龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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六十九の丁 破滅への案内人

 

 

 翌日。

 

 項羽は、諸将を呼び集めた。

「汝らは、俺に従って戦場に(のぞ)むこと数百戦。

 いまだかつて1度も敗北していない!

 今回も大いに戦ってもらおう!

 

 漢軍は数が多く、簡単には対抗できない。

 いつもの倍は用心し、(そな)えを(おこた)るんじゃないぞ!

 

 では、諸将に配置を伝える!

 鍾離昧(しょうりまい)! 3万の精兵を(ひき)いて左翼を務めよ!

 季布! 同じく3万で右翼!

 

 桓楚(かんそ)先鋒(せんぽう)

 虞子期(ぐしき)は後陣の大将とする!

 他の諸将は、俺に従って出撃せよ!

 

 もし敵を破ることができれば、すみやかに追撃せよ!

 もし味方が負けたなら、互いに救援しあえ!

 重要なのは、とにかく持ちこたえることだ!

 おそらく1ヶ月もしないうちに、漢軍は兵糧(ひょうろう)が尽きて、自然に逃走を始めるだろう!」

 

 諸将は、一斉に拝伏した。

「覇王陛下の神機(しんき)妙算(みょうさん)、臣らの及ぶところではありません!」

 

 こうして、鼻息荒く戦闘準備を整えた()軍であった……

 

 

   *

 

 

 ……が。

 ここに1つ、誤算があった。

 

 確かに項羽の言う通り、漢軍は常識を超えた大軍である。

 無論、兵糧(ひょうろう)の消費は、ケタ外れに速い。

 

 だが、項羽は理解していなかった。

 漢軍は、100万の大軍をも安定して支えられるほどの圧倒的兵站(へいたん)能力を、すでに構築しているのだ……ということを。

 

 漢()両軍が消耗戦にもつれこめば、先に物資が尽きるのは()軍の方なのである。

 

 いや、項羽だけではない。

 その他の()軍諸将も、誰1人として、この事実に気づいていなかった。

 項羽の立てた作戦を聞き、これこそ神機(しんき)妙算(みょうさん)と、誰もが無邪気に賞賛してしまった。

 

 この事態が、()の運命を決めてしまった……

 

 

   *

 

 

 同じ頃。

 韓信は、日夜、三軍の調練(ちょうれん)を繰り返し、大将たちにも、部隊を進める方向や、埋伏(まいふく)すべき土地などを、ぬかりなく指示していった。

 

 誰もが自分の役目を守り、兵たちも紀律(きりつ)(たも)っている。

 軍全体が、まるで1つの生き物のよう。

 戦場の状況変化に従って自由自在に働くことができる。

 

 今や、漢軍の練度(れんど)は、完璧といえるまでに整いきっていた。

 

 そんなとき、陣の外から報告が来た。

「ただいま、()()(しゃ)が帰って来ました」

 

 韓信は、急いで()()(しゃ)を中へ招き入れた。

()()(しゃ)先生! よくぞご無事で。

 首尾(しゅび)は、いかがでしたか」

 

 ()()(しゃ)は、会心の笑みを浮かべた。

「上手くいきましたよ」

 

 ()()(しゃ)は、()軍で見聞きしたことを、ひとつひとつ報告していった。

 季布や鍾離昧(しょうりまい)が項羽を(いさ)めたこと。

 大風が旗を折り、烏騅(うすい)が長く(いなな)いたこと。

 結局は、項羽が(だま)されて(はい)まで出てきたことも……

 

 韓信は、限りなく喜んだ。

「さすがは()()(しゃ)先生!

 先生でなければ、項羽を、ここまで誘い出すことは不可能だったでしょう。

 

 さて、こうなったからには、()の援軍が到着する前に、早く片付けてしまいましょう。

 

 ……とはいえ。

 そのためには、敵を罠の奥深くにまで入り込ませねばなりません。

 これが、なかなか難しい。

 

 ()()(しゃ)先生、なにか策を、お持ちではありませんか?

