龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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六十七の下 最後の布石

 

 

 張良は、まず(せい)の韓信のもとを(おとず)れた。

 

 韓信は、張良が来たと聞くと、すぐに便殿(びんでん)(貴人を泊めるための御殿(ごてん))へ(むか)えいれた。

 そして韓信は、賓客(ひんきゃく)に対する礼儀作法で、張良を丁重(ていちょう)に歓迎しようとした。

 

 張良が言う。

「韓信大元帥は、今や大国の王として、70城以上を治めておられる身。

 そのお立場は、昔とは比べ物になりません。どうして私ふぜいが、賓客(ひんきゃく)扱いなどしていただけましょうか」

 

 韓信は、うれしそうに笑った。

「この韓信、張良先生のお力がなければ、今のような地位に()くことなど、到底(とうてい)できませんでした。

 しかも先生は、漢王様の軍師でも、いらっしゃるのです。

 

 こうして恩師に対する礼でお(むか)えしても、まだ足りないくらいです。

 王位に()いたからといって、先生に対して(えら)そうな顔はできませんよ」

 

 張良は、穏やかに微笑(ほほえ)んだ。

「ふふ……では、大元帥には、もっと(えら)くなっていただきましょうか。

 漢王様は、私を使者として大元帥のもとへ(つか)わし、大元帥を三斉(さんせい)王に(ほう)じなさいました。

 この国の70余城、本日ただいまより、すべて大元帥の領地となります」

 

 韓信は、これを聞くと、限りなく喜んだ。

 そして、再拝して感謝の言葉を述べ、酒宴を(もう)けて、張良を、もてなした。

 

 (うたげ)最中(さなか)、張良は、檄文(げきぶん)を出して韓信に渡した。

「項羽は今、孤立して、勢力も弱まってきております。

 ゆえに漢王様は鴻溝(こうこう)の約に(そむ)き、再び兵を起こして()と交戦なさったのです。

 

 その戦い途中、私の計によって、()の積み(たくわ)えた兵糧(ひょうろう)を、ことごとく焼き払いました。

 そのため、項羽は遠征を継続できなくなり、彭城(ほうじょう)へ逃げ帰りました。

 

 ここで大元帥が、漢王様に軍を合流させて()()ちなされば、漢による天下統一が成しとげられることは、疑う余地(よち)もありません。

 そうすれば、大元帥もまた、座ったままで王位を享受(きょうじゅ)し、長く子孫まで繁栄し続けることができましょう。

 

 開国の元勲(げんくん)(功労者)として未来永劫(えいごう)(たた)えられ続ける……実に美しいことではありませんか?

 

 しかし、もし()軍を平定することができなければ、大元帥もまた、今の地位を安定させることができません。

 たとえ(せい)の地におられたとしても、漢()2人の王の間に挟まれ、いつまでも不安定な状況に置かれ続けることになります。

 大元帥、以上のことを、よくお考えくださいませ」

 

 韓信は、気まずげに、うつむいた。

「先日、広武山の合戦で、()(ぞく)を、あと一歩で滅ぼせるところまで行きました。

 それなのに、漢王様は、太公が()軍にあることを心配するあまり、突然和睦(わぼく)を約束して、天下を()と分割してしまわれた。

 

 その上、私には領地を与えてくださらなかった……

 実は、そのことで気分が鬱々(うつうつ)として、何をしても楽しめなくなっていたのです。

 

 今、張良先生のお言葉が、私の心臓や肺に切々と響きました。

 さらに、漢王様から、これほど大きな恩賞を(たまわ)ったからには、じっとしてはいられません。

 

 すぐに兵を起こし、()を滅ぼすために合流いたします。

 そして天下を統一し、漢王様には、中国に()したまま四方の異民族を鎮撫(ちんぶ)できる立場に登っていただきましょう。

 

 先生のお言葉に説得されたから、ではありません。

 漢王様が天下の諸侯を従えなさることは、この韓信が、ずっと(こころざ)してきたことですから」

 

 張良は立ち上がり、韓信に丁寧(ていねい)な感謝の礼をした。

「大元帥が、そのようにお考えであれば、これすなわち社稷(しゃしょく)(国家)の幸福というものです。

 大元帥。今、この時を(のが)さず、お早く兵を起こして漢王様に合流し、()()ってくださいませ。

 

 このあと私は、淮南(わいなん)大梁(だいりょう)へ行き、英布・彭越(ほうえつ)に、兵を出して大元帥に協力するよう(すす)めてきましょう」

 

