龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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五十七の上 果てなき逃走

 

 

 漢の大将紀信は、劉邦を滎陽(けいよう)城から脱出させるため、身代(みが)わりとなった。

 

 項羽は、紀信を焼き殺すと、季布・龍沮(りゅうしょ)を呼んだ。

「お前ら、1万の精兵を(ひき)いて、劉邦の後を追え!

 奴を捕まえてこい!」

 

「はっ!」

 季布と龍沮(りゅうしょ)は、すぐさま兵を連れて駆け出していった。

 

 

   *

 

 

 季布と龍沮(りゅうしょ)は、そこから丸2日以上、少しも休まずに劉邦を追い続けた。

 しかし、走っても走っても、劉邦の姿が見えてこない。

 手下の人馬も、すでに疲労困憊(こんぱい)の様子である。

 

 しかたなく、季布と龍沮(りゅうしょ)は、鄭村(ていそん)という所で足を止め、軍に休息をとらせた。

 

 しばらくすると、先行していた哨戒(しょうかい)部隊が戻ってきた。

「報告いたします!

 漢王劉邦は、成皋(せいこう)城に逃げ込んでいました。

 さらに、英布・彭越(ほうえつ)の救援部隊が到着し、行く手を(ふさ)いでいるようです」

 

 季布は、沈痛(ちんつう)面持(おもも)ちで首を振った。

「劉邦が成皋(せいこう)に入ってしまったうえ、救援の軍も到着したからには、我らだけで進んでも、打ち破ることはできないだろう。

 

 ここは、ひとまず滎陽(けいよう)に引き返し、覇王様の軍勢と合流するしかあるまい。

 そのうえで、遠征を切り上げて彭城(ほうじょう)に戻るか、前進して成皋(せいこう)に攻め込むか、覇王様の指示を(あお)ごう」

 

 龍沮(りゅうしょ)も、

「それしかないな」

 と同意して、2人は(とも)に引き返していった。

 

 

   *

 

 

 滎陽(けいよう)に戻ってきた季布と龍沮(りゅうしょ)は、(こと)次第(しだい)を報告した。

 

 項羽は、腕を組んで、うなる。

「ううん……

 今、彭城(ほうじょう)には守備の軍勢がいない。いつまでも彭城(ほうじょう)(から)にしておくのは危険だ。

 といって、今から成皋(せいこう)を攻めたとしても、すぐには攻略できないだろう。

 

 ……しかたない。

 とりあえず、目の前の滎陽(けいよう)城だけ攻略してから、彭城(ほうじょう)へ帰ろう。

 劉邦を捕まえるのは、彭城(ほうじょう)で軍馬を整え直してからだ」

 

 項羽は、すぐに命令を(くだ)した。

「5日以内に滎陽(けいよう)城を攻め落とせ!」

 

 ()軍は、四方から滎陽(けいよう)城に押し寄せた。

 南門には季布。

 西門には龍沮(りゅうしょ)

 北門には鍾離昧(しょうりまい)

 そして東門には、項羽みずから攻撃をしかける。

 

 銅鑼(どら)や太鼓を大きく打ち鳴らし、火砲(かほう)、火矢、雲梯(うんてい)(攻城用の梯子(はしご)車)を、おびただしく用意して、一斉に打ちかかる。

 

 これに応戦したのは、時間稼ぎのために滎陽(けいよう)に残った漢の大将、周苛(しゅうか)樅公(しょうこう)である。

 

 周苛(しゅうか)樅公(しょうこう)は、昼夜を問わず城内を駆け回り、軍勢を(はげ)ました。

 漢の兵たちは、城壁上から灰瓶(はいびん)を投げ、丸太を投げ、大石を投げ、武器になるものは何でも使って必死に城を守り続けた。

 

 この粘り強い抵抗は、()軍を大いに手こずらせた。

 期限の5日が過ぎても、まだ滎陽(けいよう)城は持ちこたえていたのである。

 

 

   *

 

 

 このとき。

 滎陽(けいよう)城内で、ある男が怪しげな動きを見せ始めた。

 男の名は魏豹(ぎひょう)

 かつて西魏(せいぎ)王の(くらい)にあったが、漢から離反し、韓信によって討伐(とうばつ)されてしまった、あの魏豹(ぎひょう)である。

 

