龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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七十三の下 覇道の果てるとき

 

 

 戦いは終わった。

 

 (りょ)()(とう)は、泣きながら項羽の首を抱き上げ、引き返しはじめた。

 と、そこへ漢将の楊喜(ようき)楊武(ようぶ)王翳(おうせん)呂勝(りょしょう)も、合流してきた。

 

 5人の大将たちは、(みな)で兵を撤収させ、劉邦に項羽の首を届けた。

 

 

   *

 

 

 劉邦は、身を乗り出して、項羽の首を見分(けんぶん)した。

 安らかな死に顔だった。まだ生きているかのようだった。

 

 そんな項羽の首を見ているうちに、劉邦の目から、涙が(こぼ)れ落ちた。

「なあ、覇王様よ……

 昔、あんたと俺で義兄弟の約束をしたっけなァ……

 それが、互いに天下を()けて争って、とうとう敵同士になってしまった。

 

 でもな。

 あんたが俺の親父や妻を捕らえていた時、少しも傷つけなかったことは、本当に感謝してるんだぜ。

 あんたは怒りっぽい人だったが、妙に優しいところもあった。

 

 まるで(いにしえ)烈丈夫(れつじょうふ)(義に厚く勇敢な男)みたいだ。

 そういうところは、俺なんかにゃ、全然かなわなかったよ……

 

 それなのに……

 こんな死に方をするだなんてっ……

 

 なあ、兄貴。

 もし違う出会い方をしていたら……

 生まれてきたのが、こんな乱世じゃなかったら……

 俺たち、ほんとの兄弟に、なれてたかなあ……?」

 

 劉邦は、声をあげて泣いた。

 

 その場に居合(いあ)わせた漢の人々も、思わず悲しみに胸をつかれ、(そで)を涙で濡らしたのだった。

 

 

   *

 

 

 かくして……

 覇王項羽の死により、()の地は、すべて平定された。

 

 項羽の首を持ち帰った5人は、約束通り列侯に(ほう)ぜられた。

 すなわち、

 (りょ)()(とう)は中水侯。

 王翳(おうせん)杜衍侯(とえんこう)

 楊喜(ようき)は赤泉侯。

 楊武(ようぶ)呉防侯(ごぼうこう)

 呂勝(りょしょう)涅陽侯(でつようこう)

 

 そして劉邦は、烏江(うこう)に項羽の(びょう)を立て、季節ごとの祭礼(さいれい)を行って(とむら)うよう(めい)じた。

 

 

   *

 

 

 項羽の(びょう)、すなわち項王(びょう)については、こんな奇妙な逸話がある。

 

 はるか後の時代、(そう)紹興(しょうこう)年間(西暦1131年~1162年)に、(きん)国君主の完顔亮(かんがんりょう)という人が烏江(うこう)を通りかかり、項王(びょう)に参拝して願い事をした。

 しかし、まったく願い事が(かな)わなかったので、完顔亮(かんがんりょう)は怒って項王(びょう)を焼き捨てようとした。

 

 そのとき、突然、山が音を立てて揺れ始め、(びょう)の中から大蛇が飛び出してきた。

 さらに、周囲の木々が震え動くその地響きは、まるで100万の武装した兵が一斉に(とき)の声をあげるようだった。

 

 そのため完顔亮(かんがんりょう)は驚き恐れ、(びょう)の焼却を取りやめたのだそうだ。

 

 

   *

 

 

 話は変わって……

 項羽の叔父(おじ)の項伯は、()の陣から抜け出した後、軍師張良のところへ行って、劉邦への仲介を求めた。

 

 その時は、まだ合戦が続いていたため、張良も劉邦に話す(ひま)がなく、しばらく項伯を陣の中に留めていた。

 項羽が死んだ今、どうにか少し(ひま)が作れたので、張良は劉邦に謁見(えっけん)し、言った。

 