 韓信は、大いに喜んだ。

「それは助かります。

 私は、すみやかに大軍を動かして、成皋(せいこう)へ向かいます。

 張良先生がお帰りになる頃には、人馬の調練(ちょうれん)を完璧に仕上(しあ)げておきますよ」

 

 

   *

 

 

 張良は、韓信と別れると、すぐに英布のいる淮南(わいなん)へ向かった。

 

 張良が淮南(わいなん)へ到着すると、英布は、丁重(ていちょう)に迎え入れて対面した。

 

 その場で、張良は淮南(わいなん)王の印章を出した。

「漢王様からの(みことのり)を伝えます。

 『英布将軍を淮南(わいなん)王に(ほう)じ、九江より南の郡県を、ことごとく将軍に(たま)う』と……」

 

 これを聞くと、英布は飛び上がって喜んだ。

 それもそのはず。

 今回の加封(かほう)によって、英布の領地は一気に3倍にも(ふく)れ上がったことになるのだ。

 

 英布は、劉邦がいる西の方角に向かい、君臣の礼儀作法でお辞儀(じぎ)すると、感謝の言葉を述べた。

 

 そこへ、張良が、さらに言葉を続けた。

「英布将軍は、今、淮南(わいなん)王におなりあそばして、人臣(じんしん)(くらい)(きわ)みにまで到達なさいました。

 しかし、項羽は、いまだ滅んでいません。

 

 英布将軍の御心(おこころ)は、まだ落ち着かないでしょう。

 なんといっても項羽は、将軍にとって、この世で最も憎い(かたき)……

 項羽が生きているうちは、せっかく手に入れた淮南(わいなん)王の(くらい)も、安定して(たも)ち続けることは、できません。

 

 韓信元帥は、兵を()げて、すでに成皋(せいこう)へ向かわれました。

 英布将軍も、お早く軍馬を(もよお)して、漢王様に合流してくださいませ。

 

 ともに()(ぞく)を滅ぼし、大きな功績を立てて、長く富貴を享受してください。

 それこそ、真の烈丈夫(れつじょうふ)(義に堅い男)の行いというものですよ」

 

 英布は、ますます喜び、大急ぎで三軍に命令して、即日出発の用意をした。

 

 

   *

 

 

 張良は、英布と別れると、最後に大梁(だいりょう)(おとず)れた。

 

 張良が到着したとき、彭越(ほうえつ)は、ちょうど客と酒を飲んでいるところだった。

 しかし彭越(ほうえつ)は、張良が来たと聞いたとたん、慌てて衣服を整えて出迎(でむか)えた。

 

 お互いに礼をしおえたところで、張良は、劉邦からの檄文(げきぶん)詔書(しょうしょ)を出して、彭越(ほうえつ)に与えた。

 彭越(ほうえつ)は、机の上に詔書(しょうしょ)を開いて置き、(こう)()いて、詔書(しょうしょ)を読み始めた。

 

 その文に(いわ)く……

 

分茅(ぶんぽう)胙土(さくど)とは、白い(かや)で土を包んで授ける儀式で、建国のときに行われるものである。

 錫予(しゃくよ)蕃庶(ばんしょ)とは、恩賞を(たま)(あた)えて庶民を(さか)えさせることを言い、功績のある者に(むく)いる方法である。

 

 ()相国(しょうこく)彭越(ほうえつ)よ。

 汝は()軍の後方を何度も(おびや)かし、糧道(りょうどう)を遮断してくれた。

 矢も石も避けずに戦い、漢のために功績を立ててくれたのだ。

 

 しかし、汝は長く(りょう)の地にいながら、いまだに領地を得ていない。

 そこで、汝を(ほう)じて大梁(だいりょう)王となし、おおよそ50の郡城を、みんな汝の支配下に置く。

 

 王爵(おうしゃく)(くらい)によって人々から(とうと)ばれ、(あつ)俸禄(ほうろく)によって(さか)えるがよい。

 その身分を子孫にも世襲(せしゅう)し、1万年に渡って名を残すがよい。

 そして、ますます初心を(はげ)まし、我が(めい)に違反しないようにせよ』

 

 彭越(ほうえつ)は、詔書(しょうしょ)を読み終わると、叩頭(こうとう)(地面に頭をつけるお辞儀(じぎ))して感謝した。

 それから彭越(ほうえつ)は、盛大な(うたげ)を開いて、張良を、もてなした。

 

 その席で、張良が言う。

彭越(ほうえつ)将軍は、しばしば大功を立ててこられましたが、漢王様は、今まで将軍の働きに(むく)いたことがありませんでした。

 