 願わくは、黄金や珠玉(しゅぎょく)にも匹敵する言葉を、お聞かせください」

 

 ()()(しゃ)は、悪戯(いたずら)っぽく笑った。

「またまた。そういう大元帥も、とっくに良い考えを持っておられるのでしょう?

 お(さっ)しの通り、私にも1つ策があります。

 どうでしょう? 私の策と、大元帥の策。同じか違うか、確かめてみませんか?」

 

 韓信は、丁寧(ていねい)拱手(きょうしゅ)(胸の前で両手を繋いで頭を下げるお辞儀(じぎ))した。

「そうしましょう。先生、ぜひとも教えてくださいませ」

 

 ()()(しゃ)が言う。

「大元帥は、これまで数回にわたって項羽と戦い、しばしば負けを(よそお)って項羽を危地(きち)に誘い込みました。

 そのうえで伏兵を用い、項羽を破ってこられたわけです。

 

 今また同じ計略を用いたとしても、項羽は今までの敗戦に()りて、深く追いかけようとしないでしょう。

 

 そこで……

 明日の合戦には、漢王様(おん)(みずか)ら陣前に出ていただきましょう。

 漢王様が色々な悪口を言って項羽の怒りを刺激し、西に向かって逃げなされば……

 項羽は狂暴で忍耐力のない性格。きっと追いかけてくるでしょう。

 

 しかし、項羽の側近たちが項羽を(いさ)めるかもしれません。

 そこで、この()()(しゃ)も、道の途中に顔を出し、項羽を大いに笑い(はずかし)めてやります。

 

 私は、つい先日、(いつわ)って降参したばかり。

 項羽は大いに(うら)んでおりましょう。

 私の顔を見れば、ますます怒り、速度を上げて追ってくるに違いありません。

 こうなれば、もう誰が(いさ)めても、項羽の耳に届きはしません。

 

 こうして十数里ほども引っ張り回してやれば、思い通り危地(きち)に誘い込めるかと。

 いかがでしょう? 大元帥のお考えは、こんな感じでございましたか?」

 

 韓信は、手を叩いて、大喜びした。

「あはははは!

 すばらしい! よくこれだけ意見が一致したものです!」

 

 そして韓信と()()(しゃ)は、2人して劉邦の陣へ向かった。

 

 

   *

 

 

 韓信と()()(しゃ)は、劉邦に謁見(えっけん)すると、先ほどの策を奏上(そうじょう)した。

 

 劉邦は、力強く、うなずいた。

「よーし、分かった。

 その話は前に聞いてたから、もう覚悟は決まってるぞ。

 覚悟は決まってるけど……でも、俺の左右前後は、強い大将でキッチリ守ってくれよな!」

 

 韓信が言う。

「もちろんです。

 漢王様の両翼は孔熙(こうき)と陳賀に守らせます。

 

 明日、漢王様は項羽の前に姿を見せ、負けを(よそお)って西へ逃げてくださいませ。

 目指す先は、垓下(がいか)

 臣は、その地で準備を整え、項羽を待ち受けます」

 

 劉邦は、斜めならず喜んだ。

 そして、その夜、君臣3人、(ひたい)を合わせて、明日の合戦の打ち合わせをしたのだった。

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

■次回予告■

 

 準備万端(ばんたん)整って、いま発動する韓信の策。王陵・盧綰(ろわん)曹参(そうさん)陳武(ちんぶ)。英布・彭越(ほうえつ)靳歙(きんきゅう)周勃(しゅうぼつ)張耳(ちょうじ)夏侯嬰(かこうえい)陳平(ちんぺい)に、陸賈(りくか)・張良、そして樊噲(はんかい)

 綺羅星(きらぼし)の如き豪傑(ごうけつ)たちが成すは鉄壁の包囲網。歴史を変えた世紀の一戦、その顛末(てんまつ)刮目(かつもく)して見よ!

 

 次回「龍虎戦記」第七十回

 『九里山十面埋伏』

 

 ()う、ご期待!




●注釈
 『……が。ここに1つ、誤算があった』から『この事態が、()の運命を決めたのである』までの段落は、「西漢通俗演義」には存在しない。「通俗漢楚軍談」独自の増補部分と思われる。
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