龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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六十三の上 王者はつらいよ

 

 

 中国中央部、漢軍の拠点、滎陽(けいよう)

 

 漢王劉邦は、この滎陽(けいよう)(とど)まりながら、日夜、思い悩んでいた。

 劉邦の父、太公のことが気がかりだったのだ。

 

 太公をはじめとする劉邦の一族は、今、覇王項羽に(とら)われている。

 家族思いの劉邦は、どうにか太公たちを取り戻したいと思っていたが、その方法が見当たらない。

 

 そこであるとき、劉邦は、軍師張良と謀士(ぼうし)陳平(ちんぺい)を呼んだ。

「俺の一族は、()(みやこ)彭城(ほうじょう)に捕らえられたままだ。

 

 俺はもう、ずっと心配で、少しも気持ちが(やす)らがないんだ。

 もし親父が殺されてしまったら……

 たとえ天下を手に入れたとしても、俺は1日だって生きていられないよ!

 

 張良先生、陳平(ちんぺい)、何か良い策はないか?

 親父を帰国させられたら、この世に2つとない最高の功績になるぞ」

 

 しかし、張良ほどの知恵者でさえ、ただ首を振ることしかできなかった。

「それは難しゅうございます。

 項羽は、太公を人質としているのです。どうして手放(てばな)すことなどありましょうか。

 

 ただ……

 戦場において項羽に大打撃を加え、項羽が疲れ果てて心が弱った時に、使者を送って講和をもちかければ、その交渉次第で太公を取り戻すことも可能かと」

 

 劉邦は、腕を組んで、うなった。

「うーん、そっかあ……

 でも、その『項羽に大打撃』ってとこが、一番難しいんだよなあ……」

 

 と、そのとき。

 劉邦の元へ、報告が飛び込んできた。

「ただいま、蕭何(しょうか)相国(しょうこく)が、関中よりお越しになりました。

 北蕃(ほくばん)の軍勢と、1人の蕃将(ばんしょう)を連れてきておられます」

 

 (ばん)とは、中国の外に住む異民族のことを指す。

 中国の東西南北には、古くから異民族が住んでいる。蕭何(しょうか)は、北方の異民族を味方につけ、その軍勢を案内してきたのである。

 

 劉邦は喜んだ。

「おお! (ばん)軍が応援に来てくれたのか!

 これなら、ぜったい()を破れるぞ!」

 

 劉邦は、すぐに蕭何(しょうか)たちを呼び寄せた。

 蕭何(しょうか)は、(ばん)将を連れて、劉邦の前にやってきた。

 

 お互いにきちんと礼を交わすと、劉邦が問う。

「その(ばん)将は、どこから来てくれたんだ?」

 

 蕭何(しょうか)が言う。

「この(ばん)将、(せい)(ろう)、名は(はん)と申しまして、遥か北の異民族、北貉燕(ほくはくえん)の人でございます。

 婁煩(ろうはん)は、漢王様の人徳を(した)って(みやこ)咸陽(かんよう)へ来て、()を破る戦いに合力(ごうりき)したいと願い出てくれました。

 

 そこで、臣がよく審査したうえで、兵糧(ひょうろう)輸送でこちらへ来るついでに婁煩(ろうはん)を連れて参ったのです。

 婁煩(ろうはん)は、騎射が大変に得意で、万夫(ばんぷ)不当(ふとう)の武勇を持っております」

 

 劉邦は、婁煩(ろうはん)の体つきを、じっくりと見た。

 婁煩(ろうはん)の身長は、実に1(じょう)(約225cm)。顔面も、見るからに獰猛(どうもう)そうだ。

 

 劉邦は喜んだ。

「いいなあ。強そうだ!」

 劉邦は、衣服1着と(きん)100両を婁煩(ろうはん)(たまわ)り、それから重く用いるようになった。

 

 

   *

 

 

 ちょうどその頃。

 項羽は、強力な部下であった龍沮(りゅうしょ)を韓信に討ち取られ、また武渉(ぶしょう)を使者として韓信を味方につける工作も失敗に終わり、極限までイラだちを(つの)らせていた。

 

 とはいえ、韓信は、あくまで漢の手先にすぎない。

 騒乱の大本は、漢王劉邦のほうである。

 

 そこで項羽は、(いくさ)の元を断つべく人馬を整え、急速に滎陽(けいよう)方面へと接近してきた。

 

 漢の間者(かんじゃ)は、この動きを察知し、すぐに劉邦に報告した。

 その報告によれば、()軍の数は実に10万。

 長きにわたる(いくさ)に、今回で決着を付けようという勢いであるらしい。

 

 劉邦は大いに驚き、群臣を集めて会議を行った。

 その会議の場で、蕭何(しょうか)が申し出た。

「このたび味方に参加しました(ばん)婁煩(ろうはん)。彼に正面から()と対決させてはいかがでしょう。

 さらに王陵などの諸将が側面から婁煩(ろうはん)を支援し、(みな)で協力して敵を叩くのです。

 

 そうして敵を食い止めている間に、韓信も到着するでしょう。

 その後で、韓信と我らで前後から挟撃(きょうげき)すれば、たとえ覇王項羽といえども破れぬはずがありません」

 

