劉敬は、偽公主を連れて、匈奴の支配する太原の街へ、やってきた。
劉敬は、太原城の前まで来ると、まず冒頓のもとへ人を送って、こう伝えた。
「漢帝は、公主を送って冒頓単于と婚姻を結び、親族の盟約をなして、相互不可侵を誓いたいと申しておいでです」
冒頓は、これを聞くと、ななめならず喜んだ。
冒頓は、すぐに城門の外まで出迎えに行き、劉敬一行を城内に招き入れた。
そして、ひとまず例の公主(偽公主)を公館で休ませると、劉敬と会見して詔書を受け取った。
劉邦からの詔書に曰く……
『古の五帝は、互いに譲りあって道義を興した。
夏・殷・周の三王は徳が盛んであったので、遠方の国々まで服従させた。
中華の内と外という違いはあれど、すべては最終的に正統なる王朝に帰服する定めである。
しかるに今、冒頓は軍を太原に入れ、土地を侵略し、人々を騒がせている。
好き勝手に跋扈し、慎みがない。
どうもこれは、革命――天命を革める行為とは違うようだ。
かつて朕は、白登山で誤って詭計にハマり、包囲されてしまった。
ゆえに、あの時の過ちを反省し、王軍を大いに奮い立たせ、北伐の陣を張って、以前の憤りを雪ぎたいと考えていた。
しかし、群臣が何度も宮廷の門を叩き、朕を諌めてくれた。
群臣は言う。戦うのではなく和睦を講じ、美人を送るという約束を復活させ、南北に遠く離れた我らで一家の好を結ぶべきであると。
そして爾を単于王に封じ、公主を爾に嫁がせ、永遠の縁を結んで100代先の未来までそれを破らぬようにすべきだと。
この詔書が届いたら、朕の命に反することのないようにせよ。
ゆえに、ここに詔示す』
冒頓は、詔書を読み終えると、劉邦のいる南の方角を向いて拝伏し、叩首(頭を地につけるお辞儀)した。
そして、蕃族の舞姫を呼んで胡楽(北方異民族の音楽)を演奏させ、公主を迎え入れて、酒宴によって、もてなした。
かくして、冒頓は漢と和親を為すことになった。
これ全て、劉敬の力によるものであった。
*
劉敬は、冒頓に別れの挨拶をして都に帰り、劉邦に事の子細を報告した。
劉邦は大いに喜び、劉敬に重く恩賞を与えた。
ここで劉敬は、さらなる提言を行った。
「ところで陛下。
この都がある秦の地は、度重なる戦乱によって荒廃してしまいました。
土地は豊かなのに、それを耕す住民が少ない状態なのです。
さらに、北を見れば、すぐ近くに胡(異民族)の野蛮人がおり、東を見れば、盛んなる六国があります。
ひとたび変事が起きた日には、陛下は、枕を高くして眠れなくなるでしょう。
そこで臣が考えますに、斉・楚・燕・趙・韓・魏の王家の末裔、ならびに各地の豪傑・名家の人々を、ことごとく関中へ移住させましょう。
彼らに開墾をさせ、田を肥やすのです。
こうして増加させた人口は、無事の時には羌や胡などの異民族に対する備えになりますし、有事の時には東方へ遠征するための兵力とすることができます。
これすなわち、国家の根本を強くする術、長く久しく国家を安定させる策でございます」
劉邦は、大いに納得した様子で、うなずいた。
「よし!」
というわけで、劉邦は、すぐに詔を送り、六国の末裔と豪傑・名家を関中へ移住させた。
その人数は、実に10万人あまりにも達したという。
(つづく)
■次回予告■
北の異民族の侵入を受け、討伐を命じられた武将、陳豨。だがその出陣前夜、彼の耳にそっと囁く男が1人。
かつては国士無双の大元帥、今では列侯の1人に過ぎぬ韓信が、陳豨の不安を掻き立てる。それは親切心から為した助言か、はたまた乱を呼ぶ悪魔の声か。
次回「龍虎戦記」第八十回
『そそのかす者』
乞う、ご期待!