龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
漢の軍師張良は、悲痛な
その頃。
項羽は、味方の軍勢が
夜中に、ぼんやりと目を覚ました。
外からは、何か歌のようなものが聞こえてくる。
「なんだ……? 歌……?
漢軍が来たのか……?」
項羽は
「いや! これは、
項羽は飛び起きて、幕舎の外に駆けだした。
周囲を見回せば、
項羽は、
「漢は、すでに
なんてたくさんの
そこへ、
「韓信は、計略を用いて山上で
それによって、味方の軍勢は悲しみを覚え……
季布、
今、大将は臣ら、ただ2人。
兵士は、わずかに800人あまりを残すのみです。
覇王様!
とにかく、急いで、ここから逃げてくださいませ!
漢軍は、
兵は
項羽は、これを聞くと、涙を
「天が俺を滅ぼそうとしているのか!」
その場にいた者たちは、項羽の
と、そのとき。
「陛下。どうして、そんなに泣いていらっしゃるの?」
項羽は、涙を
「俺の将兵は、ことごとく逃げ
しかも漢軍の攻撃は、
こうなったら、お前と別れて、この身ひとつで、どこかへ落ちていくしかない……
そう思うんだが、心が砕けてしまったように痛い。
お前を捨てて行きたくないんだ!
思えば、お前と出会ってから数年の間、千の軍勢や万の軍馬の中にあっても、お前とは朝夕離れることなく一緒にいた。
お前は、どこへでもついてきてくれた。
それなのに、これで永遠にお別れかと思うと……
お前が恋しくて、恋しくて、心が傷ついて、涙が止まらないんだ!」
項羽は地の上に倒れ伏し、声を放って泣き叫んだ……
ただ、じっと黙って項羽の言葉に耳を傾け、息もせずに考え込んでいた。
ややあって、
「陛下。
陛下の愛は、
忘れることなど、できましょうか……
たとえ
いつも、そう思っておりました。
そんな
項羽は、
無敵の項羽も、愛する妻の涙には弱い。
項羽の心は乱れに乱れ、どうにか
自分も飲んだ。
そうして数杯、涙の味の酒を流し込んだ。
と……
項羽の心の奥底から、不意に、不思議なものが湧きあがってきた。
それは、
項羽は目を閉じ、そっと……歌い始めた。
不思議、としか言いようがない。
項羽はこれまで、詩など作ったことがない。
なにせ子供の頃、文字の勉強を「文字なんか、自分の名前が書けるだけのものだ」などと言って拒否したほどの項羽なのだ。
なのに、なぜ?
生涯
わけも分からず、項羽はまた、
酒を流し込むことでしか、胸の
漢兵
四方楚歌の声
大王意気尽き
項羽が死ぬなら、自分も生きていたくない……そんな思いを込めた歌。
項羽は、
2人、また同じ歌を歌い……
歌っては泣き……
泣いては歌い……
それでも別れる決心がつかず、時間だけが過ぎていく。
ふと気づけば、すでに5
幕舎の外から、
「覇王様! もう
お早く出発なさいませ!」
項羽は泣きながら
「俺は、もう行くよ……体を、大事にしろよ」
項羽が立ち上がる。
「陛下が包囲を破りなさった後、
項羽は
「お前は、この世に並ぶものがないほどの美人だ。
劉邦なら、絶対にお前を傷つけたり殺したりしないで、そばに置いておこうとする。
何も心配は
項羽は気づいていない。自分の言葉を聞いて、
「……
敵軍の中でも、どこでも行きます。
もし包囲を突破できなければ、陛下の馬の前で死に、
それが――
項羽は慌てた。
慌てて
「そんなの絶対だめだ!
敵が何万人いると思ってるんだ!
数え切れないほどの
武勇の大将でも簡単には進めないってのに、お前みたいな
お前の花のような美しさを、残りの人生の青春を、こんなところで失わせたくないんだよ!」
「女でなければよいのでしょう?
陛下の宝剣を、お貸しくださいませ。
項羽は、
この当時、高貴な女性の移動といえば、車を使うのが普通である。
当然、その機動力は馬に比べて大きく
だが、男装して馬にまたがる……それなら、確かに包囲を突破する
項羽は、言われるままに腰の宝剣を
「わかった。俺の後からついてこい」
(つづく)
●注釈
この歌の現存する最も古い出典は、おそらく
「楚漢春秋」は、その名の通り楚漢戦争期を扱った歴史書で、著者は本編でも活躍中の
しかし、明確にいつごろのことかは不明だが、南宋の時代あたりから「楚漢春秋」は
時系列がややこしいのでまとめなおすと、以下のようになる。
漢初期:
漢の武帝の時代:
唐の時代:張守節が「史記正義」に「楚漢春秋」からの引用として
南宋の時代:「楚漢春秋」が
このように、