龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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五十九の下 外黄の童子、覇王に説く

 

 

 一方そのころ。

 漢王劉邦は、(ちょう)から軍を進め、成皋(せいこう)へやってきていた。

 もちろん、()軍に奪われた成皋(せいこう)城を取り戻すためである。

 

 成皋(せいこう)に到着してから3日間。

 劉邦は、王陵に(めい)じて、成皋(せいこう)城を攻めさせた。

 しかし、成皋(せいこう)の守将曹咎(そうきゅう)は、ひたすら固く守るばかりで、まったく城から出てこない。

 

 劉邦は、諸将を召集した。

曹咎(そうきゅう)が、まったく城から出てこない。

 これはきっと、項羽が曹咎(そうきゅう)に『とにかく固く守れ』と(めい)じているんだと思う。

 

 つまり項羽は、(りょう)を平定した後で、みずから大軍を(ひき)いて来て、城の内外から俺たちを挟み撃ちするつもりに違いない。

 そうなる前に決着をつけないと厄介(やっかい)だ。

 

 前に聞いたことがあるんだが、曹咎(そうきゅう)は、強情で(こら)(しょう)のない性格らしいな。

 となると、城に近づいて、さんざんに(ののし)(はずかし)めてやれば、我慢(がまん)できずに城から出てくるんじゃないか?」

 

 そこで漢軍は、大勢で成皋(せいこう)城の城壁の下まで近づいていった。

 

 漢兵たちは、百通りもの方法で、曹咎(そうきゅう)(はずかし)めはじめた。

 ある者は、地面に座って悪口を言い立て、またある者は、鎧を脱いで(はだか)になる。

 

 中には、白い紙に『曹咎(そうきゅう)』と書き、それを旗のように振りながら馬鹿にしてみせる者もいる。

 

 それから実に、6日間。

 漢軍は、ひたすら曹咎(そうきゅう)(ののし)り続けた。

 

 曹咎(そうきゅう)は、はじめこそ、じっと耐えていたものの、ついに(こら)えきれなくなり、体を燃やすほどに腹を立てた。

 曹咎(そうきゅう)は城門をサッと押し開き、吊り橋を下ろし、1万の兵とともに出撃した。

 

 猛風の如く襲いかかる曹咎(そうきゅう)の軍。

 漢兵たちは散々に乱れ、鎧兜も軍旗も太鼓も投げ捨てて、必死になって逃走した。

 漢軍が汜水(しすい)という川を渡って逃げると、曹咎(そうきゅう)もまた、(のが)すまいとして追いかけた。

 

 が。

 曹咎(そうきゅう)が怒りに任せて全軍の半分ほどを汜水(しすい)に入らせた……そのとき。

 

 突然、汜水(しすい)の両岸から、漢の伏兵が雲のように湧いて出た。

 

 漢軍は旗を揺らし、(とき)の声をあげ、曹咎(そうきゅう)の軍を取り囲む。

 指揮をとるのは、周勃(しゅうぼつ)、周昌、灌嬰(かんえい)呂馬通(りょばとう)の4大将。

 彼らが軍勢に下知(げち)して、

「1人も()()らすな!」

 と、()軍を()みくちゃにする。

 

 ()軍は、たちまち危機に(おちい)った。

 押し潰されて死ぬ者が半分。分断されて汜水(しすい)の中に追い込まれる者が半分。

 曹咎(そうきゅう)は必死に反撃し、左に(いど)み、右に突きかかったが、どうやっても包囲から抜け出すことができない。

 

 一方の漢軍4大将は、ますます(いさ)んで、曹咎(そうきゅう)に斬りかかる。

 曹咎(そうきゅう)は、それを迎え撃ったが、不利は(くつがえ)せなかった。

 疲れ果てて力も()え、戦えば戦うほど状況が悪化していく。

 

 とうとう曹咎(そうきゅう)は、馬を反転させて逃げ出した。

 しかし漢軍は、すでに鉄壁の如く密に周囲を囲んでいるのだ。どうして逃げることなどできようか。

 

 曹咎(そうきゅう)は、天を(あお)いで(なげ)いた。

「敵は大軍、将は勇猛。

 我が兵は、ことごとく()たれて、もう敵を防ぐこともできない。

 

 そのうえ、後ろには汜水(しすい)の大河があって、退(しりぞ)くことさえ不可能だ。

 ああ……進退ともに極まった……」

 