「以前、()の将兵が大勢で没落いたしましたが、そのとき項伯が臣の陣へ、やってきました。

 今まで申し上げる(ひま)が、ございませんでしたが、ようやく(いくさ)一段落(ひとだんらく)しましたので、ご報告いたします。

 

 この項伯は、もともと臣の故人(こじん)

 かつて鴻門(こうもん)の会において、漢王様が虎口(ここう)から逃れなさったのは、すべて、この項伯の力です。

 

 どうか、麾下(きか)で用いて、官位と俸禄(ほうろく)を与えてくださいませ」

 

 劉邦は、すぐに項伯を呼び、対面した。

「おお、項伯先生!

 貴公には、かさねがさね大きな功績を為していただいた。

 それに、お互いの子を結婚させる約束もして、一家の(よしみ)を結んだ仲だ。

 

 俺の方から探して、お(まね)きしようと思っていたが、(さいわ)い、俺を見捨てず自分から会いに来てくださった。

 いやあ、ほんとうに願った通りになりましたよ!」

 

 というわけで、劉邦は、その場で項伯を射陽侯(しゃようこう)(ほう)じ……

 なんと、項伯に(りゅう)氏の(せい)まで(たまわ)った。

 つまり項伯は、主君劉邦の一族に加えられたわけである。

 

 これ以後、項伯は劉纏(りゅうてん)(てん)は項伯の(いみな))と名乗(なの)るようになる。

 

 項伯は喜び、劉邦に感謝の言葉を()べた。

 

 

   *

 

 

 この項伯の行動を、人々は、次のように(そし)ったとも言われている。

「項伯は浅ましい奴だ。

 長く覇王項羽の臣だったうえに、同じ宗室(そうしつ)の親族でもあったというのに、()のために節度を守って死ぬことができず、漢の封爵(ほうしゃく)を受けて満足しやがった。

 

 あまつさえ、(りゅう)氏に改姓(かいせい)までして、平然としている。

 人間には恥辱というものがあるのを知らないのだ。

 本当に、(かね)(むさぼ)(せい)を盗む小人(しょうじん)だ。

 

 周蘭(しゅうらん)桓楚(かんそ)などは、覇王の一族でも親戚でもないうえ、項伯の半分も報酬(ほうしゅう)を与えられていなかったのに、乱戦の中で(あるじ)のために討死(うちじに)した。

 

 それに比べれば、項伯などは、ああだこうだ議論する価値も無い。

 同列に語るのも、おこがましいというものだ」

 と……

 

 

(巻十三へ、つづく)

 

 

 

 

 

■次回予告■

 

 (いくさ)が終わり、一夜明け、ついに太平の世が(おとず)れるかと思いきや、そう簡単に事が運ばぬのが憂世(うきよ)の常。人間の持つ欲と不安と疑心暗鬼は平和なればこそ弥増(いやま)して、あらたな(いさか)いの苗床(なえどこ)と化す。

 望みもせぬのにまだまだ続く皇帝劉邦苦難の旅路。極みは果たして、奈辺(なへん)にありや。

 

 次回「龍虎戦記」第七十四回

 『論功行賞』

 

 ()う、ご期待!




●注釈
(1)
 かくして楚漢戦争は終結した。
 項羽と劉邦の戦いを描く戦記物語としては、今回で終止符を打つのが最もすわりが良い、ということは疑う余地も無い。実際、横山光輝の漫画「項羽と劉邦」や司馬遼太郎の小説「項羽と劉邦」などは、項羽の死をもってストーリーを完結させている。
 ただ、原典の「通俗漢楚軍談」や「西漢通俗演義」は、さらにこの先、劉邦の死までを描き切っている。分量においても、項羽死後のエピソードが「軍談」では全15巻中の3巻分、「演義」では全101回中の17回分と、かなり大きな割合を占めている。これを単なる蛇足のエピローグとして切り捨ててよいものだろうか。
 筆者が思うに、確かに物語中の最も重大な事件は今回で解決した。だが、物語の根底を成すテーマは、いまだ語り尽くされていないのではないだろうか。一説によると、物語とは初めの場所から旅に出て、また元の場所に帰ってくる道のりのことであるという。始皇帝の狂気から出発したこの物語は、ここから先、楚漢戦争終結後のエピソード群によって、確かに元の位置に戻ってきているように思えるのだ。
 そこで本作は、可能な限り「軍談」に沿って描くという元々のコンセプトに従い、このまま「軍談」の最終巻、「演義」の最終回までに相当する物語を書ききりたいと思う。順調にいけば全15巻89回で完結の予定である。ここまで読み進めてきてくださった皆様には、もう少しだけお付き合いいただければ幸いです。

