龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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五十八の中 韓信大失態

 

 

 劉邦が修武に到着して数日が過ぎた頃。

 

 老儒者(じゅしゃ)酈生(れきせい)酈食其(れきいき))が、劉邦に謁見して、こんな提案を奏上した。

 

「その昔、成湯(せいとう)は、()(けつ)王を追放して(いん)を立てました。

 また、武王は、(いん)(ちゅう)王を()って、(しゅう)を築きあげました。

 

 しかしこのとき、成湯(せいとう)と武王は、滅びた(けつ)王・(ちゅう)王の子孫を諸侯として(ほう)じ、保護いたしました。

 この徳のある行いが、(いん)(しゅう)両国の数百年にわたる繁栄を、もたらしたのです。

 

 最近では、(しん)が六国を滅ぼしましたが、始皇帝はその子孫を(ほう)じることなく、各国の社稷(しゃしょく)(祖先の祭祀)を途絶(とだ)えさせようとしました。

 その後、(しん)辿(たど)った運命は、御存知(ごぞんじ)のとおり……

 

 以上のことを考えれば、漢王様は始皇帝のしたことを改め、成湯(せいとう)・武王のすばらしい前例に従うべきです。

 

 つまり、滅びた六国の後継者を立てて、封爵(ほうしゃく)を与えるのです。

 さすれば、各国の君主も百姓人民も、漢王様の聖なる徳を(あお)ぎ見て、漢王様の義を(した)い、誰もが漢の臣となることを願い出るでしょう。

 

 そのうえで漢王様が南面(なんめん)して(主君として臣に対面して)天下に覇を唱えれば、()も必ず(えり)を正して服従しに来るでしょう」

 

 劉邦は喜んだ。

「なるほど! それは、すごくいいな!」

 

 そこで劉邦は、すぐに工匠たちに(めい)じて、六国の王の印章を作らせた。

 そして、酈生(れきせい)にその印章を持たせて六国に派遣し、それぞれの王を(ほう)じるということで、出発の日取りを検討しはじめた。

 

 そんなある日。

 軍師張良が、劉邦のところに顔を出した。

 

 そのとき劉邦は食事中だったが、張良の顔を見ると、上機嫌に言った。

「やあ、張良先生! まあ、遠慮しないで近くに来なよ。

 実はこのあいだ、ある人が、()の勢力を()ぎ落とすための、すばらしい計略を教えてくれたんだ!

 これこれこういう作戦でさ……」

 

 と、劉邦は、酈生(れきせい)の計略を説明して聞かせた。

 

 が。

 話を聞いて、張良は顔色を変えた。

「いったい誰が、そんな計を漢王様に申し上げたのです?

 そんなことをすれば、漢王様の天下統一事業は崩壊しますよ」

 

 劉邦は、驚いて硬直した。

「えっ!? なんで……?」

 

 張良が劉邦の食卓に歩み寄る。

「そうですね……漢王様、その(はし)を貸していただけますか?

 それを算籌(さんちゅう)(計算時に数を記録するための棒)代わりにして、ご説明いたしましょう」

 

 張良は、一掴(ひとつか)みの(はし)を握り、語りだした。

「まず。

 昔、成湯(せいとう)(けつ)王の子孫を(ほう)じたのは、もはや(けつ)王の生死を自由にできる状況だったからです。

 漢王様は、今、項羽の生死を好きに決められるほどの力をお持ちですか?」

 

 劉邦は、うなる。

「う……まだ持ってない」

 

 張良は、(はし)を1本、食卓に置いた。

「それが不可その1です。

 次に、武王は(ちゅう)王を征伐(せいばつ)して子孫を(ほう)じましたが、それは(ちゅう)王の首を()ねることが可能だったからです。

 陛下は、項羽の首を取ることができますか?」

 

「……無理だ」

 

 張良は、静かに2本目の(はし)を置く。

「それが不可その2。

 かつて(いん)の国に、商容《しょうよう》、箕子(きし)比干(ひかん)などという賢臣たちがおりました。

 彼らは(ちゅう)王を(いさ)めましたが、それが(わざわ)いして商容《しょうよう》は罷免(ひめん)箕子(きし)は牢に監禁、比干(ひかん)惨殺(ざんさつ)()()()いました。

 武王はそれを(あわ)れみ、(いん)を占領した後で商容(しょうよう)を表彰し、箕子(きし)を解放し、比干(ひかん)の墓を立派に整備し直したのです。

 陛下に、そういうことができますか?」

 

「できない……」

 

「不可その3ですね。

 (ちゅう)王は、鉅橋(きょきょう)という大きな(くら)穀物(こくもつ)を詰め込み、鹿台(ろくだい)という楼閣(ろうかく)に財産を貯え、それらを酒池肉林の宴のために浪費していました。