 ついに曹咎(そうきゅう)は、剣で自分の首を()ね、汜水(しすい)の岸から水に落ちて死んでしまったのだった。

 

 

   *

 

 

 曹咎(そうきゅう)が死んだのを確認すると、劉邦は、銅鑼(どら)を鳴らして軍を撤収させた。

 

 漢軍は、そのまま成皋(せいこう)に入城した。

 成皋(せいこう)の住民たちは、劉邦の帰還を大いに喜び、食べ物や飲み物を献上して劉邦を迎えた。

 

 劉邦が城内に入ってみると、そこには、()軍が運び込んだ軍資金が大量に積み上げられていた。

 劉邦は、それら全てを手に入れて、将兵を(ねぎら)うために酒宴を(もう)けた。

 

 その酒宴の最中に、外から報告が飛び込んできた。

「ただいま、九江王英布が、陳留(ちんりゅう)太守陳同(ちんどう)とともに、2万騎あまりを(ひき)いて、加勢のために到着いたしました!」

 

 劉邦は、ななめならず喜んだ。

「今から滎陽(けいよう)に攻めかかるのに、成皋(せいこう)の守りを任せられる将がいなくて困ってたんだ。

 英布が来てくれたからには、もう心配ないぞ!」

 

 劉邦は、すぐに英布と陳同(ちんどう)を招き入れた。

 作法通りのきちんとした礼を交わした後、劉邦は陳同(ちんどう)(ねぎら)って言った。

 

「このあいだ俺が陳留(ちんりゅう)を通過したとき、御辺(ごへん)は、おびただしい量の兵糧(ひょうろう)を送って支援してくれたな。

 そのうえ、今また英布と(とも)に兵を合わせて、成皋(せいこう)に来てくれた!

 君たちの功績は、いつか必ず金属や石碑(せきひ)に刻んで(たた)えるよ!

 

 俺は、この成皋(せいこう)を取り戻したが、ここを守れる大将がいなくて困ってたんだ。

 英布! 陳同(ちんどう)! 成皋(せいこう)の守りは、お前たちに任せたぞ!

 俺は、()軍が来る前に、滎陽(けいよう)を取り戻してくる!」

 

 

   *

 

 

 次の日。

 劉邦は軍を進め、滎陽(けいよう)にやってきた。

 

 滎陽(けいよう)に到着すると、劉邦は、まず王陵に(めい)じて、敵の様子を探らせた。

 その調べたところによると、滎陽(けいよう)の守備を担当するのは県令呉丹(ごたん)

 しかし、城内には兵馬がほとんどいないようだ。

 

 

   *

 

 

 一方そのころ、城内の呉丹(ごたん)は、滎陽(けいよう)の長老たちを呼び集めていた。

「漢王劉邦は、徳のある長者だ。この機会を(のが)してはならない。

 城門を開いて投降し、槍や(やじり)に貫かれる(わざわい)(まぬが)れようではないか。

 汝らは、どう思う?」

 

 滎陽(けいよう)の長老たちも、首をそろえて、うなずいた。

「もっともなことです。我々も将軍の(めい)に従います」

 

 というわけで、呉丹(ごたん)は、すぐさま城を開き、長老たちと(とも)に降参を申し出たのだった。

 

 

   *

 

 

 劉邦は喜んで滎陽(けいよう)城に入り、人民たちを安心させる政策に取りかかった。

 その矢先、劉邦の元に急報が舞い込んだ。

 

()鍾離昧(しょうりまい)が、1万騎あまりを(ひき)いて現れ、滎陽(けいよう)から30里(12km)ほどの位置に陣を取りました!」

 

 劉邦は、慌てず騒がず、こう(めい)じた。

鍾離昧(しょうりまい)が来たか。

 だが、遠方から来たばかりで、()軍は人馬ともに疲れているだろう。

 鍾離昧(しょうりまい)が安定した陣を作り終える前に、速攻を仕掛(しか)けて蹴散(けち)らしてやれ!」

 

 的確な策であった。

 かつては攻められるたびに右往左往するばかりだった劉邦だが、最近、だんだんと軍の指揮が上手くなり、(きも)()わってきたようである。

 

 劉邦は、王陵、周勃(しゅうぼつ)灌嬰(かんえい)、周昌の4将に、それぞれ3千の人馬を(さず)け、出撃させた。

 

