龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

217 / 218
七十二の上 虞や虞や なんじを奈何せん

 

 

 漢の軍師張良は、悲痛な()の歌によって()兵たちの戦意を(くじ)き、項羽の元から離散させることに成功した。

 

 その頃。

 項羽は、味方の軍勢が没落(ぼつらく)していったなどとは夢にも知らず、なお中軍の奥で眠りこけていたが……

 夜中に、ぼんやりと目を覚ました。

 

 外からは、何か歌のようなものが聞こえてくる。

「なんだ……? 歌……?

 漢軍が来たのか……?」

 項羽は(いぶか)りながら、寝惚(ねぼ)(まなこ)(こす)り……

 

「いや! これは、()の歌じゃないか!」

 項羽は飛び起きて、幕舎の外に駆けだした。

 

 周囲を見回せば、()陣の周囲、東西南北四面すべてから、楚歌(そか)を歌う声が耳にやかましいほどに響いてくる。

 項羽は、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くした。

 

「漢は、すでに()を手に入れたのか。

 なんてたくさんの()人が漢軍にいるんだろう……」

 

 そこへ、周蘭(しゅうらん)桓楚(かんそ)が駆けてきて、悲しみ泣きながら言った。

「韓信は、計略を用いて山上で(しょう)を吹きました。

 それによって、味方の軍勢は悲しみを覚え……

 

 季布、鍾離昧(しょうりまい)らをはじめとして、8千人の子弟(してい)も次々に逃げ()せてしまいました。

 今、大将は臣ら、ただ2人。

 兵士は、わずかに800人あまりを残すのみです。

 

 覇王様!

 とにかく、急いで、ここから逃げてくださいませ!

 

 漢軍は、(から)になったこの陣に、すぐに乱入してくるでしょう。

 兵は(わず)か。大将も少ない。この状況で、どうして防ぐことができましょうか」

 

 項羽は、これを聞くと、涙を幾筋(いくすじ)(つた)わせて、幕舎の中に駆け込み、天を(あお)いで(なげ)いた。

「天が俺を滅ぼそうとしているのか!」

 

 その場にいた者たちは、項羽の慟哭(どうこく)を聞くと、将も兵も、みんな涙を流し、項羽を直視することさえ、できなくなった。

 

 と、そのとき。

 虞姫(ぐき)が、項羽に駆け寄った。

「陛下。どうして、そんなに泣いていらっしゃるの?」

 

 項羽は、涙を(おさ)えながら答える。

「俺の将兵は、ことごとく逃げ()せてしまったんだ。

 しかも漢軍の攻撃は、間近(まぢか)に迫っている。

 

 こうなったら、お前と別れて、この身ひとつで、どこかへ落ちていくしかない……

 そう思うんだが、心が砕けてしまったように痛い。

 輾転(てんてん)反側(はんそく)(悩み苦しんで転げまわること)の気持ちだ。

 お前を捨てて行きたくないんだ!

 

 思えば、お前と出会ってから数年の間、千の軍勢や万の軍馬の中にあっても、お前とは朝夕離れることなく一緒にいた。

 お前は、どこへでもついてきてくれた。

 

 それなのに、これで永遠にお別れかと思うと……

 お前が恋しくて、恋しくて、心が傷ついて、涙が止まらないんだ!」

 

 項羽は地の上に倒れ伏し、声を放って泣き叫んだ……

 

 虞姫(ぐき)は、何も答えなかった。

 ただ、じっと黙って項羽の言葉に耳を傾け、息もせずに考え込んでいた。

 ややあって、虞姫(ぐき)は、項羽の背に手のひらを()わせた。

 

「陛下。

 (わたし)は、幾年(いくとせ)も陛下に付き添いたてまつり、深く愛していただきました。

 陛下の愛は、(わたし)の心臓を飾り立て、(わたし)の骨に刻みこまれているのです。

 忘れることなど、できましょうか……

 

 たとえ(とら)()野辺(のべ)でも、(くじら)の寄せ来る(うら)でも、陛下の行くところなら、どこへでもついて行って一緒に死にたい。

 いつも、そう思っておりました。

 そんな(わたし)を、ここに置き捨てて去るだなんて……どうしてそんな情けないことを(おっしゃ)るのです……」

 

 虞姫(ぐき)は、項羽の(よろい)(そで)にすがりつき、(たま)のような涙を満面に流して、息も()えんばかりに悲しみ泣いた。

 

 項羽は、狼狽(うろた)えてしまった。

 無敵の項羽も、愛する妻の涙には弱い。

 

 項羽の心は乱れに乱れ、どうにか虞姫(ぐき)(なぐさ)めようと、みずから(さかずき)を取って、虞姫(ぐき)に酒を飲ませた。

 自分も飲んだ。

 そうして数杯、涙の味の酒を流し込んだ。

 

 と……

 項羽の心の奥底から、不意に、不思議なものが湧きあがってきた。

 それは、一遍(いっぺん)の詩であった。

 

 項羽は目を閉じ、そっと……歌い始めた。

 

 

  (ちから)山を抜き 気は世を(おお)

  (とき)()あらず (すい)()かず

  (すい)()かざるを奈何(いかん)すべき

  ()()や (なんじ)奈何(いかん)せん

 

 

 不思議、としか言いようがない。

 項羽はこれまで、詩など作ったことがない。

 なにせ子供の頃、文字の勉強を「文字なんか、自分の名前が書けるだけのものだ」などと言って拒否したほどの項羽なのだ。

 

 なのに、なぜ?

