仇叔は、項羽のもとへ行き、謁見を願い出た。
取り次ぎの番兵は、とまどった。客が項羽に謁見を求めることは珍しくないが、なにしろ相手が子供である。
とはいえ、きちんと手続きを踏んでいる以上、項羽に報告しないわけにもいかない。
項羽は、報告を受けて、大いに興味を駆り立てられた。
「ふーん、子供が……?
よし、連れてこい。会ってみよう」
というわけで、仇叔は項羽の前に通された。
眉目はなはだ秀麗なる童子仇叔が、歳に似合わぬ落ち着いた物腰で、しずしずと項羽の部屋に入ってくる。
項羽は、仇叔に、からかうような視線を向けた。
「見たとこ、歳は12か13ってとこか。
どうしてここへ来た?
俺が怖くはないのか?」
仇叔は、にっこりと微笑んだ。
「臣は、陛下にとって赤子のようなもの。
すなわち陛下は、臣の父母です。
赤子が父母の姿を見に来るのは、恋々とした慕情に衝き動かされてのこと。
臣に恐れることがあるとすれば、この気持ちが陛下に届かないことだけでございます。
どうして陛下の軍威などを恐れましょうか」
項羽は、機嫌よく笑った。
「あはは……! そうかそうか。
それで少年。お前が怖がらずにここへ来たのは、俺を説得するためか?」
仇叔が言う。
「臣は、陛下に、古の聖王・聖帝たちに並ぶお方になっていただきたいと願っております。
徳においては成湯や武王に比類し、業績においては堯帝や舜帝と等しく……
天地の心をその身に宿し、殺戮を嫌って生命を好み、徳を人民に恵み……
四海(世界)全体が一家のようにまとまり、あらゆる国々が喜びの声をあげる……
そのような偉大な人物に、なっていただきたいのです。
そう願う臣が、どうして陛下の御前に出て、唇を揺らし舌を動かす説客のようなマネをいたしましょうか」
項羽は、にやついた。
「ふーん?
何も言いたいことは無いってのか。
だったら、すぐ兵に命じて、外黄の民を生き埋めにしてやるぞ。
汝は、それを止めるために来たんじゃないのか?」
童子仇叔が言う。
「臣は、このように聞いたことがあります。
『天下を愛する者は、天下の人みなこれを愛す。
天下を憎む者は、天下の人みなこれを憎む。
天下を利する者は、天下の人みなこれを利す。
天下を害する者は、天下の人またこれを害す』
と……
愛、憎しみ、利、害。
それらは皆、まず上の人から起こります。
下の者は、上の人のやりかたをマネて従うのみなのです。
先日、彭越が大軍を率いて来て、外黄などの郡県を掠め取りました。
そのとき人民は、殺されることを恐れ、やむをえず彭越に降参いたしました。
しかし人民は、一日中、首を伸ばして遠い空に目を向け、覇王陛下が仁義の兵を率いて外黄を救ってくださるのを待っていました。
その思いは、まさに赤子が父母を慕うかのようなものです。
それなのに、覇王陛下は、一城の民を、ことごとく生き埋めにするなどと仰いました。
人民は彭越を恐れて降伏し、覇王陛下に解放していただくことを望んでおりました。
その陛下にまでこんな仕打ちをされたら、人民は、いったい誰に心を寄せればよいというのですか?
陛下は民を愛しておられないのですか!?
いや。外黄の民が陛下の愛を失うだけでは終わりますまい。
梁より東には無数の郡県がございます。
それらの郡県に、この話が伝われば、どこの城も固く門を閉ざして陛下に抵抗するか、あるいは遠くへ逃走してしまうでしょう。
陛下が天下を愛さなければ、天下もそれに従って、陛下を愛さなくなるのです。
民は国の根本です。
陛下が天下の民に憎まれた時、陛下は一体、誰と共に天下を守るおつもりですか!」
項羽は、童子仇叔の言うことを、じっと黙って聞いていた。
全てを聞き終えた項羽は、なんとも嬉しそうに、にっこりと笑った。
「よく言ってくれた。汝の言葉は、すべて理に適っているぞ」
そして、項羽はその場で三軍に命令を飛ばした。
「生き埋めは中止だ。
もし髪の毛1本ほどでも外黄の人民に損害を与える者がいたら、絶対に許さないぞ」
その後すぐに、外黄県令の仇明・副将周同などの大将たちが、項羽に謁見して謝罪した。
項羽は、その全員を許した。
外黄の人民たちは、道に躍り出て歓声をあげ、童子仇叔の徳に深く感謝した。
人民たちは、こう噂したという。
「項羽は昔、秦から降伏してきた兵卒20万人を、新安で穴に埋めて殺した。
あのとき、項羽と争ってでも諌めようとする人間は、ただの1人もいなかった。
もし奇童仇叔の如く言葉を尽くして苦諌(苦い諌言)を行う人がいたら、項羽とて、心を動かされなかったはずがあろうか。
惜しいことだ。
范増は、あの凶行を一言も諌めず、昼も夜も心を尽くし苦慮を重ねて、ただ漢王劉邦を殺そうとばかり企んでいた。
けれども結局、劉邦を殺すことはできず、逆に陳平の反間の計にかかって、身を滅ぼしたのだ。
70歳にもなる老翁が、背丈5尺(約150cm)の童子にさえ及ばなかったとはなあ……」
*
項羽は、それから5日間、外黄に人馬を駐屯させた。
その間に、彭越が降伏させた17城は、すべて楚に復帰し、項羽は梁の平定を完了した。
梁の平定を終えると、項羽は、群臣を集めてこう言いだした。
「それじゃあ、次は、早く彭越を追いかけよう」
それに対して、季布と鍾離昧が言う。
「彭越などは皮膚病のようなもので、心を患わせるほどのものではありません。
一方、漢王劉邦は、今ふたたび滎陽・成皋を奪おうと動き出しました。
これこそ重大な心臓や腹の病です。
成皋を守っているのは、大司馬の曹咎殿ですが、長く守り続けることはできないでしょう。
覇王様は、まず成皋を危機からお救いになるのがよいと思います。
そのあと勢いに乗って関東(函谷関より東の地域)を楚の側に取り戻せば、漢軍の遠征を阻むことができ、韓信もすぐには救援できなくなり、陛下は完全な勝利を得られるでしょう。
逆に、もし少しでも我らの動きが遅れれば、漢王は拠点を安定させてしまい、簡単には打ち破れなくなると思われます」
項羽は腕を組んだ。
「なるほど……
俺は、曹咎に成皋城を任せるとき、『敵が来ても応戦せず城を固く守り、俺が大軍を率いて到着するのを待て』と言っておいたんだ。
いま俺が成皋に行って、漢軍を城内と城外から挟撃すれば、劉邦は確実に敗走させられるな」
鍾離昧が言う。
「それでしたら、臣が一軍を率いて、滎陽へ向かいましょう。
陛下は、みずから大軍を率いて成皋を救ってくださいませ。
この2ヶ所を同時に確保し、関東を安定させてから彭城へ帰りなされば、天下の統一をなしとげられるでしょう」
項羽は、うなずいた。
「よし!」
そこで項羽は、鍾離昧に精鋭1万を預けて滎陽に向かわせ、自分は大軍を率いて滎陽へと進んでいったのだった。
(つづく)