陳豨の反乱を鎮圧するため、劉邦は大軍を率いて趙に向かった。
趙の都邯鄲に到着した劉邦は、城下に陣営を作り、軍を駐屯させた。
すると、劉邦の来訪を知った近隣郡県の官吏たちが、ことごとく拝謁を求めて集まってきた。
劉邦は、そうした官吏の中の1人、ある郡の郡守(長官)に尋ねた。
「陳豨は、今どこに兵を置いている?
人馬の数は?
陳豨を補佐する将は何人いる?」
郡守は答えた。
「陳豨は、ここから遥か北、曲陽という街に軍を駐屯させています。
主力の軍勢と、各地から糾合した諸勢力を合わせて、都合50万人あまり。
劉武、楚招などの大将を20人以上かかえております。
臣らは、皇帝陛下の軍勢が来てくださるのを、大旱魃の中で雨雲を切望するかのように心待ちにしておりました。
各郡県の人民もまた、天兵の到来を待ち望んでおります。
どうか、早く逆賊を滅ぼし、水に溺れるような苦しみから人民を救ってくださいませ!」
劉邦は喜び、群臣を見渡して、言った。
「この邯鄲は、中国中央部の道が全部集まる交通の要衝だ。
しかも、邯鄲の南には漳河が流れていて、天然の堀のようになっている。
それなのに、陳豨は邯鄲に拠点を置かず、漳河を防衛に利用することも考えなかった。
曲陽なんかに兵を置くとは、陳豨が智謀に欠けてることは明白だな。
しかも、各地から掻き集めたニワカ作りの軍勢で戦うつもりなんだとさ。
となると、兵の調練もロクにできていないだろうから、素早くは動けまい。
つまり、当面のあいだ戦は無い。お前らは、しばらく邯鄲に留まっていろ」
そして劉邦は、周昌を呼んだ。
「周昌よ。
賊を討伐するために、このあたりの地理に詳しい道案内がほしい。
汝は、邯鄲や周辺郡県の軍民から、何人か選んで連れてこい」
「わ、わ、わーかりました!」
周昌は、すぐに出て行った。
*
数日後。
周昌は、4人の壮士を連れて、劉邦の前に戻ってきた。
そのとき劉邦は、幕舎の中で酒を飲んでいた。
劉邦は、4人の壮士を一目見ると、なぜか大笑いして壮士たちを罵りだした。
「汝らが道案内として俺の前を歩く、だと?
わはははは! 汝らごときに、そんな大任が果たせるかよ!」
壮士たちは、顔色を変えた。
呼ばれたから来た者たちに対して、劉邦の態度は、いくらなんでも無礼すぎた。
あるいは酒のせいかもしれないが……たとえそうでも、壮士たちは黙っていられなかった。
壮士たちは、噛みつくように劉邦に言った。
「陛下の天兵は、遠くからお越しになり、勢いは大変に盛んです。
しかし地理を知らぬまま軽々しく進んでは、いけません!
まず臣らが敵地に深く入り、敵軍の情報を探ってまいりましょう!
敵の配置の厚いところ、薄いところを知ってから軍を進めなされば、必ずや勝利することができます!」
劉邦は、またバカにしたように鼻で笑った。
「ハッ! 口では上手いことを言ってるが、どうせ嘘だろう」
壮士たちは、真顔で食らいつく。
「臣らは、皇帝陛下の御尊顔を咫尺(すぐ近く)の距離で拝しております!
周囲には、陛下の軍勢が何重にも取り巻いているのです!
この状況で、陛下を欺くことなど、できるはずがないでしょう!」
と。
劉邦は、ここで突然、真剣な目を壮士たちに向けた。
「よし。そこまで言うなら、汝ら4人に千戸(約千人の兵を統率する部隊長)の職を授ける。
重く恩賞も取らせよう。
しっかり働いてこい!」
侮辱と罵倒から一転、いきなり千戸に抜擢されて、壮士たちは目を白黒させて驚いた。
壮士たちは大いに喜び、勇み躍って任務のために駆けだしていった。
劉邦の側近たちは、劉邦に言った。
「陛下。あの4人の壮士は、まだ一寸の功績さえ成しておりません。
それなのに、突然あのような重職を授け、厚い恩賞まで与えなさったのは、どうしてなのですか?」
劉邦は、ニヤリと笑った。
「兵法に、『重い恩賞の下には、必ず勇敢な男が集まってくる』って言うだろ?
あの4人は、俺を見返したい一心で大口を叩いた。
その言葉通りに敵情を探り出してくれたら、その時点で俺らの勝ちは確定だ。
俺は先日、各地へ『兵を送るように』と檄文を送った。
だが、まだ誰も集まってきていない。
いま手元にある兵だけで戦うしかないわけさ。
たかが4千戸を惜しんでる場合かよ。
ああして趙の子弟に恩賞を与えたら、どうなると思う?
他の趙人たちも、恩賞にあずかろうと考えて、一生懸命に働いてくれるだろう。
1人を賞して万人を督励する……それが俺の用兵だ。
お前らは知らないだろうがな」
これを聞くと側近たちは、
「陛下のご聖見、臣らは全く見抜けませんでした!」
と、みんなして拝伏したのだった。
*
4人の壮士は、代州の民に紛れて曲陽へ向かった。
そして、曲陽で陳豨陣営の内実を探り、しばらくして邯鄲に戻ってきた。
壮士たちは、劉邦に謁見して報告した。
「陳豨が用いている大将たちは、みんな趙・代の商人たちでした。
金品に対して極めて貪欲な男ばかりです。
ですから、黄金を数百斤(100斤で約25kg)ほど使って賄賂をバラまけば、奴らは陳豨の命令に従わなくなるでしょう。
そこを狙って攻撃すれば、必ずや陳豨を擒にできると思います」
劉邦は、この報告を大いに喜んだ。
劉邦は4人の壮士に再び重く恩賞を与えると、すぐに群臣を招集した。
「賄賂で陳豨陣営を崩壊させる策でいくぞ!
誰かを陳豨の陣営に送り、向こうの大将たちを買収させ、内側から突き崩す。
同時に、敵の様子も調べてくるんだ。
誰か、この役目を果たせる者はいないか?」
すると、群臣の列から、1人の男が進み出た。
「臣に行かせてくださいませ」
劉邦が目を向けると……
その男は、中大夫の随何であった。
随何といえば、得意の弁舌で数々の難しい交渉をこなしてきた男である。
劉邦は、大喜びで、うなずいた。
「卿が行ってくれるなら、なんの心配もないな!」
そこで劉邦は、黄金100斤を随何に授け、送り出したのだった。
*
随何は、数人の従者を連れて、陳豨の陣営に向かった。
随何の手の中には、一封の書もある。
陳豨宛ての、投降を促す書簡である……が、こちらは陳豨の陣に入るための口実のようなものだ。
さて、随何は、陳豨の陣の門前に来ると、このように呼びかけた。
「皇帝陛下は、中大夫随何を勅使として詔書をお送りになった。
早く陣門を開かれよ!」
*
陣の中にいた陳豨は、この呼びかけを聞き、すぐに裏の意図を察した。
「随何は説客だ。
詔書なんて嘘だな。他に目的があるに違いない」
陳豨は、ひとまず随何を陣の中へ入らせるよう、左右の部下に命じた。
*
一方、陣の前で待たされていた随何は、ひそかに従者へ、ささやいた。
「私は、陳豨との交渉を引き延ばして時間を稼ぐ。
その間に、汝らは黄金を大将たちへ掴ませておけ」
(つづく)