水の涸れた川の真ん中に、燈籠と木牌(立て札)が立ててある……
この異様な状況を見て、龍沮は、周りの将兵たちに言った。
「韓信め!
また小細工をやりおったな?
俺たちの大軍が、あまりに急激に追走してきたものだから、妙な物を見せて怪しませ、我らが戸惑っている間に遠くへ逃げ去ろうというつもりだろう!」
副将周蘭が首を振る。
「いや、この暗い夜中ですよ。
ろくに手元も見えないこの状況で、木牌に字を書いて立てるなんて仕事が、我らに追われながら短時間でできたとは思えません。
つまり、この燈籠と木牌は、あらかじめ準備してあったのです。
これはきっと、韓信が、我が軍をこの場所へ誘いだすために立てたのでしょう。
おそらく、周囲に伏兵が配置してあって、この燈籠を目印にして襲ってくる手筈なのでは。
となれば、この燈籠を切り落として、火を消してしまうのは、いかがでしょう?
そうすれば、漢軍は奇襲のための目印を失い、自然と散り散りになるでしょうから」
これを聞いた龍沮は、うなずいた。
「なるほど、いい考えだ」
龍沮は刀を抜き、一刀のもとに燈籠を切り落とした。
と、そのときである。
突然、西――川上の方角から、無数の漢兵の鬨の声が聞こえてきた。
「何事か!?」
と龍沮たちが戸惑っていると……
さらなる轟音が、川上から響いてきた。
水だ。
濰水の上流から、すさまじい量の水が俄かに漲り、滔滔と音を立てて逆巻きながら、天まで飲み込まんばかりに押し寄せてきた!
楚兵たちは、慌てて逃げ出した。
だが、水の流れは矢のように速い。
濰水の真ん中あたりにいた楚兵たちは、なすすべもなく水に飲まれて溺れ死んだ。
一方、大将の龍沮は、波の音に気付いた瞬間、すばやく馬に鞭を入れて駆けだした。
龍沮の愛馬は、いわゆる千里馬。1日に千里(約400km)を駆けるという名馬である。
さすがの俊足で風のように川を渡り切り、一躍、川の北岸へと飛び上がった。
おかげで龍沮は、どうにか水に流されずに済んだのだが……
そこへ、間髪入れずに鉄砲の音が響き渡った。
敵だ。漢の曹参、夏侯嬰、その他多くの大将たちが、続々と姿を現して、龍沮を四方から取り囲んだのである。
龍沮は愕然として、馬を走らせ逃げだした。
しかし、なにしろ暗い夜のこと。どこの敵兵が手薄か見分けることすらできない。
龍沮は闇雲に刀を振り回し、当たるを幸い漢兵を斬りまくったが、味方もいないこの状況では、鉄壁の包囲を破ることなど、できるはずもない。
龍沮は、さんざん戦って疲れ果てた末に、漢の大将曹参によって、あっけなく斬り捨てられてしまった。
*
……と、ここまで全て、韓信の仕掛けた計略だった。
韓信は、龍沮の勇ましさも、烈火の如く激しい性格も、よく知っていた。
そこで、まず大将陳武に命じて、1万個以上の嚢(袋)に沙を詰め、濰水の上流を堰き止めさせたのだ。
そのうえで、下流に燈籠を掛け、木牌に例の6文字を書いておいた。
龍沮は、燈籠の光を怪しんで近づき、木牌の字を読むだろう。
読めば必ず怒り、燈籠を切り落とす。
このとき、燈籠の光が消えたのを合図にして、上流の部隊が嚢を崩し、水を一気に流す。
こうして楚軍を丸ごと水に沈めて撃破する、という策だったのである。
名付けて嚢沙の計。
韓信の奇策は、またしても見事に成功した。
これによって楚からの援軍は壊滅。
楚軍指折りの名将であった龍沮は死に、副将周蘭もまた、どこかへ逃げ去ってしまったのだった。
*
韓信と龍沮の戦いの顛末は、斉王の立てこもる高密城にも伝わった。
楚の援軍は、すでに敗れた……
斉王は、針の蓆に座るような気持ちで恐れ慄き、甥の田光と、叔父の相国田横を呼んだ。
「龍沮ほどの武勇の将が、韓信に殺されてしまったそうだ。
これで、我々は完全に孤立してしまった……
どれほど必死に守ろうと、長く防ぎ続けることは、できまい。
こうなれば、もう仕方ない。
韓信の軍に城を囲まれる前に、ひそかに兵を連れて城を抜け出し、海島(斉国東の海上にある小島)に逃げ込もう。
そこで身を隠して難を避け、天下が平和になるのを待ち、楚漢の戦争がどういう結果になるかを見てから、再起を目指そうではないか。
ここまでこじれてしまった以上、今すぐに降参しても、おそらく漢王は許すまい」
田光と田横も、斉王の提案に同意した。
3人は、君臣いっしょに夜通し会議して細かな方針を決めると、翌早朝に人馬を整え、城の東門から出発した。
ところが……
斉王たちは、予想外の不運に見舞われた。
斉王たちが進む道の前方から、突然、一手の軍勢が現れたのである。
それは、漢の大将夏侯嬰の軍勢だった。
夏侯嬰は、逃亡した楚将周蘭を追っていたのだが、結局、周蘭を発見できず……
手ぶらで引き返してきたところで、たまたま斉王の軍勢と出くわしたのだ。
別に、韓信が斉王の動きを読んでいたとか、そういうわけではない。
この遭遇は、まったくの偶然、天の差配である。
夏侯嬰にとっては戦功が降って湧いたようなものだが、斉王にしてみれば……最悪の巡りあわせと言うほかない。
夏侯嬰は、これ幸いと、自ら軍の先頭に立って斉軍に襲いかかった。
そして、そのまま斉の兵を四角八方に蹴散らして、たちまち斉王を捕らえてしまった。
田光と田横はと言えば、自分が生き延びるだけで精一杯。
とても斉王の救出まで手が回らない。
結局、田光と田横は、どうにかこうにか包囲を切り抜け、自分たちだけ、ほうほうの体で海島へ逃げ去っていったのだった。
*
韓信は、斉王が城を捨てて逃げたという情報をつかみ、急いで大軍を率いて斉王の追撃にかかった。
東へ向けて20里(8km)ほど進んだとき、前方から、夏侯嬰の軍が合流してきた。
見れば、夏侯嬰は斉王を縛って連れてきているではないか。
夏侯嬰が事情を説明すると、韓信は喜んだ。
「夏侯嬰殿、よくやってくれた。
田横を討ち漏らしたのは惜しいが、ともかく、これで斉の平定は終わりだな」
韓信は、そのまま高密城に入り、いつものように、人民を安心させる政策に取りかかった。
それと並行して周辺の郡県に文書で降伏を呼びかけると、どの郡県も、ことごとく韓信の威風を見て帰服してきた。
韓信は、一通りの戦後処理を片付けると、軍勢を率いて斉の都臨淄に移動し、そこで腰を落ち着けた。
かくして、斉の攻略は成り……
長きにわたった韓信の北部諸国平定が、ついに完了したのである。
(巻十一へ つづく)
■次回予告■
斉の王宮を手中に収め、莞爾一笑の大元帥。その胸に秘めた出世欲と名誉欲とを1人の男が鋭く見抜く。
謀士蒯徹、字文通。彼の甘い囁きが国士無双をとろかせば、足元見られた漢王劉邦、大激怒にて波乱の予感。疑心暗鬼の種が今、生き血を求めて芽吹き始める。
次回「龍虎戦記」第六十二回
『劉邦の足をギュッと踏み』
乞う、ご期待!