 

   *

 

 

 一方の鍾離昧(しょうりまい)は、遠路を行軍してきたばかりで陣門も構えていないところに、いきなり襲撃を受けた。

 

 にわかに鉄砲が鳴り響き、(とき)の声が地を揺すり、四方から漢の兵が鍾離昧(しょうりまい)の陣に殺到してくる。

 鍾離昧(しょうりまい)は、慌てて迎え()とうとしたが、左には王陵あり、右には周勃(しゅうぼつ)あり、前には灌嬰(かんえい)あり、後ろには周昌あり、四方どちらを見ても敵また敵。

 

 どうしてまともに戦うことなどできようか。

 鍾離昧(しょうりまい)は、大いに乱れ騒いで、一支(ひとささ)えすら支えきれず、たちまち陣を捨てて逃げ出した。

 

 漢の4将は、人馬を駆り立て、鍾離昧(しょうりまい)を猛追する。

 

 主将が逃げてしまったのだから、手下の兵が踏みとどまって戦うはずもない。

 ()兵たちは(げき)(ほこ))や太鼓を投げ捨て、後ろも見ずに逃走しはじめた。

 それを漢兵が追い回し、片っ端から()()りにしていく。

 

 面白いくらい一方的な漢軍の勝利だった。

 

 だが、この一方的すぎる勝利が、かえって悪い方向に働いた。

 ()軍が膨大な物資を投げ捨てていったため、漢の兵は、目の色を変えて、兵器や馬を拾い集めはじめたのだ。

 兵ばかりか各部隊の将さえもが、略奪(りゃくだつ)品の所有権を巡って、争いをはじめるしまつ。

 

 そんなことをしている間に、鍾離昧(しょうりまい)はどうにか敗残兵をまとめ直し、逃げ去ることに成功してしまった。

 

 かくして漢軍は、大魚(たいぎょ)(いっ)した。

 とはいえ、十分な勝利には違いない。

 

 王陵たちは、兵を撤収して滎陽(けいよう)に帰った。

 劉邦は、この勝利を喜び、4人の大将に重く恩賞を与えて、諸軍を慰労(いろう)したのだった。

 

 

   *

 

 

 同じころ、覇王項羽は兵を駆り立て、成皋(せいこう)へと向かっていた。

 

 そこへ急報が舞い込んできた。

 聞けば、成皋(せいこう)を守っていた曹咎(そうきゅう)は、すでに敗れて自殺し……

 漢王劉邦は、成皋(せいこう)城を乗っ取って、英布・陳同(ちんどう)の2人に守備を任せたという。

 

「くそっ……一足(ひとあし)遅かったか」

 と、項羽が肩を落としていると……

 さらに、別の早馬がやってきた。

 

鍾離昧(しょうりまい)滎陽(けいよう)に到着しましたが、まだ陣屋も構えていないうちに、漢軍が四方から攻めてきました。

 突然のことで防ぐこともできず、鍾離昧(しょうりまい)は、大いに軍馬を(そこ)なって、敗走してしまいました」

 

 項羽は愕然(がくぜん)とした。

「くそっ、あっちもか!

 成皋(せいこう)滎陽(けいよう)のどちらも劉邦の手に落ちた……となれば、このまま攻めても利は無いな」

 

 項羽としては、心中(しんちゅう)(おだ)やかならぬものはあった。

 だが、いったんこうなってしまった以上、いまさらどうしようもない。

 

 しかたなく項羽は軍を引き、ひとまず、滎陽(けいよう)成皋(せいこう)の中間あたりにある広武(こうぶ)という所に陣を置いたのだった。

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

■次回予告■

 

 最後に残る()藩屏(はんぺい)、七十余城の大国、(せい)。油断ならないこの敵を無血のままに平定すべく、老儒者(じゅしゃ)酈生(れきせい)説客(せっかく)の役を買って出る。

 唸る巧言(こうげん)。冴える舌鋒(ぜっぽう)。果たして(せい)口説(くど)きおおせたその時、ある陰謀家の思惑が予期せぬ災禍を引き起こす。やがて来たるべき破滅の運命……これは、その先駆(さきが)けなのか。

 

 次回「龍虎戦記」第六十回

 『酈生(れきせい)の最期』

 

 ()う、ご期待!

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