韓信捕縛という目的を果たした劉邦は、都への帰路についた。
陽翟に宿を取り、その翌日には洛陽を過ぎて、関中に入る。
こうして劉邦は、無事、都へ帰還した。
その翌朝。
文武の群臣は、早朝の謁見のために集合すると、劉邦の前で左右に分かれて列を作った。
そのとき、大夫の田肯が列から進み出て言った。
「皇帝陛下は、韓信を得たことによって関中を治め、世にふたつとない偉業を成しとげられました。
韓信の功績は、はなはだ偉大であります。
しかし陛下は、人々の言葉に流され、巡狩と偽って雲夢に遊幸なさり、韓信を捕らえて戻ってこられました。
そもそも関中は、かつて秦の強さを支えた形勝の国。つまり、守りに適した堅固な土地でございます。
険しい山河が帯のように横たわり、他国からは千里も隔てられている。
たとえ敵が100万の軍勢で攻めてこようと、こちらに2万ほどの兵があれば、十分に守ることができましょう。
そのうえ、関中の地勢は大変に便利。
この地から諸侯に協力を求めれば、援軍は、高い屋根から水瓶の水を落とすような勢いで集まってくるでしょう。
一方、斉の地は、東に琅琊・即墨という豊かな土地があり、南は泰山が守りを固め、西は濁った黄河に沿い、北には渤海の水利がございます。
斉の広さは実に2千里。
敵が100万の兵で攻めてきても、守る側は10分の2の兵力で守りきれる。それが斉という国です。
この2国が手に入ったのは、皆これ韓信の功績でございます。
韓信が三秦を攻め取り、斉を攻略したからこそ、これらの国は皇帝陛下の手中に収まったのです。
陛下は、ご自身で秦の土地に都を置き、安寧を享受しておられます。
また、斉の国には、そのうち御一族のどなたかを封じなさるおつもりでしょう。
このように秦斉両国の恩恵を得ているにもかかわらず、その2国を手に入れた韓信を捕らえ、罪も無く誅殺しようとしておられる。
以前の陛下であれば、こんなことは、なさらなかったはず。
臣は思います。どうして陛下は、これほど冷たくなってしまわれたのかと!」
劉邦は、うめきながら言い返した。
「大夫の言うことには、確かに理がある、と思う……
だが、韓信は長いあいだ異心を抱いていた。きっと遠くない未来に乱を起こすだろう。
だから、疑わないわけには、いかないんだ」
田肯が言う。
「それほど韓信をお疑いならば、彼に兵権を与えなければよいのです。
韓信から軍事力を剥奪し、この咸陽に住まわせておく……これで無事に収まるのではありませんか?」
劉邦は、パッと顔に喜色を浮かべた。
「あっ、そうか! それで良かったんだ!」
劉邦は、田肯に褒美として黄金500斤を賜わった。
*
劉邦は、さっそく韓信を朝廷に呼び出した。
劉邦は、その場で韓信を釈放し、こう諭した。
「韓信将軍。
汝が楚に背いて漢へ来たとき、俺は祭壇を築いて汝を大元帥に任命した。
ああして重大な役目を任せたのは、韓信将軍を本当に頼りにしていたからだ。
汝を斉王に封じ、その後、楚に改封した。
こうして王爵を与えたのは、汝の功績に報いるためだ。
その待遇は、『すごく手厚かった』と言えるんじゃないか?
その汝が鍾離昧を匿い、異心を抱くだなんて、俺は予想だにしていなかった。
俺は、その罪を正そうと思い、汝を捕らえて、ここに連れてきた。
本当なら、重く罪に問うところだ。
しかし、卿が開国の元勲であることを考慮に入れて、命は助けようと思う。
汝の罪を許し、あらためて淮陰侯に封じる。
これからは都に住まいを構え、朝廷に出仕し、きれいに心を入れ替えて前非を悔い、真心をこめて国に尽くせ。
そうすれば、いつか再び汝を王爵に封じ、楚を破った功績に負けないほどの位につけてやることも、できるようになるだろう」
かくして、韓信は王位を剥奪され、侯にまで格下げとなったものの、処刑だけは免れた。
この処分は、劉邦としては、最大限の恩情のつもりだった。
韓信もまた、その場では感謝の言葉を述べたのだが……
韓信は内心けっしてこの処分に納得していなかった。
韓信は、他の侯たちと同列に置かれることを恥じ、これ以後は病気と称して自宅に閉じこもり、朝廷に顔を出さなくなってしまった。
*
ともかくも、楚軍残党をめぐるイザコザは、ついに全て決着をみた。
劉邦は都咸陽に腰を落ち着け、静かになった天下を治めるべく、新たな政策に力を注ぎはじめた。
まず劉邦は、儒者叔孫通に命じて、宮中での礼儀作法を制定させた。
これは、荒くれ者の多い漢の大将たちを落ち着かせるための施策である。
蕭何には、新たに法律の体系を定めさせた。
かつて劉邦が定めた『法三章』は、分かりやすく人民に喜ばれたが、それだけでは治安を維持できなくなりつつあったからである。
また、祖先の霊廟や社稷(土地の神を祀る祭壇)を立て、祭祀の場を整えた。
長男の劉盈を皇太子として立て、やがてくる皇位継承のための道筋をつけた。
そして5日に1回は父太公のもとを訪れ、家族として、父子の礼を尽くして父に接した。
*
