一方そのころ。
漢王劉邦は、趙から軍を進め、成皋へやってきていた。
もちろん、楚軍に奪われた成皋城を取り戻すためである。
成皋に到着してから3日間。
劉邦は、王陵に命じて、成皋城を攻めさせた。
しかし、成皋の守将曹咎は、ひたすら固く守るばかりで、まったく城から出てこない。
劉邦は、諸将を召集した。
「曹咎が、まったく城から出てこない。
これはきっと、項羽が曹咎に『とにかく固く守れ』と命じているんだと思う。
つまり項羽は、梁を平定した後で、みずから大軍を率いて来て、城の内外から俺たちを挟み撃ちするつもりに違いない。
そうなる前に決着をつけないと厄介だ。
前に聞いたことがあるんだが、曹咎は、強情で堪え性のない性格らしいな。
となると、城に近づいて、さんざんに罵り辱めてやれば、我慢できずに城から出てくるんじゃないか?」
そこで漢軍は、大勢で成皋城の城壁の下まで近づいていった。
漢兵たちは、百通りもの方法で、曹咎を辱めはじめた。
ある者は、地面に座って悪口を言い立て、またある者は、鎧を脱いで裸になる。
中には、白い紙に『曹咎』と書き、それを旗のように振りながら馬鹿にしてみせる者もいる。
それから実に、6日間。
漢軍は、ひたすら曹咎を罵り続けた。
曹咎は、はじめこそ、じっと耐えていたものの、ついに堪えきれなくなり、体を燃やすほどに腹を立てた。
曹咎は城門をサッと押し開き、吊り橋を下ろし、1万の兵とともに出撃した。
猛風の如く襲いかかる曹咎の軍。
漢兵たちは散々に乱れ、鎧兜も軍旗も太鼓も投げ捨てて、必死になって逃走した。
漢軍が汜水という川を渡って逃げると、曹咎もまた、逃すまいとして追いかけた。
が。
曹咎が怒りに任せて全軍の半分ほどを汜水に入らせた……そのとき。
突然、汜水の両岸から、漢の伏兵が雲のように湧いて出た。
漢軍は旗を揺らし、鬨の声をあげ、曹咎の軍を取り囲む。
指揮をとるのは、周勃、周昌、灌嬰、呂馬通の4大将。
彼らが軍勢に下知して、
「1人も討ち漏らすな!」
と、楚軍を揉みくちゃにする。
楚軍は、たちまち危機に陥った。
押し潰されて死ぬ者が半分。分断されて汜水の中に追い込まれる者が半分。
曹咎は必死に反撃し、左に挑み、右に突きかかったが、どうやっても包囲から抜け出すことができない。
一方の漢軍4大将は、ますます勇んで、曹咎に斬りかかる。
曹咎は、それを迎え撃ったが、不利は覆せなかった。
疲れ果てて力も萎え、戦えば戦うほど状況が悪化していく。
とうとう曹咎は、馬を反転させて逃げ出した。
しかし漢軍は、すでに鉄壁の如く密に周囲を囲んでいるのだ。どうして逃げることなどできようか。
曹咎は、天を仰いで嘆いた。
「敵は大軍、将は勇猛。
我が兵は、ことごとく討たれて、もう敵を防ぐこともできない。
そのうえ、後ろには汜水の大河があって、退くことさえ不可能だ。
ああ……進退ともに極まった……」
ついに曹咎は、剣で自分の首を刎ね、汜水の岸から水に落ちて死んでしまったのだった。
*
曹咎が死んだのを確認すると、劉邦は、銅鑼を鳴らして軍を撤収させた。
漢軍は、そのまま成皋に入城した。
成皋の住民たちは、劉邦の帰還を大いに喜び、食べ物や飲み物を献上して劉邦を迎えた。
劉邦が城内に入ってみると、そこには、楚軍が運び込んだ軍資金が大量に積み上げられていた。
劉邦は、それら全てを手に入れて、将兵を労うために酒宴を設けた。
その酒宴の最中に、外から報告が飛び込んできた。
「ただいま、九江王英布が、陳留太守陳同とともに、2万騎あまりを率いて、加勢のために到着いたしました!」
劉邦は、ななめならず喜んだ。
「今から滎陽に攻めかかるのに、成皋の守りを任せられる将がいなくて困ってたんだ。
英布が来てくれたからには、もう心配ないぞ!」
劉邦は、すぐに英布と陳同を招き入れた。
作法通りのきちんとした礼を交わした後、劉邦は陳同を労って言った。
「このあいだ俺が陳留を通過したとき、御辺は、おびただしい量の兵糧を送って支援してくれたな。
そのうえ、今また英布と共に兵を合わせて、成皋に来てくれた!
君たちの功績は、いつか必ず金属や石碑に刻んで称えるよ!
俺は、この成皋を取り戻したが、ここを守れる大将がいなくて困ってたんだ。
英布! 陳同! 成皋の守りは、お前たちに任せたぞ!
