陳豨反乱の情報は、まず趙・代の西にある西魏に伝わり、そこから長安の劉邦へと報告された。
劉邦は大いに驚き、すぐに蕭何と陳平を呼んだ。
「俺は陳豨を愛し、決して薄くない待遇をしてきたつもりだ。
一体どうして反乱してしまったんだ?」
蕭何が答えた。
「それは臣にも分かりませんが……
とにかく、今は対策を急ぐべきです。
陳豨は謀略に優れ、武芸にも熟達した戦上手です。
朝廷じゅうを見渡しても、陳豨の相手ができそうな将は1人も見つかりません。
陳豨を討伐できるのは、英布・彭越くらいでしょう。
急ぎ彼らに詔して、陳豨討伐を命じなさいませ」
劉邦は、
「よし!」
と、すぐさま動いた。
すなわち、英布と彭越に向けて陳豨討伐の詔を送り……
それとは別に、関東の諸国へも使者を遣わし、各地の要害を固く守るよう命じたのだった。
*
こうした朝廷の動きを、静かに窺っている男がいた。
韓信である。
韓信は陳豨謀反との一報を受け、すぐに朝廷の動向を探りはじめた。
そして、英布・彭越に陳豨討伐を命じる方針だと知ると、すばやく密書を認め、心腹の部下たちに持たせて送り出した。
密書の送り先は、淮南・大梁の2国。
すなわち、英布と彭越が治める国である。
韓信の部下たちは、夜を日に継いで走り、たちまち密書を英布・彭越に届けた。
英布と彭越は、それぞれの領国で密書を受け取ると、すぐに開いて読み始めた。
その密書に曰く……
『この私、韓信は、天下を平定する大功を立てたにもかかわらず、無用のものとして捨てられてしまった。
あなたがた2人が今回の詔に従って陳豨を討伐したら、次に何が起きると思う?
漢帝は貴公らの実力を恐れ、貴公らを殺そうとするだろう。
けだし漢帝は、憂いや患いを共にすることはできても、太平を共にすることのできない人物だ。
憂いや患いがある時には、我らを重用してくださる。
だが太平が訪れた後は、我らを殺害しようとなさるのだ。
陳豨は、私が捨て置かれて用いられずにいるのを見て、『たとえ蕃兵を破って大功を成しても、重い恩賞は得られまい』と考えた。
それゆえ趙・代の2国で謀反したのだ。
貴公らが陳豨を破った後、今まで通り淮南・大梁で安心して富貴を享受し続けられると思うかね?
私、韓信は、貴公らが知らず知らずのうちに落とし穴に落ちるのではないか心配し、星夜を徹して使者を走らせ、本心を吐露した。
どうか私の思いを察して、後悔のないように行動していただきたい』
この密書を読んた英布と彭越は、2人とも全く同じ感想を抱いた。
「韓信の言うことは、一理ある……うかつに動くのは危険だ!」
そこで英布と彭越は、2人とも仮病を使い、劉邦からの出兵要請を断ってしまったのだった。
*
劉邦が送った使者は、英布・彭越に出兵を断られ、大急ぎで都長安へ戻ってきた。
使者の報告を受けた劉邦は、この事態に悩み、再び蕭何と陳平を召し寄せて相談した。
「英布と彭越が、2人とも病気だと言って出兵を断ってきた。
一体どうすればいい?」
陳平が言った。
「そもそも、陳豨が謀反したのには、3つの理由がございます。
まず、陳豨は平生ひたすら韓信を畏敬しておりました。
その韓信が、今は閑居し、兵権を剥奪されております。
『韓信以外の諸大将の中には、自分に及ぶ者などいない……』
陳豨は、そう考えたのでしょう。
みずからの才能を頼みとする彼には、もう何の心配も無くなったのです。
これが1つめの理由です。
次に、皇帝陛下は最近、戦場に出ることを嫌がるようになりました。
それを見ていた陳豨は、
『皇帝陛下が親征(君主じきじきの遠征)することはない』
と思ったのでしょう。
これが2つめの理由です。
最後に、趙と代は精兵の多い土地。
武力を用いるのに適した国ですから、事を起こすには適しております。
