漢の大将彭越は、梁の17城を攻略し、その中の重要拠点である外黄に軍を駐屯させた。
外黄は、楚の都彭城の西……ちょうど漢と楚の中間点にある。
そのため、外黄は、楚軍にとって重要な物資輸送路となるのだ。
彭越が外黄を奪ったことで、楚軍の糧道は遮断されてしまった。
どれほど強い軍隊でも、食糧の補給が滞ったままでは戦えない。
彭越の狙い通り、楚軍は漢への攻撃の中断を余儀なくされたのだった。
しかし、もちろん項羽も、やられっぱなしで黙ってはいない。
あるとき、外黄の彭越のもとへ、こんな急報が舞い込んだ。
「項羽が、みずから大軍を率いて、東の道から攻めてきました!
道々の郡県は、城を開いて楚に降参してしまいました。
いまだ抵抗を続けているのは、外黄など6郡県のみです。
項羽の勢いは、はなはだ大きく、とうてい敵うようなものではありません!」
彭越は大いに恐れ、人々を集めて対策を協議した。
その議論の場で、大将の欒布が進み出た。
「項羽が自ら攻めてきた以上、力で対抗するのは難しいでしょう。
そこで、それがしが、上・中・下、3つの策を考えました。
まず1つめは、北にある谷城へ逃走し、昌邑を占領する案。
しばらくそこで身を潜め、楚軍が彭城に帰るのを待ってから、再び梁を奪い返すのです。
これを上策と呼びましょう。
第2の案。
もし独力で楚と戦うのは無理だとお考えなら、漢に援軍を要請し、力を合わせて楚軍を防ぐのがよいでしょう。
これを中策とします。
そして第3の案。
自身の武勇をたのみとして、この場で楚と交戦し、雌雄を決する道もあります。
ただ、我々の戦力だけで楚と正面から戦えば、勝機は薄いのではないかと私は懸念します。
これは下策でしょうな。
彭越将軍、この3案から、どれかを選んで用いてくださいませ」
彭越は、うなずいた。
「お前の案の中だと、上策が一番よさそうだ。
よし。谷城へ逃げ、昌邑を占領しよう!
だが、誰かが楚軍を足止めして時間稼ぎしてくれないと、たちまち楚軍に追いつかれ、俺たちは破られてしまうだろうな。
副将周同よ。お前は、外黄県令の仇明と一緒に、ここに残って外黄城を守れ。
旗幟を立て、四方の城門を固く閉ざして、俺がまだ外黄に留まっているように項羽に思わせるんだ。
俺は、その間に力を尽くして昌邑を攻め取り、根城にする」
欒布が言う。
「では、楚軍が来ないうちに、今夜、ひそかに城を脱出しましょう。
このことは、近隣の郡県にも知られぬよう、固く秘密にしておかねばなりません」
そのとき、外黄県令の仇明が、彭越の前に進み出た。
県令とは、県の政治責任者。今でいうところの県知事のような役職である。
「お待ちください、彭越将軍。
確かにこの策で、将軍が遠くへ去ることはできるでしょう。
しかし、残された外黄城は、どうなるでしょうか?
相手は、あの項羽です。
城が破られた後、外黄の民は、皆殺しにされるに違いありません。
彭越将軍、どうか、外黄の民を憐れんでくださいませ」
彭越をはじめ、議論の場にいた者たちは、そろってハッとした。
占領した都市の住民まで皆殺しにする……そんな虐殺、普通の人間なら考えられないが……
項羽には、秦から投降した兵20万を生き埋めにした前科がある。
たしかに、項羽なら、やりかねない。
と。
部屋の隅に立っていた1人の童子が、急に進み出て、声を上げた。
「みなさん、そのことなら心配いりません!
この城が破られたら、僕が項羽を説き伏せて、戈を収めさせ、外黄の民に被害がないようにしてみせます!」
とつぜん子供が話に割り込んできたので、彭越は大いに驚いた。
「この子は誰だ?」
外黄県令の仇明が答える。
「これは、それがしの長子、仇叔です。
今年で13歳になりますが、この子の母は、かつて太庚(殷の6代目の王)が胎内に入る夢を見て、この子を生みました。
5歳で貴人に侍る役目をこなせるようになり、7歳で書を読み始めました。
ざっと目を通しただけで文章を覚えて暗唱してしまうので、人はこの子を奇童(天才児)と呼んでおります。
私のところへ客人が来ると、この子は全ての客人とソツなく受け答えをし、あるときは詩を、またあるときは散文を、即興で作って読み上げ、1字たりとも言い間違えることがありません。
しかも、たいへんに度胸のある性格。
『覇王と対面したい』などと言っているのを見ても、その勇壮さが、お分かりになろうかと思います」
彭越は、童子に向かって尋ねた。
「その奇童が、覇王に何を説くつもりなのだね?」
童子は彭越の耳元に近づき、ささやいた。
「この如く、この如く……」
彭越は限りなく喜び、感嘆して言った。
「なるほど! それなら項羽を説得できるかもしれん。
汝は、歳こそ若いが、一城の人民を救うに足る才能を持っているな!
