龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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五十九の上 外黄の童子、覇王に説く

 

 

 漢の大将彭越(ほうえつ)は、(りょう)の17城を攻略し、その中の重要拠点である外黄(がいこう)に軍を駐屯させた。

 

 外黄(がいこう)は、()(みやこ)彭城(ほうじょう)の西……ちょうど漢と()の中間点にある。

 そのため、外黄(がいこう)は、()軍にとって重要な物資輸送路となるのだ。

 

 彭越(ほうえつ)外黄(がいこう)を奪ったことで、()軍の糧道(りょうどう)は遮断されてしまった。

 どれほど強い軍隊でも、食糧の補給が(とどこお)ったままでは戦えない。

 彭越(ほうえつ)の狙い通り、()軍は漢への攻撃の中断を余儀(よぎ)なくされたのだった。

 

 しかし、もちろん項羽も、やられっぱなしで黙ってはいない。

 

 あるとき、外黄(がいこう)彭越(ほうえつ)のもとへ、こんな急報が舞い込んだ。

「項羽が、みずから大軍を(ひき)いて、東の道から攻めてきました!

 道々の郡県は、城を開いて()に降参してしまいました。

 

 いまだ抵抗を続けているのは、外黄(がいこう)など6郡県のみです。

 項羽の(いきお)いは、はなはだ大きく、とうてい(かな)うようなものではありません!」

 

 彭越(ほうえつ)は大いに恐れ、人々を集めて対策を協議した。

 

 その議論の場で、大将の欒布(らんふ)が進み出た。

「項羽が(みずか)ら攻めてきた以上、力で対抗するのは難しいでしょう。

 そこで、それがしが、上・中・下、3つの策を考えました。

 

 まず1つめは、北にある谷城(こくじょう)へ逃走し、昌邑(しょうゆう)を占領する案。

 しばらくそこで身を(ひそ)め、()軍が彭城(ほうじょう)に帰るのを待ってから、再び(りょう)を奪い返すのです。

 これを上策と呼びましょう。

 

 第2の案。

 もし独力で()と戦うのは無理だとお考えなら、漢に援軍を要請し、力を合わせて()軍を防ぐのがよいでしょう。

 これを中策とします。

 

 そして第3の案。

 自身の武勇をたのみとして、この場で()と交戦し、雌雄(しゆう)を決する道もあります。

 ただ、我々の戦力だけで()と正面から戦えば、勝機は薄いのではないかと私は懸念(けねん)します。

 これは下策でしょうな。

 

 彭越(ほうえつ)将軍、この3案から、どれかを選んで用いてくださいませ」

 

 彭越(ほうえつ)は、うなずいた。

「お前の案の中だと、上策が一番よさそうだ。

 よし。谷城(こくじょう)へ逃げ、昌邑(しょうゆう)を占領しよう!

 

 だが、誰かが()軍を足止めして時間稼ぎしてくれないと、たちまち()軍に追いつかれ、俺たちは破られてしまうだろうな。

 

 副将周同(しゅうどう)よ。お前は、外黄(がいこう)県令の仇明(きゅうめい)と一緒に、ここに残って外黄(がいこう)城を守れ。

 旗幟(きし)を立て、四方の城門を固く閉ざして、俺がまだ外黄(がいこう)(とど)まっているように項羽に思わせるんだ。

 

 俺は、その間に力を尽くして昌邑(しょうゆう)を攻め取り、根城(ねじろ)にする」

 

 欒布(らんふ)が言う。

「では、()軍が来ないうちに、今夜、ひそかに城を脱出しましょう。

 このことは、近隣の郡県にも知られぬよう、固く秘密にしておかねばなりません」

 

 そのとき、外黄(がいこう)県令の仇明(きゅうめい)が、彭越(ほうえつ)の前に進み出た。

 県令とは、県の政治責任者。今でいうところの県知事のような役職である。

 

「お待ちください、彭越(ほうえつ)将軍。

 確かにこの策で、将軍が遠くへ去ることはできるでしょう。

 しかし、残された外黄(がいこう)城は、どうなるでしょうか?

