ころも区別なく焼き払われて、この私も殺される……しかも、私が死んだとしても、漢王様をお守りする役に立つわけでもない。
どうせ近いうちに失う
ならば、君臣ともに
それに、この
私は、自分の
漢王様! どうか私のことは心配なさらないでください!」
だが、そう言われて納得できる劉邦ではない。
劉邦は、なおも
すると、紀信は突然、剣を抜きはなって叫んだ。
「漢王様! さては、臣が嘘をついていると考えておられますな!?
ならば、今ここで自分の首を
紀信は、剣を自分の首に当てた。
劉邦は、慌てて紀信に飛びかかり、紀信を抱きしめて泣いた。
「よせ! やめてくれ!
紀信、お前の気持ちは、よく分かった!
お前の忠誠心は、天上の太陽まで届くに違いないよ。
千年先まで語り継がれるに違いないよ!」
そして劉邦は、涙にまみれた顔で
「なあ紀信。お前に、親父さんや、お
紀信が答える。
「老母が1人おります」
劉邦が言う。
「じゃあ、それは今から俺の母さんだ。
心を込めて、大切にお世話するからな!
紀信、妻は?」
「います」
「その人は、今から俺の妹だ。不自由しないように必ず養うからな!
子供は、どうだ?」
「1人だけ。まだ幼いのですが」
劉邦は『幼い』と聞いて、また涙ぐんだ。
「そうか、そうか……
その子は俺の子だ。立派に育ててみせるからな。
紀信よう……お前が一生をかけて家族のためにするのと同じことを、必ず、この劉邦が責任もってやりとげるよ。
後のことは何も心配いらないぞ。な、紀信……」
紀信は、つられて涙を浮かべ、その場に
「臣は、良い死に場所を得ました」
*
張良と
使者は、
「
もはや城内に強兵はおらず、城外に救援してくれる味方もありません。
そのため、漢王は、もう耐えきれないと判断しました。
いまさら関中の地を覇王陛下に差し出して許しを
すぐに覇王陛下に降伏したく思います。どうか、
使者が、へりくだった口上とともに
項羽が
『漢王劉邦、
臣劉邦は、陛下から王に
漢中に行ってからというもの、あの国の水や風土に
思いがけず人民も従ってくれたので、つい、臣はその気になってしまい、頭がおかしくなって暴れ、とうとう関中を攻め取ってしまいました。
しかし、そのあと
もうこれ以上、臣は何も望みません。
今はただ、
今、韓信が北部諸国で
臣は韓信を止めようと思い、呼び戻しているのですが、韓信が言うことを聞かないのです。
ですから、あれは臣劉邦の罪ではありません。
覇王陛下は今、大軍で
陛下の威武のもとで断罪の
当方の文武群臣が対応を議論したところ、自分自身を
覇王様、もし、以前に交わした
そして、再び陛下にお仕えする機会をくださいませ。
覇王陛下、ただ臣を
項羽は、
「それで、劉邦は、いつ城を出て降伏してくるんだ?」
使者が答える。
「今晩、必ず参ります」
「よし。いいだろう」
項羽は、降伏を受け入れる
一見、劉邦を許したかのようだが……使者が帰ると、項羽は、すぐに諸大将を呼び集めた。
「劉邦から、今晩、城を出て降伏するという申し出があった。
だが……いまさら許してやるものか!
汝らは、
今までの
季布、
(つづく)
●注釈
紀信のセリフにある『私は、自分の
「報任少卿書」は、任安(
漢の武帝の時代、李陵という武官が異民族を相手に激戦を繰り広げ、最後には異民族に降伏してしまうという事件が起きた。武帝は李陵を糾弾したが、
『人もとより一死有り。死、あるいは泰山より重く、あるいは
人間には、それぞれ一度の死がある。死は泰山より重い事もあれば、羽毛より軽いこともある。それは命を何に用いるかという目的が異なるからである。
名誉を守るために自死を選ぶことは簡単だ。しかし
このように、