将来、君には、計り知れないほどの福徳が天から贈られるに違いない!」
童子のおかげで、後顧の憂いは解消した。
その夜、彭越は三軍を勢揃いさせ、それぞれ口に枚を銜んで、北門から城を出た。
彭越の軍は、すぐに谷城に到着した。
すると、谷城をはじめとする各地の城は、あっけなく城門を開いて投降した。
かくして彭越は、あっというまに20以上もの城を占領したのだった。
彭越は、これらの城から28万斗あまりの穀物を徴収し、陸路で劉邦たちのところへ輸送した。
この食糧のおかげもあって、その後の漢軍は、飢えることなく戦い続けることができたのである。
*
さて、それから10日あまり……
項羽の率いる楚軍は、ついに、外黄城へと押し寄せてきた。
対する外黄は、おびただしい数の旗幟を城壁に立て、四方の城門を固く閉ざしている。
漢兵が応戦に出てくる気配は、まったく無い。
項羽は、慎重を期して、軍を止めた。
「戦う前に、まず三軍を休ませよう。
その間に城内の様子を伺うんだ」
しかし、そこから3日が過ぎても、漢軍は、まったく外黄城から出てこようとしなかった。
それどころか、城内からは、人の動く物音さえ聞こえてこないのだ。大軍が駐屯しているにしては、どうもおかしい。
項羽の叔父の項伯が、項羽に奏上した。
「彭越は、外黄城から脱走したに違いありません。
城内には、ほとんど兵が残っていないのでしょう。ただ旗だけを数多く立て、我らを惑わそうとしているのです。
覇王陛下、三軍を動かして、少し攻めてごらんなさいませ」
「よし!」
というわけで、項羽は軍に命令を飛ばし、外黄城攻めに取りかかった。
楚軍は太鼓や銅鑼を打ち鳴らし、鉄砲や弩を雨の如くに打ちまくり、外黄に押し寄せていく……
*
この攻撃に、外黄城内の住民は、一斉に声をあげて悲しんだ。
恐怖に駆られた外黄住民が、県令仇明のところに押しかけ、口々にこう訴える。
「覇王が一度怒れば、千里の先まで火を飛ばすと聞きます。
この城が破られたら、我ら数万の人民は、皆殺しにされるでしょう。
仇明将軍!
我らには何の罪も無いのに、槍や矢で刺されたくはありません!
どうか我らを憐れんで、はやく降参してくださいませ。
そうすれば、覇王も気持ちを変えて、我らを見逃してくれるかもしれません」
県令仇明は、苦い表情で、うなずいた。
「そうだな。どのみち、城内に兵がいないことを見破られた以上、城を守ることは不可能だろう……」
仇明は、副将周同や、その他の人々と相談したうえで、降参を決断した。
仇明は、降伏を意味する旗を四方の門に立て、貴人を迎える礼儀として香を焚き、城門を大きく開いた。
そのうえで、城の人民に命じ、城外へ向けて、こう叫ばせた。
「外黄は、もともと楚の地!
いったん彭越に降伏したのは、身を守るために、やむをえなかったからです!
今となっては、どうして天兵を拒んだりするでしょうか!
どうか、すみやかに御車を進めて、城にお入りください!」
*
項羽は、外黄が降伏したのを見ると、大軍を進めて城内に入った。
そして、一息つく暇もなく項伯を呼び、とんでもないことを言いだした。
「叔父上。
さっき、外黄の連中は、『やむをえず彭越に降伏しただけだ』と言っていたな?
俺が攻撃を始めてから、もう何日も経っている。
今になって突然あんなことを言いだした……ということは、アレは嘘だ。
生き残りたくて、口から出任せを言ってるだけだろう。
断じて許さん!
というわけで、城の東に穴を掘れ。
外黄に住む者のうち、15歳以上の男子は、1人残らず生き埋めにして、俺の恨みを晴らしてやるんだ!」
*
この話は、たちまち外黄住民の間に広まった。
当然、城中の人々は大混乱に陥った。
誰もが泣き、あるいは叫び、上へ下へと慌て騒いで駆け回る。
そのとき。
あの奇童仇叔が、人々の間へ走り出た。
「みなさん、落ち着いて!
泣き叫んでは、いけません。項羽の性格から言って、我々が騒げば騒ぐほど、よけいにイライラしだすでしょう。
僕が行って、項羽を説得し、みなさんの命を救ってみせます」
(つづく)