龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

191 / 197
六十四の戊 激突、広武山!

 

 

 項羽は全軍の先頭に立って、漢の陣営に攻め込んでいった。

 項羽が大きな目を怒らせ、憤然(ふんぜん)として突っ込んでくるその姿は、さながら夜叉(やしゃ)羅刹(らせつ)のよう。

 漢の兵士たちは、項羽のすさまじい迫力に恐れおののき、近づこうとさえしなかった。

 

 こうして項羽がこじあけた道を、後から()軍が駆け抜けていく。

 

 そのまま5里(2km)ほど逃げていったところ……

 周囲の山の窪地(くぼち)から、また新たな漢軍が忽然(こつぜん)と姿を現した。

 

 太鼓と角笛(つのぶえ)を高々と鳴らし、(とき)の声を地に響かせて、殺出(さっしゅつ)してくる漢軍。

 その先頭に2人の大将が進み出てくる。

 

「我らは漢の周勃(しゅうぼつ)・周昌なり!

 覇王よ! 下馬(げば)して投降せよ! さすれば恥辱は加えないと約束しよう!」

 

 これを項羽は、

「断る!」

 と一蹴(いっしゅう)し、槍を振り上げ、馬の腹を蹴り、周勃(しゅうぼつ)・周昌に突っ込んでいった。

 周勃(しゅうぼつ)と周昌も、油断なく身構えて迎え撃つ。

 

 ところがこれが、もう勝負にもならなかった。

 ほんの2、3合ほど槍を合わせただけで、周勃(しゅうぼつ)・周昌は、項羽との圧倒的な実力差を思い知らされてしまったのだ。

 

「ダメだ、まったく(かな)わん!」

 周勃(しゅうぼつ)・周昌は、たちまち馬を(かえ)して逃げ出した。

 

 項羽は、周勃(しゅうぼつ)・周昌を跳ねのけた後、山の北にある広い道を目指(めざ)して馬を走らせた。

 そこへ、また鉄砲の声が鳴り響き、漢の伏兵が四方から飛び出してきて、項羽らを引き包む。

 ここで()兵は、またも半数以上が負傷してしまった。

 

 この包囲をどうにかこうにか突破して、さらに6里ほど進んだ時。

 今度は正面で(とき)の声が起こった。

 

 漢の靳歙(きんきゅう)盧綰(ろわん)の部隊が、項羽たちの()く手を(はば)んだのである。

 

 一体、こんなことを何度くりかえすのか……

 包囲を抜けたら、また包囲。漢軍は、無限の兵力を持つかに思えるほど、何度も何度も襲いかかってくる。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」

 項羽の息は荒い。

 ここまで振るい続けた槍も、すっかり刃が欠けてしまった。

 

 だが、

「う……うぉおおおッ!」

 項羽は、(おのれ)鼓舞(こぶ)するかのように雄叫(おたけ)びをあげ、槍を投げ捨てて鉄鞭(てつべん)(鋼鉄の棒)を取り出した。

 

 項羽は盧綰(ろわん)に馬を寄せ、横薙(よこな)ぎに鉄鞭(てつべん)を振るう。

 漢将盧綰(ろわん)は、この一撃を防ぐ(ひま)もないまま、左の尻を(したた)かに打たれて、馬から転げ落ちた。

 

 残る漢将靳歙(きんきゅう)が叫ぶ。

「あっ! 盧綰(ろわん)、大丈夫かっ!」

 

 靳歙(きんきゅう)は、盧綰(ろわん)と項羽の間へ身を()じ込むように割って入り、みずから壁となって盧綰(ろわん)(かば)った。

 

 と、口で言うのは簡単だが、目の前にいるのは覇王項羽である。

 靳歙(きんきゅう)が死力を振るってなお、項羽の猛攻を一時(いっとき)食い止めるのが精いっぱい。

 

 それでも靳歙(きんきゅう)は、どうにか項羽に食らいつき、漢兵たちが盧綰(ろわん)を救出するのを見てから、(いのち)からがら逃げ去っていった。

 

 項羽は、靳歙(きんきゅう)撃退(げきたい)してから、さらに何里か先へ進んだ。

 これで、かなりの距離を稼げたはずだ。いよいよ()軍の本陣も近づいてきた。

 