 しかし今、こうして恩賞が与えられたのです。

 ですから彭越(ほうえつ)将軍、どうぞ軍勢を(ひき)いて成皋(せいこう)(おもむ)き、韓信大元帥と(とも)に、()を滅ぼしてくださいませ。

 遅れては、なりませんよ」

 

 彭越(ほうえつ)は、

「もちろんです!」

 と、喜ぶこと限りなく、すぐに全軍を整頓し、成皋(せいこう)へ向かう準備を始めた。

 

 

   *

 

 

 こうして、張良の役目は、すべて(とどこお)りなく完了した。

 

 張良は、すぐに成皋(せいこう)へ帰るつもりでいたのだが、彭越(ほうえつ)が再三にわたって引き止めるので、数日ほど大梁(だいりょう)逗留(とうりゅう)することにした。

 

 まあ、急いで帰ったところで、どのみちもう張良の仕事は残っていない。

 最終決戦への布石は、すべて打ち終えた。

 あとは放っておいても、決着は……つく。

 

 張良は、何年ぶりかで羽を伸ばし、のんびりと城外の風景を見物して回った。

 

 大梁(だいりょう)

 ここは、天の中央を鎖で(つな)ぎ止め、地の四方を(おさ)え込む、まさに中華の中心と呼ぶべき土地である。

 

 周囲を何重にも取り囲む山林は、さながら()って(たば)ねた糸のよう。

 あの山々のどこで龍がトグロを巻き、虎が息を(ひそ)めているやら分からない。

 

 北には黄河の(にご)りが横たわり、城内は清らかな洛水(らくすい)の流れが(つらぬ)く。

 封土(ほうど)(領地)には万の家々が(つら)なり、(みやこ)は四方の道へ繋がる。

 

 まさに、ここは中国九州の喉元(のどもと)にして、中夏(ちゅうか)の中心である。

 

 6つの街、3つの(いち)、どこを見ても大変な混雑で、()()う人々が砂煙さえ立てている。

 (たみ)(ゆた)かで土地も()え、とても見物しきれないほどに広い。

 

 張良は、深く嘆息(たんそく)した。

「項羽は、この世の状況が見えていなかった。

 だから、良い土地を選ぶことが、できなかった。

 

 咸陽(かんよう)を捨てて彭城(ほうじょう)(みやこ)を置き、大梁(だいりょう)を守らず徐州(じょしゅう)を守った。

 敖倉(ごうそう)穀物(こくもつ)を取ることもせず、()軍を食糧欠乏(けつぼう)(おちい)らせた。

 

 これが……項羽が天下を失う理由なのだ」

 

 数日後。

 張良は、彭越(ほうえつ)に別れを告げ、成皋(せいこう)への帰路(きろ)についた。

 

 長きにわたる()漢戦争。

 その決着が間近(まぢか)に迫っていることを、ひとり、張良だけが知っていた。

 

 

(巻十二へ、つづく)

 

 

 

 

 

■次回予告■

 

 英布、彭越(ほうえつ)、そして韓信。前代未聞の大軍で無敵の覇王に挑まんとする漢王劉邦。一方、焦った覇王項羽は戦力集めに血道を上げる。

 闇で(うごめ)稀代(きたい)謀士(ぼうし)(はし)詐術(さじゅつ)(うな)る弁舌。果たして勝つのは漢か()か。中華の命運を賭けた究極の名演技、とくとご覧あれ。

 

 次回「龍虎戦記」第六十八回

 『最終決戦、その前夜』

 

 ()う、ご期待!




●注釈
 本編に『中国九州の喉元(のどもと)にして、中夏(ちゅうか)の中心』という表現が登場した。
 『九州』とは、中国全体のことを指す。古代、中国を大きく9つの州に分割し、それをまとめて『九州』と呼んだ。もちろん、日本の九州地方とは直接関係はない。
 『中夏(ちゅうか)』は、『中華』とほぼ同義と考えてよいだろう。唐代に(あらわ)された「春秋左伝正義・定公十年」に、以下のような記述がある。
『夏とは、大のことである。中国には壮大な儀礼や儀式があったので、夏と称した。また、衣服や装飾が美しかったので、これを華と言った。華と夏は一体の概念である』
 この2文字を組み合わせた『華夏(かか)』という言葉が、中国や中国人の自称・美称として古くから使われていたようだ。現代でも中国や台湾には『華夏(かか)』を称する会社や施設がいくつも存在する。
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