龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

240 / 240
七十九の下 赤松子の遊ぶに従い

 

 

 劉敬(りゅうけい)は、偽(にせ)公主を連れて、匈奴(きょうど)の支配する太原の街へ、やってきた。

 

 劉敬(りゅうけい)は、太原城の前まで来ると、まず冒頓(ぼくとつ)のもとへ人を送って、こう伝えた。

「漢帝は、公主を送って冒頓(ぼくとつ)単于(ぜんう)と婚姻(こんいん)を結び、親族の盟約(めいやく)をなして、相互不可侵を誓いたいと申しておいでです」

 

 冒頓(ぼくとつ)は、これを聞くと、ななめならず喜んだ。

 

 冒頓(ぼくとつ)は、すぐに城門の外まで出迎えに行き、劉敬(りゅうけい)一行を城内に招き入れた。

 そして、ひとまず例の公主(偽(にせ)公主)を公館で休ませると、劉敬(りゅうけい)と会見して詔書(しょうしょ)を受け取った。

 

 劉邦からの詔書(しょうしょ)に曰(いわ)く……

 

『古(いにしえ)の五帝は、互いに譲りあって道義を興(おこ)した。

 夏(か)・殷(いん)・周(しゅう)の三王は徳が盛(さか)んであったので、遠方の国々まで服従させた。

 中華の内と外という違いはあれど、すべては最終的に正統なる王朝に帰服する定(さだ)めである。

 

 しかるに今、冒頓(ぼくとつ)は軍を太原に入れ、土地を侵略し、人々を騒がせている。

 好き勝手に跋扈(ばっこ)し、慎(つつし)みがない。

 どうもこれは、革命――天命を革(あらた)める行為とは違うようだ。

 

 かつて朕(ちん)は、白登山(はくとさん)で誤(あやま)って詭計(きけい)にハマり、包囲されてしまった。

 ゆえに、あの時の過(あやま)ちを反省し、王軍を大(おお)いに奮(ふる)い立たせ、北伐(ほくばつ)の陣を張って、以前の憤(いきどお)りを雪(そそ)ぎたいと考えていた。

 

 しかし、群臣が何度も宮廷の門を叩き、朕(ちん)を諌(いさ)めてくれた。

 群臣は言う。戦うのではなく和睦(わぼく)を講(こう)じ、美人を送るという約束を復活させ、南北に遠く離れた我らで一家の好(よしみ)を結ぶべきであると。

 そして爾(なんじ)を単于(ぜんう)王に封(ほう)じ、公主を爾(なんじ)に嫁(とつ)がせ、永遠の縁(えん)を結んで100代先の未来までそれを破らぬようにすべきだと。

 

 この詔書(しょうしょ)が届いたら、朕(ちん)の命(めい)に反することのないようにせよ。

 ゆえに、ここに詔示(しょうじ)す』

 

 冒頓(ぼくとつ)は、詔書(しょうしょ)を読み終えると、劉邦のいる南の方角を向いて拝伏し、叩首(こうしゅ)(頭を地につけるお辞儀)した。

 そして、蕃族(ばんぞく)の舞姫を呼んで胡楽(こがく)(北方異民族の音楽)を演奏させ、公主を迎え入れて、酒宴によって、もてなした。

 

 かくして、冒頓(ぼくとつ)は漢と和親を為すことになった。

 これ全て、劉敬(りゅうけい)の力によるものであった。

 

 

   *

 

 

 劉敬(りゅうけい)は、冒頓(ぼくとつ)に別れの挨拶をして都(みやこ)に帰り、劉邦に事(こと)の子細(しさい)を報告した。

 劉邦は大(おお)いに喜び、劉敬(りゅうけい)に重く恩賞を与えた。

 

 ここで劉敬(りゅうけい)は、さらなる提言を行った。

「ところで陛下。

 この都(みやこ)がある秦(しん)の地は、度重(たびかさ)なる戦乱によって荒廃してしまいました。

 土地は豊かなのに、それを耕す住民が少ない状態なのです。

 

 さらに、北を見れば、すぐ近くに胡(こ)(異民族)の野蛮人がおり、東を見れば、盛(さか)んなる六国があります。

 ひとたび変事が起きた日には、陛下は、枕を高くして眠れなくなるでしょう。

 

 そこで臣が考えますに、斉(せい)・楚(そ)・燕(えん)・趙(ちょう)・韓(かん)・魏(ぎ)の王家の末裔(まつえい)、ならびに各地の豪傑・名家の人々を、ことごとく関中へ移住させましょう。