 武王は、(いん)を滅ぼした後、鉅橋(きょきょう)穀物(こくもつ)鹿台(ろくだい)の金銭を、貧困に苦しむ人々へ配りました。

 漢王陛下は、ご自分の(くら)を開いて、財産を貧者へ(たまわ)ることができますか?」

 

「できません……」

 

「それが不可その4。

 (いん)との戦争が終わった後、武王は、戦闘用の革輅(かくろ)(かわ)張りの車)を旅行用の車に仕立て直し、盾や(ほこ)を逆さまに置いて虎の皮で覆い、二度と兵を用いないと天下に示しました。

 陛下は、今すぐに武力を収めて文治を行い、二度と兵を用いないようにできますか?」

 

「いや……」

 

「それが不可その5。

 武王は軍馬を華山(かざん)(みなみ)山麓(さんろく)で休息させ、もう使わないと示しました。

 陛下は、馬を休ませて使わずにいられますか?」

 

「うんにゃ……」

 

「それが不可その6。

 武王は、牛を桃林(とうりん)(きた)に放牧し、もはや兵糧(ひょうろう)を運ばないと示しました。

 陛下に同じことができますか?」

 

「ぜんぜん……」

 

「それが不可その7。

 そもそもです。天下を流れ歩く賢士たちが、家族のもとを離れ、祖先の墳墓(ふんぼ)も捨て、故郷の友人たちとも離別して、漢王様に従っているのは、なぜです?

 それはひとえに、漢王様から少しでも領地をいただきたいと願っているからです。

 

 もし今、(かん)()(えん)(ちょう)(せい)()の六国の後継者を擁立(ようりつ)したら、賢士たちは、それぞれの故郷の君主に仕え、家族や墳墓や友人たちのもとへ帰ってしまうでしょう。

 そのとき陛下は、いったい誰と一緒に天下を取るおつもりです?

 これが不可その8です。

 

 そして最後に不可その9。

 たとえ六国を(ほう)じても、()が最強国である現状は変わりません。

 となれば、六国の君主たちは、再び()に屈服して従うようになるでしょう。

 どうして彼らがいつまでも漢王様の臣のままでいてくれましょうか。

 

 以上です。

 もし『ある人』とやらの(はかりごと)を採用したなら、漢王様の天下統一は不可能になる、と申し上げたのは、こういう理由からです」

 

 劉邦は、ずらり並べられた(はし)を見てワナワナ震え、口から飯粒(めしつぶ)を吹き散らしながら絶叫した。

「あのクソ儒者(じゅしゃ)ァーッ!

 なにもかも台無しになるとこだったじゃねえかーッ!」

 

 劉邦は、大慌てで命令を飛ばし、作らせたばかりの六国の印章を鋳潰(いつぶ)させた。

 

 かわいそうなのは酈生(れきせい)である。

 劉邦大激怒の(うわさ)は、すぐに酈生(れきせい)の耳にも伝わった。

 それからというもの、酈生(れきせい)は劉邦に叱られるのを恐れ、また、提案した計が酷評されたことを恥じもして、朝廷に顔を出さなくなってしまった。

 

 

(つづく)




●注釈
 張良が劉邦の(はし)を借りて説く場面は「史記・留公世家」に記述があり、『借箸代籌((はし)を借りて(ちゅう)()う)』という故事成語になっている。
 『(ちゅう)』は算籌(さんちゅう)のことで、計算の補助として用いる細長い竹の棒である。その棒を縦や横に並べて置き、一時的な数の記録とする。要するに算盤(そろばん)の玉のような使い方をするものだと思っていただければよい。
(第二十九回注釈参照)
 算籌(さんちゅう)で数を表すときは、縦に置いた棒を1、横に置いた棒を5とする。たとえば、横棒の下に縦棒を2本置くと5+2=7となる。まさに算盤(そろばん)の上の玉・下の玉の関係と同じである。(縦横が逆になる場合もある)
 「西漢通俗演義」ではこの場面がかなり簡略化された描写になっていて、張良が(はし)を何に用いたのか分かりにくい。また、「通俗漢楚軍談」では、そもそも(はし)を用いず普通に説明している。せっかくの名場面でそれは寂しいので、今回は普段と方針を変え、「史記・留公世家」に基づいて描写することにした。
 なお、この場面の最後で劉邦が飯粒を散らしながら怒鳴っているが、ここは「史記・留公世家」に『食事を中断し、口の中の物を吐き出して(ののし)った』と書かれているのを、ややコミカルに演出したものである。
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