龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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六十九の乙 破滅への案内人

 

 

 次の日。

 項羽は群臣を召集し、問いかけた。

 

「昨日、周蘭(しゅうらん)が俺を(いさ)めた。

 『漢と戦うな』とな。

 (みんな)の意見はどうだ?」

 

 この時、人知(ひとし)れず、目をギラリと光らせた男がいる。

 

 謀士(ぼうし)()()(しゃ)

 『項羽を(そそのか)して出陣させよ』との密命を受け、(いつわ)りの降伏をして()軍に(もぐ)りこんだ男である。

 

 ()()(しゃ)は、『あきれたものだ』と言わんばかりの残念そうな顔をして、項羽に言う。

「それは、いけません。

 覇王様が(みずか)ら行って討伐(とうばつ)しなければ、漢軍は『()(おび)えている』と(あなど)り、一気に彭城(ほうじょう)へ攻めて参りますよ。

 

 彭城(ほうじょう)を守りきれなくなったら、覇王様は、一体どこへ身を落ち着けなさるおつもりです?

 

 臣が考えますに、いま我々が取るべき策は、覇王様が兵を(ひき)いて漢軍と戦うこと。

 これ以外には、ありますまい。

 それで我々が勝利を得れば、漢軍は必ず逃げ去っていきます。

 

 仮に、もし勝てなかったとしても、その時は退(しりぞ)いて彭城(ほうじょう)に立て()もればよいのです。

 守りを固めながら各地へ早馬を送り、救援を求めれば、助けに来ない者がおりましょうか?

 

 さらに、そうして漢軍を長く引きつけておけば、漢軍は次第(しだい)兵糧(ひょうろう)(とぼ)しくなっていき、やがて勝手に乱れはじめます。

 覇王様は、その時を狙って追撃なさいませ。

 さすれば漢軍を大いに打ち破れること、(うたが)いなしでございます。

 

 こういう必勝の策を捨て、守株(しゅしゅ)の計(消極的に待つだけの計)に従いなさるだなんて……

 これが(あやま)りでなくて、(なん)だというのですか?」

 

 項羽は喜んだ。

「そうか!

 ()()(しゃ)の言うことは、俺の考えとピッタリ同じだ!」

 

 要するに項羽は、自分に同調してくれる者が欲しかったのである。

 誰も彼もが自分の考えと違うことを言うので不安になっていたが、誰か1人でも賛成してくれれば、それだけでホッと安心してしまうのである。

 しかも、太鼓判(たいこばん)を押したのが知恵者()()(しゃ)なのだから、ますます心強い。

 

 項羽は、周蘭(しゅうらん)諌言(かんげん)却下(きゃっか)し、漢軍の駐屯する沛県(はいけん)へ進発するよう、全軍に命令を発してしまった。

 

 

   *

 

 

 ()軍の出陣準備は、たちまち整った。

 今回の戦いは、虞姫(ぐき)も車に乗せて連れて行くこととした。

 

 ところが。

 まさに彭城(ほうじょう)を出ようとした、その時。

 

 (にわか)に強風が吹き起こり、中軍の大軍旗が、真ん中あたりで()(ぷた)つに折れてしまった。

 

 人々は色めき立った。

「こんなときに旗が折れるなど……これは、なにかの怪異の前触(まえぶ)れではないか?」

 

 だが、項羽は、そんなことを気にする男ではない。

 そのまま城を出て、愛馬烏騅(うすい)を進ませていった。

 

 しばらく進んだところで、項羽は、ある橋を通りかかった。

 この橋の入り口には、玉楼(ぎょくろう)が立っている。

 玉楼(ぎょくろう)とは、珠玉(しゅぎょく)(かざ)りたてた豪華な楼門(ろうもん)のことである。

 その門をくぐった先に橋があるわけだ。

 

 項羽は馬を進め、玉楼(ぎょくろう)の下をくぐった。

 

 と、そのとき。

 突然、龍馬(りゅうめ)烏騅(うすい)が、数回つづけて(いなな)いた。

 まるで「これ以上進むな」と(うった)えんばかりに……

 

 項羽の叔父(おじ)項伯や、()周蘭(しゅうらん)などは、烏騅(うすい)の声を聞いて、不安に駆られた。

 

 2人は、互いに馬を寄せて、ひそひそと話し合った。

「老大王……突然の大風が旗を折り、龍馬(りゅうめ)が妙な(いなな)き方をする。

 これは不吉の(きざし)としか思えません。

 覇王様を(いさ)めて、前進を止めましょう」

 

「うむ……しかし、私たちが何を言っても、耳を貸してはくださらんだろうな……

 そうだ。虞子期(ぐしき)に声をかけてみよう」

 

 項伯と周蘭(しゅうらん)は、虞子期(ぐしき)の軍に近づいていった。

 

 虞子期(ぐしき)は、虞姫(ぐき)の弟だ。

 あの項羽も、妻である虞姫(ぐき)に対しては、いつも優しい。

 

 虞子期(ぐしき)経由で虞姫(ぐき)口添(くちぞ)えを頼む……

 この方法なら、項羽の気持ちを変えられるかもしれない。

 項伯と周蘭(しゅうらん)は、そう考えたのだ。

 

 

   *

 

 

 項羽は、さらに馬を進め、10里(4km)ほど西の関所に、やってきた。

 

 ここで項伯と周蘭(しゅうらん)は、文武大小の諸臣と(とも)に項羽のそばに近づいてきた。

「覇王様。この関所には、1つの(てい)(宿泊施設)が、ございます。

 ここで少しご休憩ください」

 

「そうするか」

 と、項羽が馬を降り、(てい)に入っていくと……

 

 突然、項羽の部下たちが、ずらり(そろ)って項羽の前に来て、一斉に、ひざまずいた。

「覇王様!

