同じ頃。
成皋の城内に、漢王劉邦の姿があった。
なんとか成皋城内に逃げ込んだ劉邦だが、まだ安心はできない。
成皋は、滎陽から見て西の方角、およそ100里(40km)のところにある。
項羽がその気になれば、その日のうちにも楚軍が押し寄せてきかねないような距離なのである。
劉邦は、軍師張良、謀士陳平と会議を行った。
「韓信と張耳は、別動隊を率いて趙に留まったままだ。
こないだ俺が滎陽で包囲されてたときも、韓信たちは助けに来てくれなかった。
英布や彭越に使者を送って救援を求めたが、2人の本隊が到着するのは、まだまだだいぶ先の話だろう。
滎陽で時間稼ぎをしてくれていた周苛と樅公も、先日ついに死んでしまったらしい。
項羽は、勝ちの勢いに乗って、この成皋に攻めてくるに違いないよ。
なあ、張良、陳平、何か計略はあるのか?」
張良が言う。
「英布や彭越の元へ使者を送って、既に1ヶ月が経過しました。
援軍は、もうじき到着するでしょう。
そこでひとつ、提案がございます。
大将を1人、彭城にさしむけて、敵の本拠地を攻撃させましょう。
彭城を失う恐れがあると知れば、項羽は、必ず撤退いたします。
いわば『彭城を撃って成皋を救うの計』とでも申しましょうか」
劉邦は、この策を聞いて喜んだ。
そして劉邦は、すぐに大将の王陵を呼び出した。
「王陵! 故郷の沛県に行って、亡くなったお袋さんの、お弔いをやりたくはないか?」
王陵の母は、以前に項羽に捕らえられ、息子の足手まといとなることを避けるために自殺してしまったのだ。
それ以来、親孝行者の王陵は、ずっと悲しみに暮れていた。
母の弔いをやりたくないか、と問われれば、答えるまでもない。
「もちろん、やりとうございますが……」
劉邦は、うなずいた。
「じゃあ、ちょっと行ってくるといい。しっかりとお葬式をしてやりな。
それでな、ついでと言っちゃナンだが、沛は彭城のすぐ近所だ。
お前、精鋭を5千人ほど引き連れて行って、いきなり彭城に攻撃をしかけてやれ。
もし項羽が彭城に戻ってくるという情報を聞いたら、お前も、すぐに兵を撤収させて戻ってこいよ」
王陵は、得心顔で、うなずいた。
「なるほど! そういう策でしたか。
お任せください。引っ搔き回してまいります!」
王陵は、すぐに5千の兵を率いて、ある星の夜、ひそかに小路から進発していった。
劉邦は、王陵の部隊を見送ると、緊張した面持ちで言った。
「さあ、あとは、策が上手くいくまで俺たちが持ちこたえるだけだな……」
劉邦の指揮のもと、成皋の漢軍は動き出した。
以前に韓信が作らせた戦車を城の四方に並べて置き、いつ楚軍が来てもいいように待ち構えたのだった。
*
覇王項羽は、占領した滎陽の守りを大将呉丹に任せ、自分は大軍を率いて成皋に向かった。
項羽は、成皋城の20里手前で陣を取り、一晩、軍勢を休息させた。
そして翌日。
成皋城の前まで進んで、攻めかかろうとしたところ……
項羽の目に、嫌なものが見えてきた。
「うっ、あれは……」
と、項羽は顔をしかめた。
成皋城の周囲に、多くの戦車が並べられ、臨戦態勢を取っていたのだ。
あの戦車は、韓信が項羽との戦いに向けて作ったものである。
かつて項羽は、韓信の戦車部隊と戦って、初めての惨敗を味わわされた。
項羽にしてみれば、あの戦車は、人生最大の苦い思い出の象徴に他ならない。
項羽は、すっかり慎重になってしまった。
「あれだけの戦車を出しているということは、漢軍は十分に戦備を整えているとみたほうがいい。
無理押しは危険だな……」
そこで項羽は、陣を10里ほど後退させた。
そして、太鼓を鳴らし、軍旗を動かし、あるいは鬨の声をあげて、攻めかかる体を見せかけたが、決して城には近づこうとしなかった。
対する漢軍の方も、城に閉じこもって動かない。
結局、お互いを避けあうような形で、一度も交戦しないまま、数日が過ぎた。
*
そんなある日。
楚陣の項羽の元へ、彭城から早馬が飛び込んできた。
「漢の大将王陵が、ひそかに抜け道を通って楚に侵入し、彭城に攻撃を仕掛けてきました!」
「なんだと!」
と項羽が驚いたところへ……
また早馬が来た。
「漢の彭越が、外黄の17県を攻め取り、楚軍の糧道を遮断してしまいました!」
その使者がまだ退出もしないうちに、さらに早馬が報告を持ってきた。
「大変です!
九江王英布が、成皋を救援するために大軍を率いて接近してきました!