 捕らえられた魏豹(ぎひょう)(あや)うく死罪になりかけたが、劉邦の温情により、庶人(しょじん)に落とすだけで許された。

 その後、魏豹(ぎひょう)滎陽(けいよう)城内に住み暮らしていたのだった。

(第五十三回参照)

 

 この魏豹(ぎひょう)が、ある日、滎陽(けいよう)守将の周苛(しゅうか)樅公(しょうこう)の前に姿を現した。

 

 魏豹(ぎひょう)が、周苛(しゅうか)樅公(しょうこう)に言う。

「漢王は、すでに城を捨てて逃げてしまった。

 城は孤立し、外に救援の兵もない。

 

 こんな状況で、どうして貴公らは降参もせず、戦い続けておられるのか?

 わざわざ自分から苦しみを引き延ばしているようなものじゃないか。

 

 このうえ戦い続けても、漢の国に何か利益があるわけではあるまい。

 早く城門を開いて降伏すべきではないか? あまり長く抵抗を続けると、覇王様の心証を害することになる。

 降伏後に(いのち)(たも)つことが難しくなりますぞ」

 

 いったい何の用かと思えば、魏豹(ぎひょう)は降伏を勧めにきたのである。

 

 周苛(しゅうか)樅公(しょうこう)は大激怒した。

魏豹(ぎひょう)

 裏切り者の小人(しょうじん)め!

 死を恐れる匹夫(ひっぷ)

 犬畜生(いぬちくしょう)にも劣るクズが!

 

 役にも立たない(くちびる)を動かして、我が軍の心を(まど)わすんじゃない!

 漢王様は、我らを信じて、この城を任せてくださったのだ!

 それは、我々が節度を知った忠臣だと知っておられるからだ!

 

 城の守りを任されてから何日も経っていないというのに、富貴を(むさぼ)るために門を開いて投降などしたら、どうなると思う?

 上は主君の(めい)(そむ)き、下は人民の声望(せいぼう)を失ってしまう。

 忠義を知り、国に(むく)いようとする者に、そんなマネができると思うのか!

 

 たとえこの体が微塵(みじん)に砕かれたとしても、我が(こころざし)は鉄や石のように固い!

 お前みたいな奴を生かしておいたら、後で大きな害をなすに違いない!」

 

 周苛(しゅうか)は、いきなり魏豹(ぎひょう)(もとどり)(つか)んで引き倒した。

 すると、阿吽(あうん)の呼吸で樅公(しょうこう)が剣を抜き、ただ一太刀(ひとたち)魏豹(ぎひょう)の首を()ねてしまった。

 

 周苛(しゅうか)樅公(しょうこう)は、魏豹(ぎひょう)の首を城門に()けて(さら)し、城内の漢軍に向かって叫んだ。

魏豹(ぎひょう)は、敵に内通しようと(たくら)んでいたため、このとおり斬首した!

 

 汝らは、心と力を尽くして城を守れ!

 もし二心(ふたごころ)を抱いたら、魏豹(ぎひょう)のようにしてやるぞ!」

 

 すると、兵士たちの方も、声をそろえて叫び返した。

周苛(しゅうか)樅公(しょうこう)両将軍と(とも)に、死力を振り絞って防ぎ守るぞ!」

 

 

   *

 

 

 魏豹(ぎひょう)の一件によって、ますます漢軍の士気は高まった。

 ()軍の攻撃は激しさを増していたが、漢軍は周苛(しゅうか)樅公(しょうこう)の指揮のもと、城壁を高く補修し、これまで以上の懸命さで守りを固めたのである。

 

 ()の将兵は、さすがに辟易(へきえき)しはじめた。

「いつまで攻めてもキリがない。

 もう、滎陽(けいよう)城攻めは中止したほうがいいんじゃないか……?」

 

 こんな気構(きがま)えでは、落とせる城も落とせなくなる。

 それから10日が経過したが、滎陽(けいよう)城は、まだ破られていなかった。

 

 困り果てた項羽は、叔父(おじ)項伯と大将鍾離昧(しょうりまい)を呼んだ。

「ここまで力を尽くして攻めたが、滎陽(けいよう)の漢軍は、気力が弱る気配(けはい)もない。

 汝ら、どう思う? なにか計はないのか」

 

 項伯が言う。

「城を攻める時は、兵の1人1人が全力を尽くさなければ、うまくいかないものです。

 逆に、もし1人でも(いのち)を捨てて城に飛び込み、要所要所の(やぐら)に放火すれば、残る軍勢は、そこから城に雪崩(なだ)れこみ、たちまち城を踏み破れるのです。

 

 そこで……

 決死隊を突入させ、強引に城を破ってしまってはいかがでしょう?

