劉邦が修武に到着して数日が過ぎた頃。
老儒者酈生(酈食其)が、劉邦に謁見して、こんな提案を奏上した。
「その昔、成湯は、夏の桀王を追放して殷を立てました。
また、武王は、殷の紂王を討って、周を築きあげました。
しかしこのとき、成湯と武王は、滅びた桀王・紂王の子孫を諸侯として封じ、保護いたしました。
この徳のある行いが、殷周両国の数百年にわたる繁栄を、もたらしたのです。
最近では、秦が六国を滅ぼしましたが、始皇帝はその子孫を封じることなく、各国の社稷(祖先の祭祀)を途絶えさせようとしました。
その後、秦が辿った運命は、御存知のとおり……
以上のことを考えれば、漢王様は始皇帝のしたことを改め、成湯・武王のすばらしい前例に従うべきです。
つまり、滅びた六国の後継者を立てて、封爵を与えるのです。
さすれば、各国の君主も百姓人民も、漢王様の聖なる徳を仰ぎ見て、漢王様の義を慕い、誰もが漢の臣となることを願い出るでしょう。
そのうえで漢王様が南面して(主君として臣に対面して)天下に覇を唱えれば、楚も必ず襟を正して服従しに来るでしょう」
劉邦は喜んだ。
「なるほど! それは、すごくいいな!」
そこで劉邦は、すぐに工匠たちに命じて、六国の王の印章を作らせた。
そして、酈生にその印章を持たせて六国に派遣し、それぞれの王を封じるということで、出発の日取りを検討しはじめた。
そんなある日。
軍師張良が、劉邦のところに顔を出した。
そのとき劉邦は食事中だったが、張良の顔を見ると、上機嫌に言った。
「やあ、張良先生! まあ、遠慮しないで近くに来なよ。
実はこのあいだ、ある人が、楚の勢力を削ぎ落とすための、すばらしい計略を教えてくれたんだ!
これこれこういう作戦でさ……」
と、劉邦は、酈生の計略を説明して聞かせた。
が。
話を聞いて、張良は顔色を変えた。
「いったい誰が、そんな計を漢王様に申し上げたのです?
そんなことをすれば、漢王様の天下統一事業は崩壊しますよ」
劉邦は、驚いて硬直した。
「えっ!? なんで……?」
張良が劉邦の食卓に歩み寄る。
「そうですね……漢王様、その箸を貸していただけますか?
それを算籌(計算時に数を記録するための棒)代わりにして、ご説明いたしましょう」
張良は、一掴みの箸を握り、語りだした。
「まず。
昔、成湯が桀王の子孫を封じたのは、もはや桀王の生死を自由にできる状況だったからです。
漢王様は、今、項羽の生死を好きに決められるほどの力をお持ちですか?」
劉邦は、うなる。
「う……まだ持ってない」
張良は、箸を1本、食卓に置いた。
「それが不可その1です。
次に、武王は紂王を征伐して子孫を封じましたが、それは紂王の首を刎ねることが可能だったからです。
陛下は、項羽の首を取ることができますか?」
「……無理だ」
張良は、静かに2本目の箸を置く。
「それが不可その2。
かつて殷の国に、商容《しょうよう》、箕子、比干などという賢臣たちがおりました。
彼らは紂王を諌めましたが、それが災いして商容《しょうよう》は罷免、箕子は牢に監禁、比干は惨殺の憂き目に遭いました。
武王はそれを憐れみ、殷を占領した後で商容を表彰し、箕子を解放し、比干の墓を立派に整備し直したのです。
陛下に、そういうことができますか?」
「できない……」
「不可その3ですね。
紂王は、鉅橋という大きな蔵に穀物を詰め込み、鹿台という楼閣に財産を貯え、それらを酒池肉林の宴のために浪費していました。
武王は、殷を滅ぼした後、鉅橋の穀物や鹿台の金銭を、貧困に苦しむ人々へ配りました。
漢王陛下は、ご自分の蔵を開いて、財産を貧者へ賜ることができますか?」
「できません……」
「それが不可その4。
殷との戦争が終わった後、武王は、戦闘用の革輅(革張りの車)を旅行用の車に仕立て直し、盾や戈を逆さまに置いて虎の皮で覆い、二度と兵を用いないと天下に示しました。
陛下は、今すぐに武力を収めて文治を行い、二度と兵を用いないようにできますか?」
「いや……」
「それが不可その5。
武王は軍馬を華山の陽の山麓で休息させ、もう使わないと示しました。
陛下は、馬を休ませて使わずにいられますか?」
「うんにゃ……」
「それが不可その6。
武王は、牛を桃林の陰に放牧し、もはや兵糧を運ばないと示しました。
陛下に同じことができますか?」
「ぜんぜん……」
「それが不可その7。
そもそもです。天下を流れ歩く賢士たちが、家族のもとを離れ、祖先の墳墓も捨て、故郷の友人たちとも離別して、漢王様に従っているのは、なぜです?
それはひとえに、漢王様から少しでも領地をいただきたいと願っているからです。
もし今、韓・魏・燕・趙・斉・楚の六国の後継者を擁立したら、賢士たちは、それぞれの故郷の君主に仕え、家族や墳墓や友人たちのもとへ帰ってしまうでしょう。
そのとき陛下は、いったい誰と一緒に天下を取るおつもりです?
これが不可その8です。
そして最後に不可その9。
たとえ六国を封じても、楚が最強国である現状は変わりません。
となれば、六国の君主たちは、再び楚に屈服して従うようになるでしょう。
どうして彼らがいつまでも漢王様の臣のままでいてくれましょうか。
以上です。
もし『ある人』とやらの謀を採用したなら、漢王様の天下統一は不可能になる、と申し上げたのは、こういう理由からです」
劉邦は、ずらり並べられた箸を見てワナワナ震え、口から飯粒を吹き散らしながら絶叫した。
「あのクソ儒者ァーッ!
なにもかも台無しになるとこだったじゃねえかーッ!」
劉邦は、大慌てで命令を飛ばし、作らせたばかりの六国の印章を鋳潰させた。
かわいそうなのは酈生である。
劉邦大激怒の噂は、すぐに酈生の耳にも伝わった。
それからというもの、酈生は劉邦に叱られるのを恐れ、また、提案した計が酷評されたことを恥じもして、朝廷に顔を出さなくなってしまった。
(つづく)