英布軍は、すでに南渓口まで来ている様子……ここからは、もうさほど遠くありません!」
立て続けの急報に、項羽は顔をしかめた。
王陵が襲った彭城は、言わずとしれた項羽の本拠地。
楚軍の大半が遠征に来ている今、彭城には、ほとんど守りの兵が残っていない。
長くは守りきれまい。
彭越に攻め取られた外黄は、滎陽と彭城のちょうど中間あたりに位置している。
楚軍にとっては、重要な物資輸送路にあたる土地。
このまま放置しておけば、楚軍はたちまち飢えに苦しみはじめることになる。
そして、かつて項羽の右腕として戦っていた猛将英布が、劉邦側に寝返って、この成皋の間近にまで迫ってきている。
項羽から見ても、英布は油断ならない強敵である。
項羽は慌てて、項伯と鍾離昧を呼んだ。
「目の前の成皋が、すぐに破れそうもないという時に、難題が3つも同時に押し寄せてきた。
まず、英布が劉邦を救援するために接近してきた。
彭越は、こちらの糧道を遮断している。
そして彭城は、王陵に攻められて危険な状態にある。
これら全部に一度に対応するのは無理だ……何か、いい策はないか?」
項伯が言う。
「今の状況を考えますと、いったん成皋攻撃を諦めるしかないでしょう。
まず、今夜ひそかに成皋から撤退いたしましょう。
そして我らの軍勢を分割して、外黄の彭越を誅殺し、英布を南渓で食い止め、彭城の王陵を撃退する。
これすなわち、一時に急場を救うの計です」
項羽は、項伯の提案を採用し、大将の曹咎を呼んだ。
「汝は、1万の軍勢を率いて、成皋の西に伏せておけ。
俺は今夜、ここから撤退する。
そうしたら、劉邦はきっと、俺が再び攻めてくることを恐れ、城を捨てて逃げ出すだろう。
汝は、劉邦がいなくなったあとで成皋城を乗っ取り、固く守れ。
もし劉邦が城を取り返しに来ても、絶対に城から出ず、俺が大軍を率いて救援に来るのを待つんだぞ」
「はっ!」
曹咎は、命令通りに兵を率いて陣から出て行った。
その夜。
項羽は、全軍を整理し、自分自身が殿となって、撤退していったのだった。
*
漢の細作は、項羽の動きを、すぐに劉邦へ報告した。
劉邦は、軍師張良と謀士陳平を呼んだ。
「今回、項羽は一度も戦わずに、いきなり撤退してしまった。
これは一体どうしてなんだ?」
張良が言う。
「それは、英布が南渓口に現れ、彭越が外黄を取り、王陵が彭城を攻めたからです。
漢王様、今のうちに、この城を出て韓信大元帥と合流しましょう。
その後、滎陽を奪還し、人馬を調練ながら、楚を滅ぼす時機を待つのです」
劉邦は、喜んだ。
「なるほど! そうしよう」
張良が、さらに言う。
「しかし漢王様、軽々しく城を出てはいけません。
もし敵が伏兵を置いていて、我らが移動する途中で攻撃を仕掛けてきたら、我らは大敗してしまうでしょう。
まずは、それに備えておかねばなりません」
劉邦は、
「なるほどな」
と同意して、周勃・陳武の2人に5千の兵を授けた。
周勃と陳武は、成皋の西の道に布陣して、伏兵の攻撃を警戒した。
そのうえで劉邦の軍勢は成皋から脱出した。
*
楚軍の伏兵の将曹咎は、劉邦が城を出たと聞いて、追撃を仕掛けるべく接近していった。
しかし、偵察のために先行していた部隊から、こんな報告が来た。
「我が軍の行く手に、漢の兵が布陣して道を塞いでおります。
旗印は、周勃と陳武のものです」
曹咎は、この報告を聞くと、軍勢を止めた。
「敵が警戒しているとなると、無理に追撃するのは危険だな。
そもそも、私が覇王様から命じられたのは、成皋を占領することだ。
ここは、任務を全うすることを優先しよう」
曹咎が追撃を諦めたため、漢軍は、何事もなく一昼夜のうちに撤退することができた。
周勃・陳武も、追撃がないのを確認すると、劉邦たちの後を追って、去っていった。
曹咎は、漢軍が遠くへ去っていくのを確認してから、兵を進めて成皋城に入った。
そして、成皋の人民を慰撫して安心させ、四方の門を閉ざして守りを固めたのだった。
(つづく)
■次回予告■
項羽の魔手から逃れた劉邦は、中国北方の趙へ向かった。
そこに駐屯する韓信の別動隊と合流を果たした劉邦。だがどういう運命の悪戯か、はたまた油断の招いたことか、韓信は寝惚けた醜態を劉邦の目に晒してしまう。
珍しく激怒する劉邦。地に額をこすりつけて許しを請う韓信。国士無双らしからぬ間抜けな危機、果たして無事に収まるか?
次回「龍虎戦記」第五十八回
『韓信大失態』
乞う、ご期待!