龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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六十六の甲 偽りの和睦

 

 

 覇王項羽は、劉邦の父太公を(かく)(中華鍋)に載せ、

「お前の父親を煮殺(にころ)してやるぞ!」

 と、(おど)しをかけた。

 

 ところが漢王劉邦は、ヘラヘラ笑いながら、

「それなら、親父の(こう)(汁物)を俺にも一杯わけてくれ!」

 などと、ふざけた返事をするばかり。

 

 項羽は、脅迫が無意味だと(さと)り、太公殺害を中止して撤退した。

 

 

   *

 

 

 ……が。

 劉邦が平然としていたのは、項羽を(だま)すための演技だった。

 本心では、父のことが心配でしかたがない。

 劉邦は、本陣の中に帰ってくるなり、大泣きしはじめた。

 

「とりあえず今日のところは親父の(いのち)も繋がったけど、このままじゃ、いつか必ず()軍に殺されちまうよ!

 実の父を見殺しにするなんて……俺は天下の罪人だあ!」

 

 そこで劉邦は、軍師張良と謀士(ぼうし)陳平(ちんぺい)を呼んだ。

「張良先生! 陳平(ちんぺい)

 親父を救う方法は、なんかないのか!?」

 

 張良が、うなずく。

「今、()軍は兵糧(ひょうろう)が底をつき、大将も兵士も疲れ苦しみはじめたところです。

 ここで誰か弁舌の士を派遣して和睦をもちかければ、項羽は、必ずや和睦を受け入れ、太公をこちらへ送り返してくるでしょう。

 

 ただ、問題は……この大仕事を任せられる人材が見当(みあ)たらないのです。さて、どうしたものか」

 

 そのとき、劉邦の前に並んでいた群臣たちの中から、1人の男が声をあげた。

「軍師! どうして『人材がいない』などと(おっしゃ)るのですか!

 臣が()の陣に行き、項羽に利害を()いて、太公をはじめ漢王様御一族を取り戻してみせましょう!」

 

 劉邦たちは、驚いて、声の(ぬし)に目をやった。

 それは洛陽(らくよう)の侯公という者だった。

 

 侯公は、数代にわたって洛陽(らくよう)に住んでいた、立派な家系の出身である。

 幼いころから豪気な性格で、「(しん)による圧政の片棒(かたぼう)(かつ)ぐくらいなら、無職のほうがマシだ!」と考え、長いあいだ無位無官で日々を過ごしていた。

 

 無官とはいえ、決して無能な男ではない。

 たとえば、かつて、こんな出来事があった。

 

 その頃、侯公の隣家で、兄弟2人が家の財産めぐって争っていた。

 この訴訟が、何年たっても決着しない。

 

 そこで侯公は、この係争(けいそう)に介入し、兄弟の説得を試みた。

 このとき侯公が()いた話がすばらしかったため、兄弟は(とも)に感動の涙を流し、これまでの行いを()いて、和解したのだった。

 

 そういう働きもあって、地元の人間は、侯公のことを、たいへん尊敬していた。

 

 その後、劉邦が洛陽(らくよう)を通りかかった時、董公(とうこう)(義帝の殺害現場を目撃した老人)や三老((ごう)の責任者たち)と(とも)に劉邦に謁見(えっけん)し、国の政治を論じた。

 そのとき侯公が社会の悪い所を見事に言い当てたので、劉邦は喜び、侯公を部下として用いるようになったのだった。

 

 その侯公が、使者の役を買って出たのだ。

 

 張良は、侯公に目を向けて言った。

「項羽は、生まれつき乱暴で強情な性格です。

 御辺(ごへん)一言(ひとこと)でも気分に合わないことを口にすれば、項羽は激怒し、たちまち御辺(ごへん)を殺すでしょう。

 そればかりか、太公も取り戻すことができなくなります。

 

 よく気を付けて、君命を(はずかし)めないようにしなければなりませんよ。

 1つのことを3回ずつ考えるくらいの慎重さで、ちょうど良いでしょう。

 決して、軽率に行動しないように……分かりましたね?」

 

