項伯は、とりあえず部下に命じて、李左車を迎え入れさせた。
李左車と項伯は、対面して、お互いに作法通りの礼をした。
その後で、項伯が尋ねる。
「李左車先生は、元々は趙の人でしたが、最近は斉国で韓信の幕賓(参謀)として働いていると聞いております。
その李左車先生が、どういうわけで私を訪ねて来られたのです?」
李左車は、表情を曇らせた。
「昔、趙王が私の諌言を聞かず、陳余の言うがままに漢と戦ったことは、御存知でしょう。
あの時、韓信は背水の陣によって趙を破り、陳余を泜水において斬り、ついに趙を滅ぼしました。
そのため、私は身の置き場をなくしてしまい、韓信の麾下で謀士として働くことで、命を繋いだのです。
ところがその後、予想だにしなかったことに、韓信は漢王劉邦によって斉王に封ぜられました。
それからというもの、韓信は、無闇やたらと尊大にふるまい、何もかも自分1人で決断するようになりまして。
部下の言うことは全て無視され、計略も用いられなくなりました。
それゆえ、韓信を恨んで逃げ去った者は、全体の8割か9割ほどにも、のぼっております。
そんなおり、幸いにも、覇王様が漢と戦を交えなさると耳にしました。
この李左車、不才の身ではありますが、覇王様の麾下に加えていただきたく思い、参上いたしました。
私を用いていただけるなら、早朝も夕暮れも計略を議論し、犬や馬のように忠実に働きたいと考えております。
さらに、私は韓信の下におりましたから、韓信が用いようとしている計なら、1つも漏らさず推測できます。
老大王、なにとぞ覇王様に私を推薦してくださいませ」
項伯は、難しい顔をして、うなった。
「ううむ……
今は楚漢両国が相争っている最中です。
お互いに、極めて多くの謀略・計略を戦わせております。
李左車先生は、その敵国から降って来られたのです。
ひょっとしたら、楚軍の内情を調べるために、偽りの降伏をしてきたのかもしれない。
申し訳ないが、先生を信用することはできませんな……」
李左車は、真剣な顔をして、項伯を正面から見すえた。
「老大王は、誤っておられます。
私は一介の謀士にすぎません。
鎧を着ることも、馬にまたがって刃を交え敵を破ることもできません。
私は、ただ主君の左右に控えて、計略を論じるのみの存在です。
それを聞くか聞かぬかは主君が決めること。
私の策が害になるようなら、採用しなければ良いだけでしょう?
まして、楚の内情など、韓信は常に間者を潜りこませ、探り続けています。
私に偽りの降伏をさせて、その後で内情を聞き出す……そんな悠長なことを、するはずがありましょうか?
私は、本当に覇王様の威徳を慕って帰服しただけなのです。
それが、このように疑われてしまうとは……
何よりも悔しいのは、この私に人を見る目が無かったということです。
多くの人々が覇王様を賞賛するのを聞き、『このお方なら』と考えて、はるばる彭城まで参ったのですが……どうやら私の見込み違いだったようですね。
今となっては、ここから立ち去っても、私には行くべき所がありません。
もう絶望いたしました……
老大王の前で命を断ち、私が潔白であることを証明いたしましょう」
李左車は、早口にこう言い切ると、剣を抜いて、自分の首を刎ねようとした。
「わっ! 李左車先生!」
項伯は、とっさに李左車に抱きついて、自殺を止めた。
「先生、申し訳ありません。
今は戦争によって世が掻き乱されている時です。
先生は漢軍から出て来られたのですから、疑わないわけには、いかなかったのです。
ただ、私は、どうも言葉づかいが粗忽(うっかり)でして……
つい、賢者を敬う礼儀作法を忘れてしまうのです。
どうか、私の罪をお許しください」
項伯は、李左車を奥に招き入れて、その夜は酒を出して李左車を、もてなした。
*
翌日の朝。
項伯は、李左車を連れて、項羽に謁見した。
李左車が降参してきたことを報告すると、項羽は限りなく喜んだ。
「亜父が死んでしまってから、謀士が足りなくて困ってたんだ。
そこへ李左車ほどの人が来てくれるとは!
