龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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六十五の中 一杯ちょうだい、親父の煮物

 

 

 項羽は、漢軍に包囲されて危険な状況に(おちい)ったが、()将たちの救援によって、なんとか危機を脱することに成功した。

 

 その戦いの後、本陣へ帰る道の途中で、項羽は大将たちに向かって(たず)ねた。

「みんな、よく俺を救い出してくれた。

 韓信の、あの妙な陣形を知っている者がいたのか?」

 

 それに(こた)えて進み出たのは、大将周蘭(しゅうらん)だった。

「臣が知っておりました。

 韓信が今日とった陣は、太乙(たいいつ)陣と申すものです。

 この陣は生門・死門という2つの出入り口を持ち、陰陣・陽陣という2つの(かたまり)で構成されております。

 

 いちおう前後の向きもあるのですが、おおむね四方に向けて対称な構造になっており、見た目は八卦(はっけ)陣に似ておりますが、性質は八卦(はっけ)陣と大きく異なります。

 生門から陽陣へ入った場合には活路を得ることができますが、それを知らず無闇(むやみ)に突入したなら、たちまち捕虜にされてしまう……という危険な陣なのです。

 

 臣は、昔、華山(かざん)の李少仙という仙人のもとで道を学んでおりました。

 そのとき太乙(たいいつ)陣のことを教わり、その性質や攻略法を覚えました。

 その教え通りに、諸将と(とも)に生門から突入してみたところ、果たして覇王様を救出することができたのです」

 

 項羽は、周蘭(しゅうらん)の話を聞いて喜んだ。

「なるほど、そうだったのか。おかげで本当に助かったぞ」

 

 だが、項羽の喜びに水を差すように、横から鍾離昧(しょうりまい)が言う。

「陛下。我らは、劉邦の父太公を連れてきたのですぞ。

 今日は、漢軍と交戦する必要は無かったはずです。

 

 明日こそは、予定通り太公を縛って前面に出し、劉邦に(おど)しをかけましょう。

 劉邦が要求通り兵を退()いたなら、我らも彭城(ほうじょう)に帰還し、兵卒たちに休養を取らせる。

 その後で、再び計略を(めぐ)らせるのです」

 

 項羽は、きまり悪そうに目をそらした。

「ん……そうだな。分かってる」

 

 

   *

 

 

 さて、その夜。

 漢の本陣では、張良と陳平(ちんぺい)が、太公を救出する計略を相談していた。

 

 計略がまとまると、張良は、()から降参してきた雑兵の中から、頭の切れる士卒を1人選び、帷幕(いばく)に呼び入れた。

 

 張良は、その士卒を安心させるように微笑(ほほえ)み、穏やかに語りかけた。

「私が汝の人相を見たところ、汝は、どうやら非凡(ひぼん)な人物のようだ。

 いずれ大きな功名を成しとげるかもしれないな。

 だが、今のまま雑兵の立場でいたら、功績を評価される機会が(めぐ)って来るだろうか?

 

 そこで……汝に1つ、大事な仕事を任せたい。

 もしこの仕事をやりとげたなら、漢王様に奏上(そうじょう)して、重く恩賞を与えていただくと約束しよう。

 どうかな? またとない出世の好機だとは思わないかね?」

 

 士卒は、緊張の面持(おもも)ちで、うなずいた。

「軍師様、自分は何をすればよいのでしょうか?」

 

 張良が言う。

「ここに一封(いっぷう)書簡(しょかん)がある。

 これを届けてほしい。

 宛先(あてさき)は、()陣にいる(だい)司馬(しば)項伯……覇王項羽の叔父(おじ)だ。

 

 君は()軍にいたのだから、()陣の中に、家族か知り合いがいるだろう?

