龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
そこへ、部下が報告を持ってきた。
「ただいま
項羽は、さっそく
項羽の叔父の項伯は、そばで話を聞いていたが、全て聞き終えて顔をしかめた。
「やれやれ……劉邦は親孝行の気持ちも知らないのか。本当に、大事業を為すための徳というものがありませんな、あの男は。
覇王様。しっかり準備を整えてから、戦いを交えなさいませ。あんな王の下では、漢が勝てるはずがありません」
項羽もまた、溜め息をついた。
「ほんっとに、しょうがない奴だ、劉邦は……
頭の中は酒と女ばっかりだ。自分の父母や妻子のことを、そこらへんの雑草くらいにしか見ちゃいない。
あいつと俺と、どっちが良いとか悪いとか、比べるのもおこがましいわ」
「臣が劉邦に
あの手紙を読んでなお、太公のことを気にもしていない様子でした」
項羽は、
「ふん……まあ、そうは言っても、太公が
そして項羽は、諸将に
*
……が。
もちろん、劉邦が
このとき、劉邦は先日受けた矢傷もようやく
ある日、
韓信が答えて言う。
「項羽は広武山に軍を駐屯させておりますが、長期間の滞陣によって
一方、こちらは軍の
今こそ、攻撃を
漢王様、さっそく進発いたしましょう」
劉邦は喜んだ。
「よーし! ぜんぶ大元帥に任す! よろしく頼む!」
「は!」
というわけで、韓信は、ただちに大軍を
その後に、漢王劉邦みずから指揮する後陣も続く。
その日のうちに韓信は広武に到着し、
陣作りが片付くと、韓信は諸将を呼び集めた。
「我らは、ここに到着したばかりだ。
敵は、我らが移動で疲れ果て、今夜ばかりは戦備をしていないだろうと考え、
「はっ!」
諸将は、緊張に引き締まった顔つきで、それぞれの陣に散っていった。
*
そうこうするうちに劉邦の後陣も到着し、韓信たちの隣に陣を置いた。
その
劉邦は、張良、
「韓信も招いて、いっしょに軍議したほうがいいだろう。
誰か、韓信を呼んできてくれ」
と、韓信の陣へ使者を飛ばした。
しばらくして、使者がバタバタと戻ってきた。
使者は、慌てた様子で報告した。
「大元帥は、なぜか陣の中におられません。
大元帥の部下に
劉邦は、色を失った。
「そんな! 今、漢と
それなのに、主将が姿を消してしまうなんて……
ひょっとして、
あるいは、項羽と内応して、俺を
慌てたのは劉邦だけではない。
その場にいた張良ら首脳陣も、この韓信の行動は予想もしていなかったようで、
「まさか……」
と疑うばかりで、誰も何も言うことができなかった。
しかし、韓信が逃げた、あるいは裏切ったと決まったわけではない。
とにかく真偽を確かめてみなければならない。
劉邦は部下たちに
しばらくして、報告が帰ってきた。
「大元帥の陣は、時刻を告げる太鼓も誤りなく叩かれており、各所の守備も十分に厳重です。軍は普段どおり、きちんと動いております……
ただ、大元帥の
劉邦は、いよいよ不安になってきた。
「分かった。
汝、もう一回、行ってこい。
今度は韓信の陣の外に隠れて、様子をうかがえ。そして、韓信が陣に戻ってくるのを見たら、すぐ報告しろ」
「承知しました!」
と部下が駆けだしていくと、劉邦は、みずから
そのまま
夜も
待ちに待った報告が、劉邦のもとに飛び込んできた。
「大元帥が、たった今、陣中に帰ってまいりました!」
劉邦は、しばし、むっつりと考え込んだ。
陣に帰ってきた……ということは、少なくとも韓信は逃げ出したわけではないらしい。
だが、項羽と内通している可能性は、まだ否定できない……
そこで劉邦は、
「真夜中に呼び出してすまん。韓信が陣に戻って来たらしい。
*
韓信の陣の前まで来ると、巡回警備していた大将
「
こんな夜中に、どういう理由で、どこへ向かっておられるのです?」
「大元帥に会いに来たのだよ」
「なるほど。大元帥なら、まだお休みにならず、
ご案内しましょう。どうぞ中へ」
連れられて行った先では、韓信が、確かに忙しく立ち働いていた。
韓信は、
「
まったく、この韓信という男は。劉邦や
そのくせ、こんな皮肉を言う。
「大元帥。今晩、どこか遠くに出かけて、こんな夜中に帰ってこられたのは、一体どういうわけなのですか?」
韓信は、悪びれもせず淡々と答えた。
「明日の合戦で、
だが、項羽の武勇は言うまでもなく天下無双。
平地で敵と対面し、野戦にもつれこめば、勝つことは難しいでしょう。
それで、項羽を破るのに一番よい戦場を探して、
ちょっと時間はかかりましたが、いい所が見つかったので、さきほど帰ってきました。
諸将の配置は、明日、伝達する予定です。
軍事上の機密は、たとえ君臣や父子の関係でも、うかつに
だから漢王様にも報告せず動いたのです。
私には妙策がある……まあ、見ていてください。
明日、私が項羽を破るところをご
そして韓信の語ったことを報告すると、ようやく劉邦は胸を
*
しかし韓信は、自信たっぷりの言葉とは
敵の
そして、夜が明けた。
韓信は、大小の諸将を勢ぞろいさせ、考え抜いた配置を通達した。
まず第1隊は、
第2隊、
第3隊、
第4隊、
第5隊、
第6隊、
第7隊、
第8隊、
第9隊、九江王英布。
第10隊には、漢王劉邦みずから大小の将兵を従える。
各部隊を構成するのは精兵5千。
それが、ぐるりと山を
(つづく)