 

 相手は、あの項羽です。

 城が破られた後、外黄(がいこう)(たみ)は、皆殺しにされるに違いありません。

 彭越(ほうえつ)将軍、どうか、外黄(がいこう)の民を(あわ)れんでくださいませ」

 

 彭越(ほうえつ)をはじめ、議論の場にいた者たちは、そろってハッとした。

 占領した都市の住民まで皆殺しにする……そんな虐殺(ぎゃくさつ)、普通の人間なら考えられないが……

 項羽には、(しん)から投降した兵20万を生き埋めにした前科がある。

 たしかに、項羽なら、やりかねない。

 

 と。

 部屋の隅に立っていた1人の童子(どうじ)が、急に進み出て、声を上げた。

「みなさん、そのことなら心配いりません!

 この城が破られたら、僕が項羽を()き伏せて、(ほこ)を収めさせ、外黄(がいこう)(たみ)に被害がないようにしてみせます!」

 

 とつぜん子供が話に割り込んできたので、彭越(ほうえつ)は大いに驚いた。

「この子は誰だ?」

 

 外黄(がいこう)県令の仇明(きゅうめい)が答える。

「これは、それがしの長子、仇叔(きゅうしゅく)です。

 今年で13歳になりますが、この子の母は、かつて太庚(たいこう)(いん)の6代目の王)が胎内(たいない)に入る夢を見て、この子を生みました。

 

 5歳で貴人に(はべ)る役目をこなせるようになり、7歳で書を読み始めました。

 ざっと目を通しただけで文章を覚えて暗唱してしまうので、人はこの子を奇童(きどう)(天才児)と呼んでおります。

 

 私のところへ客人が来ると、この子は全ての客人とソツなく受け答えをし、あるときは詩を、またあるときは散文を、即興で作って読み上げ、1字たりとも言い間違(まちが)えることがありません。

 

 しかも、たいへんに度胸のある性格。

 『覇王と対面したい』などと言っているのを見ても、その勇壮さが、お分かりになろうかと思います」

 

 彭越(ほうえつ)は、童子(どうじ)に向かって(たず)ねた。

「その奇童(きどう)が、覇王に何を()くつもりなのだね?」

 

 童子(どうじ)彭越(ほうえつ)の耳元に近づき、ささやいた。

「この如く、この如く……」

 

 彭越(ほうえつ)は限りなく喜び、感嘆して言った。

「なるほど! それなら項羽を説得できるかもしれん。

 汝は、(とし)こそ若いが、一城(いちじょう)の人民を救うに()る才能を持っているな!

 将来、君には、(はか)り知れないほどの福徳が天から贈られるに違いない!」

 

 童子(どうじ)のおかげで、後顧(こうこ)(うれ)いは解消した。

 その夜、彭越(ほうえつ)は三軍を勢揃(せいぞろ)いさせ、それぞれ口に(ばい)(ふく)んで、北門から城を出た。

 

 彭越(ほうえつ)の軍は、すぐに谷城(こくじょう)に到着した。

 すると、谷城(こくじょう)をはじめとする各地の城は、あっけなく城門を開いて投降した。

 かくして彭越(ほうえつ)は、あっというまに20以上もの城を占領したのだった。

 

 彭越(ほうえつ)は、これらの城から28万()あまりの穀物(こくもつ)徴収(ちょうしゅう)し、陸路で劉邦たちのところへ輸送した。

 この食糧のおかげもあって、その後の漢軍は、()えることなく戦い続けることができたのである。

 

 

   *

 

 

 さて、それから10日あまり……

 項羽の(ひき)いる()軍は、ついに、外黄(がいこう)城へと押し寄せてきた。

 

 対する外黄(がいこう)は、おびただしい数の旗幟(きし)を城壁に立て、四方の城門を固く閉ざしている。

 漢兵が応戦に出てくる気配は、まったく無い。

 

 項羽は、慎重を()して、軍を止めた。

「戦う前に、まず三軍を休ませよう。

 その間に城内の様子を(うかが)うんだ」

 

 しかし、そこから3日が過ぎても、漢軍は、まったく外黄(がいこう)城から出てこようとしなかった。

 それどころか、城内からは、人の動く物音さえ聞こえてこないのだ。大軍(たいぐん)が駐屯しているにしては、どうもおかしい。

 