「よぉし!」

 劉邦は、蕭何(しょうか)の案を採用した。

 すなわち、婁煩(ろうはん)に敵を防がせ、王陵や周勃(しゅうぼつ)など4人の将には婁煩(ろうはん)の援護を(めい)じたのである。

 

 

   *

 

 

 さて、項羽はたちまち接近し、滎陽(けいよう)から30里(12km)手前に陣を取った。

 対する劉邦も、城を出て、項羽の陣が見える位置に陣を置いた。

 

 まず項羽は、劉邦に使者を送って、こう宣言した。

「天下が濁流(だくりゅう)のように乱れ、いつまでたっても安定しないのは、俺とお前のケンカが延々(えんえん)続いているせいだ。

 人民は、王にとって赤子みたいなものらしいぞ。親が赤子を疲弊(ひへい)させるってのは、良くないよな。

 

 というわけで劉邦! 今日こそ雌雄(しゆう)を決して、天下の赤子たちが困らないで済むようにしようじゃないか!」

 

 劉邦は、使者の口上(こうじょう)を聞くと、笑いだした。

「わはははは! いいねえ。真正直(ましょうじき)で項羽らしいや。

 でも、お前さんと力で戦うなんて、絶対ヤーだよーっ! ここは知恵で戦おうぜ!

 ……って、項羽に伝えてくれや、使者さんよ」

 

 使者は()陣に戻り、劉邦の言葉を項羽に伝えた。

 

 項羽は、

「本当にふざけた野郎だな、あいつは!」

 と、もってのほかに大激怒し、すぐさま丁公、雍歯(ようし)桓楚(かんそ)虞子期(ぐしき)の4将に出撃を(めい)じた。

 

 対する漢陣からは、(ばん)婁煩(ろうはん)が刀を舞わして馬で()せだす。

 ()軍は、婁煩(ろうはん)の部隊を狙い、兵器という兵器を用いて一斉に攻撃を仕掛(しか)けた。

 

 ところが……この婁煩(ろうはん)、目を見張るほどに強かった。

 左を跳ね返し、右を追い詰め、前を食い止め、後ろを叩き、4人の敵将を相手にたった1人で戦うこと5、60合。

 これほどまでに暴れ回っても疲れるどころか、ますます気力倍加して、振るう刃は(わず)かばかりも乱れない。

 

 ()の4将は、婁煩(ろうはん)の猛烈な勢いに太刀打(たちう)ちできず、ついに馬を(かえ)して逃げ出した。

 

 この戦況を見ていた()陣からは、

「好きにさせるな! 奴を止めろ!」

 と、(あら)たに別の4将が飛び出てきた。

 すなわち、季布、李藩、張月、項昴の4人である。

 

 ()の4将は、それぞれの得物(えもの)を握りしめ、婁煩(ろうはん)の首を取らんと突っ込んできた。

 婁煩(ろうはん)は、この猛攻に少しも(ひる)まず、(おめ)き叫んで、ここが死に場所とばかりに暴れ狂う。

 

 

   *

 

 

 婁煩(ろうはん)のすさまじいまでの戦いぶりを、王陵・周勃(しゅうぼつ)は、漢陣の中から見守っていた。

 

「おおっ! すごいじゃないか、あの婁煩(ろうはん)って男は!」

 

「ああ。まったく並はずれた強さだ。

 ……しかし、ちょっと突っ込みすぎじゃないか?

 これ以上前進したら、両側面から敵に包みこまれるぞ」

 

「となれば、俺たちの出番だな!」

 

 王陵と周勃(しゅうぼつ)は、互いにうなずき合うと、軍勢を(ひき)いて陣門から飛び出した。

 そして、()軍が婁煩(ろうはん)隊の左右に取り付こうとしていたところを狙い、逆に攻撃を加えて蹴散(けち)らした。

 

 ()軍は、婁煩(ろうはん)1人に手を焼いていたところに、王陵・周勃(しゅうぼつ)の攻撃まで受けて、大いに乱れた。

 これ以上は戦えぬ、と()兵たちが先を争い逃走していく。

 

 これを見た婁煩(ろうはん)は、

()たり(かしこ)し!(思い通りだ!)」

 と叫ぶと、刀をカラリと投げ捨てた。

 

 そして腰に()げていた弓を取り出し、馬上から狙って……ヒュ! ヒュヒュッ! と続けざまに4本の矢を放った。

 

 そのうち2本が、狙い(たが)わず()将李藩・張月の背中に命中。

 2将は、たちまち馬から転がり落ちて、そのまま絶命してしまった。

 

 ()将の季布は、李藩・張月が射殺(いころ)されたのを見て(きも)を冷やし、ほうほうの(てい)で本陣へと逃げ帰った。

 一方、最後に残った()将項昴は、まだ李藩・張月が生きているかもしれないと考え、救出のために大急ぎで馬で駆け寄せた。

 

 その項昴へ向けて、婁煩(ろうはん)が再び矢を放つ。

 

 ビュッ!

 と、矢が項昴の(ほお)をかすめた。

 

 項昴は、思わず、

「うわっ!」

 と悲鳴を上げ、身をすくめる。

 

 その(すき)を狙い、王陵が項昴に背後から駆け寄って、すばやく刀を振るう。

 項昴は、一刀のもとに馬から斬り落とされてしまった。

 

 こうなれば、もう終わりである。

 ()軍は、さんざんに斬り殺されて、四散して逃走してしまった。

 

 

(つづく)

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