龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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六十一の下 嚢沙の計、韓信龍沮を斬る

 

 

 水の()れた川の真ん中に、燈籠(とうろう)木牌(もくはい)(立て札)が立ててある……

 この異様な状況を見て、龍沮(りゅうしょ)は、周りの将兵たちに言った。

 

「韓信め!

 また小細工をやりおったな?

 俺たちの大軍が、あまりに急激に追走してきたものだから、妙な物を見せて怪しませ、我らが戸惑(とまど)っている間に遠くへ逃げ去ろうというつもりだろう!」

 

 副将周蘭(しゅうらん)が首を振る。

「いや、この暗い夜中ですよ。

 ろくに手元も見えないこの状況で、木牌(もくはい)に字を書いて立てるなんて仕事が、我らに追われながら短時間でできたとは思えません。

 

 つまり、この燈籠(とうろう)木牌(もくはい)は、あらかじめ準備してあったのです。

 

 これはきっと、韓信が、我が軍をこの場所へ誘いだすために立てたのでしょう。

 おそらく、周囲に伏兵が配置してあって、この燈籠(とうろう)を目印にして襲ってくる手筈(てはず)なのでは。

 

 となれば、この燈籠(とうろう)を切り落として、火を消してしまうのは、いかがでしょう?

 そうすれば、漢軍は奇襲のための目印を失い、自然と散り散りになるでしょうから」

 

 これを聞いた龍沮(りゅうしょ)は、うなずいた。

「なるほど、いい考えだ」

 

 龍沮(りゅうしょ)は刀を抜き、一刀のもとに燈籠(とうろう)を切り落とした。

 

 と、そのときである。

 突然、西――川上(かわかみ)の方角から、無数の漢兵の(とき)の声が聞こえてきた。

 

「何事か!?」

 と龍沮(りゅうしょ)たちが戸惑(とまど)っていると……

 

 さらなる轟音が、川上(かわかみ)から響いてきた。

 

 水だ。

 濰水(いすい)の上流から、すさまじい量の水が(にわ)かに(みなぎ)り、(どう)(どう)と音を立てて逆巻(さかま)きながら、天まで飲み込まんばかりに押し寄せてきた!

 

 ()兵たちは、慌てて逃げ出した。

 だが、水の流れは矢のように速い。

 濰水(いすい)の真ん中あたりにいた()兵たちは、なすすべもなく水に飲まれて(おぼ)れ死んだ。

 

 一方、大将の龍沮(りゅうしょ)は、波の音に気付いた瞬間、すばやく馬に(むち)を入れて駆けだした。

 龍沮(りゅうしょ)の愛馬は、いわゆる千里馬。1日に千里(約400km)を駆けるという名馬である。

 さすがの俊足で風のように川を渡り切り、一躍(いちやく)、川の北岸へと飛び上がった。

 

 おかげで龍沮(りゅうしょ)は、どうにか水に流されずに済んだのだが……

 

 そこへ、間髪(かんぱつ)入れずに鉄砲(てっぽう)の音が響き渡った。

 敵だ。漢の曹参(そうさん)夏侯嬰(かこうえい)、その他多くの大将たちが、続々と姿を現して、龍沮(りゅうしょ)を四方から取り囲んだのである。

 

 龍沮(りゅうしょ)愕然(がくぜん)として、馬を走らせ逃げだした。

 しかし、なにしろ暗い夜のこと。どこの敵兵が手薄か見分けることすらできない。

 龍沮(りゅうしょ)闇雲(やみくも)に刀を振り回し、当たるを(さいわ)い漢兵を斬りまくったが、味方もいないこの状況では、鉄壁の包囲を破ることなど、できるはずもない。

 

 龍沮(りゅうしょ)は、さんざん戦って疲れ果てた末に、漢の大将曹参(そうさん)によって、あっけなく斬り捨てられてしまった。

 

 

   *

 

 

 ……と、ここまで全て、韓信の仕掛(しか)けた計略だった。

 

 韓信は、龍沮(りゅうしょ)(いさ)ましさも、烈火の如く激しい性格も、よく知っていた。

 そこで、まず大将陳武(ちんぶ)(めい)じて、1万個以上の(のう)(袋)に(すな)()め、濰水(いすい)の上流を()き止めさせたのだ。

 

 そのうえで、下流に燈籠(とうろう)()け、木牌(もくはい)に例の6文字を書いておいた。

 龍沮(りゅうしょ)は、燈籠(とうろう)の光を怪しんで近づき、木牌(もくはい)の字を読むだろう。

 読めば必ず怒り、燈籠(とうろう)を切り落とす。

 

 このとき、燈籠(とうろう)の光が消えたのを合図にして、上流の部隊が(のう)を崩し、水を一気に流す。

 こうして()軍を丸ごと水に沈めて撃破する、という策だったのである。

 

 名付けて嚢沙(のうしゃ)の計。

 韓信の奇策は、またしても見事に成功した。

 

 これによって()からの援軍は壊滅。

 ()指折(ゆびお)りの名将であった龍沮(りゅうしょ)は死に、副将周蘭(しゅうらん)もまた、どこかへ逃げ去ってしまったのだった。

 

 

   *

 

 

 韓信と龍沮(りゅうしょ)の戦いの顛末(てんまつ)は、(せい)王の立てこもる高密(こうみつ)城にも伝わった。

 

