龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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六十七の上 最後の布石

 

 

 項羽は、劉邦からの挑発的な戦書(せんしょ)(挑戦状)に激怒し、大軍を(ひき)いて出陣した。

 目指(めざ)すは、劉邦が駐屯する城、固陵(こりょう)

 

 項羽は、固陵(こりょう)から30里(12km)の地点に到着すると、そこに陣を置いた。

 

 劉邦は、項羽接近の知らせを受けて、諸将を召集した。

()の人馬は、到着したばかりで士気が(さか)んだろう。

 だから、今はまだ戦いを交えるべきじゃない。

 

 しばらく敵の鋭気(えいき)(おとろ)えるのを待ち、その後で()って出よう」

 

 謀士(ぼうし)陳平(ちんぺい)が、うなずいた。

「漢王様のお考えは、まさに妥当(だとう)と思います。

 城の四方に多くの鹿垣(ししがき)(侵入防止用の垣根(かきね))を作り、敵の接近をすばやく察知するために多くの見張りを立て、いざという時には烽火(のろし)を上げさせる手配を整えましょう。

 そのうえで、敵の様子を(うかが)うのが良いと思われます」

 

 というわけで、漢軍は、()軍の動きに注目しながら待ち続けた。

 

 

   *

 

 

 それから10日あまり。

 この間、両者は1度も交戦していない。

 

 漢軍の消極的な態度は、項羽の目には奇異(きい)に映った。

 そこである日、項羽は、大将たちを集めて(たず)ねた。

 

「劉邦は、わざわざ戦書(せんしょ)を送りつけてきやがった。

 それなのに、俺たちが固陵(こりょう)に来たら、城壁の中で固く守るばかりで、ぜんぜん出てこない。

 一体どうしてなんだ?」

 

 季布と鍾離昧(しょうりまい)が答える。

「おそらく、劉邦は鈍兵(どんへい)の計を用いているのでしょう」

「つまり、覇王陛下の兵が疲れるのを待ち、その後で交戦しようと考えているのです」

 

 そこへ、周蘭(しゅうらん)が進み出た。

「いや、私は、そうではないと思います。

 漢軍が交戦せず待ち続けているのは、我々が疲れるのを待っているのではなく……韓信が合流していないから、なのではないでしょうか?

 

 韓信が不在で、城内に兵も少なく、まともに戦えば防ぐことができない。

 ゆえに固く守って交戦を避け、戦いを引き延ばしているのです。

 

 覇王様は、遠方から来たばかりで、兵馬は勢いに乗っています。となれば、速戦が有利。

 一方、劉邦のほうは、様子を見れば見るほど()軍の鋭気(えいき)()えてきて、有利になるというわけです。

 

 よって、すぐにでも、こちらから攻め立ててやるのが一番よいと思います。

 覇王様。明日、うるさいほどに太鼓を鳴らして攻め込みましょう。

 これ以上、奴らに遅延行為を許してはいけません」

 

 項羽は、うなずいた。

「なるほど。

 周蘭(しゅうらん)、お前の言うことは、俺の心に合っているぞ」

 

 

   *

 

 

 というわけで、翌日。

 ()軍は隊伍(たいご)を整え、多くの旗幟(きし)を張り、銅鑼(どら)や太鼓を打ち鳴らしながら、固陵(こりょう)城へと攻めかかった。

 

 劉邦は、

「くそっ、ついに来たか!」

 と(あせ)り、急いで大将たちに応戦を(めい)じた。

 

 たちまち城から出馬する、王陵、樊噲(はんかい)灌嬰(かんえい)盧綰(ろわん)

 漢4将の軍勢は、押し寄せてくる()軍とぶつかり合い、激しい戦闘を繰り広げた。

 

 その戦いの最中(さなか)、覇王項羽が軍勢の前に進み出て、戦場全体を震わすほどの大声で呼びかけた。

「劉邦! 馬を出せ! 話がしたい!」

 

 その項羽を、漢の4将が取り囲む。

「漢王様は、我ら4人を(つか)わしなさった!

