龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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八の上 大将軍項羽

 

 

 項梁(こうりょう)を討ち取り、勢いに乗った章邯(しょうかん)は、(しん)の大軍を率いて黄河を渡り、中国北東部へと雪崩(なだ)れ込んだ。

 狙いは六国の一つ、(ちょう)

 迫りくる侵略者に対して、(ちょう)(おう)(ちょう)(けつ)は、張耳(ちょうじ)陳余(ちんよ)の二大将に迎撃を命じた。

 

 だが(しん)の大軍は(うしお)の如く押し寄せてくる。

 その勢いを防ぎ切れず、張耳(ちょうじ)陳余(ちんよ)は敗走した。

 

 二人は(しん)軍の追撃から逃げて逃げて逃げまくり、命からがら鉅鹿(きょろく)の城へ転がり込んで、どうにか一命をとりとめた。

 もはや独力では戦況を覆しがたい……そう判断した二人は、城に立てこもって守りを固めつつ、早馬を送って項羽に救援を求めた。

 

 

   *

 

 

 このとき、項羽は陳留(ちんりゅう)にいた。

 叔父項梁(こうりょう)(かたき)()つべく章邯(しょうかん)を追ってここまで来たのだが、一足遅く、すでに(しん)軍は陳留(ちんりゅう)を離れ、(ちょう)へ出陣してしまっていたのである。

 

 (ちょう)からの救援要請を受けた項羽は、宋義や范増(はんぞう)に相談して言った。

(しん)軍は(ちょう)を取り囲んでいて、勢いは盛んだ。

 それにひきかえこちらの兵は、総大将の叔父(おじ)(うえ)()くしたことで士気を失っている。しかも今、懐王(かいおう)は一人で盱眙(うい)を守っている状態だ。なにか異変があったらどうにもならなくなる。

 ここはまず戦場に近い彭城(ほうじょう)(みやこ)を移し、動きやすい態勢を整えてから今後の方針を考え直そう」

 

 ()軍はただちに盱眙(うい)に帰還し、ここまでの状況を報告した。

 懐王(かいおう)武信君(ぶしんくん)訃報(ふほう)を聞くと、声をあげて泣いた。

 

 項羽が懐王(かいおう)に申しあげた。

武信君(ぶしんくん)()くなったことで、味方の鋭気は折れてしまいました。

 章邯(しょうかん)は今、大軍で鉅鹿(きょろく)を包囲していて、(ちょう)は敗北寸前だ。で、(ちょう)が負けたら、次に章邯(しょうかん)はここへ攻めてくるでしょう。

 だから早く軍備を整え直し、打って出る必要があります。王様は(みやこ)彭城(ほうじょう)に移してください。掎角(きかく)(せい)を張るんですよ」

 

 掎角(きかく)とは、鹿を捕らえるために後ろから足を()っぱり、前から(つの)を掴む、の意。すなわち、前後挟み撃ちの構えのことをいう。

 章邯(しょうかん)彭城(ほうじょう)を攻めてきたなら、あらかじめ出陣していた項羽の軍勢がその背後を狙う……という作戦であろう。

 

 だが、そこへ趙王(ちょうおう)からの早馬が到着した。

 懐王(かいおう)は使者を御前に呼び出し、戦況を尋ねた。

 

 使者が答える。

(しん)の兵は30万騎。鉅鹿(きょろく)の包囲は一ヶ月に及んでいます。

 (ちょう)軍内では兵糧(ひょうろう)が尽きて人馬死すもの数知れず。事は差し迫っております。大王! どうか我が国を(あわれ)み、お救いくださいませ!」

 

 懐王(かいおう)はこの言葉に驚き、すぐに命令を下した。

「宋義を大将軍、項羽を副将軍、范増(はんぞう)を軍師とし、20万の兵を与える。ただちに出発して(ちょう)を救いなさい!」

 

 

   *

 

 

 宋義は(めい)を受けて出立し、安陽の地に陣を置いた。

 安陽は彭城(ほうじょう)の北西にあり、目指す鉅鹿(きょろく)までは、まだ道半(みちなか)ばといったところ。

 ところが、なぜか宋義はこんな遠くに兵を落ち着けて、ピタリと歩みを止めてしまったのである。

 

