龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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八十の丁 そそのかす者

 

 

 陳豨(ちんき)反乱の情報は、まず趙(ちょう)・代(だい)の西にある西魏(せいぎ)に伝わり、そこから長安の劉邦へと報告された。

 

 劉邦は大いに驚き、すぐに蕭何(しょうか)と陳平(ちんぺい)を呼んだ。

「俺は陳豨(ちんき)を愛し、決して薄くない待遇をしてきたつもりだ。

 一体どうして反乱してしまったんだ?」

 

 蕭何(しょうか)が答えた。

「それは臣にも分かりませんが……

 とにかく、今は対策を急ぐべきです。

 

 陳豨(ちんき)は謀略に優(すぐ)れ、武芸にも熟達した戦(いくさ)上手です。

 朝廷じゅうを見渡しても、陳豨(ちんき)の相手ができそうな将は1人も見つかりません。

 

 陳豨(ちんき)を討伐(とうばつ)できるのは、英布・彭越(ほうえつ)くらいでしょう。

 急ぎ彼らに詔(みことのり)して、陳豨(ちんき)討伐(とうばつ)を命(めい)じなさいませ」

 

 劉邦は、

「よし!」

 と、すぐさま動いた。

 

 すなわち、英布と彭越(ほうえつ)に向けて陳豨(ちんき)討伐(とうばつ)の詔(みことのり)を送り……

 それとは別に、関東の諸国へも使者を遣(つか)わし、各地の要害を固く守るよう命(めい)じたのだった。

 

 

   *

 

 

 こうした朝廷の動きを、静かに窺(うかが)っている男がいた。

 韓信である。

 

 韓信は陳豨(ちんき)謀反(むほん)との一報を受け、すぐに朝廷の動向を探(さぐ)りはじめた。

 そして、英布・彭越(ほうえつ)に陳豨(ちんき)討伐(とうばつ)を命(めい)じる方針だと知ると、すばやく密書を認(したた)め、心腹の部下たちに持たせて送り出した。

 

 密書の送り先は、淮南(わいなん)・大梁(だいりょう)の2国。

 すなわち、英布と彭越(ほうえつ)が治める国である。

 

 韓信の部下たちは、夜(よ)を日に継いで走り、たちまち密書を英布・彭越(ほうえつ)に届けた。

 

 英布と彭越(ほうえつ)は、それぞれの領国で密書を受け取ると、すぐに開いて読み始めた。

 その密書に曰(いわ)く……

 

『この私、韓信は、天下を平定する大功を立てたにもかかわらず、無用のものとして捨てられてしまった。

 あなたがた2人が今回の詔(みことのり)に従って陳豨(ちんき)を討伐(とうばつ)したら、次に何が起きると思う?

 

 漢帝は貴公らの実力を恐れ、貴公らを殺そうとするだろう。

 

 けだし漢帝は、憂(うれ)いや患(わずら)いを共(とも)にすることはできても、太平を共(とも)にすることのできない人物だ。

 憂(うれ)いや患(わずら)いがある時には、我らを重用してくださる。

 だが太平が訪れた後は、我らを殺害しようとなさるのだ。

 

 陳豨(ちんき)は、私が捨て置かれて用いられずにいるのを見て、『たとえ蕃(ばん)兵を破って大功を成(な)しても、重い恩賞は得られまい』と考えた。

 それゆえ趙(ちょう)・代(だい)の2国で謀反(むほん)したのだ。

 

 貴公らが陳豨(ちんき)を破った後、今まで通り淮南(わいなん)・大梁(だいりょう)で安心して富貴を享受(きょうじゅ)し続けられると思うかね?