(2)
 項羽の首を取った(りょ)()(とう)はともかく、そこに遅れて駆けつけただけの他4将までが、(りょ)()(とう)と同列の封爵(ほうしゃく)を受けている。この点に不自然を感じた方もおられたかもしれない。
 「西漢通俗演義」および「通俗漢楚軍談」ではボカされているのだが、「史記・項羽本紀」には、この件の背景が記録されている。実は史実では、項羽が自殺した後、恩賞に目のくらんだ漢の将兵が殺到し、項羽の死体の奪い合いを始めたのである。このとき味方同士で激しい争奪戦が繰り広げられ、数十人もの死者を出した。そして最終的には、5人の大将がそれぞれ項羽の()()を手に入れた。
 そのため劉邦は、約束の領地1万戸を5分割し、それぞれに分け与えることにした。このとき項羽の死体を持ち帰った大将こそが、本編に登場した(りょ)()(とう)以下の5名なのである。
 万戸侯(ばんここう)に与えられる領地は、列侯の中でも最大級。蕭何(しょうか)・張良・曹参(そうさん)あたりと同格、と言えば、どれほどのものか想像できよう。そこから得られる税収は莫大な物となり、子々孫々に至るまでの裕福な暮らしが約束される。血眼(ちまなこ)になって奪い合うのも無理はない……だが、それにしても、すさまじい話ではある。

(3)
 項王(びょう)の大蛇に関する逸話が挿入されたが、この部分は「西漢通俗演義」には存在しない。「通俗漢楚軍談」の独自の増補と思われる。
 ただし、この逸話自体はちゃんと漢籍に由来がある。(みん)代の官僚朱国禎(しゅこくてい)(あらわ)した雑記集「湧幢(ゆうどう)小品(しょうひん)・巻二十二・項廟詩」に、以下のような文章がある。
完顔亮(かんがんりょう)(きん)の第4代皇帝、海陵王)が和州(烏江(うこう)を含む州)に来たとき、項王(びょう)で占いをしたところ、『長江を渡るのは不吉』と出た。この結果に完顔亮(かんがんりょう)は怒り、(びょう)を燃やそうとした。
 すると突然大蛇が建物から現れ、背後の林が数千人の兵士が来たかのように騒がしくなった。そのため完顔亮(かんがんりょう)は驚き、逃げてしまった』
 この完顔亮(かんがんりょう)は、とんでもない暴虐の君主として知られている。その行いが(たた)って部下に殺されたうえ、死後に王位を剥奪されるハメになってしまった。

(4)
 『この項伯の行動を、人々は、次のように(そし)った』以下の部分も、「西漢通俗演義」に存在しない。「通俗漢楚軍談」の増補だろう。

(5)
 基本的には「通俗漢楚軍談」の記述を尊重する方針で書いてきた本作だが、実は、第七十一回「四面楚歌」から今回までは、筆者独自の心理描写や情景描写などを普段より多めに補ってある。具体的には、主に虞姫(ぐき)・項羽・劉邦のセリフや表情などに、独自解釈の描写を追加した。筆者があまりにもこのあたりのシーンが好きすぎるため、よりドラマチックに演出したいという欲求を抑えきれず、つい我を出してしまったのである。許してください。
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