 覇王、汝を捕まえて俎板(まないた)()せ、先日太公を煮ようとしたことの(むく)いを与えよ、とな!」

 

 項羽は激怒した。

「やれるもんなら、やってみろォ!」

 

 項羽が槍を()げ、漢4将へと驀地暗(まっしぐら)に攻めかかる。

 これを迎えうつ漢4将。

 

 両者、得意の武器を振るって戦い合うこと30余合。

 4対1でさえ、戦況は項羽に有利。

 戦えば戦うほどに漢将たちの力は弱っていき、ついに、

「ダメだっ! これ以上は、もちこたえられない!」

 と、王陵たちが撤退しはじめた。

 

 そのとき、漢の陣から、さらに別の大将たちが飛び出した。

 靳歙(きんきゅう)、周昌、高起、(りょ)()(とう)ら、大将10余人。

 そうそうたる顔ぶれが、一斉に項羽へ挑みかかる。

 

 これを見た()陣からも、大将たちが(おど)り出た。

 季布、鍾離昧(しょうりまい)桓楚(かんそ)虞子期(ぐしき)

 4人が()(さき)(そろ)え、

(トッ)!」

 と(わめ)いて、漢軍へと突っ込む。

 

 両軍入り乱れ、銅鑼(どら)と太鼓で天を震わせながら激戦を繰り広げる。

 朝から始まった戦いは、決着する気配も見えないまま、いつしか日暮れを迎えようとしていた。

 

 そのとき。

 ()の陣中から、一声の鉄砲が鳴り響いた。

 鉄砲の合図を出したのは……周蘭(しゅうらん)

 周蘭(しゅうらん)が一手の軍勢を(ひき)いて殺出(さっしゅつ)し、一気に漢の陣へと飛び込んできたのである。

 

 漢陣を守る諸将は、突然つっこんできた周蘭(しゅうらん)の軍勢を食い止めることができなかった。

 周蘭(しゅうらん)は四方八面の漢兵たちを斬って斬って斬りまくり、漢軍は、おびただしく()たれて右往(うおう)左往(さおう)に逃げ走った。

 

 この様子を見た項羽は、

「お! 周蘭(しゅうらん)、やるじゃないか。俺も負けてられん!」

 と、ますます精神を倍加させ、力を尽くして漢兵を追い殺しはじめた。

 

 このとき、劉邦も城外の陣に出て、直接指揮を取っていた。

 ところが、項羽と周蘭(しゅうらん)の恐るべき勢いに、劉邦は陣を維持することさえできなくなり、慌てて固陵(こりょう)城へ逃げ込んでしまった。

 

 他の漢の大将たちも、手痛い損害を受けながら、どうにかこうにか固陵(こりょう)城に帰還し……

 城の四方の門を固く閉ざし、守りを固めた。

 

 項羽は、すぐさま全軍に命令を飛ばした。

「今日という今日は、劉邦を生かしておけん!

 汝ら! このまま息も継がずに固陵(こりょう)城を攻め破り、劉邦を()()りにして、俺の長年の(うら)みを(そそ)ぐんだッ!」

 

 しかし、これを()の大将たちが(いさ)めた。

「覇王陛下!

 今日の未明(みめい)から合戦をはじめ、もう日も暮れて空が暗くなってきました。

 御身(おんみ)お疲れでございましょう。

 今日のところは、本陣に戻って人馬を休め、明日また城を攻めるのが良いかと思います。

 

 なあに、たかがこの程度の小城(こじろ)

 仮に城内に兵が充満(じゅうまん)していたとしても、恐れるほどの規模ではありません。

 成皋(せいこう)滎陽(けいよう)のような堅城(けんじょう)とは違うのです。

 まず3日もあれば攻略は終わるでしょう」

 

「ん? そうか?」

 項羽は、馬を止めて、()軍の様子を見回した。

 項羽本人は、さほど疲れた感じもしていないのだが……

 丸一日一緒に戦ってきた()軍の将兵は、そうもいかない。誰も彼も汗みずくになり、肩で息をしているありさまである。

 

