龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
広武山での戦いで、覇王項羽は散々に打ち負け、ほうほうの
被害状況を確認してみたところ、死傷者は実に3万人あまり。
季布、
こんなありさまでは、どうにも身動きが取れない。
しかたなく、
それから3日後。
敵の様子を探るために放っておいた
「報告いたします。
韓信は、四方の諸侯の協力を取り付けて兵力を増強し、今から1、2日のうちに、こちらへ攻めてこようと画策しております。
諸侯軍の合流によって、今や漢の兵力は50万以上!
漢の
項羽は驚き、
「漢の兵が、雲のように湧いてきたらしい。
しかも韓信は、兵を用いるのが上手い。
それにひきかえ、俺たちの兵は負傷者だらけ。
食料も底をつきかけていて、とてもこのまま戦い続けられるような状態じゃない。
汝ら、何か、いい策は無いか?」
「武勇だけを
よって、ここは
我らの陣には、劉邦の父の太公がおります。
明日、覇王様が出陣して漢軍と
つまり、『兵を
劉邦は、親子の情に動かされて、きっと兵を後退させるでしょう。
そうしたら、太公を漢に帰らせてやるのです。
一方、もし劉邦が
劉邦がその様子を見たら、必ず泣き叫んで許しを
そこから、また交渉の糸口が
いかがでしょうか? 覇王様、よろしくご検討くださいませ」
項羽は、腕を組んで考え込んだ。
「うーん……太公を殺すのは簡単だが、そんなことをしたら、俺が天下の人々に笑い
こないだ劉邦にも言われたが、俺と劉邦は義兄弟の
劉邦の親父は俺の親父でもあるわけで、となると、俺は親殺しってことになってしまう」
「これは戦争ですよ。
敵兵を
項羽は、うなずいた。
「……そうだな。よし、やってみよう」
*
次の日。
項羽は、みずから軍勢を
太公は、縛り上げたうえで馬に乗せ、連れて来ている。
広武山を
漢陣の方では、
「覇王項羽が、太公を縛り、馬に乗せて連れて来ました!
どういう
劉邦は、その報告を聞くや、声を放って大いに
「俺は、生まれてこのかた、親父にも、お
それどころか、俺が天下を
もうガマンできねえ!
俺は今すぐ楚に降伏する! 親父の
「ええっ?」
そばにいた軍師張良、
陳平が、慌てて
「漢王様! どうしてそう、考えるということをなさらないのですか。
項羽は
先日の戦いで、
人質の太公を連れて来たのは、漢軍を
こんなやり方に頼るのは、
今、漢王様は、ようやく天下統一を成しとげる寸前まで来ているのですよ。
あと一歩で項羽の首を取れるというときに、慌てて降伏などしてどうします?
まあ、落ち着いてください。
ここは、知恵をもって勝利を
しかし劉邦は、まだオロオロうろたえている。
「でも、親父は縛られて馬の上に乗せられてるっていうじゃないか。
俺は、心配で心配で、胸が痛くて……
天下を得るとか得ないとか、それが、なんだってんだよ!
親父が、目の前で殺されようとしてるんだぞ。俺にとっては、これが何より一番大事なことなんだよ!」
張良が、劉邦を落ち着かせようと、つとめて穏やかに
「漢王様は、今、混乱しておられるのです。
大丈夫ですよ。ただ安心して、臣の言うことに従ってくださいませ。
おそらく項羽は、こちらの陣の前まで来たら、大きな
『もし兵を
そのとき漢王様は、今からお教えするように答えなさいませ。
さすれば、項羽は千にひとつも太公を殺すことができなくなります。
その答え方とは……この如く、この如く……」
その耳打ちがまだ終わらないうちに、また兵が駆け込んできた。
「ただ今、項羽が我が陣の前に到着いたしました!」
*
いち早く対応したのは、大元帥韓信だった。
韓信は、項羽の軍勢が近づいてきたと報告を受けた時点で、すぐさま周囲の平地に軍勢を展開し、
整列した漢軍の周辺には、びっしりと戦車隊が並ぶ。
隊列の左右では、
そこへ、項羽
ところが、
項羽は、そんな
兵の士気がこう低くては、正面きっての戦いは、やはり難しそうだ。
項羽は、
「まだ動くなよ」
と全軍に
「劉邦、出てこい! お前と
その呼びかけに答えて、漢陣の奥から、1騎の大将が進み出てきた。
諸将に周囲を固く守らせながら、全軍の前に馬を出すその男は……もちろん、漢王劉邦である。
劉邦は、項羽に向かって叫び返した。
「よう、覇王!
お前さんの軍は、かなり困った状態になってるんだろ!
はやく俺に降伏しろよ!
そうすれば悪いようにはしない! 領土も与えるし、
いま降伏しなかったら、その首が地に落ちることになるぞ!」
これを聞くと、項羽は、またしても頭に血を
「劉邦
項羽は馬を走らせ突撃し、槍をあげて劉邦に突きかかった。
「えっ、攻撃するのですか!?」
そばにいた
項羽らしいというか、なんというか……
太公を人質にして
ともあれ、漢軍からは、
「させるかっ!」
と項羽に
項羽と漢4将、4対1での戦いだが、それでも勝負は互角。
彼らの周囲では、漢軍と
と、そのとき。
突然
これは韓信が手配しておいた策略である。
黄旗の合図を受けて、前後左右から漢の伏兵が一斉に飛び出し、項羽を包囲した。
「くそっ! また韓信の計略にハメられたか!」
項羽は、左に突撃し、右に突きかかり、力の限り暴れ狂ったが、なかなか包囲から脱出することができない。
ふと四方を見回せば、項羽の周囲には漢の大軍がビッシリと囲みを作っている。
そのありさまは、さながら、いくつもの城が
漢の隊列は東から西まで切れ目なく、どこが出口か入口かも分からない。
項羽は思った。
「漢軍の、この陣形は一体なんだ? こんなすごい陣立ては見たことがない。
斬っても斬っても、次々に
強引に囲みを突破しようとしたら、
ここは、耐えるしかない!
味方の諸将も、俺が囲まれたことには気づいてるはずだ。
味方の中に、誰か1人くらいは、この妙な陣形のことを知っている者がいるに違いない。
そいつが外から攻撃してくれるのを待ち、内側から呼応して脱出を
生きのびる道は、これしかない!」
と、そのとき。
まさに項羽の期待どおり、漢の陣形が東の方で乱れ始めた。
「よしっ、今だ!」
項羽は、外の
外から4将、内から項羽。
君臣5人、
とうとう、項羽の前に血路が切り開かれた。
すぐさま項羽は包囲の外へ駆けだした。
こうして、項羽と
(つづく)
●注釈
当時の500里は200km以上にも相当するが、実際には