周殷は、この檄文を読み、考えた。
「今や項羽は、孤立して、勢力も弱まっている。
しかも性格は横暴。いつも人を疑い、嫉妬してばかりだ。
私がノコノコ顔を出そうものなら、すぐさま項羽に殺されることは間違いない。
となれば……
ここは兵を動かさず、ただ舒六を独占し、漢楚の勝負の行方を眺めておくほうがいい。
そして、漢王が楚を破った後で、英布に仲介を頼んで、漢に降伏しよう。
そうすれば、封侯の位を失わずに済む」
そこで周殷は、李寧に言った。
「ご使者よ。私としても、すぐに兵を出したいのは山々なのですが、ちと問題がありましてなあ。
この舒六は、盗賊が多くて、少し気を抜くと、すぐに乱が起きるのです。
ですから私は、少しも舒六から離れることができません。
このことを覇王様にお伝えください。
盗賊を全て片付け終わったら、必ず兵を出して合流いたしますから」
李寧は、戸惑った。
「いやいや、周殷殿。
物事には緩急が……つまり、緩く後回しにして良い場合と、すぐに急いでやらねばならぬ場合があるでしょう?
舒六に盗賊がいるとはいえ、そんなものは一時的な問題に過ぎません。
漢と楚は、今から戦を交えようとしている。これこそ至急の案件ではありませんか。
それでも周殷将軍は、すぐに駆けつけて覇王様を救おうとせず、舒六の盗賊のほうを重視なさるというのですか?」
周殷は、李寧に冷めた目を向けた。
「貴公は、ただ漢楚の合戦のみを重視しておられる。
しかし私にとっては、いま守っているこの土地こそが、最優先で考えねばならない対象なのですよ。
そもそも、私がこの舒六に追いやられた理由を、貴公は御存知か?
かつて、漢の謀臣が、楚軍に反間の計(君臣を仲違いさせる計略)を仕掛けてきたことがあった。
そのとき亜父范増殿が覇王様を諌めたが、覇王様は耳を貸さず、心に疑念を生じさせて、多くの臣を遠ざけたのだ。
私もまた、その謀略に巻き込まれた1人。
おかげで、こんな僻地に追いやられてしまった。
今となっては、この地を守って安らかに老後を過ごしたいと願うのみだ。
お分かりか? どうして私がこの地を離れることができようか!」
ここまで言われて、李寧もハッキリと悟った。
周殷は、すでに反逆の意志を持っているのだ!
これでは、いかに言葉を尽くそうと、心を動かせるはずがない。
李寧は周殷の説得を諦め、何も言わずに舒六から立ち去った。
*
李寧は、舒六を後にすると、長江を渡って東岸側(江東)へ移動した。
向かう先は、項羽が旗挙げした地、会稽である。
李寧は、何日かかけて会稽に到着すると、さっそく会稽太守の呉丹と面会し、項羽からの檄文を渡した。
呉丹は、檄文を読むと、副将の鄭亨を呼んだ。
「劉邦が、100万の軍勢を率いて彭城に攻め寄せようとしているらしい。
そのため、覇王様が檄文を送ってこられた。
呉(会稽周辺の土地)の軍勢を率いて合流せよ、とのことだ。
鄭亨よ。準備は任せたぞ」
鄭亨が背筋を正す。
「はっ! すぐに準備に取りかかります!」
鄭亨が準備のため飛び出していくと、呉丹は使者李寧に向き直った。
「お聞きの通りです。
10日以内には、8万の兵を出発させます。覇王様に、よろしくお伝えください」
*
李寧は、彭城へ帰還すると、項羽に謁見して旅の報告を行った。
「周殷は、どうやら謀反を企てているようで、出兵を拒否しました。
一方、会稽に行って檄文を渡したところ、太守呉丹と副将鄭亨は『8万の軍勢を揃えて、10日以内には出発する』と約束してくれました」
項羽は、周殷反逆の話を聞くと、激怒した。
「おのれ周殷め、許さん!
だったら、まず周殷から殺してやる!
劉邦を破るのは、その後だ!」
項羽の叔父の項伯は、この話を横で聞き、慌てて諌めた。
「いやいや!