 宋義は、諸将に対してこう説明した。

(しん)の兵が(ちょう)を取り囲んで、かなりの日数になる。今ごろ(しん)兵は気が緩み、(こころざし)も堕落して、みんな戦意を失っているだろう。

 我々はこの場所に駐屯して、座りながら様子をうかがう。そして(しん)軍が弱ったところを狙って一度(ひとたび)攻撃を仕掛ければ、必ず章邯(しょうかん)を捕虜にできる」

 

 かくして()軍は、そのまま安陽に留まり続けることになった。

 だが、この滞陣は不自然に長すぎた。まったく動くことなく無駄に時を過ごすこと、実に46日。

 しびれを切らした項羽は、宋義の元へ乗り込んだ。

 

「宋義将軍! (ちょう)では、死者が全兵卒の半分を超えたらしいぞ!

 俺達はもうこんなに近くまで来てるんですよ。今すぐに前進して外から(しん)軍を攻撃すれば、(ちょう)勢も内から呼応する。内外から挟撃すれば、章邯(しょうかん)だって防ぎきれやしませんよ!

 なのに、こんなふうに無駄に日々を過ごしていたら、城中の(ちょう)軍はいよいよ弱って、呼応しようにもその力さえ無くなってしまう。そうなってから後悔しても遅いぞ!」

 

 この進言を宋義は笑い飛ばした。

「いやいや!

 『牛を打つの(ぼう)、もって()を破るべからず』――牛を打つほどの大きな(アブ)でも、小さな(シラミ)を潰すことはできない、というやつだ。

 小さな相手を完全に潰しきるのは、案外難しいものです。(ちょう)はまだまだ耐えられますよ。

 

 それに、わしの目は目先の小さな勝利には向いていない。もっと大きな目的を見ているのだ。

 仮に、章邯(しょうかん)(ちょう)に勝ったとしよう。その時には(しん)軍は疲れ果てている。我々がそこを狙って攻撃すれば、ただ一戦で必ず打ち破れましょう。

 一方、章邯(しょうかん)が勝たなかった場合、(しん)軍は西の本国へ敗走しいく。このとき我々が勢いに乗って西進して背後を叩けば、これまた打ち破れること必然である。

 

 名付けて『我が兵は労せずして、座りながら勝負を見るの計』!

 項羽将軍、馬に乗り武具を持って戦うことではとても御辺(ごへん)には(かな)わないが、座りながら策を巡らすことにかけては、わしの方が一枚上手ですぞ」

 

 そう言って、宋義は全軍に下知を飛ばした。

「我が三軍においては、たとえ猛々しきこと虎の如く、容赦なく行動すること羊の如く、貪欲に敵を喰らうこと狼の如き有能な士卒であっても、号令に従わないならば斬って捨てる!」

 

 こうして全軍を厳しく戒める一方、宋義はひそかに怪しげな動きを見せはじめた。

 嫡子の宋襄(そうじょう)(せい)の国へ派遣して、斉王(せいおう)の宰相の位を要求したのだ。

 そして自分は安陽の陣から一歩も動かず、日夜ただ酒ばかりを飲んで過ごした。

 

 

(つづく)




●注釈
 『牛を打つの(ぼう)、もって()を破るべからず』……宗義が口にしたこの(ことわざ)、実は、訳出が難しい、いわくつきの言葉である。
 『史記・項羽本記』には『夫打牛之蝱、不可以破蟣虱』とある。これを上記のように訓読して『牛を打つほど大きな(アブ)も、蟣虱(シラミ)を潰すことはできない』と訳したわけであるが……
 他に、前半部分を『牛の(ぼう)を打つも』と読み、『牛は大きな(アブ)を打つことができても、小さな蟣虱(シラミ)を潰すことはできない』とする訳も存在する。厄介なことに本場中国ですら解釈が分かれており、どちらの訳がが正しいのか判然としない。
 さらに、この(ことわざ)の意味するところも、『(アブ)が牛に打ちかかるのは、蟣虱(シラミ)を潰すような小さな目的のためではない。もっと大きな志を持って大局的にものを見るべきだ』とする解釈もある。この場合、宋義は「(ちょう)の救出など小さなことだ。それより(しん)を倒すことを考えるべきだ」と主張していることになる。
 ひとまずこの作品では本文のように解釈した。いずれにせよ、弱り切った(ちょう)(もしくは(ちょう)の救出という仕事)を小さな蟣虱(シラミ)(たと)えていることは間違いない。
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