 項羽の叔父の項伯が、項羽に奏上(そうじょう)した。

彭越(ほうえつ)は、外黄(がいこう)城から脱走したに違いありません。

 城内には、ほとんど兵が残っていないのでしょう。ただ旗だけを数多く立て、我らを(まど)わそうとしているのです。

 覇王陛下、三軍を動かして、少し攻めてごらんなさいませ」

 

「よし!」

 というわけで、項羽は軍に命令を飛ばし、外黄(がいこう)城攻めに取りかかった。

 ()軍は太鼓(たいこ)銅鑼(どら)を打ち鳴らし、鉄砲や(いしゆみ)を雨の如くに打ちまくり、外黄(がいこう)に押し寄せていく……

 

 

   *

 

 

 この攻撃に、外黄(がいこう)城内の住民は、一斉に声をあげて悲しんだ。

 恐怖に駆られた外黄(がいこう)住民が、県令仇明(きゅうめい)のところに押しかけ、口々にこう(うった)える。

 

「覇王が一度(ひとたび)怒れば、千里の先まで火を飛ばすと聞きます。

 この城が破られたら、我ら数万の人民は、皆殺しにされるでしょう。

 

 仇明(きゅうめい)将軍!

 我らには何の罪も無いのに、槍や矢で刺されたくはありません!

 どうか我らを(あわ)れんで、はやく降参してくださいませ。

 そうすれば、覇王も気持ちを変えて、我らを見逃(みのが)してくれるかもしれません」

 

 県令仇明(きゅうめい)は、苦い表情で、うなずいた。

「そうだな。どのみち、城内に兵がいないことを見破られた以上、城を守ることは不可能だろう……」

 

 仇明(きゅうめい)は、副将周同(しゅうどう)や、その他の人々と相談したうえで、降参を決断した。

 

 仇明(きゅうめい)は、降伏を意味する旗を四方の門に立て、貴人を迎える礼儀として(こう)()き、城門を大きく開いた。

 そのうえで、城の人民に(めい)じ、城外へ向けて、こう叫ばせた。

 

外黄(がいこう)は、もともと()の地!

 いったん彭越(ほうえつ)に降伏したのは、身を守るために、やむをえなかったからです!

 今となっては、どうして天兵を(こば)んだりするでしょうか!

 どうか、すみやかに御車(おくるま)を進めて、城にお入りください!」

 

 

   *

 

 

 項羽は、外黄(がいこう)が降伏したのを見ると、大軍を進めて城内に入った。

 そして、一息つく暇もなく項伯を呼び、とんでもないことを言いだした。

 

叔父(おじ)(うえ)

 さっき、外黄(がいこう)の連中は、『やむをえず彭越(ほうえつ)に降伏しただけだ』と言っていたな?

 

 俺が攻撃を始めてから、もう何日も()っている。

 今になって突然あんなことを言いだした……ということは、アレは嘘だ。

 生き残りたくて、口から出任(でまか)せを言ってるだけだろう。

 断じて許さん!

 

 というわけで、城の東に穴を掘れ。

 外黄(がいこう)に住む者のうち、15歳以上の男子は、1人残らず生き埋めにして、俺の(うら)みを晴らしてやるんだ!」

 

 

   *

 

 

 この話は、たちまち外黄(がいこう)住民の間に広まった。

 当然、城中の人々は大混乱に(おちい)った。

 誰もが泣き、あるいは叫び、上へ下へと慌て騒いで駆け回る。

 

 そのとき。

 あの奇童(きどう)仇叔(きゅうしゅう)が、人々の間へ走り出た。

 

「みなさん、落ち着いて!

 泣き叫んでは、いけません。項羽の性格から言って、我々が騒げば騒ぐほど、よけいにイライラしだすでしょう。

 僕が行って、項羽を説得し、みなさんの(いのち)を救ってみせます」

 

 

(つづく)




●注釈
 童子(どうじ)仇叔(きゅうしゅく)が項羽を説得するエピソードは、「史記・項羽本紀」にも記されている。ただし、「史記」では県令の息子ではなく『外黄令の舎人(従者)の13歳の少年』とされており、名前も不明である。
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