項羽と劉邦が、中国中央部で一進一退の攻防を続けていた頃……
北部においては、大元帥韓信が趙に兵を駐屯させ、斉国攻略を睨んで静かに戦備を整えていた。
本来であれば、もう、とっくに斉へ進発しているはずの時期である。
ここまで斉侵攻を遅らせていたのは、中国中央部の情勢が安定していなかったためだ。
項羽が大軍を率いて滎陽・成皋へ接近したことを受け、韓信は、万一の時に劉邦救援に向かえるよう、軍を待機させていたのである。
一方、斉国の方は、間近で不気味に沈黙し続ける韓信に、大きな圧力を感じていた。
韓信が、すぐにも大軍で攻めてくる……そんな噂が斉に広がる。
噂は、斉王田広の耳にも届いた。
斉王田広は、まだかなり若い。
正確な年齢は記録されていないが、おそらくは二十代。ひょっとすると二十歳にも満たないかもしれない。そのくらいの年頃だ。
この若き斉王が、稀代の戦上手と名高い韓信の圧迫を受けて、猛烈な不安に駆られていたのも、無理のない話である。
王の不安は、斉の民も伝わっていく。
今、斉国中に、ななめならぬ動揺が広がりつつあった。
*
そうした斉国内の状況は、遠く滎陽にいる酈生(酈食其)の元にも伝わっていた。
酈生は考えた。
「斉王は、これほど驚き恐れている……
となれば、今、私が行って利害を説けば、斉を降伏させられるのではないか?
斉は70以上の城を持つ大国だ。
その斉を、軍を動かさずに降伏させられたなら、私の功績は、小さからぬものになるぞ」
そこで酈生は、劉邦に謁見して言った。
「燕と趙は平定できましたが、斉は、いまだに服従しておりません。
斉王の田氏一族は強大ですし、そこに項羽が外から支援もしております。
こちらが数万の軍勢を派遣しても、破るには、かなりの年月を要するでしょう。
そこで……
漢王様のお許しをいただけるなら、臣が斉に行き、この3寸の舌を動かして利害を説き、斉王を漢に降伏させてきましょう。
これいわゆる『弓矢を張ることを労せずして、よく人の兵を屈する』……
弓の弦を張る苦労もなしに、よその軍隊を屈服させる、というやつです。
これこそ、数ある謀の中でも、上等のものと言えるのではありますまいか」
劉邦は、深く喜んだ。
「斉を口説いて漢に帰服させられたなら、漢も斉も戦禍を免れることができる。
一国の人民すべてが幸福になるし、100代先まで受け継がれる利益をもたらすぞ。
幸い、まだ韓信は軍を動かしていない。
今のうちに早く行って、斉を説得してきてくれ」
*
酈生は、ただちに従者を連れて滎陽を出発し、斉の国にやってきた。
酈生は、斉の王宮に来ると、門番に告げた。
「漢の使者酈食其、利害を説いて一国の生命を救うために参った。
斉王に謁見を求める」
門番は、酈生の到来を斉王に報告した。
斉王は、
「酈食其か……よし、会ってみよう」
と、酈生を宮殿に招き入れた。
ところが、ここで酈生は、思いもよらぬ行動にでた。
宮殿の門の中央を通って中に入り、ゆったりとした堂々たる歩みで斉王の前に姿を現したのである。
これを見た斉王は激怒した。
「貴様ッ!
なんと甚だしい無礼だ!」
斉王が突然怒りはじめたのには、理由がある。
実は、酈生がとった行動は、当時の中国における礼儀作法を完全に無視した、傍若無人のふるまいだったのだ。
さきほど酈生は、宮殿の門の中央を通過した。
しかし、伝統的な礼儀作法では、門の中央を通ってよいのは君主のみ。
客人は、門の隅を通過し、閾も踏まないようにするのが常識とされている。
さらに酈生は、堂々とした態度でゆっくり歩いて斉王の前に出た。
本来、王や皇帝の前では、臣下や客人は趨をせねばならない。
趨とは、小さな歩幅で、チョコチョコと小走りに進むことを言う。この歩み方が、相手への敬意を示す動作なのだ。
酈生は儒者、つまり礼儀作法の専門家である。
その酈生が、こうした基本的な作法を知らないはずがない。
つまり、酈生は何もかも分かったうえで、わざと作法を無視しているのだ。
これはもう、斉王に対して「お前を王とは認めない」と宣言しているに等しい。
斉王が激怒したのも、当然のことであった。
斉王は、酈生に向かって怒鳴りつけた。
「いやしくも一国の王たる余に向かい、対等の作法で応じるとは何事か!
我が斉には1尺・1寸ほどの兵も無い、とでも思っているのか!?」
しかし酈生は、涼しい顔で語りはじめた。
「我が主漢王は、武装した軍勢100万人を擁し、武威を内外に振るっておられます。
また、大元帥韓信は、大軍を趙に駐屯させて、蓆を巻き取るかのように各国を平定しておるところです。
今や斉の民は、あたかも釜の中で泳ぎ遊ぶ魚の如し。明日にも今夜にも滅ぼされかねない危機的状況にあります。
いや、民のみではない。
斉王様ご自身もまた、長く王位を保つことは、できますまい。
私がここに来たのは、まず第1に、万民の命を救うため。
そして第2に、斉王様が貴い王位を失わずに済むようにするためです。
すなわち、これは斉国の盟主たるべき上国、漢から与えられた使命。
こちらから斉王様に何かを求めに来たのではありません。
となれば、屈従の礼をとってまで謁見を求める必要がありましょうか?
斉王様が、別に斉国を保たなくてもよいとお考えなら、どうぞ、すみやかに私を殺して、正しい礼儀のありかたを世に示しなされ。
しかし、もし人民を救って永く社稷を保ちたいなら、私の言葉に従う以外の道はありません」
斉王が言う。
「我が斉国は広さ数千里。
西に魏・趙があり、東は海に接し、南は楚や淮水地方の勢力に隔てられ、北は燕国境の軍を鎮圧している。
国は富み、兵は強く、文臣は内を治め、武将は外を制して、余は座りながら安心して戦の勝敗を眺めていられる立場だ。
その余が、明日にも今夜にも危機に陥るとは、どういうことだ?」
酈生は、あきれたように嘆いてみせた。
「斉王様、どうして私を騙そうとなさるのです?
斉王様と覇王項羽を比べたら、どちらが武勇で優っていると思われますか。
その項羽ですら、せっかく手に入れた関中を守りきることができませんでした。
項羽は漢に対抗できず、周辺の5国は次々と楚に背いてしまい、結局、項羽は関中全域を失うハメになりました。
斉は、わずかに千里の土地を保持しているのみ。
項羽よりはるかに小さな領土しか持たぬ斉が、漢の侵攻を防げるというのですか?
これが大いなる誤りでなくて、なんだというのです?」
斉王は、沈黙してしまった。
斉国が危うい状況に置かれていることは、言われるまでもなく、斉王自身が一番よく知っている。
その苦悩を、酈生は痛いほど的確に突いてきたのだった。
(つづく)