龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
戦いは終わった。
と、そこへ漢将の
5人の大将たちは、
*
劉邦は、身を乗り出して、項羽の首を
安らかな死に顔だった。まだ生きているかのようだった。
そんな項羽の首を見ているうちに、劉邦の目から、涙が
「なあ、覇王様よ……
昔、あんたと俺で義兄弟の約束をしたっけなァ……
それが、互いに天下を
でもな。
あんたが俺の親父や妻を捕らえていた時、少しも傷つけなかったことは、本当に感謝してるんだぜ。
あんたは怒りっぽい人だったが、妙に優しいところもあった。
まるで
そういうところは、俺なんかにゃ、全然かなわなかったよ……
それなのに……
こんな死に方をするだなんてっ……
なあ、兄貴。
もし違う出会い方をしていたら……
生まれてきたのが、こんな乱世じゃなかったら……
俺たち、ほんとの兄弟に、なれてたかなあ……?」
劉邦は、声をあげて泣いた。
その場に
*
かくして……
覇王項羽の死により、
項羽の首を持ち帰った5人は、約束通り列侯に
すなわち、
そして劉邦は、
*
項羽の
はるか後の時代、
しかし、まったく願い事が
そのとき、突然、山が音を立てて揺れ始め、
さらに、周囲の木々が震え動くその地響きは、まるで100万の武装した兵が一斉に
そのため
*
話は変わって……
項羽の
その時は、まだ合戦が続いていたため、張良も劉邦に話す
項羽が死んだ今、どうにか少し
「以前、
今まで申し上げる
この項伯は、もともと臣の
かつて
どうか、
劉邦は、すぐに項伯を呼び、対面した。
「おお、項伯先生!
貴公には、かさねがさね大きな功績を為していただいた。
それに、お互いの子を結婚させる約束もして、一家の
俺の方から探して、お
いやあ、ほんとうに願った通りになりましたよ!」
というわけで、劉邦は、その場で項伯を
なんと、項伯に
つまり項伯は、主君劉邦の一族に加えられたわけである。
これ以後、項伯は
項伯は喜び、劉邦に感謝の言葉を
*
この項伯の行動を、人々は、次のように
「項伯は浅ましい奴だ。
長く覇王項羽の臣だったうえに、同じ
あまつさえ、
人間には恥辱というものがあるのを知らないのだ。
本当に、
それに比べれば、項伯などは、ああだこうだ議論する価値も無い。
同列に語るのも、おこがましいというものだ」
と……
(巻十三へ、つづく)
■次回予告■
望みもせぬのにまだまだ続く皇帝劉邦苦難の旅路。極みは果たして、
次回「龍虎戦記」第七十四回
『論功行賞』
●注釈
(1)
かくして楚漢戦争は終結した。
項羽と劉邦の戦いを描く戦記物語としては、今回で終止符を打つのが最もすわりが良い、ということは疑う余地も無い。実際、横山光輝の漫画「項羽と劉邦」や司馬遼太郎の小説「項羽と劉邦」などは、項羽の死をもってストーリーを完結させている。
ただ、原典の「通俗漢楚軍談」や「西漢通俗演義」は、さらにこの先、劉邦の死までを描き切っている。分量においても、項羽死後のエピソードが「軍談」では全15巻中の3巻分、「演義」では全101回中の17回分と、かなり大きな割合を占めている。これを単なる蛇足のエピローグとして切り捨ててよいものだろうか。
筆者が思うに、確かに物語中の最も重大な事件は今回で解決した。だが、物語の根底を成すテーマは、いまだ語り尽くされていないのではないだろうか。一説によると、物語とは初めの場所から旅に出て、また元の場所に帰ってくる道のりのことであるという。始皇帝の狂気から出発したこの物語は、ここから先、楚漢戦争終結後のエピソード群によって、確かに元の位置に戻ってきているように思えるのだ。
そこで本作は、可能な限り「軍談」に沿って描くという元々のコンセプトに従い、このまま「軍談」の最終巻、「演義」の最終回までに相当する物語を書ききりたいと思う。順調にいけば全15巻89回で完結の予定である。ここまで読み進めてきてくださった皆様には、もう少しだけお付き合いいただければ幸いです。
(2)
項羽の首を取った
「西漢通俗演義」および「通俗漢楚軍談」ではボカされているのだが、「史記・項羽本紀」には、この件の背景が記録されている。実は史実では、項羽が自殺した後、恩賞に目のくらんだ漢の将兵が殺到し、項羽の死体の奪い合いを始めたのである。このとき味方同士で激しい争奪戦が繰り広げられ、数十人もの死者を出した。そして最終的には、5人の大将がそれぞれ項羽の
そのため劉邦は、約束の領地1万戸を5分割し、それぞれに分け与えることにした。このとき項羽の死体を持ち帰った大将こそが、本編に登場した
(3)
項王
ただし、この逸話自体はちゃんと漢籍に由来がある。
『
すると突然大蛇が建物から現れ、背後の林が数千人の兵士が来たかのように騒がしくなった。そのため
この
(4)
『この項伯の行動を、人々は、次のように
(5)
基本的には「通俗漢楚軍談」の記述を尊重する方針で書いてきた本作だが、実は、第七十一回「四面楚歌」から今回までは、筆者独自の心理描写や情景描写などを普段より多めに補ってある。具体的には、主に