龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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七十一の上 四面楚歌

 

 

 大元帥韓信は、九里山に大軍を伏せ、()軍に10方向から攻撃を仕掛(しか)けた。

 だが、覇王項羽の武勇と実力は、韓信の想定を超えて強大だった。

 これだけ激しい攻勢にもかかわらず、項羽を()()ることが、できなかったのである。

 

 そこで韓信は、謀士(ぼうし)()()(しゃ)を呼び、相談をもちかけた。

「項羽の武勇は、文字通り万夫(ばんぷ)不当(ふとう)です。

 もし項羽と力で争おうとすれば、いたずらに軍馬を(そこ)なうだけ。

 とても良策とは言えません

 

 そこで、明日は合戦をせず、ただ九里山の四方を大軍と多数の戦車で取り囲み、隙間(すきま)なく旗幟(きし)を立てて、待とうと思うのです。

 

 1日もすれば、()軍は兵糧(ひょうろう)が尽きる。

 ()の人馬は自然に乱れだし、散り散りになって逃走するでしょう。

 

 たとえ項羽が脱出しようとしても、道を戦車隊に(ふさ)がれたうえ、食糧も尽きていては、どうにもなりますまい。

 いわゆる『内に糧草(りょうそう)無く、外に救援無し』というやつです」

 

 これを聞いて、()()(しゃ)が言う。

「確かに、項羽は真の英雄です。

 とはいえ、あの勇は匹夫(ひっぷ)の勇に過ぎません。

 

 大元帥、よくお考え下さい。

 我らにとって(うれ)うべき存在は、季布・鍾離昧(しょうりまい)などの良将と、ずっと項羽に突き従ってきた江東の子弟(してい)8千人という精鋭部隊なのです。

 

 他の全軍が逃げ出した今でも、彼らは心をひとつにし、力を合わせて項羽を助けております。

 あのように固く団結した軍団が残っているうちは、項羽を完全に()ちきることは難しい。

 

 たとえ()軍の兵糧(ひょうろう)が尽きたとしても、良将と江東子弟(してい)8千人がいる限り、()軍は心を合わせ、力を(ふる)い、どうにか包囲を脱出してしまうでしょう。

 

 その後、項羽が江東にたどりつき、再び軍馬を整えて鋭気を養ったら……

 ますます平定は難しくなります。

 

 ならば。

 計略によって諸将の心を折り、8千子弟(してい)を離散させてしまえばよいのです。

 

 項羽が、蓋世(がいせい)の英雄であったとしても、天に昇り地に入るほどの神通力(じんつうりき)があったとしても、たった1人の力では、守り切ることなど、できません。

 

 大元帥。今、ここで、項羽の首を取ってしまわなければなりません。

 この計を用いて、決着をつけてくださいませ」

 

 韓信は、あごに手を当て、考え込んだ。

「ふむ……8千子弟(してい)を離散させる、か……

 ()()(しゃ)先生の(おっしゃ)ることは、極めて良いとは思います。

 しかし、私には、その計を為すための具体的な方法が思いつきません。

 

 ……そうだ!

 張良先生は、知恵が深く、誰よりも多くの策略を持っておられる。

 張良先生をお呼びして、相談してみましょう。

 きっと何か名案があるはずだ」

 

 

   *

 

 

 韓信は、陸賈(りくか)を使者として、張良を呼んだ。

 

 陸賈(りくか)が出て行って、さほどの時間も経たないうちに、張良は韓信の幕舎へやってきた。

 韓信は、()()(しゃ)(とも)に張良を(むか)え入れて、言う。

 

「さまざまに計略を(めぐ)らせてみましたが、まったく、項羽の武勇は手がつけられません。

 味方の諸将は、誰も項羽に(かな)わないのです。

 

 そのうえ、()将の季布、鍾離昧(しょうりまい)、そして精鋭の江東子弟(してい)8千人が心と力を合わせて防戦しておりますから、簡単には破れない。

 かといって、のんびりと構えては、いられません。

 もし項羽が包囲を突破して江東へ逃げ去れば、ますます滅ぼしがたくなるでしょう。

 

 そこで、こんな夜更(よふ)けに、張良先生に御足労(ごそくろう)願ったのです。

 どうか先生、吝嗇(けち)らずに教えを(たまわ)って、私の悩みを解消してくださいませんか」

 

 張良は、にっこりと笑った。

「何の難しいことがありましょう。

 ()の諸将の心を折り、子弟(してい)8千人を分散させれば、項羽は1人で孤立します。

 持ちこたえることなど、できません。

 そこから10日以内には、必ず項羽は捕虜となり、天下は自然に定まるでしょう」

 

 韓信は、手を叩いて喜んだ。

「すばらしい! すばらしい!

 実は、私も今、()()(しゃ)と、まさにそのことを相談していたのですよ!

 

 ただ、その計略を実行できる人が見つかりません。

 張良先生ならば、良い奇策をお持ちなのでは?