 そのツテを利用して()陣に潜入し、項伯に書簡(しょかん)を渡して、『張良からの手紙だ』と伝えてほしい。

 (おもて)沙汰(ざた)にならぬよう、こっそりとな……

 

 もし項伯から返事があれば、戻ってきて報告してくれ。

 気を付けて、慎重に頼むぞ」

 

 士卒は、うなずいた。

「それなら、簡単なことです。ご安心ください、軍師様。

 すぐに()陣に行って、項老大王(項伯は()軍で老大王と呼ばれている)に会い、お返事を受け取って参ります」

 

 張良は限りなく喜び、士卒に前金として金銭を握らせた。

 そして書簡(しょかん)を手渡し、

「よいか。この書は、(ふところ)の中に深く隠し、他人に奪われないようにせよ。

 何事にも気を付けて、決して油断しては、ならないぞ」

 

 

   *

 

 

 士卒は、張良の(めい)を受け、すぐに出発して()陣の前までやってきた。

 

 すると、()巡哨(じゅんしょう)軍士(ぐんし)(巡回警備兵)が、すぐさま士卒を発見した。

 この巡哨(じゅんしょう)軍士(ぐんし)、士卒の顔見知りだったのだ。

 

「あれっ? お前、このあいだ漢軍に捕らえられて、降参したんじゃなかったか?

 一体どうやって帰ってきたんだ」

 

 士卒は答えた。

「確かに俺は敵に捕らえられて、生きのびるために投降した。

 でも、俺の父母や妻子は、みんな彭城(ほうじょう)にいるんだぞ。

 本気で漢に降伏できるわけないだろ?

 

 だから、(すき)を見て逃げてきたんだ。

 なあ、頼みがあるんだ。明日、項伯将軍のところへ連れていってくれないか。

 項伯将軍に事情を話して、元通り()軍に復帰させてもらおうと思うんだよ」

 

「なるほどな。よし、任せとけ」

 巡哨(じゅんしょう)軍士(ぐんし)は、疑いもせず、士卒の言うことを信じ込んだ。

 

 そして、翌日。

 項伯が軍勢の点検を行っていると、昨夜の巡哨(じゅんしょう)軍士(ぐんし)が、あの士卒を連れて、項伯の前にやってきた。

 

「老大王。この者は、先日、漢軍に()()られたのですが、昨夜(さくや)、逃げ帰ってきました。

 また元通り()軍に入りたいと言っております。

 我らで勝手に決められることではありませんので、老大王のご判断をいただきたく、連れて参りました」

 

 項伯は、わずかに眉を動かした。

 

 項伯は、巡哨(じゅんしょう)軍士(ぐんし)を帰らせると、士卒を近くに呼び寄せた。

「汝は、漢軍の中にいたのだな。

 では、張良を見かけなかったか?」

 

 士卒は、うなずいた。

「はい、お会いしました。

 私は、漢軍では張軍師の下で働いていたのです。

 

 張軍師は、よく老大王のことを話しておられました。

 そこで私が『自分は()軍では項老大王の手下でした』と申したところ、張軍師は私のことを深く(あわ)れんでくださりました。

 

 ただ、私の父母妻子は彭城(ほうじょう)におりますので、家族と遠く離れるのが我慢(がまん)ならず、こうして逃げ帰ってきたのです」

 

 これを聞くと、項伯は、思わず顔を、ほころばせた。

 

 項伯と張良は、若い頃からの親友である。

 項伯が追われていた時には張良が(かくま)い、張良が危機に(おちい)った時には項伯が(かば)った。

 お互い、(いのち)をかけて助け合ってきた仲だ。

 

 運命の悪戯(いたずら)によって敵国の首脳同士になってはしまったが、胸にある友情は色あせていない。

 少なくとも項伯の方では、今でも張良を親友と思っているのだ。

 

 項伯は、胸の中に温かな気持ちが湧いてくるのを感じながら、士卒に(たず)ねた。

「張良は、私のことを、どんなふうに話していた?」

 

 士卒は、左右を見回して人目が無いことを確かめると、項伯に近づいて、サッと書簡(しょかん)を差し出した。

「私が漢の陣を出るとき、張軍師から、この書簡(しょかん)(たく)されました。

 ()の陣に帰ったら、必ずこの書簡(しょかん)を項老大王にお渡しするように、と……」

 

 項伯は、顔色を変えて、書簡(しょかん)を開いた。

 その文面は……

 

『旧交の友張良、書を(だい)司馬(しば)項老将軍の麾下(きか)(ほう)ず。

 かつて貴公には、住む家と日々の食事を世話していただいた。

 その後、私は雲水(うんすい)(ゆう)(放浪の旅)に出て、富貴を求める心も、功名を成さんとする思いも、すべて捨て去ったつもりでいた。

 