 

 私、韓信は、貴公らが知らず知らずのうちに落とし穴に落ちるのではないか心配し、星夜を徹(てっ)して使者を走らせ、本心を吐露(とろ)した。

 どうか私の思いを察して、後悔のないように行動していただきたい』

 

 この密書を読んた英布と彭越(ほうえつ)は、2人とも全く同じ感想を抱いた。

「韓信の言うことは、一理ある……うかつに動くのは危険だ!」

 

 そこで英布と彭越(ほうえつ)は、2人とも仮病(けびょう)を使い、劉邦からの出兵要請を断ってしまったのだった。

 

 

   *

 

 

 劉邦が送った使者は、英布・彭越(ほうえつ)に出兵を断られ、大急ぎで都(みやこ)長安へ戻ってきた。

 

 使者の報告を受けた劉邦は、この事態に悩み、再び蕭何(しょうか)と陳平(ちんぺい)を召(め)し寄せて相談した。

「英布と彭越(ほうえつ)が、2人とも病気だと言って出兵を断ってきた。

 一体どうすればいい?」

 

 陳平(ちんぺい)が言った。

「そもそも、陳豨(ちんき)が謀反(むほん)したのには、3つの理由がございます。

 

 まず、陳豨(ちんき)は平生(へいぜい)ひたすら韓信を畏敬(いけい)しておりました。

 その韓信が、今は閑居(かんきょ)し、兵権を剥奪(はくだつ)されております。

 

『韓信以外の諸大将の中には、自分に及ぶ者などいない……』

 陳豨(ちんき)は、そう考えたのでしょう。

 みずからの才能を頼みとする彼には、もう何(なん)の心配も無くなったのです。

 これが1つめの理由です。

 

 次に、皇帝陛下は最近、戦場に出ることを嫌がるようになりました。

 それを見ていた陳豨(ちんき)は、

『皇帝陛下が親征(しんせい)(君主じきじきの遠征)することはない』

 と思ったのでしょう。

 これが2つめの理由です。

 

 最後に、趙(ちょう)と代(だい)は精兵の多い土地。

 武力を用いるのに適した国ですから、事(こと)を起こすには適しております。

 これが3つめの理由です。

 

 ゆえに、こうした陳豨(ちんき)の見積もりの裏をかくのが最良です。

 遠征(えんせい)を厭(いと)わず、陛下みずから討伐(とうばつ)に向かいなさいませ。

 

 先鋒は周勃(しゅうぼつ)と王陵。

 左翼・右翼は樊噲(はんかい)・灌嬰(かんえい)。

 救応(きゅうおう)使(し)(遊軍)は曹参(そうさん)・夏侯嬰(かこうえい)。

 歴戦の大将たちと共(とも)に、大軍を率(ひき)いて攻めるのです。

 

 さすれば、凶賊(きょうぞく)の群れは震えあがり、ことごとく滅び去るでしょう。

 天下の諸侯もまた、陛下の実力に畏服(いふく)いたします。

 逆に言えば、親征(しんせい)以外の方法では、兵馬を無駄に消耗するばかりで、勝利は得られますまい。

 

 関中の守りは、蕭何(しょうか)相国と、皇后娘娘(にゃんにゃん)、そしてこの臣にお任せください」

 

 劉邦は、はなはだ喜んだ。

「陳平(ちんぺい)、お前の意見は本当に良いな。

 よし、やるかっ!」

 

 というわけで、すぐさま劉邦は40万の軍勢を手配した。

 まず周勃(しゅうぼつ)と王陵に10万の精兵を預け、先鋒として先行させた。

 そして自分は後に続いて出発しようと、急速に準備を進めたのだった。

 

 

   *

 

 

 劉邦は、出発の直前、呂后に留守を頼むべく後宮を訪(おとず)れた。

 呂后は、戦勝を祈る宴(うたげ)を設け、劉邦を迎えた。

 

 その宴(うたげ)の席で、劉邦は言った。

「陳豨(ちんき)が謀反(むほん)して趙(ちょう)・代(だい)を占領し、勝手に王を名乗(なの)ったんだ。

 

 それで英布と彭越(ほうえつ)に陳豨(ちんき)征伐(せいばつ)を命(めい)じたんだが、2人とも『病気です』なんて言いやがって、動きゃしねえ。

 かといって、朝廷にいる大将たちでは、陳豨(ちんき)と戦うには力不足だ。

 

 しかたないから、俺が親征(しんせい)して片付けてくるよ。

 

 それはいいんだが……ひとつ心配事がある。

 韓信のことだ。

 

 韓信は、この都(みやこ)に捨て置き、閑居(かんきょ)させてある。

 だが、心の中では、常に隙(すき)を伺(うかが)っているはずだ。

 