 彼らに開墾(かいこん)をさせ、田を肥(こ)やすのです。

 

 こうして増加させた人口は、無事の時には羌(きょう)や胡(こ)などの異民族に対する備えになりますし、有事の時には東方へ遠征するための兵力とすることができます。

 これすなわち、国家の根本を強くする術、長く久しく国家を安定させる策でございます」

 

 劉邦は、大(おお)いに納得した様子で、うなずいた。

「よし!」

 

 というわけで、劉邦は、すぐに詔(みこのとり)を送り、六国の末裔(まつえい)と豪傑・名家を関中へ移住させた。

 その人数は、実に10万人あまりにも達したという。

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

■次回予告■

 

 北の異民族の侵入を受け、討伐(とうばつ)を命(めい)じられた武将、陳豨(ちんき)。だがその出陣前夜、彼の耳にそっと囁(ささや)く男が1人。

 かつては国士無双の大元帥、今では列侯の1人に過ぎぬ韓信が、陳豨(ちんき)の不安を掻き立てる。それは親切心から為した助言か、はたまた乱を呼ぶ悪魔の声か。

 

 次回「龍虎戦記」第八十回

 『そそのかす者』

 

 乞(こ)う、ご期待!




●注釈
 劉敬(りゅうけい)のセリフに、『冒頓(ぼくとつ)は、先代単于(ぜんう)であった父を殺して地位を奪い、継母(ままはは)たちまで自分の妻としてしまった、犬(いぬ)畜生(ちくしょう)のような男です』とあった。
 冒頓(ぼくとつ)が父殺しによって単于(ぜんう)の地位を得たことは「史記・匈奴列伝」に記述がある。それによれば、父殺しの経緯は以下のようなものであった。
 冒頓(ぼくとつ)は、頭曼(とうまん)単于(ぜんう)の嫡子として生まれた。
 だが冒頓(ぼくとつ)の異母弟が生まれると、その母親が頭曼(とうまん)単于(ぜんう)をそそのかし、冒頓(ぼくとつ)を謀殺させようとした。
 絶体絶命の危機に陥った冒頓(ぼくとつ)だったが、持ち前の勇気でどうにか生き延びることに成功。この一件によって、冒頓(ぼくとつ)を殺そうとしたはずの父頭曼(とうまん)単于(ぜんう)は、かえって冒頓(ぼくとつ)を高く評価したらしい。
 しかし冒頓(ぼくとつ)は、父に殺されかけた恨みを忘れていなかった。
 あるとき冒頓(ぼくとつ)は、鏑矢(かぶらや)を作り、部下の軍勢に命じた。
「俺がこの鏑矢(かぶらや)を射たところへ、お前たちも矢を射かけろ。射ない者は斬る」
 冒頓(ぼくとつ)は狩りに出て、鳥獣に向けて鏑矢(かぶらや)を放った。兵たちは命令どおり続けて矢を放ち鳥獣を射殺したが、中には命令に反して矢を射ない者もいた。射なかった者を、冒頓(ぼくとつ)は斬り殺した。
 次に冒頓(ぼくとつ)は自分の馬へ、そしてその次には、あろうことか自分の妻へ向けて鏑矢(かぶらや)を射た。つまり、兵たちは『主君の愛馬や妻を射殺せ』と命令されたわけである。当然、恐れて矢を放てなくなる兵が続出したが、冒頓(ぼくとつ)はそれを容赦なく斬り捨てていった。
 この恐るべき選別を経て、主君の命令とあらばどんな相手にでも躊躇(ためら)いなく矢を撃てる精兵だけが残った。
 こうして自分の手足のように動く軍勢を作り上げた冒頓(ぼくとつ)は、父頭曼(とうまん)単于(ぜんう)と一緒に狩りに出た。
 そこで冒頓(ぼくとつ)が父に鏑矢(かぶらや)を射ると、部下たちは一斉に頭曼(とうまん)単于(ぜんう)に矢を撃ちこみ、殺してしまった。冒頓(ぼくとつ)はそのまま継母と弟も誅殺し、ついに単于(ぜんう)の地位をつかんだのである。
 また、『継母(ままはは)たちまで自分の妻としてしまった』とあるが、これは夫と死に別れた妻が亡夫の親族と再婚するというレビラト婚の一種である。匈奴をはじめとする北方遊牧民の社会に広く見られた風習で、彼らにとっては特におかしなことではなかったはずだが、儒教的倫理観が支配的な中国では不義の行為として強く嫌悪された。『犬(いぬ)畜生(ちくしょう)のよう』という強烈な非難は、このような文化の違いを背景としている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。