龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
項羽は、この山上に本陣を置き、
項羽が言う。
「劉邦は、天下の諸侯を集め、俺に決戦を
しかし、
このままでは、長く戦い続けることは、できない。
汝ら、なにか計はあるか?」
項伯が言う。
「覇王様は、以前に劉邦の父、太公を捕らえなさいました。
この太公が、いま
太公に、劉邦への手紙を書かせるのです。
『すぐに兵を
もし、それでも劉邦が兵を
この計なら、100万の兵にも
「なるほど」
と項羽は納得し、
しばらくして、太公は広武山に到着した。
項羽は、太公を幕舎に招き入れると、優しげに笑いかけた。
「なあ親父さん。汝の息子の劉邦は、ひどいやつだなあ。
長いあいだ俺に
汝、ちょっと劉邦に手紙を書いてくれないか。
『兵を
劉邦が兵を
親子夫婦いっしょに暮らせるようになるぞ。
どうだ? やってくれるな?」
太公は、顔を
「はあ……そう言われましても……
今はもう、王の地位や財産に目がくらんで、
項羽は、眉を
「実の父親に、ここまで言わせるのか……しかたない奴だな、劉邦は……
まあいい。とにかく、ためしに手紙を書いてみろ。
それでダメだったら、そのときは、また別に考えがある」
「はあ、それでは……」
と、太公は、言われるままに手紙を書いた。
項羽は、太公の手紙を読み、まるで我が
「うんうん。この手紙なら、きっと劉邦も心を動かされるぞ。
もしこの手紙を見ても兵を
この手紙を届けるため、項羽は、
*
さて、その翌日。
「
と
劉邦が問う。
「
一体どういう意図かな?」
張良が答える。
「これは、漢王様に兵を
よいですか、漢王様。太公の手紙を見ても、決して悲しんだり泣いたりしてはいけません。
その代わりに、こうお答えなさいませ。この如く、この如く……
……と、こういうふうに答えれば、1
なに、ご心配なく。太公が
劉邦は、張良の言葉に、うなずいて、
その文章に
『太公、書を漢王劉邦に送る。
むかしむかし、聖帝
それにひきかえ、お前という奴は、
おかげで、どうにか生きのびることはできている。
お前の妻の
それなのに、お前という奴は、天下で好き勝手に暴れ回るばかりで、
それで血の通った人間と言えるのか?
お前の心臓や腸は、鉄か石でできてるんじゃないか? 骨だって、土や木でできているんだろう!
今、覇王様は
だから
思い出してくれ。お前の体は、一体どこから来たものなのだ? 子の体は、親から生まれたものではないか!
世の中の人々が、万物の中で最も大切にしているものはなんだ? それは親という存在だろう!
この
はやく兵を撤収させ、私を国に帰らせてくれ。
そうして父と子、夫と妻が一緒にいられるようにする。なんとも美しい行いではないか。
逆に、もし兵を駐屯させたまま、さらに戦いを続けるなら、私の
さすれば、たとえ汝が天下を手に入れたとしても、『父の
それでも汝は、
今、
太公の悲痛な叫びが聞こえてくるような手紙だった。
だが……
というより劉邦は、まだ
焦点の合わない
劉邦は、手紙を読み終わると、あくび半分に言った。
「あ、そう。
まあ別にいいけど、これだけは言っとくぞ。
俺は昔、項羽と一緒に
つまり、俺の親父は、項羽の親父でもあるってこと。
確かに親父は
項羽に伝えてくれや。
『もし太公を殺したら、確かに天下の人は俺を
お前は、以前に英布に
今、俺の親父まで殺したら、人々はますます激しく
ってな。
昔、
『誰かの父を殺したら、その誰かに自分の父を殺される。だから他人の父を殺すのも自分の父を殺すのも、ほんのちょっとの差でしかないんだ』
今回の話は、まさにそれだぜ。
『そのまま、
さて、俺はちょっと、二日酔いがキツいんで、ここらで失礼するわ……じゃあな」
一方的にそう言うと、劉邦は、ふらつきながら立ち上がり、2人の侍女に支えられながら自分の幕舎に戻って行ってしまった。
驚いたのは
どうにかもう一度劉邦に会って、真意を問いただそうと思ったのだが、あれっきり、劉邦は二度と幕舎から出てこない。
結局……
(つづく)
●注釈
(1)
今回の戦いの舞台となる広武山は、
(2)
劉邦のセリフにある『誰かの父を殺したら、その人に自分の父を殺される』という言葉は、「
『私は今、他人の親を殺すことの重大さを知った。他人の父を殺せば、他人もまた私の父を殺す。他人の兄を殺したら、他人もまた私の兄を殺す。だから、自分の家族を殺したわけではなくても、(他人の家族を殺すことは)それとほんの少しの差しかないのだ』