これは願ったり叶ったりだな」
項羽は、すぐに李左車を召し寄せた。
「広武君の名前は、前々からよく聞いていたぞ。
汝が趙にいた時にも、どうにかして味方に招けないかと考えていた。
ついに、その願いが叶ったぞ!」
李左車が言う。
「臣は、かつて趙に仕えておりましたが、趙王は、臣を用いることができませんでした。
趙を去った後は、韓信の謀士となりましたが、韓信もまた、臣を用いませんでした。
そのため、臣は身の置きどころを失って、覇王陛下の元へ参りました。
こうして陛下に見えている今、臣は、まさに小児が父母を見るのと同じ気持ちでおります。
足の遅い駑馬程度の力しか持たない臣ですが、陛下が拾ってくださるならば、微力を尽くし、国のために死をも辞さずに働きましょう。
しかし、もし陛下が臣を疑い、用いてくださらないようなら……
その時は、しかたがない。東海(東シナ海)に行って、身投げでもすることにします。
天下すべてから見捨てられた人間として生きていくのは、辛うございますからな」
項羽は、上機嫌に笑った。
「いやいや、海に飛び込むなんて、悲しいことを言うなよ。
俺は、汝が本心から帰服してきたと信じてるよ。
今日から、朝も夕も俺の左右に侍り、謀の相談に乗ってくれ」
こうして項羽は、李左車を謀士として採用した。
実際に働かせてみると、さすがは李左車、趙国随一の謀士として名が知られていただけのことはあった。
弁舌の技が人並み外れているうえ、容貌にも人の心を動かす美しさがある。
そのため、項羽は非常に喜び、なんら疑うこともなく李左車を用い続けたのだった。
*
同じ頃。
成皋では、劉邦が韓信を呼び出していた。
「なあ韓信。
ここに大軍が集まってから、ずいぶん時間が経ったぞ。
このままじゃ、食糧や馬草が足りなくなっちまう。
なんで、まだ軍を出発させないんだ?」
韓信は答えた。
「臣は、連日、軍馬の調練に取り組んでおりました。
今や全軍すべてに渡って十分な練度に仕上がりましたので、まさに今日、進発しようと思います。
漢王様も、御車をお出しくださいませ」
劉邦は、うなずいた。
「そうか! じゃあ行こう!
ところで、大軍が大行列を作って進むわけだから、その先鋒には、知恵も武勇も兼ね備えた大将を立たせるのがいいだろう。
俺としては、いくつかの条件を満たせる大将を先鋒としたい。
まず、行く先々の人民を驚かせたり騒がせたりしないこと。
進路上にある郡県の中で、俺に投降してくる者がいたら、すぐに味方に取り込んで安心させて、元々の官職のまま地方の管理を任せてやること。
もちろん、その土地の人々の権利や財産は、少しも侵害しないこと。秋に生え変わった動物の毛くらい細かい侵害もダメだぞ。
そういうことを任せられる良将2人くらいに先鋒を頼みたいな。
大元帥、汝の部下に、誰か良い人はいないか?」
韓信が言う。
「臣は、以前に趙国を破りましたが、そのあと趙に長く留まって、四方から勇敢な士を招き集めました。
そのとき、2人の良将を得ました。
2人とも万夫不当の武勇を持ち、仕事を任せれば、非常によく力を発揮してくれます。
そしてなにより、為人が忠実かつ実直で、落ち着いて物事を行える人物なのです。
この2人を先鋒になされば、必ずや漢王様のお望み通りに働き、功績を上げてくれるでしょう」
劉邦は、喜んだ。
「良さそうじゃないか!
よし、早く連れて来てくれ」
というわけで、韓信は、すぐに2人の大将を呼び出した。
2人の大将は、劉邦の前に立つと、きちんと丁寧に礼をした。
見れば、2人とも体つきは凛々、顔も実に堂々としている。
見た目からも強さや実直さが伝わってくるようである。
劉邦は、斜めならず喜び、2人に姓名や出身地を尋ねた。
2人の大将が、順に答える。
「私の姓は孔、名は熙。
先祖は蓼県の人であります」
「私の姓は陳、名は賀。
先祖は費県の人でしたが、後に東斉に移住いたしました。
我ら2人、幼いころから家業を手伝わず、ひたすら弓馬の道を嗜んで参りました。
その後、秦の混乱を避けるため、泰山登雲嶺の麓に移っておりました。
そんな時、韓信大元帥が広く人材を求めておられる、と耳にして、2人そろって大元帥の麾下に加えていただいたのです」
劉邦は、ますます喜び、その場で孔熙を蓼侯、陳賀を費侯に封じ、こう命じた。
「それじゃあ、孔熙、陳賀、汝ら2人を先鋒とする!
3万の精兵を率いて行け!
行く先々の人民を憐れみ、軍を制御して、ちょっとも人々を騒がしたり混乱させたりするなよ。
そして、各地の郡県の県令や城主の中で、漢に降参してくる者がいたら、親切に対応して安心させてやれ。
その人たちには、元の官職のまま、担当の土地を管理させるんだ。
いいな? 絶対に人々を驚かすんじゃないぞ」
「はっ!」
孔熙と陳賀は、叩頭(頭を地につけるお辞儀)して感謝の言葉を述べ、さっそく兵を率いて出発していった。
その後に続いて、劉邦と韓信は、112万の軍勢を率いて進発した。
その行列の長いことは、数百里に渡って途切れず続くほどであったという。
かくして、ついに最終決戦に向かう漢軍。
果たして楚との戦いの行方や、いかに。
(つづく)
■次回予告■
ついに幕を開けた漢楚最終決戦。百万の大軍を擁してもなお正面切って当たり難いのが項羽の武勇。いまだ衰えを知らぬ無敵の覇王を討ち果たすため、1人の謀士が動きだす。
趙の賢人、その名は李左車。わずか一口で命を奪う危険極まる埋伏の毒が、項羽を引き返せぬ崖っぷちへと導いていく。
次回「龍虎戦記」第六十九回
『破滅への案内人』
乞う、ご期待!