龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
劉邦が
このとき
新都建設の指揮を
*
劉邦は、新宮殿が完成したと聞くと、大いに喜んだ。
「おお、とうとうできあがったのか! よし、さっそく
というわけで、劉邦は
ところが……
劉邦は、
想像をはるかに超えた、とてつもなく壮麗な宮殿だったからである。
あちこちに惜しげもなく
どこもかしこもキラキラと輝き、目がくらむほどだ。
劉邦は猛然と怒り、
「
今はまだ天下が騒がしく、戦争が収まりきっていない時期なんだぞ。
この先どうなるか、分かったもんじゃない。
だから俺たちは、
そんな時に、こんなとんでもなく豪華な宮殿を建てるなんて! この建造費を
しかし
「この程度の宮殿であれば、
それに、なにも
天子とは、四海(世界)を家とする存在。
その宮殿が十分に壮麗でなかったら、世に威勢を示すことができません。
威を見せつけて諸侯を平伏させるのも、平和を保つための大切な仕事……天子たるものには、それ相応の住居が必要なのです。
さらに言えば、いま十分に豪華な宮殿を建てておけば、かえって
これが臣の考えであります」
「なるほど……」
劉邦は
やがて劉邦は腕をほどき、にやり、と笑ってみせた。
「いいことを思いついたぞ。
せっかく、これだけの宮殿が完成したんだ。俺ひとりで楽しむのは、もったいないよな!」
*
劉邦は、さっそくこんな告知を出した。
「
実に劉邦らしい、カラリとした愉快な思いつきであった。
というわけで、劉邦の
その中には、もちろん、劉邦の父
大宴会の当日、
なんと豪華な宮殿だろう。
伝説によれば、
また、名高い仙女西王母は、
その
そう思えるほどに、
宮殿の中では、楽師たちが
奥の方からは、
宴会場の広間に入ってみれば、王公や
まるで
客の顔ぶれをみれば、
皇帝
こうして、
めでたい席であるから、よけいに酒も進む。
劉邦は数杯をたちまち飲み干すと、
「なあ父上、覚えておられますか?
昔、臣は
だから父上は、いつも臣を
それが今や、この宴会、この宮殿! 立派なもんでしょう?
どうです父上。今の臣を見て、ご感想は?」
「今でも
劉邦は、これを聞いて大笑いした。
宴席の群臣たちも、爆笑しながら劉邦を
この日は、父子群臣みんなで歓楽を尽くし……
日暮れ頃、
*
さて、その翌日……
劉邦は1人で宮殿の奥に座り、じっと考え込んでいた。
昨日の大宴会で、ひとつ気がかりなことがあったからである。
韓信。
もちろん劉邦は韓信も宴会に招待したのだが……韓信は、結局あらわれなかった。
いや、昨日の宴会だけではない。実のところ韓信は、王位を
劉邦は、
「近ごろ韓信は、
だから、ちょっと韓信の家へ使者として行ってきてくれ。
韓信に、こう伝えるんだ。
『俺は、汝が心と力を尽くして功労を立ててくれたことを、ずっと忘れてないぞ。とにかく一度、顔を見せてくれよ。酒でも飲みながら、つもる話をしようじゃないか』……ってな」
使者は、さっそく韓信の家へ向かい……
しばらくすると、使者は、韓信を連れて戻ってきた。
劉邦は、ニコニコと笑いながら、韓信を迎えた。
「おお、韓信! しばらくぶりだなあ!
最近、
いや、来てくれてよかったよ!」
韓信が言う。
「
あのころ無理をしすぎたせいか、今になって体を壊してしまったのです。
一時期すこしは良くなっていたのですが、やることもなく家にジッとしていると、また病気が再発いたしまして。
陛下のお顔を拝見したいという思いはありながら、それができない自分の病弱さを呪っておりました」
劉邦が、心配そうに眉をひそめる。
「病気なら、医者に
そういうのは、
韓信が、首を横に振る。
「この病気は、仕事がなく
もし仕事が多ければ、
ぴくり、と劉邦の眉が動いた。韓信の
だが劉邦は、つとめて笑顔を保ちつづけた。
「
なにか異変が起きたら、それに臨機応変に対応できる能力の持ち主なんだ。
いつまでも
今日もな、
今後のために大将たちの配置を再考していきたいんだが、その能力の評価が難しくてなあ。
敵を防ぐ才能があるのは誰か?
多くの兵を
「臣の愚見でよろしければ」
劉邦は、大将の名を1人ずつ
こういうことに関しては、さすが韓信である。無数にいる大将たちの性格、能力、実績などを
劉邦は、しきりにうなずきながら聞き、韓信の目の鋭さを喜んだ。
一通り大将の評価が済んだところで、劉邦は、ちょっとした雑談のつもりで、こんな質問をした。
「ところで韓信。
俺の評価はどうだろう? 俺だったら、何人くらいの兵を統率できると思う?」
韓信は答えた。
「陛下ならば、10万を越えない程度の兵を統率できるでしょう」
10万といえば大軍である。
漢の大将たちの中でも、10万規模の軍を自在に操れる者は、決して多くない。
韓信のことだから、お世辞でもなんでもなく、本当に劉邦を1人の将として高く評価しているのだろう。
劉邦は喜び、重ねてこう
「そうかそうか、10万か。俺も、なかなか捨てたもんじゃないな!
じゃあ、
韓信は即答した。
「
劉邦は目を丸くした。
なんという自信であろう。『
劉邦は、わずかに笑顔を引きつらせた。
「言うじゃないか、韓信よ。
でも、それならどうして、
韓信は、
「陛下は、兵を統率することに関しては、先ほど申し上げたくらいの力しかありません。
しかし陛下には、多くの大将や元帥を統率する才能がございます。
臣が陛下に捕らえられたのは、これが理由です。
将を
臣のような普通の人間がどれほど力を尽くそうと、
劉邦は大いに笑い、韓信の言葉を喜んだ。
……いや。喜んでいる、ような顔をしてみせた。
少なくとも、その場では。
*
実のところ、劉邦の胸中では、暗い疑いの心が渦を巻いていた。
韓信の態度や言葉の
「ひょっとして、何か
そんな不安に駆られた劉邦は、その後も韓信を用いようとせず、ただ飼い殺しにし続けた。
こうした劉邦の行動が意味するものを、読み取れないような韓信ではない。
韓信は、ますます
劉邦と韓信。
ふたりの間に走った亀裂は、今や、決定的なものとなりつつあった……
(巻十四へ、つづく)
■次回予告■
漢建国の功臣張良。その多大なる功労に王爵の
今や一個の人間でなく皇帝という概念に成り果てつつある劉邦の、脳を侵しゆく厚い暗雲。やがて来たるべき鮮血の嵐を避けるため、希代の賢者は、一人しずかに世を捨てる。
次回「龍虎戦記」第七十九回
『赤松子の遊ぶに従い』