これが3つめの理由です。
ゆえに、こうした陳豨の見積もりの裏をかくのが最良です。
遠征を厭わず、陛下みずから討伐に向かいなさいませ。
先鋒は周勃と王陵。
左翼・右翼は樊噲・灌嬰。
救応使(遊軍)は曹参・夏侯嬰。
歴戦の大将たちと共に、大軍を率いて攻めるのです。
さすれば、凶賊の群れは震えあがり、ことごとく滅び去るでしょう。
天下の諸侯もまた、陛下の実力に畏服いたします。
逆に言えば、親征以外の方法では、兵馬を無駄に消耗するばかりで、勝利は得られますまい。
関中の守りは、蕭何相国と、皇后娘娘、そしてこの臣にお任せください」
劉邦は、はなはだ喜んだ。
「陳平、お前の意見は本当に良いな。
よし、やるかっ!」
というわけで、すぐさま劉邦は40万の軍勢を手配した。
まず周勃と王陵に10万の精兵を預け、先鋒として先行させた。
そして自分は後に続いて出発しようと、急速に準備を進めたのだった。
*
劉邦は、出発の直前、呂后に留守を頼むべく後宮を訪れた。
呂后は、戦勝を祈る宴を設け、劉邦を迎えた。
その宴の席で、劉邦は言った。
「陳豨が謀反して趙・代を占領し、勝手に王を名乗ったんだ。
それで英布と彭越に陳豨征伐を命じたんだが、2人とも『病気です』なんて言いやがって、動きゃしねえ。
かといって、朝廷にいる大将たちでは、陳豨と戦うには力不足だ。
しかたないから、俺が親征して片付けてくるよ。
それはいいんだが……ひとつ心配事がある。
韓信のことだ。
韓信は、この都に捨て置き、閑居させてある。
だが、心の中では、常に隙を伺っているはずだ。
俺が趙・代に向かったと聞けば、韓信は、おそらく都の内部で兵を起こし、陳豨と呼応して動くだろう。
これは並大抵の危機じゃない。
もしそうなったら、お前が俺の代わりに国を仕切って乗り切れ。
事態が急変したら蕭何に相談しろ。
どうしたらいいか決めかねるような難しい問題があれば、陳平と一緒に謀を考えるんだ」
呂后は答えた。
「陛下、少しも心配なさいますな。
もし韓信に兵権があるなら簡単には制圧できないでしょうが、1人で閑居している今は、一介の匹夫にすぎません。
心配するほどのことも、ありませんわ。
もし何か疑わしい動きがあれば、生け捕りにして審らかに罪を正してやります。
なんの難しいことがありましょうか」
劉邦は、妻の頼もしい言葉を、大いに喜んだ。
*
翌日。
劉邦は蕭何を呼び、言った。
「俺は、これから趙・代へ行って、陳豨を征伐してくる。
そのあいだ関中を守る者がいなくなってしまう。
蕭何よ。
卿は開国の元勲、この朝廷の長老だ。
俺がいない間、心を尽くして皇后と一緒に国を守ってくれ。
謀に関しては、陳平と相談して考えろ。
国の政治については、大きいことから小さいことまで全て卿が見極め、処置するんだ。
俺の信頼に、しっかり応えてくれよ!」
蕭何は、丁寧に叩首(地に頭をつける拝礼)した。
「駑馬(足の遅い馬)ていどの実力しかない臣ですが、どうして微力を尽くさずにいられましょうか。
願わくは陛下、どうかお早く凱旋し、陛下を慕う臣民の心を慰めてくださいませ」
「おう! それじゃあ、行ってくる!」
かくして劉邦は、大軍を率いて進発した。
大小文武の群臣は、ことごとく城外に出て、遠く数十里も先まで劉邦を見送ったのだった。
(つづく)
■次回予告■
反乱軍を討伐すべく親征に踏み切った劉邦。対する陳豨は韓信の戦術を研究し尽くし、その生き写しの如き戦いぶりを見せる。
油断ならぬ強敵なれど、劉邦の方も負けてはいない。百戦錬磨の手練手管で能ある人材を巧みに操り、じわじわ相手を追い込んでいく。韓信とも項羽とも違う、天子の戦を御覧じよ。
次回「龍虎戦記」第八十一回
『皇帝の用兵』
乞う、ご期待!