俺は、楚軍が来る前に、滎陽を取り戻してくる!」
*
次の日。
劉邦は軍を進め、滎陽にやってきた。
滎陽に到着すると、劉邦は、まず王陵に命じて、敵の様子を探らせた。
その調べたところによると、滎陽の守備を担当するのは県令呉丹。
しかし、城内には兵馬がほとんどいないようだ。
*
一方そのころ、城内の呉丹は、滎陽の長老たちを呼び集めていた。
「漢王劉邦は、徳のある長者だ。この機会を逃してはならない。
城門を開いて投降し、槍や鏃に貫かれる禍を免れようではないか。
汝らは、どう思う?」
滎陽の長老たちも、首をそろえて、うなずいた。
「もっともなことです。我々も将軍の命に従います」
というわけで、呉丹は、すぐさま城を開き、長老たちと共に降参を申し出たのだった。
*
劉邦は喜んで滎陽城に入り、人民たちを安心させる政策に取りかかった。
その矢先、劉邦の元に急報が舞い込んだ。
「楚の鍾離昧が、1万騎あまりを率いて現れ、滎陽から30里(12km)ほどの位置に陣を取りました!」
劉邦は、慌てず騒がず、こう命じた。
「鍾離昧が来たか。
だが、遠方から来たばかりで、楚軍は人馬ともに疲れているだろう。
鍾離昧が安定した陣を作り終える前に、速攻を仕掛けて蹴散らしてやれ!」
的確な策であった。
かつては攻められるたびに右往左往するばかりだった劉邦だが、最近、だんだんと軍の指揮が上手くなり、胆も据わってきたようである。
劉邦は、王陵、周勃、灌嬰、周昌の4将に、それぞれ3千の人馬を授け、出撃させた。
*
一方の鍾離昧は、遠路を行軍してきたばかりで陣門も構えていないところに、いきなり襲撃を受けた。
にわかに鉄砲が鳴り響き、鬨の声が地を揺すり、四方から漢の兵が鍾離昧の陣に殺到してくる。
鍾離昧は、慌てて迎え討とうとしたが、左には王陵あり、右には周勃あり、前には灌嬰あり、後ろには周昌あり、四方どちらを見ても敵また敵。
どうしてまともに戦うことなどできようか。
鍾離昧は、大いに乱れ騒いで、一支えすら支えきれず、たちまち陣を捨てて逃げ出した。
漢の4将は、人馬を駆り立て、鍾離昧を猛追する。
主将が逃げてしまったのだから、手下の兵が踏みとどまって戦うはずもない。
楚兵たちは戟(矛)や太鼓を投げ捨て、後ろも見ずに逃走しはじめた。
それを漢兵が追い回し、片っ端から生け捕りにしていく。
面白いくらい一方的な漢軍の勝利だった。
だが、この一方的すぎる勝利が、かえって悪い方向に働いた。
楚軍が膨大な物資を投げ捨てていったため、漢の兵は、目の色を変えて、兵器や馬を拾い集めはじめたのだ。
兵ばかりか各部隊の将さえもが、略奪品の所有権を巡って、争いをはじめるしまつ。
そんなことをしている間に、鍾離昧はどうにか敗残兵をまとめ直し、逃げ去ることに成功してしまった。
かくして漢軍は、大魚を逸した。
とはいえ、十分な勝利には違いない。
王陵たちは、兵を撤収して滎陽に帰った。
劉邦は、この勝利を喜び、4人の大将に重く恩賞を与えて、諸軍を慰労したのだった。
*
同じころ、覇王項羽は兵を駆り立て、成皋へと向かっていた。
そこへ急報が舞い込んできた。
聞けば、成皋を守っていた曹咎は、すでに敗れて自殺し……
漢王劉邦は、成皋城を乗っ取って、英布・陳同の2人に守備を任せたという。
「くそっ……一足遅かったか」
と、項羽が肩を落としていると……
さらに、別の早馬がやってきた。
「鍾離昧は滎陽に到着しましたが、まだ陣屋も構えていないうちに、漢軍が四方から攻めてきました。
突然のことで防ぐこともできず、鍾離昧は、大いに軍馬を損なって、敗走してしまいました」
項羽は愕然とした。
「くそっ、あっちもか!
成皋・滎陽のどちらも劉邦の手に落ちた……となれば、このまま攻めても利は無いな」
項羽としては、心中穏やかならぬものはあった。
だが、いったんこうなってしまった以上、いまさらどうしようもない。
しかたなく項羽は軍を引き、ひとまず、滎陽と成皋の中間あたりにある広武という所に陣を置いたのだった。
(つづく)
■次回予告■
最後に残る楚の藩屏、七十余城の大国、斉。油断ならないこの敵を無血のままに平定すべく、老儒者酈生が説客の役を買って出る。
唸る巧言。冴える舌鋒。果たして斉を口説きおおせたその時、ある陰謀家の思惑が予期せぬ災禍を引き起こす。やがて来たるべき破滅の運命……これは、その先駆けなのか。
次回「龍虎戦記」第六十回
『酈生の最期』
乞う、ご期待!