匈奴の冒頓単于と和睦して以来、関中では平穏無事の時が続いていた。
上は朝廷から下は山野の愚民まで、喜び楽しまぬ者はいない、というほどであった。
ところで、これはずいぶん前の話だが……
かつて劉邦が睢水で大敗したとき、逃亡の途中で戚家村というところを通り、戚氏の老翁に宿を貸してもらったことがあった。
このとき劉邦は、戚氏の娘と出会った。
この娘は、すばらしい美貌の持ち主だった。
春まっさかりのみずみずしい桃花さえ、負けを認めて萎れてしまうほどの粧い。
風を含んで流れる垂れ柳のごとき立ち姿。
伝説の美女毛嬙や西施も、この娘の前では思い上がりを恥じて顔を隠す、というほどであった。
この娘に劉邦は一目惚れし、後に召し出して側室とした。
(第四十七回参照)
戚氏の娘……すなわち戚姫は、劉邦の寵愛を一身に受けた。
年月を経て、戚姫は、劉邦の三男となる男子を生んだ。
その子は如意と名付けられ、すくすくと成長していった。
如意は、利発で機敏な子であった。
何を学ばせても、人より上手くやってのける。
文才においても武芸においても優秀な如意を、劉邦は、ことのほか可愛がった。
こうなると、必然的に比較対象とされるのが、他の兄弟たちである。
特に、呂皇后との間に生まれた長男劉盈は、弟に比べて、どうしても見劣りしてしまう。
いつのころからか、劉邦は、こんなことを考え始めた。
「太子の劉盈は、どうも柔弱すぎる。
あれじゃあ、皇帝となって天下を治めるのは無理だろう。
劉盈を廃嫡して、如意を太子に立てたほうがいいな……」
*
というわけで劉邦は、大臣たちを集めて、劉盈廃嫡の議論を始めた。
ギョッとしたのは大臣たちである。
平凡な長男を廃嫡し、利発な弟を太子に立てる……それが原因で血みどろの後継者争いに発展した例は、歴史上に数えきれないほど存在するのだ。
群臣は、みんなで先を争うように劉邦を諌めた。
だが劉邦は、よほど如意に皇帝の位を継がせたいと見えて、まったく翻意する気配がない。
そこから数日にわたる議論を経ても、まだ劉邦の気持ちは変わらなかった。
と……
その議論の最中、1人の臣が、いきなり、ものすごい大声をあげた。
「だ、だ、だ、だぁぁぁぁーめです! だぁぁーめです!
へ、へ、陛下のやろうとしていることは、わ、わ、わーざわざ乱を起こす道です!」
絶叫しながら宮殿に上ってきたのは、上大夫の周昌という男であった。
周昌は沛県の出身で、劉邦が秦への反乱軍を立ち上げた時からの臣である。
周昌は直言居士として知られていた。たとえ相手が劉邦であろうとも、ダメだと思ったらハッキリ言う。そういう性格なのだ。
ところが、この周昌、吃音でもあった。
だから劉邦に、
「乱を起こす道ってのは、どういうことだ?」
と聞かれると……
「う……うっ……」
このように、うまく言葉が出てこないのである。
ハッキリ言いたい! と強く思えば思うほど、かえって上手に言えなくなってしまう。なんともはや、もどかしい……
だが、そこで口を閉ざさないのが周昌という男であった。
周昌は決して諦めることなく、劉邦に切々と訴えた。
「く、く、く、口では説明でーきないですが……だ、ダメだということは、もう、ちゃんと分かっています。
へ、へ、陛下が太子を廃したいと詔しても、し、し、し、臣は、絶対に、しーたがいませんっ!」
劉邦は、周昌の言葉を聞くと、大声で笑いだした。
『口では説明できないが、とにかくダメだ』とは! 言ってることがムチャクチャである。
だが、ムチャクチャであればこそ、周昌の、まっすぐな忠義が胸に突き刺さってくる。
結局……
劉邦は周昌の諌言を受け入れ、劉盈の廃嫡を取り下げたのだった。
*
どうにか劉盈廃嫡を食い止めることができたので、諸臣は安堵し、朝廷から退出していった。
劉邦もまた後宮に入り、戚姫に会いに行った。
劉邦は、苦笑しながら戚姫に言った。
「如意を太子に立てようと思ったが、群臣総出で諌められたよ」
戚姫は、劉邦の耳元で、ささやいた。
「陛下……もし如意を愛してくださっているのでしたら、今日はダメでも、また後日、ゆるゆると再び図ってくださいませ」
劉邦は、戚姫に向けて、うなずいた。
「分かってるよ。愛するお前の言う通りにしよう」
どうやら、後継者争いの火種は、まだ燻っているようである……
*
それからしばらくした、ある日。
急を告げる早馬が、趙・代の方面から飛び込んできた。
「北蕃(異民族)の軍勢が、代州に攻め込んできました!
人民が逃げまどい、各郡県は制御不能の事態になっております。
急いで討伐しなければ、趙の地を守りきれなくなるでしょう!」
こんな報告が、1日のうちに3回も5回も飛んでくる。
まるで雪が風に乗って吹き込んでくるかのようだ。
劉邦は事態を重く見て、すぐに群臣を集めて会議を開いた。
その会議の場で、謀士陳平が言った。
「北蕃討伐を成しとげられるほどの戦上手といえば、英布、彭越、韓信でしょう。
しかし現在、英布と彭越は遠く梁・楚に都を構えております。呼んだとしても、到着には時間がかかります。
韓信は、ここ咸陽に住んでいるものの、兵権を持っておりませんので討伐は任せられません。
そこで……
代の相国で、陳豨という男がおります。
彼は知略・計略に優れ、武勇でも並の人間を超えている人物です。
この陳豨を大将に任命して、北蕃を討伐させなさいませ。
他の者では、蕃兵を破れないでしょう」
*
劉邦は、陳平の意見に従い、すぐに陳豨を呼び出した。
「陳豨よ。
俺は長いあいだ兵馬を動かしてきて、もう遠征には疲れてしまった。
それなのに今、北蕃の兵が代州を侵略している。その勢いは、すこぶる大きい。
そこで……
10万の精兵と、韓信が整えた兵器のすべてを、汝に預ける。
これを用いて、俺のかわりに賊徒を征伐せよ!
用心してかかれよ。
征討に成功したら、汝を代の王に封じてやろう」
陳豨は答えた。
「陛下は、数多ある諸将の中から、かたじけなくも臣を選んで勅命(天子じきじきの命令)を下してくださいました。
臣は、粉骨砕身して国のため力を尽くさずにはいられません。
ただ、策もなしに前進はできません。
10万では、兵が足りないように思われます。
この兵力では、強力な蕃兵を平定することは、できないでしょう」
劉邦は、「当然だ」と言わんばかりに、うなずいた。
「そうだろうな。だから汝に、この符印も授けておく。
これは軍権の証明だ。
もし兵馬が足りなければ、この符印を用いて、行く先々で兵を集めろ。
これなら十分な兵力を得られるだろう?」
「はっ! 承知いたしました!」
陳豨は、精兵10万を率いて、さっそく出発した。
(つづく)