 

 これ以上、攻略に時間をかけたら、劉邦が諸侯と連携して引き返してくるかもしれません。

 そうなれば、もはや滎陽(けいよう)を取ることは不可能になります」

 

「よし……やるか」

 項羽は覚悟を決め、全軍に(めい)を下した。

「今日で滎陽(けいよう)を落とすぞ!」

 

 ()軍は、かつてない猛攻を滎陽(けいよう)城に加えた。

 兵という兵が守りを捨てて突進。雲梯(うんてい)を押し出し、城壁を乗り越えようとする。

 

 それに呼応して、城中の漢軍は、石や灰瓶(はいびん)を吹雪のように投げつけた。

 この激しい抵抗を浴びて、()軍の兵士たちは、ひるんで後退しはじめた。

 

 が、ここで項羽の怒声が飛んだ。

退(しりぞ)くな!

 退(しりぞ)く者は、全員、斬り殺せ!」

 

 ()の大将たちが、この命令を忠実に実行したから、兵士たちはたまらない。

 前進すれば敵に殺され、後退すれば味方に殺される。ならば、少しでも生き残る可能性がある方……前に向かって進むしかない。

 

 ()の兵士は、しかたなく前進を続けた。

 当然、被害はどんどん増えていく。石に当たり、木に打たれ、バタバタと()兵が死んでいく。

 

 項羽は、損害が増えるのも構わず、さらに怒鳴(どな)りつけた。

「進めっ! ただ一揉(ひとも)みに攻めのぼれ!」

 

 ()軍は、狂ったように、ひたすら城へ攻め込んだ。

 この圧力を、さすがの漢軍も支えきれなくなりはじめ……

 

 ついに、()軍のある一隊が、城壁上に登り切ることに成功した。

 

「いかんっ」

 漢軍守将の周苛(しゅうか)樅公(しょうこう)は、すぐさまその場に駆け付け、刀を抜いた。

 城壁上に侵入した()兵を斬り捨て、敵の侵入を防ごうとする2将。

 

 だが、そのとき、()の大将龍沮(りゅうしょ)までもが、雲梯(うんてい)づたいに城壁上へ駆け登った。

 

 龍沮(りゅうしょ)といえば()軍きっての猛者(もさ)である。そこらの兵士とは腕が違う。

 龍沮(りゅうしょ)は、右手に槍を掲げ、腰には宝刀をぶら下げ、一躍(いちやく)城内に飛び込んで、手当たり次第に漢兵を()ぎ倒しはじめた。

 

 龍沮(りゅうしょ)が開いた突破口から、()軍の一団が、城の中へ雪崩(なだ)れ込む。

 

 一度(ひとたび)こうなれば、もう防ぐことは不可能である。

 ()軍は、たちまち城壁を占拠し、漢将樅公(しょうこう)を捕縛した。

 

樅公(しょうこう)! ……くそっ」

 周苛(しゅうか)は、樅公(しょうこう)が捕らえられる姿を見ると、いったん逃げて城壁から降り、そこでまた()軍を相手に剣を振るった。

 

 しかし、そのとき。

 東門の方からも、()将の季布・鍾離昧(しょうりまい)が、放火しつつ城内に飛び込んできた。

 

 多勢に無勢(ぶぜい)。とても周苛(しゅうか)だけで防ぎきれるものではない。

 とうとう周苛(しゅうか)は、西門から城外に出て逃走しはじめた。

 

 それを見た()龍沮(りゅうしょ)は、(げき)を振り回し、

「敵将を追え!」

 と、馬を鞭打ち、飛ぶが如くに追走した。

 

 

(つづく)

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