 侯公は、真剣な顔で張良を見つめ返した。

「殺されるのが怖いなら、そもそも、項羽に謁見(えっけん)など、しないほうがよろしい。

 そんなふうに震え恐れて(むな)しく年月を送っていては、いつまでたっても太公を取り戻すことができません。

 

 漢王様は、これまで長いあいだ私に厚恩(こうおん)()れてくださいました。

 これだけお世話になっておきながら、何もお役に立てぬまま人生を終える……それでは、私は犬や豚も同然。

 必ずや、上手くやってみせましょう!」

 

 劉邦は、侯公の力強い言葉を聞くと、たのもしげに、うなずいた。

「よし! 侯公が行くと言ってくれたんだ。

 この大仕事を、必ず成しとげてくれるだろう!」

 

 劉邦は、すぐに項羽()ての書簡(しょかん)(したた)め、侯公を()陣へと派遣した。

 

 

   *

 

 

 しばらく後、こちらは()陣。

 項羽の元に、外から報告が来た。

「漢の使者が、覇王様に謁見(えっけん)を求めて参りました」

 

 項羽は考えた。

「この状況で、使者?

 ……なるほど。たぶん劉邦は和睦(わぼく)を提案するつもりだな。

 

 なるべく有利な条件を引き出したいが……

 よし! ちょっと(おど)しをかけてやるか」

 

 項羽は、部下に命令を飛ばした。

 まず、屈強の大将たちに刀や斧を持たせ、項羽の左右両辺に並ばせる。

 そして、項羽自身は剣を()びて中央に座り、侯公を招き入れたのである。

 

 侯公は、ずらり並んだ大将たちの間を、平然と進んでいった。

 その奥で、項羽が目を怒らせ、虎のように侯公を(にら)んでいる。

 

 侯公は突然、声をあげて大笑いしはじめた。

 

 項羽は、侯公に怒鳴(どな)りつけた。

「貴様ッ! 漢の使者として来ておきながら、何をバカみたいに笑ってるんだ!

 俺の剣の切れ味を、お前の首で試してみたいってわけか!?」

 

 侯公は、ますます笑う。

「はっはははは!

 いやいや。覇王陛下は車1万乗をも動かしうる大国の(きみ)にして、天下の(あるじ)でいらっしゃるのですぞ。

 陛下の武威は全世界を震わせ、陛下の号令は四方に行きわたっている。

 陛下を恐れぬ者など、この世におりません。

 

 それに引きかえ、それがしなどは一介(いっかい)素寒貧(すかんぴん)

 容貌(ようぼう)は人並みにも及ばず、才覚だって賢臣管仲(かんちゅう)・名将楽毅(がくき)などとは比べるべくもない。

 

 そんな、ちっぽけな私に対して、陛下は、左右に武装した大将たちを並ばせ、みずから剣を握りさえして、威勢を示そうとなさっている。

 

 わざわざ示威行為などしなくとも、一体だれが陛下を軽く見るというのです?

 そんな人間がいるのなら、ぜひ名前を教えていただきたいものですな。

 そういうわけで、私は大笑いしたのですよ」

 

管仲(かんちゅう):第二十九回注釈参照)

楽毅(がくき):第五十四回注釈参照)

 

 項羽は、侯公の言葉を聞くと、たちまち怒りを収めた。

 そして、()びていた剣を地面に投げ捨て、左右の大将たちには、

「下がっていろっ!」

 と一喝(いっかつ)し、全員その場から退出させた。

 

 それから項羽は、侯公を、ギロッと(にら)んだ。

「で? 汝は、何のために来た?」

 

 侯公は、堂々と答えた。

「臣がここに参りましたのは、覇王陛下に、あるお願いをするためでございます。

 その願いとは、両国が兵を撤退させ、()漢が昔の友好関係を結び直し、兵卒たちを休養させ、国を(たも)ち、(たみ)を安心させること。

 

 決して、意味も無く陛下に謁見(えっけん)を求めたわけではありません。

 こちらに、漢王から覇王陛下に()てた書簡(しょかん)がございます」

 