あるとき、太公に仕える近侍の臣が、太公に言った。
「古より、『天に二日無く、民に二王無し』と申します。
皇帝陛下は、もちろん人の子ではありますが、天下の王でもあらせられるのです。
太公と皇帝陛下の関係は、一家の中で論じるなら、父と子でございましょう。
しかし、国家の中で論じるなら、主君と臣の関係でございます。
主君が臣下を拝むようなことが、あってよいものでしょうか?」
太公は、このときはじめて、自分が礼を失していたことを悟った。
そこで、ある日。
劉邦が訪ねてくると、太公は、みずから箒を持って、門の脇に立って劉邦を迎えた。
箒を持って立つのは、賓客を迎えるときの礼儀作法である。
劉邦は、これを見て大いに驚いた。
「親父様! なんで、そんな臣下みたいな礼儀をやってるんだよ?」
太公は答えて言う。
「皇帝陛下は、天下の人々の主であらせられます。
わし1人だけが、天下の礼法を乱すわけには、まいりません」
父が、かしこまった態度で自分を迎える……
そんな父の姿を見て、劉邦は無性に寂しくなった。
なるほど、確かに劉邦は皇帝である。身分のうえでは一般人に過ぎない太公が皇帝に向かって偉そうにしていたのでは、他の者たちにしめしがつかない。
だが劉邦には、父に対して孝養を尽くしたいという気持ちがある。父の前では、皇帝である以前に1人の息子でいたいのだ。
そこで劉邦は、一計を案じた。
*
劉邦は群臣と相談し、以下のような詔書を作って、天下に告知した。
『家族の中で、父と子ほど親しい関係は他にない。
ゆえに、父が天下を手に入れれば、それを息子に継承させる。
子が天下を手に入れれば、その尊さは父にも及ぶ。
これこそ人道の極みである。
これまで天下は大いに乱れ、いくつもの戦が同時に起きて、万民は苦しめられてきた。
そこで朕は、みずから鎧を纏い、鋭い武器を握り、軍勢を率いて戦った。
多くの危難を乗り越え、秦の大乱を平定し、諸侯を立て、敵兵を食い止め、民衆を安息させ、ついに天下に大いなる平安をもたらすことができた。
これは、すべて我が父、太公が朕を教え育ててくれた結果である。
諸侯、将軍、群臣、大夫が、朕を皇帝として立てた。
しかし、我が父太公には、いまだ尊号がない。
そこで今、太公に尊号を贈り、太上皇とする』
太上皇とは、かつて秦の始皇帝が、亡き父に追尊した尊号である。
劉邦は、これを太公に尊号として贈ることで、太公を自分より上の地位に置いたのだ。
これで父子と君臣の上下関係の矛盾は解消された。
劉邦が太公を敬って見せても、制度上、なんの問題もなくなったわけである。
*
太公が太上皇の地位につくと、群臣は、皆で祝賀の言葉を述べた。
劉邦は、その返礼として盛大に酒宴を開き、群臣たちを労った。
天下泰平と平穏無事を象徴するかのような、晴れがましい宴に、一同は酔いしれた……
が。
その酒宴の最中、韓国の馬邑県から、急報が飛び込んできた。
「申し上げます!
北方の異民族匈奴の君主、冒頓単于が挙兵し、韓国へ侵攻してきました!
韓王姫信は、匈奴の猛攻に対抗することができず、窮地に追い込まれ……
その結果、なんと韓王姫信は、麾下の軍勢を連れて匈奴に帰順。我が漢に対して謀反いたしました!
韓王姫信は太原を侵略し、白土人の曼丘臣・王黄などと語らい、趙の将軍であった趙利を勝手に王としました。
そして30万の軍勢を集め、周囲の郡県を脅かしつつあります。
人民は不安に駆られております。
どうか陛下、兵をお出しになって、この反乱を収めてくださいませ!」
*
劉邦は驚き、急いで謀士陳平たちを集めて、緊急会議を開いた。
臣の1人が提案する。
「近隣諸国に出兵を命じ、大軍に纏めあげてから匈奴や姫信を征伐しよう」
別の者が異を唱える。
「いや、事態は急を要する。
悠長に大軍を集めていては手遅れになるかもしれん。
手元にある兵だけでも、すぐ太原に向かわせるべきだ」
このように、諸臣の意見は、まちまちだった。
会議は紛糾し、なかなか結論が出ない。
劉邦は、しびれを切らして、こう宣言した。
「汝らの意見は、凶賊の群を征服するには不十分だ!
こうなったら、この俺が自ら大軍を率いて出陣し、各地の軍勢を集めながら攻撃を仕掛ける!
俺の手で北方の地を攻め取り、賊徒どもが二度と暴れられないようにしてやる!」
劉邦は、相国蕭何に関中の守りを命じ、自分は親征(君主みずから出征すること)の準備に取りかかった。
まずは、反乱軍の状況を探るべく、千戸(約千人の兵を率いる部隊長)を10人先行させた。
そのうえで劉邦自身は、曹参、樊噲、靳歙、盧綰ら20人の大将と精兵30万人を率い、都から出陣したのだった。
(つづく)
■次回予告■
突如北より襲来した新たな脅威、匈奴の覇者冒頓単于。百戦錬磨の漢軍さえも翻弄する智謀を前に、劉邦は絶体絶命の危機に陥る。
鴻門、睢水、滎陽にも並ぶ生涯最大の苦難から、果たして劉邦は生還することができるのか?
次回「龍虎戦記」第七十八回
『白登山の屈辱』
乞う、ご期待!