龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
劉邦は、韓信と合流して体勢を立て直すつもりなのである。
劉邦は、
そして劉邦自身は、数十騎の
これまで長期にわたって覇王項羽の脅威に
「やれやれ。韓信と合流すれば、やっと安心できるぞ……」
と、胸をなでおろしていたのだが……
ここで、思いもよらない
夜明けごろ、劉邦が韓信の陣に到着してみると……
どうも様子がおかしい。韓信の陣の兵卒たちが、妙にやる気なくダラけている。
部外者である劉邦たちが陣中へ踏み込んできたというのに、それを止める兵も、大将に知らせに行く兵も、いないのである。
劉邦は、黙ったまま、陣の中を
大元帥韓信や、副将
昨夜、韓信と
劉邦はそのまま陣の奥に行き、大元帥の
寝床の脇には
劉邦が、それを持ちあげ、開いてみると……
劉邦は、大元帥の印章を持ったまま、
韓信が目を覚ましたのは、このときだった。
「ん……? 誰かいるのか? 誰だ……?」
韓信が
「かっ、漢王様!?」
韓信は驚き恐れ飛び起きて、寝床から転げ落ちるように拝伏した。
「漢王様がお
劉邦は、大きく溜息をついた。
「あのなあ、韓信……
俺は今、武装した兵士を引き連れて、陣の中を
それなのに、お前はグッスリ眠ったままで、目を覚ましもしなかった。
俺が持ってる物を見てみろよ。これは大元帥の印章だ。こんな大事な物を、いとも簡単に持ち去ることができたんだぞ!
部外者にこうまで好き勝手に動かれていながら、お前の部下は誰ひとり、報告ひとつお前に上げていない!
『陣に来たのが漢の人間だから、兵士たちは気にしなかったんだ』とでも言いたいか?
もし俺が敵の刺客だったら、『自分は漢の使者だ』と嘘をついて、お前が眠りこけてるところに入りこみ、お前の首を斬ってたところだぞ!
寝床の横まで近づくことができたんだ。首を斬るくらい、荷物袋から物を取り出すよりも簡単だ!
特に今は、敵国の
いつ誰が敵になるか分からないって時に、こんな雑な管理をしてていいのか!
こんな調子で天下を取れるとでも思うのかよ!」
正論であった。
韓信は、一言も
そこへ、副将
劉邦が、
「
お前は副将なんだから、総大将の軍務をしっかり補佐して、身を
それなのに、この陣のありさまは、どういうことだ?
警戒は緩いし、防御は穴だらけだし、陣の中に部外者が入り込んで走り回ってるってのに、注意する者もいない!
まるで子供の遊びじゃねえか!
軍法に照らし合わせれば、韓信は即刻
ただ、お前たち2人には、今までの多大な功労がある。
特に今は、天下に変事がたくさん起きていて、有能な大将や兵士を用いていかなきゃいけない時だ。
だから、とりあえず処刑だけは勘弁しといてやる。
だが、もしまた今回みたいなていたらくを見せたら、次は絶対に許さねえからな!
ひとまず大元帥の印章は没収だ!」
こう叱られて、韓信と
しかし劉邦の怒りは収まらず……
結局劉邦は、大元帥の印章を持ったまま、自分の陣への帰路についてしまった。
韓信と
劉邦の馬の後に徒歩で従い、劉邦の陣まで行って、そこでさらに謝罪を繰り返した。
だが、それでも劉邦は、2人を許そうとしなかった。
*
劉邦は、自分の陣に戻ると、臣たちを集めて言った。
「韓信と
俺は軍の中に入り込み、韓信が寝ているそばまで行って大元帥の印章を奪ったが、そこにたどり着くまで、誰も侵入者の存在を韓信に知らせようとしなかったんだ。
こんなに気が緩んでいるのを、敵に利用されたらどうする?
こんな調子じゃあ、韓信と
誰か他に才能のある人を選んで、後任の大元帥にしようと思うが、
すると、張良と
「大変よろしくありません。
味方の諸将の中に、韓信と同等の才能を持つ者は、1人もおりません」
さらに、張良も言う。
「今回のことは、確かに失態ではありますが、小さな出来事です。
小を理由にして大を捨てるのは、得策ではありませんよ」
劉邦は、顔をしかめた。
「そうは言うけどさあ……」
さすがに今回ばかりは、劉邦も簡単に納得できないようだった。
そこで張良は語り始めた。
「昔、
あるとき
そのとき、孔子の孫の
『聖人が人材を用いるやり方は、材木を用いるのに似ています。
その要点は、長所を使い、短所は捨てること。
今は戦国の世であり、君主の爪や牙となる臣を選んで用いなければならない時です。
そんなときに、たった2つの卵を理由にして、国を守る盾や城となるべき将を捨てるのですか?
このことが隣国に伝われば、必ずや大いなる災いを呼ぶことになるでしょう』
韓信は、確かに今回、失態を演じました。
ですが、これまでの日々における抜群の功績を、無視してよいものでしょうか?」
劉邦は、張良の話を聞いて、考え込んだ。
しばらくして、劉邦は、韓信と
「韓信よ。
俺は
なのに、なぜお前は援軍を送ってくれなかったんだ?」
韓信が答える。
「
ここで私が兵を動かせば、おそらく両国で乱が発生するでしょう。
また、
そのため、軽々しく兵を動かすわけには、いかなかったのです」
劉邦がさらに問う。
「
これは、なぜだ?」
韓信が答える。
「兵卒を長く働かせ続けると、疲労します。
大将に長く陣を守らせ続けると、
国が長く包囲されると、物資が消耗していきます。
敵に長く抵抗されると、軍は困窮してしまいます。
臣は数万の軍勢を統率して、繰り返し戦って勝利を
西の
もし人馬を休息させずに軽々しく
それゆえに、しばらく
そして十分に鋭気を養い、そろそろ
臣は、数日後には
漢王様は、兵を修武(
臣は、
その時こそ、
劉邦は、韓信の言葉に納得し、大元帥の印章を再び韓信の手に預けた。
そして劉邦は、韓信の進言に従い、修武へ移っていったのだった。
(つづく)
●注釈
『