 生涯(えん)がなかったはずの詩歌が、どうして今、こうもなめらかに湧き出てくる?

 

 わけも分からず、項羽はまた、(さかずき)を傾けた。

 酒を流し込むことでしか、胸の(うず)きを(おさ)えられなかった。

 

 虞姫(ぐき)は、そんな項羽の姿を見て、あまりの思いに()えかね、返歌を作って歌いだした――

 

 

  漢兵(すで)に地を(りゃく)

  四方楚歌の声

  大王意気尽き

  賤妾(せんしょう)(なん)ぞ生を(やす)んぜん

 

 

 項羽が死ぬなら、自分も生きていたくない……そんな思いを込めた歌。

 

 項羽は、虞姫(ぐき)と見つめ合った。

 

 2人、また同じ歌を歌い……

 歌っては泣き……

 泣いては歌い……

 

 それでも別れる決心がつかず、時間だけが過ぎていく。

 ふと気づけば、すでに5(こう)(午前4時頃)の太鼓が鳴っている。

 

 幕舎の外から、周蘭(しゅうらん)桓楚(かんそ)の声が聞こえた。

「覇王様! もう()が明けようとしております!

 お早く出発なさいませ!」

 

 項羽は泣きながら虞姫(ぐき)に別れを告げた。

「俺は、もう行くよ……体を、大事にしろよ」

 

 項羽が立ち上がる。

 虞姫(ぐき)は涙に(むせ)びながら、彼の(そで)(つか)む。

「陛下が包囲を破りなさった後、(わたし)は、どこに行けばよいというのです?」

 

 項羽は虞姫(ぐき)を直視できず、ただ幕舎の出口を見つめ続けた。

「お前は、この世に並ぶものがないほどの美人だ。

 劉邦なら、絶対にお前を傷つけたり殺したりしないで、そばに置いておこうとする。

 何も心配は()らないよ」

 

 虞姫(ぐき)の、涙が止まった。

 項羽は気づいていない。自分の言葉を聞いて、虞姫(ぐき)が表情を一変させたことに。

 

 虞姫(ぐき)は言う。

「……(わたし)は、陛下と一緒に参ります。

 敵軍の中でも、どこでも行きます。

 

 もし包囲を突破できなければ、陛下の馬の前で死に、魂魄(こんぱく)となってでも陛下と一緒に長江を渡って、必ず故郷へ帰ります。

 それが――(わたし)の心です」

 

 項羽は慌てた。

 慌てて虞姫(ぐき)の肩を(つか)み、必死になって説得を(こころ)みた。

「そんなの絶対だめだ!

 敵が何万人いると思ってるんだ!

 数え切れないほどの()(げき)を突き付けられてるんだぞ!

 

 武勇の大将でも簡単には進めないってのに、お前みたいな可愛(かわい)い女が通れるわけがない!

 お前の花のような美しさを、残りの人生の青春を、こんなところで失わせたくないんだよ!」

 

 虞姫(ぐき)は、刺すような鋭い目で、項羽の目を見つめる。

「女でなければよいのでしょう?

 陛下の宝剣を、お貸しくださいませ。

 (わたし)は、その剣を()び、男子の仮装をして、陛下の後について行きます」

 

 項羽は、呆気(あっけ)に取られた。

 この当時、高貴な女性の移動といえば、車を使うのが普通である。

 当然、その機動力は馬に比べて大きく(おと)る。

 

 だが、男装して馬にまたがる……それなら、確かに包囲を突破する見込(みこ)みが、あるかもしれない。

 

 項羽は、言われるままに腰の宝剣を(はず)し、虞姫(ぐき)に与えた。

「わかった。俺の後からついてこい」

 

 

(つづく)




●注釈
 虞姫(ぐき)が項羽に送った返歌は、「史記」には収録されていない。
 この歌の現存する最も古い出典は、おそらく(とう)代に張守節によって書かれた「史記」の注釈書(ちゅうしゃくしょ)「史記正義」だろう。その注釈の中に、「楚漢春秋」なる書籍からの引用として、この返歌が記されている。
 「楚漢春秋」は、その名の通り楚漢戦争期を扱った歴史書で、著者は本編でも活躍中の陸賈(りくか)である。かの司馬遷(しばせん)が「史記」執筆のため大いに参考にしたとされ、後の時代の様々な書物にも文章の一部が引用されている。
 しかし、明確にいつごろのことかは不明だが、南宋の時代あたりから「楚漢春秋」は散逸(さんいつ)しはじめたらしい。現代ではほとんどのテキストが失われ、他の書籍に引用された断片を残すのみとなってしまった。もし完全な形で残っていたら、同時代の人間に書かれた貴重な史料として重要な役割を果たしていたに違いない。
 時系列がややこしいのでまとめなおすと、以下のようになる。
 漢初期:陸賈(りくか)が「楚漢春秋」に虞姫(ぐき)の返歌を記す。
 漢の武帝の時代:司馬遷(しばせん)が「楚漢春秋」を参考に「史記」を(あらわ)すが、なぜか虞姫(ぐき)の返歌は記さなかった。
 唐の時代:張守節が「史記正義」に「楚漢春秋」からの引用として虞姫(ぐき)の返歌を記す。
 南宋の時代:「楚漢春秋」が散逸(さんいつ)する。
 このように、虞姫(ぐき)の返歌は「史記」にこそ記されていないものの、それよりさらに古い史料には記載されていた(と思われる)。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。