 どうやって()の将兵を離散させればよいのでしょうか? どうか、早く教えてくださいませ」

 

「では……」

 と、張良は、韓信・()()(しゃ)に近寄り、ひそひそと、ささやいた。

 

「私は、若い頃、下邳(かひ)という所をブラブラ旅行したことがあります。

 その旅の途中、私は、1人の異人(仙人、妖術師)と出会いました。

 

 洞簫(どうしょう)(中国の縦笛。尺八に似ている)を吹くのが上手(うま)い人でした。

 彼が吹く洞簫(どうしょう)の音色は、ゆったりとして、物悲(ものがな)しく、切々と胸に染みてくるようで……

 

 私は、異人と酒を()み交わし、洞簫(どうしょう)の技を習いました。

 そして、1ヶ月ほどをかけて、ついに洞簫(どうしょう)の妙技を会得(えとく)したのです。

 

 異人は、いつも語っておりました。

(しょう)(いにしえ)の楽器で、もともとは黄帝(こうてい)(五帝の1人)が発明したものなのだ。

 

 竹を切って(つつ)とし、長さは1尺5寸(35cm)。

 音階は五行ならびに十二(じゅうに)干支(かんし)に対応し、八音(はちおん)がよく調和して、天地を(やわ)らがせる。

 すなわち、これを中呂(ちゅうろ)の気という。

 

 (のち)大舜(だいしゅん)(しょう)を改良し、その形が少し変わって、鳳凰(ほうおう)の翼を(かたど)るようになった。

 

 (いにしえ)(しょう)の名人としては、秦女(しんじょ)弄玉(ろうぎょく)、仙人蕭史(しょうし)などが名高(なだか)い。

 この2人が(しょう)一吹(ひとふ)きすれば、孔雀(くじゃく)や白い(つる)が庭を舞い、鳳凰(ほうおう)さえも寄ってきたという……』

 

 このように、(しょう)の音色は、よく人の心を感動させるのです。

 心に楽しみのある人は、音を聞いて、ますます楽しみ……

 (うれ)いの深い人は、音を聞いて、ますます悲しみを増す……

 

 旅人は故郷を思って涙を流し……

 1人で(ねや)にある妻は、遠い要塞(ようさい)出征(しゅっせい)している夫を思う……

 

 特に今は、秋も深まり、涼しい風が吹き始めた頃。

 草木が黄ばみ落ちて、旅人の望郷(ぼうきょう)の念が、最も悲しく切なく高まる時です。

 

 そんな秋の夜更(よふ)けの、人々が静まりかえっている時刻に、雞鳴(けいめい)(ざん)一帯(いったい)(しょう)の音を響かせ、ひとつの曲を歌うのです。

 

 その余韻(よいん)は悠々……

 その悲声(ひせい)耿々(こうこう)……

 歌詞の1文字1文字が、聞く者の腸を()ち……

 1句1句が、聞く者の体を崩れさせていく……

 

 この曲を聞いて、耐えられる者が、おりましょうか。

 ()の8千子弟(してい)は、自然と離散していってしまいますよ。

 弓を張り、矢を(はな)って戦う必要も、なくなります。

 彼らはもう、二度と大元帥の手を(わずら)わせは、しないでしょう」

 

 韓信は、地に拝伏した。

「張良先生が、それほどの妙技を、お持ちだったとは……!

 弄玉(ろうぎょく)蕭史(しょうし)ですら、先生には及ばないでしょう」

 

 そこで張良は、韓信たちと、よくよく手筈(てはず)を決めてから、自分の陣に戻っていった。

 

 

(つづく)




●注釈
(1)
 張良のセリフの中に、『今は、秋も深まり、涼しい風が吹き始めた頃』とある。史実のこの戦い(垓下(がいか)の戦い)は高祖5年12月の出来事であり、完全に真冬である。
 第六十九回の注釈で指摘したが、「西漢通俗演義」や「通俗漢楚軍談」では、この戦いの時期を大漢5年8月としている。おそらく、そこから少し時間が経過し、今回が9月ごろという想定で描写されているものと思われる。当時の暦では7、8、9月が秋であるから、9月なら確かに秋の終わりごろということになる。
 史実から時期をずらした理由は、おそらく、今回の四面楚歌の場面を秋の寂しさで演出するためだったのではないだろうか。実際、()兵たちのセリフにも秋を意識した内容があり、季節が情景描写に一役買っている。
 そのため、後の第七十四回では、劉邦が皇帝の(くらい)についた時期が史実より丸1年後ろ倒しされて『大漢6年正月』とされてしまっている。「演義」はあくまで小説である関係上、史実からの時期のずれは珍しいことではない。そのつもりでお読みいただければ幸いである。

(2)
 秦女(しんじょ)弄玉(ろうぎょく)と仙人蕭史(しょうし)は、中国の伝説的な(しょう)の名人。仙人についての逸話を集めた「列仙伝」という書籍に、彼らの物語が収録されている。
 (しん)穆公(ぼくこう)の時代(紀元前650年頃)に、蕭史(しょうし)という者がいた。蕭史(しょうし)(しょう)を吹くのが上手く、その音色で孔雀(くじゃく)(つる)を庭に呼ぶことができた。
 一方、穆公(ぼくこう)には弄玉(ろうぎょく)という娘がいた。弄玉(ろうぎょく)蕭史(しょうし)を好いていたので、穆公(ぼくこう)は2人を結婚させた。
 それから蕭史(しょうし)は、鳳凰(ほうおう)の鳴き声を真似(まね)(しょう)を吹く技を弄玉(ろうぎょく)に教えた。数年も経つと、弄玉(ろうぎょく)の吹く(しょう)の音色は鳳凰(ほうおう)の声そっくりに仕上がった。その音に誘われて、実際に鳳凰(ほうおう)が飛んできて家の屋根に止まりさえした。
 そこで穆公(ぼくこう)は、2人のために鳳台(ほうだい)という(うてな)を建ててやった。2人は鳳台(ほうだい)に上り、それから何年も降りてこなかった。そしてある日、2人は鳳凰(ほうおう)の後に続いて、天へ飛び去って行ってしまった。
 その後、(しん)の人々は『鳳女(ほうじょ)(ほこら)』というものを建てた。その(ほこら)からは、今でもときどき(しょう)の音が聞こえてくるのだという。
 張良が異人の話として語っているのは、まさにこのエピソードのことである。
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