龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
大元帥韓信は、九里山に大軍を伏せ、
だが、覇王項羽の武勇と実力は、韓信の想定を超えて強大だった。
これだけ激しい攻勢にもかかわらず、項羽を
そこで韓信は、
「項羽の武勇は、文字通り
もし項羽と力で争おうとすれば、いたずらに軍馬を
とても良策とは言えません
そこで、明日は合戦をせず、ただ九里山の四方を大軍と多数の戦車で取り囲み、
1日もすれば、
たとえ項羽が脱出しようとしても、道を戦車隊に
いわゆる『内に
これを聞いて、
「確かに、項羽は真の英雄です。
とはいえ、あの勇は
大元帥、よくお考え下さい。
我らにとって
他の全軍が逃げ出した今でも、彼らは心をひとつにし、力を合わせて項羽を助けております。
あのように固く団結した軍団が残っているうちは、項羽を完全に
たとえ
その後、項羽が江東にたどりつき、再び軍馬を整えて鋭気を養ったら……
ますます平定は難しくなります。
ならば。
計略によって諸将の心を折り、8千
項羽が、
大元帥。今、ここで、項羽の首を取ってしまわなければなりません。
この計を用いて、決着をつけてくださいませ」
韓信は、あごに手を当て、考え込んだ。
「ふむ……8千
しかし、私には、その計を為すための具体的な方法が思いつきません。
……そうだ!
張良先生は、知恵が深く、誰よりも多くの策略を持っておられる。
張良先生をお呼びして、相談してみましょう。
きっと何か名案があるはずだ」
*
韓信は、
韓信は、
「さまざまに計略を
味方の諸将は、誰も項羽に
そのうえ、
かといって、のんびりと構えては、いられません。
もし項羽が包囲を突破して江東へ逃げ去れば、ますます滅ぼしがたくなるでしょう。
そこで、こんな
どうか先生、
張良は、にっこりと笑った。
「何の難しいことがありましょう。
持ちこたえることなど、できません。
そこから10日以内には、必ず項羽は捕虜となり、天下は自然に定まるでしょう」
韓信は、手を叩いて喜んだ。
「すばらしい! すばらしい!
実は、私も今、
ただ、その計略を実行できる人が見つかりません。
張良先生ならば、良い奇策をお持ちなのでは?
どうやって
「では……」
と、張良は、韓信・
「私は、若い頃、
その旅の途中、私は、1人の異人(仙人、妖術師)と出会いました。
彼が吹く
私は、異人と酒を
そして、1ヶ月ほどをかけて、ついに
異人は、いつも語っておりました。
『
竹を切って
音階は五行ならびに
すなわち、これを
この2人が
このように、
心に楽しみのある人は、音を聞いて、ますます楽しみ……
旅人は故郷を思って涙を流し……
1人で
特に今は、秋も深まり、涼しい風が吹き始めた頃。
草木が黄ばみ落ちて、旅人の
そんな秋の
その
その
歌詞の1文字1文字が、聞く者の腸を
1句1句が、聞く者の体を崩れさせていく……
この曲を聞いて、耐えられる者が、おりましょうか。
弓を張り、矢を
彼らはもう、二度と大元帥の手を
韓信は、地に拝伏した。
「張良先生が、それほどの妙技を、お持ちだったとは……!
そこで張良は、韓信たちと、よくよく
(つづく)
●注釈
(1)
張良のセリフの中に、『今は、秋も深まり、涼しい風が吹き始めた頃』とある。史実のこの戦い(
第六十九回の注釈で指摘したが、「西漢通俗演義」や「通俗漢楚軍談」では、この戦いの時期を大漢5年8月としている。おそらく、そこから少し時間が経過し、今回が9月ごろという想定で描写されているものと思われる。当時の暦では7、8、9月が秋であるから、9月なら確かに秋の終わりごろということになる。
史実から時期をずらした理由は、おそらく、今回の四面楚歌の場面を秋の寂しさで演出するためだったのではないだろうか。実際、
そのため、後の第七十四回では、劉邦が皇帝の
(2)
一方、
それから
そこで
その後、
張良が異人の話として語っているのは、まさにこのエピソードのことである。