 しかし、思いがけず(こころざし)が時勢と齟齬(そご)(きた)して、願い通りに世を捨てることができなかった。

 私が今の居場所に束縛されているのは、何か望みがあるからではない。ただ歳月を過ごしているにすぎないのだ。

 

 ただ、漢王は仁義に(あつ)い人物であり、最後には大事業を成しとげるだろうと思う。

 それゆえ、漢王を捨てて去るのが(しの)びなく、いつまでも恋々(れんれん)と漢王の左右に仕えている。

 

 たとえて言うなら、小鳥が人間に(なつ)いてきたようなものだ。

 そんなとき、人間なら自然に愛着が湧いてくるだろう?

 小鳥が困っていれば、知らぬ顔はしていられない。策略のひとつも(こう)じずにいられようか。

 

 さて。

 昨日、覇王は太公を()ようとした。

 これは漢の兵を退()かせるための計略だろう。

 

 だが、漢王がここまで兵を進めてきたのは、他に帰るべき場所がないからだ。

 漢軍は退()かない。となれば、覇王は必ず太公を()るだろう。一度()られたら、太公は二度と生き返ることができない。

 

 かつて貴公は、藍田(らんでん)鴻門(こうもん)の会のとき劉邦が陣を置いていた地域)において、漢王と約束を交わしただろう。

 (しん)(しん)(よしみ)、つまり互いの子を結婚させる約束をだ。

(第十六回参照)

 

 あの約束を果たすとき、貴公は一体どんな顔をして漢王と対面するつもりなのかね?

 そのことが心配でたまらないから、この張良、1羽の(おおとり)書簡(しょかん)(たく)し、貴公のお耳を汚すことにした。

 

 もし覇王が太公を()ようとした時には、貴公から一言(ひとこと)、強い制止の言葉をかけて、太公に救いをもたらしていただけないだろうか。

 さすれば、太公は(いのち)を救われたという恩義を(こうむ)り、漢王は親不孝の悪名(あくみょう)(まぬが)れることができる。

 貴公の恩と義は二つながら行きわたり、貴公の仁と徳は無窮(むきゅう)のものとなるだろう。

 

 もしこの願いを聞き届けてくれるなら、返信をいただきたい。

 漢王は、太公のことを深く心配し、救いを求めている。その心を貴公の善意で(なぐさ)めてほしいのだ。

 私の胸にあるこの気持ちは、懇切(こんせつ)かつ丁寧(ていねい)を極めてお伝えしても、まだ伝えれないほどだ。どうか分かってくれ、友よ』

 

 

(つづく)




●注釈
 張良の書簡(しょかん)に『(しん)(しん)(よしみ)』という表現が使われていた。これは政略結婚を意味する故事成語である。
 「史記・秦本紀」によると、(しん)穆公(ぼくこう)4年(紀元前656年)、穆公(ぼくこう)は他国の女性を妻に迎えた。その女性は(しん)国の太子申生(しんせい)の娘であり、これによって(しん)と縁故を得た穆公(ぼくこう)は、それから何かにつけて(しん)に関わるようになった。
 たとえば、穆公(ぼくこう)14年には、(しん)の太子(ぎょ)が人質として(しん)に送られてきた。このとき穆公(ぼくこう)は、太子(ぎょ)に自分の娘を(とつ)がせた。
 ところが、さらに9年後の穆公(ぼくこう)23年、太子(ぎょ)穆公(ぼくこう)の信頼を裏切り、妻を残して勝手に母国へ帰ってしまう。怒った穆公(ぼくこう)は、もう1人の(しん)君主候補である公子重耳(ちょうじ)を迎え入れ、再び自分の娘を(とつ)がせた。重耳(ちょうじ)は初め結婚を断ったが、後に受け入れた。この態度を見た穆公(ぼくこう)は、ますます重耳(ちょうじ)を厚遇するようになった。
 このように(しん)(しん)は、3度にわたる政略結婚で(よしみ)を結び、勢力を拡大した。その後、(しん)重耳(ちょうじ)(しん)穆公(ぼくこう)は、中華の覇者にのしあがっていったのである。
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