 さっきまでの怒り方が嘘のように、項羽の顔に喜色(きしょく)が浮かんだ。

 項羽としても、和睦(わぼく)は望むところ。嬉しさが、つい顔に出てしまったのだった。

 

 項羽は書簡(しょかん)を受け取り、さっそく読み始めた。

 

『漢王、書を項王の麾下(きか)(ほう)ず。

 (ほう)(劉邦)は、こんな言葉を聞いたことがある。

 「天が君主を立てるのは、ひとえに(たみ)のためである」と。

 

 (たみ)が安心して暮らせる世界も作れていないのに、我々は無駄に武器を振るって世を乱し、天下の人々が地面に転がる矢や槍を毎日踏んで歩くような状態にしてしまっている。

 こんなありさまで、我々は君主となるに()る人物と言えるだろうか? (たみ)のためになる人間と言えるだろうか?

 

 (ほう)が貴公と争い始めて、もう数年。

 70回以上もの戦いを()て、白骨は野に(さら)され、(しかばね)は山の如く積み重なっている。

 人民の父母となるべき我々が、これを見過(みす)ごしてよいものだろうか?

 

 そこで今、侯公を使者として(つか)わし、貴公と和睦(わぼく)の相談をさせようと思う。

 鴻溝(こうこう)(広武山中を南北に走る谷)を境界線として、西側を漢、東側を()の領域ということにしないか?

 

 このように国境を(さだ)め、お互いに軍を撤退させて(いくさ)をやめようじゃないか。

 そして長く富貴を(たも)ち、我ら義兄弟の情を失わないようにし、かつて懐王(かいおう)と交わした約束を守り、人民たちが枕を高くして眠れるようにしよう。

 

 そうすれば、我々2人は座ったまま燕楽(えんがく)(宴会用の音楽)を楽しめるし、諸将や兵士たちも、ゆっくり休んで、妻子を安心させられるようになる。

 もう、これ以上、人民を苦しめるのは、やめにしよう。

 覇王よ。以上に述べたことを、よく検討して、進むか止まるか決断していただきたい』

 

 項羽は、書簡(しょかん)を読み終わると、思わず(ほお)を緩めた。

「俺と劉邦が長く戦ってきたせいで、兵も疲れ果て、兵糧(ひょうろう)も尽きた。

 それでも俺は勝つことができずにいる。

 

 たしかに、もうウンザリだ……

 劉邦の言葉に従って兵を彭城(ほうじょう)に帰還させ、楼閣(ろうかく)の上で虞姫(ぐき)(項羽の妻)と一緒に酔っぱらって歌い遊べば、どれほど楽しいだろうか」

 

 

(つづく)




●注釈
 劉邦の書簡(しょかん)にある『天が君主を立てるのは、ひとえに(たみ)のためである』という言葉は、「荀子(じゅんし)・大略篇」からの引用。引用部分の前後を現代語訳すると、おおむね以下のようになる。
『天が(たみ)を生むのは、君主のためではない。一方、天が君主を立てるのは、民のためである。ゆえに、(いにしえ)の時代に土地を分割し国を建てたのは、諸侯を(とうと)くするためではない。官職を(つら)ね、爵位(しゃくい)俸禄(ほうろく)に差をつけたのも、大夫(たいふ)(とうと)くするためではないのである』
 荀子(じゅんし)は戦国時代末期の儒者(じゅしゃ)で、人は後天的努力によって善をなすべきと説く『性悪説』で有名である。その現実的かつ合理的な思想は弟子たちに受け継がれ、法による統治を提唱する法家(ほうか)思想の発展に多大な影響を与えた。
 法家(ほうか)の代表的人物である韓非子(かんぴし)や、本編巻一~巻二に登場した(しん)丞相(じょうしょう)李斯(りし)は、荀子の直弟子(じきでし)にあたる。現在劉邦の下で働いている張倉(ちょうそう)(史実では張蒼(ちょうそう))も荀子に学んだとされることがある。あの始皇帝も韓非子(かんぴし)の著書に強く心酔したそうなので、荀子(じゅんし)の孫弟子のようなものと言えるかもしれない。
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