周殷などは、疥癬の病(皮膚病)のようなもの。心配するに足りません。
それに対して、劉邦は心腹の患い(内臓の病気)。
覇王様が、急いで向かって攻め滅ぼさねばならないのは、劉邦の方です。
絶対に劉邦を放置しておいてはいけません!」
「う……」
項羽は、悔しそうに呻くと、仕方なく項伯の言葉に従った。
すなわち、三軍を整頓し、近隣の国々から50万の兵を掻き集め、劉邦と戦を交える準備をしていったのである。
*
一方そのころ。
韓信が九里山の地理を調査するために放っておいた部下が、数日かけて戻ってきた。
その部下は、九里山の地形を、ひとつひとつ図に書き、本にまとめて韓信に提出した。
韓信は、その図を見て大いに喜び、広武君李左車を呼んだ。
広武君李左車は、かつて趙国に仕えていた賢人である。
韓信が趙を平定してからは、その見識を韓信に高く評価され、韓信の下で働くようになっていた。
その李左車に、韓信は相談をもちかけた。
「九里山の地理を調べさせたのですが、いや、実にすばらしい。
左は山陵に寄りかかり、右は川沢に沿っていて、決戦の場とするには最適。まさに天下無双の地形です。
そこで私は、この九里山に兵を隠し、大将を伏せて、敵を討とうと考えています。
……が。
問題は、どうやって敵を罠にかけるか、です。
項羽を騙して罠の中に誘い込む計略が見つかりません。
李左車なら、きっと良い考えをお持ちでしょう。
どうか、国家のために教えていただけませんか」
李左車が、うなずく。
「項羽を騙すこと自体は可能です。
しかし、たとえ項羽が兵を動かして接近したがったとしても、そばに仕える項伯や鍾離昧は知恵の深い者たちですから、必ずや、項羽を制止してしまうでしょう。
もし敵が堀を深くし、城壁を高くし、ひたすら城に居座って守り続けていたら、簡単には攻め滅ぼせません。
そうなると、我らの100万を超える兵力が、かえって仇となります。
陣中で毎日消費される物資や金銭は、何千万かも分からぬほどです。
長く軍を滞在させることは、とうてい不可能でしょう。
そうして我が軍が疲弊したところに、敵が攻撃を仕掛けてきたら、我が軍は大いに敗退するに違いありません。
以上のことを考えれば……方策は、ただひとつ。
誰でも良いですが、誰か1人が偽りの降参をして楚軍に潜り込み、言葉巧みに利を説いて、項羽の心を惑わすのです。
項羽は、知恵が浅く、讒言(人を陥れる告げ口)をすぐに信用する男です。
上手くたぶらかせば、たちまち兵を率いて攻め寄せてくるでしょう。
いったん項羽が九里山に来れば、大元帥の計略に陥ることは疑い無し。
ただこの一戦にて楚を滅ぼすことができるでしょう」
韓信は、ニヤッ、と笑みを浮かべた。
「李左車先生も人が悪い。
『誰でも良いが』なんて他人事のように仰るが、この大仕事を成就させられる人物は、先生をおいて他にありますまい。
先生は、元は趙の臣で、実に高い声望(名声)がおありだ。
先生が『楚の利益のため』と一言説けば、項羽は必ず耳を傾けるでしょう。
先生が項羽を誘き出してくだされば、私が必ずや仕留めてみせます。
さすれば、先生の功績も甚大なものとなりましょう」
李左車は、にっこりと微笑んだ。
「私が大元帥の下で働き始めて以来、大元帥は、深く私の才を認め、厚く待遇してくださいました。
その御恩を、私はまだ、1万分の1ほどさえ、お返しできておりません。
大元帥は、お早く戦準備を進めてください。
私は楚に赴き、項羽を欺いて九里山に引っ張り出し、大元帥が楚を破るお手伝いをいたしましょう」
*
李左車は、さっそく彭城へ向かった。
供は、趙国にいた頃から付き従っている古株の従者、数名のみである。
李左車は、彭城に到着すると、まず客店(宿屋)に一泊して体を休め、翌日、司馬府を訪れた。
司馬とは、軍事を司る長官のこと。
現在、楚でこの職を務めているのは、項羽の叔父の項伯である。
李左車が項伯に面会を求めると、門番が、それを項伯に伝えた。
「もと趙国の臣、広武君李左車が、老大王(項伯)に面会を求めて参りました」
項伯は、報告を聞いて考えた。
「李左車と言えば、趙きっての謀士だ。
それが、この私に会いに来た……?
……これは、何か理由があるに違いないな」
(つづく)