 俺が趙(ちょう)・代(だい)に向かったと聞けば、韓信は、おそらく都(みやこ)の内部で兵を起こし、陳豨(ちんき)と呼応して動くだろう。

 これは並大抵(なみたいてい)の危機じゃない。

 

 もしそうなったら、お前が俺の代わりに国を仕切(しき)って乗り切れ。

 事態が急変したら蕭何(しょうか)に相談しろ。

 どうしたらいいか決めかねるような難しい問題があれば、陳平(ちんぺい)と一緒に謀(はかりごと)を考えるんだ」

 

 呂后は答えた。

「陛下、少しも心配なさいますな。

 もし韓信に兵権があるなら簡単には制圧できないでしょうが、1人で閑居(かんきょ)している今は、一介の匹夫(ひっぷ)にすぎません。

 

 心配するほどのことも、ありませんわ。

 もし何か疑わしい動きがあれば、生(い)け捕(ど)りにして審(つまび)らかに罪を正してやります。

 なんの難しいことがありましょうか」

 

 劉邦は、妻の頼もしい言葉を、大いに喜んだ。

 

 

   *

 

 

 翌日。

 劉邦は蕭何(しょうか)を呼び、言った。

 

「俺は、これから趙(ちょう)・代(だい)へ行って、陳豨(ちんき)を征伐(せいばつ)してくる。

 そのあいだ関中を守る者がいなくなってしまう。

 

 蕭何(しょうか)よ。

 卿(けい)は開国の元勲(げんくん)、この朝廷の長老だ。

 俺がいない間、心を尽くして皇后と一緒に国を守ってくれ。

 

 謀(はかりごと)に関しては、陳平(ちんぺい)と相談して考えろ。

 国の政治については、大きいことから小さいことまで全て卿(けい)が見極(みきわ)め、処置するんだ。

 俺の信頼に、しっかり応(こた)えてくれよ!」

 

 蕭何(しょうか)は、丁寧に叩首(こうしゅ)(地に頭をつける拝礼)した。

「駑馬(どば)(足の遅い馬)ていどの実力しかない臣ですが、どうして微力を尽くさずにいられましょうか。

 願わくは陛下、どうかお早く凱旋(がいせん)し、陛下を慕(した)う臣民の心を慰(なぐさ)めてくださいませ」

 

「おう! それじゃあ、行ってくる!」

 

 かくして劉邦は、大軍を率(ひき)いて進発した。

 大小文武の群臣は、ことごとく城外に出て、遠く数十里も先まで劉邦を見送ったのだった。

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

■次回予告■

 

 反乱軍を討伐(とうばつ)すべく親征(しんせい)に踏み切った劉邦。対する陳豨(ちんき)は韓信の戦術を研究し尽くし、その生き写しの如き戦いぶりを見せる。

 油断ならぬ強敵なれど、劉邦の方も負けてはいない。百戦錬磨の手練(てれん)手管(てくだ)で能ある人材を巧みに操り、じわじわ相手を追い込んでいく。韓信とも項羽とも違う、天子の戦(いくさ)を御覧(ごろう)じよ。

 

 次回「龍虎戦記」第八十一回

 『皇帝の用兵』

 

 乞(こ)う、ご期待!




●注釈
 本編に『陳豨(ちんき)反乱の情報は、まず趙(ちょう)・代(だい)の西にある西魏(せいぎ)に伝わり、そこから長安の劉邦へと報告された』と記した。
 「西漢通俗演義」および「通俗漢楚軍談」では、この場面で『西魏(せいぎ)王』なる人物が登場し、その西魏(せいぎ)王が劉邦へ報告をもたらしている。
 西魏(せいぎ)といえば、今は亡き魏豹(ぎひょう)が治めていた国である。魏豹(ぎひょう)が韓信に討伐された後、その領地は漢の直轄(ちょっかつ)地とされた。そのため、史実ではこの時期に西魏(せいぎ)王は存在しない。
 本作は基本的に「軍談」の記述に従う方針だが、突然登場した『西魏(せいぎ)王』が今後の物語に関わるわけでもなく、混乱を招くだけであろうと判断して、今回は改変を加えた。ご理解いただければ幸いである。
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