 さきほど彭城(ほうじょう)を出る時、大風が旗を吹き折り、龍馬(りゅうめ)が長く(いなな)きました。

 

 これは、軍を進めるには、大変に不吉な出来事(できごと)です。

 どうか、ここから彭城(ほうじょう)に帰りなさって、再び敵の情報を慎重に(さぐ)ってくださいませ!

 軍を進めるのは、その後でも遅くはありません!」

 

 項羽は、首を振った。

「『甲子(こうし)の日に軍を出すのは不吉だ』という言い伝えがあるよな?

 昔、(いん)(ちゅう)王が甲子(こうし)の日に滅びたから、そう言われるようになったそうだ。

 

 だが、(ちゅう)王が滅びた甲子(こうし)の日は、(しゅう)の武王が国を(おこ)した日でもある。

 同じ甲子(こうし)の日が、(ちゅう)王の方には霊験(れいげん)があって、武王の方にだけ霊験(れいげん)が無い、なんて、おかしいじゃないか。

 

 大風が旗を折るだとか、馬が(いなな)くだとか、そんなのは怪しむようなことじゃない。

 単なる偶然だよ!

 

 それに、俺はもう、大軍を(ひき)いて、ここまで出てきてしまった。

 国内の人も、国外の人も、(みんな)そのことを知っている。

 ここで俺が突然引き返したりしたら、人々は『一体どうしたんだ』と疑問に思うだろう。

 

 漢の間者(かんじゃ)だって、そのことを劉邦に伝えるに決まってる。

 そうしたら俺は、漢軍の奴らに、笑い物にされてしまう!」

 

 項羽は、肩で風を切って(てい)から出ると、再び馬に(またが)って出発しようとした。

 

 と、そこへ、報告が来た。

「ただいま、御后(おきさき)()娘娘(にゃんにゃん)が、書簡(しょかん)を送って参りました」

 

 

 

(つづく)




●注釈
(1)
 ()()(しゃ)のセリフに登場した『守株(しゅしゅ)の計』は、「韓非子・五蠹(ごと)」に収録された寓話(ぐうわ)に由来する言葉。
 昔、(そう)国に田を耕す者がいた。その田の中に切り株があったのだが、ある時、(うさぎ)が走ってきて切り株にぶつかり、首の骨を折って死んでしまった。(そう)人は労せず(うさぎ)の肉を手に入れたことに味を占め、再び同じことが起きるのを期待し、農具を捨てて株を見守りはじめた。しかし(うさぎ)は二度と得られず、その人は(そう)国で笑い物となったのだった。
 「韓非子・五蠹(ごと)」は、政治や国家を(むしば)む5種類の害虫(五蠹(ごと))を列挙するという趣旨の章である。韓非子は、過去の聖人君子の政治をそのまま用いて現代の(たみ)を治めようとすることは、切り株を守る者(守株(しゅしゅ))と同様の害悪である、と指摘したのだ。現代風に言えば、悪しき前例主義というところだろう。
 日本においては、北原白秋作詞の童謡「待ちぼうけ」のモチーフとしてもよく知られた逸話である。

(2)
 項羽が『甲子(こうし)の日に軍を出すのは不吉だ』という迷信について語っている。これに関して、「太平御覧・皇王部・太祖道武皇帝」に以下のような記述がある。
 北魏(ほくぎ)の道武帝は、甲子(こうし)(つごもり)(月末の日)に軍を進めて敵を()とうとした。そのとき太史令(たいしれい)(天文を扱う役職)の晁崇(ちょうすう)が奏上した。
「今日軍を出すのは不吉でございます」
「その理由は?」
「昔、(ちゅう)王は甲子(こうし)の日に滅びました。そのため兵家(へいか)はこれを()むのです」
 そこで道武帝は言った。
(ちゅう)王が甲子(こうし)に滅びたのなら、武王は甲子(こうし)に勝ったことになるではないか」
 晁崇(ちょうすう)は何も言い返せなかった。結局、道武帝はそのまま軍を進め、敵を大いに破ったのだった。
 今回の項羽の発言は、このやりとりを下敷きにしたものだろう。2人の王が戦い、一方が滅びて一方が勝った。ある者が敗北した不吉な日は、その相手にとっては幸運な勝利の日に他ならない。ならば、日付を理由に吉だの不吉だの言うのはおかしいじゃないか……という、至極(しごく)もっともな考え方である。
 もちろん、項羽より600年近く後の人物である道武帝の発言を項羽が引用できるはずはない。「西漢通俗演義」や「通俗漢楚軍談」が小説的脚色のために道武帝の逸話を借用したのだろう。
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