 ところが、ホッと息をつく間もないうちに、またしても漢の伏兵が現れた。

 今度は弩弓(どきゅう)を装備した部隊である。

 

 漢軍が放った矢の数は、視界を埋め尽くさんばかり。

 (いなご)が飛ぶよりも、なお多い。

 避けることも防ぐことも、できるはずがない。

 ()軍5千人のうち、7割から8割が一瞬で死んだ。

 

 それでも項羽は止まらなかった。

 項羽が馬を走らせ、神出鬼没の(べん)使いで漢兵を()ぎ倒せば、()周殷(しゅういん)桓楚(かんそ)(いのち)を捨てて奮戦(ふんせん)する。

 

 項羽たちは敵を突破し、囲みの外に出た。

 さすがに無敵の覇王項羽、その武勇は並外(なみはず)れている。

 雨のように降り注いできた大量の矢が、周囲の地面には粉を()いたように突き刺さっているのに、項羽の体には1本たりとも命中していないのである。

 

 だが……

 項羽に付き従う大将たちは、そうもいかない。

 周殷(しゅういん)桓楚(かんそ)は、今の戦いで、体に数ヶ所の傷を()ってしまっていた。

 まだ死んではいないが、おそらく、これ以上は戦えまい。

 

 いよいよ絶体絶命か……

 と思われた、そのとき。

 山の北の大きな道の方から、ひとかたまりの軍勢が近づいてきた。

 

 また敵か!?

 と警戒しながら目を()らせば……

 

 あれは、敵ではない。

 

 ()軍だ。

 夜中にはぐれてしまった季布と鍾離昧(しょうりまい)が、再び合流してきたのだ。

 

 項羽は、季布・鍾離昧(しょうりまい)と一緒に道へ出て、そのまま本陣へと逃げ込んだ。

 こうして項羽は、やっとの思いで死地を(だっ)したのだった。

 

 

   *

 

 

 結局……

 漢軍は、項羽を追い回すこと延々(えんえん)20里(8km)。

 結果は、韓信の完全勝利であった。

 

 韓信は、項羽が本陣まで逃げ切ったのを知ると、1人、静かに自省した。

「これほど念入(ねんい)りに包囲してなお仕留(しと)めきれないか……

 信じがたいまでの強さ……さすがだな、覇王項羽。

 次に戦う時は、もう一手、何か考えねばならんな……」

 

 劉邦や韓信もまた、本陣に帰還してきた。

 劉邦は、すぐさま韓信を会議に呼んだ。

 韓信は、衣服を整え、急いで劉邦の前に現れた。

 

 劉邦は立ち上がり、韓信に丁寧(ていねい)に感謝の気持ちを表した。

「大元帥の策略のおかげで、俺は、こんなすごい大勝利を得ることができた!

 これからは、項羽が漢軍の接近を聞けば、戦いもせずにビビってしまうだろうぜ!」

 

 韓信は、謙虚(けんきょ)(こうべ)()れる。

「漢王様のご威光のおかげで、(さいわ)いにして勝つことができました。

 ……が。

 項羽を()()らしたのは痛恨(つうこん)の極みです。

 

 この勢いに乗ってさらに攻撃し、項羽が彭城(ほうじょう)に再び帰ることのできないように、せねばなりません」

 

 劉邦は、頼もしげに、うなずいた。

「うん。

 大元帥。うまく計略を用いて、はやく凱歌(がいか)を聞かせてくれ。

 天下の人民が(ほこ)(やじり)の苦しみを受けることのない、平和な世界をもたらしてくれ!」

 

「は!」

 韓信は、背筋を正して全軍の整頓にとりかかった。

 そして、遠からず()を攻めようと、手配を進めていったのである。

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

■次回予告■

 

 広武山での大敗北で、一転窮地に陥った覇王項羽。この状況を打開せんと、人質を利用して漢王劉邦に脅しをかける。

 放蕩息子の自覚があるからますます慕わしいのが親というもの。陣中に据えられた巨大鉄鍋。今にも茹で上がらんとする父、太公。劉邦、汝が選び取るものは、君主の利か、人の子の情か。

 

 次回「龍虎戦記」第六十五回

 『一杯ちょうだい、親父の煮物』

 

 ()う、ご期待!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。