 項羽は、納得して、うなずいた。

「なるほど、汝らの言うとおりらしいな。

 それなら、今晩は人馬を休息させよう。

 しかし、敵の夜討(よう)ちがあるかもしれん。その警戒だけは(おこた)るなよ」

 

 諸将が言う。

「陛下のご聖見(せいけん)、極めて適切でございます」

 

 こうして、この日の(いくさ)は終了し、諸将は陣に戻って休息を取ったのだった。

 

 

   *

 

 

 一方、固陵(こりょう)城内において、劉邦は頭を抱えていた。

「あああああ……

 やっぱりダメだあ! 項羽は強すぎる……

 

 この固陵(こりょう)城は、そんなに堅固(けんご)な城ってわけでもないし、長くは持ちこたえられないぞ!

 汝ら、何か妙策(みょうさく)は無いのか!?」

 

 張良が言う。

()軍は、今日1日ずっと戦い続け、みんな疲れ果てているはずです。

 おそらく今夜は、(そな)えらしい(そな)えもせず、休息に専念するでしょう。

 それに(じょう)じて、今夜のうちに城を脱出いたしましょう」

 

 劉邦が問う。

「うん。どうやって?」

 

 陳平(ちんぺい)が、説明を引き継いだ。

「まずは四方の城壁に物見(ものみ)を立たせ、()軍の数が少ない方向を探します。

 そして、敵の守りが手薄な門から元気な大将を飛び出させ、退路を確保させる。

 

 その後で漢王様が城を出て、一路、成皋(せいこう)へ向かうのです。

 夜中のことでもありますし、項羽は、そう遠くまで追ってはこないでしょう」

 

 劉邦は、冷や汗の浮いた顔で、うなずいた。

「よし。急がないとヤバい。すぐに取りかかろう」

 

 劉邦は、さっそく諸将に(めい)じて移動の準備をさせ、四方の城壁に物見(ものみ)の兵を登らせて()軍の様子を(うかが)わせた。

 

 物見(ものみ)の兵は、劉邦の前に戻ってきて、報告した。

「敵軍の配置は、北門方面が手薄のようです!

 北方面は道幅も広く、一気に駆け出るには最も適しております!」

 

「よし!」

 劉邦は、樊噲(はんかい)周勃(しゅつぼつ)陳武(ちんぶ)靳歙(きんきゅう)の4人を、先陣として出撃させた。

 

 樊噲(はんかい)たちは、北門から飛び出ると、道に布陣する()軍を蹴散(けち)らし、突破口を開いた。

 その後に続いて、劉邦が諸将と(とも)に城から走り出る。

 

 この北門方面を守っていたのは、()桓楚(かんそ)の軍である。

 

 このとき時刻は深夜で、あたりは暗闇に包まれていた。

 しかも、丸1日つづいた戦いによって、()兵は疲れ果てていた。

 まさか交戦初日の夜に劉邦が城を脱出するはずがない、という油断もあり、桓楚(かんそ)の軍は、まるで防戦の準備をしていなかった。

 

 そこへ漢軍が全軍で飛び込んできたのだから、止められようはずもない。

 結局、劉邦は1人の兵も(そこ)なうことなく、飛ぶように逃げ去ってしまったのだった。

 

 

   *

 

 

 劉邦が城から逃げ出した!

 

 その報告を受けた鍾離昧(しょうりまい)は、急いで項羽のもとを(おとず)れた。

 追撃を(うなが)すため……ではない。むしろ止めるためである。

 

「覇王様、お聞きになりましたか?

 劉邦は固陵(こりょう)を守り切ることができず、城を出て逃げ去ったそうです。

 

 しかし、追撃しては、なりません。

 視界の悪い暗夜(あんや)です。どこに敵の伏兵が置かれているか分かりません。

 今は、陣の守りを固めながら、夜明けを待ちましょう。

 動くのは明るくなってからのほうが安全です」

 

 項羽は、鍾離昧(しょうりまい)の進言を受け入れて、諸軍に追撃しないよう(めい)じた。

 

 

(つづく)

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