 ()の援軍は、すでに敗れた……

 (せい)王は、針の(むしろ)に座るような気持ちで恐れ(おのの)き、(おい)田光(でんこう)と、叔父(おじ)相国(しょうこく)田横(でんおう)を呼んだ。

 

龍沮(りゅうしょ)ほどの武勇の将が、韓信に殺されてしまったそうだ。

 これで、我々は完全に孤立してしまった……

 どれほど必死に守ろうと、長く防ぎ続けることは、できまい。

 

 こうなれば、もう仕方ない。

 韓信の軍に城を囲まれる前に、ひそかに兵を連れて城を抜け出し、海島(かいとう)(せい)国東の海上にある小島)に逃げ込もう。

 

 そこで身を隠して難を()け、天下が平和になるのを待ち、()漢の戦争がどういう結果になるかを見てから、再起を目指そうではないか。

 ここまでこじれてしまった以上、今すぐに降参しても、おそらく漢王は許すまい」

 

 田光(でんこう)田横(でんおう)も、(せい)王の提案に同意した。

 3人は、君臣いっしょに夜通(よどお)し会議して細かな方針を決めると、翌早朝に人馬を整え、城の東門から出発した。

 

 ところが……

 (せい)王たちは、予想外の不運に見舞(みま)われた。

 (せい)王たちが進む道の前方から、突然、一手の軍勢が現れたのである。

 

 それは、漢の大将夏侯嬰(かこうえい)の軍勢だった。

 夏侯嬰(かこうえい)は、逃亡した()周蘭(しゅうらん)を追っていたのだが、結局、周蘭(しゅうらん)を発見できず……

 手ぶらで引き返してきたところで、たまたま(せい)王の軍勢と出くわしたのだ。

 

 別に、韓信が(せい)王の動きを読んでいたとか、そういうわけではない。

 この遭遇(そうぐう)は、まったくの偶然、天の差配(さはい)である。

 夏侯嬰(かこうえい)にとっては戦功が降って湧いたようなものだが、(せい)王にしてみれば……最悪の(めぐ)りあわせと言うほかない。

 

 夏侯嬰(かこうえい)は、これ(さいわ)いと、(みずか)ら軍の先頭に立って(せい)軍に襲いかかった。

 そして、そのまま(せい)の兵を四角(しかく)八方(はっぽう)蹴散(けち)らして、たちまち(せい)王を捕らえてしまった。

 

 田光(でんこう)田横(でんおう)はと言えば、自分が生き延びるだけで精一杯。

 とても(せい)王の救出まで手が回らない。

 

 結局、田光(でんこう)田横(でんおう)は、どうにかこうにか包囲を切り抜け、自分たちだけ、ほうほうの(てい)海島(かいとう)へ逃げ去っていったのだった。

 

 

   *

 

 

 韓信は、(せい)王が城を捨てて逃げたという情報をつかみ、急いで大軍を(ひき)いて(せい)王の追撃にかかった。

 

 東へ向けて20里(8km)ほど進んだとき、前方から、夏侯嬰(かこうえい)の軍が合流してきた。

 見れば、夏侯嬰(かこうえい)(せい)王を縛って連れてきているではないか。

 

 夏侯嬰(かこうえい)が事情を説明すると、韓信は喜んだ。

夏侯嬰(かこうえい)殿、よくやってくれた。

 田横(でんおう)()()らしたのは()しいが、ともかく、これで(せい)の平定は終わりだな」

 

 韓信は、そのまま高密(こうみつ)城に入り、いつものように、人民を安心させる政策に取りかかった。

 それと並行して周辺の郡県に文書で降伏を呼びかけると、どの郡県も、ことごとく韓信の威風を見て帰服してきた。

 

 韓信は、一通りの戦後処理を片付けると、軍勢を(ひき)いて(せい)(みやこ)臨淄(りんし)に移動し、そこで腰を落ち着けた。

 

 かくして、(せい)の攻略は()り……

 長きにわたった韓信の北部諸国平定が、ついに完了したのである。

 

 

(巻十一へ つづく)

 

 

 

 

 

■次回予告■

 

 (せい)の王宮を手中に収め、莞爾(かんじ)一笑(いっしょう)の大元帥。その胸に秘めた出世欲と名誉欲とを1人の男が鋭く見抜く。

 謀士(ぼうし)蒯徹(かいてつ)(あざな)文通。彼の甘い(ささや)きが国士無双をとろかせば、足元見られた漢王劉邦、大激怒にて波乱の予感。疑心暗鬼の種が今、生き血を求めて芽吹き始める。

 

 次回「龍虎戦記」第六十二回

 『劉邦の足をギュッと踏み』

 

 ()う、ご期待!




●注釈
 (せい)田広(でんこう)相国(しょうこく)田横(でんおう)が逃げ込もうとしていた『海島(かいとう)』は、中国山東省に実在する小島で、現在は田横島(でんおうとう)と呼ばれている。
 本編では韓信に敗れた直後に海島(かいとう)に逃げ込んだことになっているが、史実の田横(でんおう)は、()漢戦争終結後に誅殺(ちゅうさつ)を恐れてこの島に逃亡した。しかし結局、皇帝劉邦から恫喝(どうかつ)まがいの呼び出しをくらい、劉邦の元へ行く旅の途中で田横(でんおう)は自殺してしまう。
 この故事が現在の島名の由来となったのだそうだ。
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