翌日。
韓信は、予定通り兵を陣内に留まらせ、交戦を控えた。
そして戦車を四方に配置し、兵を手配して楚軍を厳しく包囲した。
その一方、蕭何には兵糧の運送を催促して、持久戦に備え……
大将たちには、こう命じた。
「樊噲殿。汝は、山頂に上がって、銅鑼を鳴らし、太鼓を打て。
これは疑兵の計だ。
つまり、大軍が山頂にいるように見せかけ、敵の心を掻き乱すのだ。
そして灌嬰。
汝は楚の陣の左右に伏せ、もし項羽が戦車隊を突破して逃げようとしたら、一斉に飛び出て項羽を止めよ」
「はっ!」
大将たちは、韓信の指示に従って、それぞれの持場へ向かった。
*
それから、しばらく経ち……
項羽が聖女山の下に陣を置いてから、3日が経過した。
この間、漢楚ともに睨みあいを続けるだけで、一度も交戦していない。
もともと楚軍は物資が不足気味だったが、この日、ついに兵糧が底をついてしまった。
楚将季布と項伯は、この状況に焦りを覚え、項羽の元へ、やってきた。
「本日、とうとう兵糧が尽き、馬に食わせる秣も無くなってしまいました。
我が軍の中にも、ひそかに不満を抱く者が多数あらわれております。
今、敵が計略によって彼らの心を惑わせば、味方の中から裏切り者が出かねません。
事は急を要します。
覇王様。
臣らと8千子弟、その他の諸軍を率いて、一刻も早く、ここから脱出してくださいませ。
そして荊州か襄陽、あるいは江東あたりに身を落ち着け、鋭気を養って再起をはかるのです」
項羽は、がっくりと肩を落とした。
「食糧が無いんじゃあ、確かに守りきれるわけがない。
だが、逃げるにしても、どう逃げる?
四方は漢の大軍に取り囲まれている。そう簡単には出られまい。
一体どうすればいいんだ」
季布が言う。
「臣が8千子弟を見ますと、彼らは、ひたすら覇王様のために刃を振るって敵に向かっております。
意気は甚だ盛んで、行く先々で勝たぬということはないほどの強兵たちです。
漢の兵も、彼ら8千子弟を見たときには、誰もが震え恐れてしまい、自分からの刃を交えようとする者が1人もいないほどです。
覇王様は、この8千子弟を率いて、みずから先陣を切ってくださいませ。
臣らは、本陣の人馬を率い、虞娘娘を守護しながら、後に続こうと思います」
項羽は、うなずいた。
「よし。
じゃあ、明日、俺が先陣に立って、包囲を切り崩してやる。
汝らは後陣を連れて後に続け!」
そして、項羽は諸軍に命令を伝え、明日の行動の用意をさせたのだった。
*
が……
楚の将兵たちは、項羽からの命令を聞くと、ひそひそと、こんな陰口を叩きはじめた。
「俺たちは、長いこと従軍し続けてきた。
その間、故郷とは、まったく連絡が取れていない……
秋も深まり、たんだん寒くなってきたというのに、衣服の破れ綻びた所を縫って補修することもできない。
そのうえ、今度は兵糧枯渇ときた。
まともに飯を食うこともできないのに、漢の勇猛な兵を殺せるとでも思ってるのか?」
すでに太陽も西に沈んだ黄昏時。
颯々たる秋風の中に、木の葉の落ちる音が寥々と聞こえてくる。
楚兵たちは、ひどく哀れの心を催した。
ただでさえ見知らぬ土地へ旅することは物憂いのに、今は、誰もが飢え疲れている。
夜は山道の露の上に衣服の袖を敷いて寝る暮らし。
昼は空の雲へと首を向けて望郷の念を募らせる毎日。
秋の夜を過ごすのに、1人では、あまりに寂しく、あまりに切ない。
楚兵たちは、こちらに5人、あちらに3人、と思い思いに集まって、心の憂さを語り合い、胸の寂しさを紛らわした。
そうこうするうちに、時刻は初更ごろ(午後8時)になった。
そのときである。
遥か向こうの山の上から、簫の音が聞こえてきた。
なんとも物悲しい旋律だ。
楚の兵士たちは、たちまち簫に心を奪われ、じっと耳を傾けはじめた。
簫の曲に合わせて、歌声が聞こえてくる。
その歌に曰く――
九月深秋 四野に霜飛び
天高く水涸れ 寒雁悲愴なり
最も戍辺に苦しみて 日夜傍徨し
堅きを披て鋭を執り 骨沙岡に立つ
家を離るること十年 父母と生別し
妻子何ぞ堪えん 孤房に独宿するを
腴田有ると雖も 孰か之と守らん
隣家の酒熟すも 孰か之と嘗めん――
楚兵たちは、息を飲んだ。
聞き覚えのある歌詞。聞き覚えのある旋律。
これは、まぎれもなく彼らの故郷……楚の歌だったのだ。
完全に心を奪われた楚兵たちの耳に、歌声は、さらに響く――
白髪門に倚りて 秋水を望穿し
稚子憶念して 涙肝腸を断つ
胡馬風に嘶ひて 尚ほ土を恋ふを知る
人生久しく客たりて 寧んぞ故郷を忘れんや
一旦兵を交へば 刃を蹈みて死し
骨肉泥と為りて 衰草の濠梁たらん
魂魄悠悠として 倚る所を知らず
壮志寥寥として 之を荒唐に付す
当に此の永夜に 追思返省し
急ぎ早く楚を散じ 殊方に死するを免るべし
我が歌豈に誕らんや 天汝に告げしむ
汝其れ命を知りて 渺茫と謂ふ勿れ
漢王徳あり 降軍殺さず
帰情哀告せば 汝を放ちて翱翔せしめん
空営を守ること勿れ 糧道已に絶えたり
指日に羽を擒にし 玉石俱に傷らん
楚の声 楚の卒を散ず
我能く吹きて六律に協ふ
我胥に非ずして丹陽に品し
我鄒に非ずして燕室に歌ふ
仙音微かにして九天に通ず
秋風起こるは楚亡ぶる日なり
楚既に亡ばば汝焉くにか帰らん
時は待たず電疾の如し
歌ひ歌ふ三百字 字字句句深意有り
汝に勧む 等閑の看を作すこと莫れ
耳に入れて心に関わり 当に熟記すべし
はじめは故郷を思う楚の哀歌だったものが、途中から、楚兵に投降を呼びかける歌詞に変わっている。
張良は、この楚歌を数百人の部下に教え、あちこちに配置し、一斉に歌わせたのだった。
そして張良自身は、雞鳴山から九里山へ向けて、数十回も繰り返し簫を演奏しつづけた。
その響きは清く調和し、哀しく、切なく、怨むが如く、訴えるが如く、聞く者の旅愁に染み込んでいった。
ある音は高く、ある音は低く。
ある音は長く、ある音は短く。
五音の音階に乱れなく。
六律の音は、よく和して響き渡る。
露が梧桐に落ちるが如く。
鶴が沼沢に啼くが如く。
風が鈴の音を玎玎冬冬送るが如く。
滴が銅壺に漏れ落ちるが如く。
聴く人々は歌に心を震わされ、不覚の涙を抑えかね、千筋の涙を頬に伝わした。
たとえ鉄石の如き肝腸を持っていても、氷霜の如き節操を持っていても、どうして心を動かされずにいられようか。
楚軍の名も無き英雄たちは、完全に戦意喪失した。
彼らの壮烈な意気は、磨り減って消えてしまったのだった。
(つづく)