范増と二人きりになったところで、項羽は深呼吸で怒りを抑え込みながら尋ねた。
「で、先生、話ってなんですか」
范増が説く。
「項羽将軍。我らの勢力はこれほど大きいのに、なかなか函谷関を越えられずにいる。それは章邯が秦のためによくがんばって、防ぎ止めているからだ。
その章邯が、趙高の讒言で一族を投獄され、自分自身にも死を賜わった。ゆえに行き場を失って、やむをえず楚に降ろうとしている。
もしそなたが昔の恨みを捨て、恩義によって彼の心を掴み、手下の大将としたならば、章邯は深く恩を感じて、将軍ために命を賭けるようになるだろう。
だいいち、秦のめぼしい大将は章邯一人なのだ。その章邯がこちらの味方になった後、一体誰が秦を守るというのか?
主将がいなくなった国のことを虚国という。その虚に乗じて長征すれば、秦を破るのは容易いことよ。
逆にここで降伏を許さなければ、章邯は必ず他の国へ降参し、いつか楚の敵になる。これでは秦を滅ぼすつもりが、もう一つの秦を増やすようなものだ。
昔の人も『三軍は得やすく、一将は求めがたし。天の与えるものを受け取らなかったら、逆にその罰を受ける』と言っている。私的な復讐を忘れ、すばやく降伏を受け入れたなら、そなたは真の豪傑と言えよう」
范増が滔々と語るのを聞くうちに、項羽の気持ちも落ち着いてきた。
老軍師范増に対しては、無邪気なまでに全幅の信頼を置いている項羽である。素直に范増の教えを受け入れ、再び陳豨を幕舎へ招き入れた。
「お前の言ったことをよく考えてみた。
最初、章邯は叔父を殺した仇だから降伏なんか許したくないと思ったが、国家の大計というやつは、人を殺すのではなく用いることが第一に大切だ。
だから、昔の恨みは考えないことにした。
叔父の仇は俺ひとりの私事、人を用いるのは天下の公だ。
章邯が俺に服従するつもりなら、遺恨を捨て、必ず重く用いてやろう。早く秦の勅使を斬って、手勢を連れてくるがいい」
陳豨は喜んで拝謝し、函谷関へと引き返していった。
*
が、ここでまた話がこじれた。
陳豨から報告を受けた章邯が、不安げに眉をひそめたのである。
「御辺が勧めたとおり、勅使を斬って楚に降伏しようとは思っている。
だが、どうも話が旨すぎないか? 范増は日ごろから計略を多用する奴だ。わしを騙し、捕まえて殺そうという策ではないだろうか。
陳豨よ、もう一度楚陣に行って、嘘か本当か探ってきてくれ」
陳豨は頭を抱えた。だが、当の章邯が猜疑心の虜となってしまっては、どうにもならない。
やむなく陳豨は楚陣へ駆け戻り、再び項羽と会見した。
項羽は首をかしげた。
「なんだ? また来たのか? 章邯はどうした」
陳豨が言う。
「章邯は、もう降伏するつもりでおります。
ただ……項羽将軍が章邯を騙して殺すつもりなのではないかと、それを恐れているようなのです」
これに対して項羽は、
「男の約束は泰山より重い!
章邯を殺したいなら、他にどうとでもやりようはあるんだ。騙して殺すなんてのは、立派な君子のやることじゃないっ!」
こう、きっぱりと言い切った。
それから項羽は、その場で矢を折り、陳豨に渡した。
古代の中国において、矢を折ることは神に誓いを立てることを意味した。つまりこの場合は、絶対に約束を守る、という意志の証明なのであった。
陳豨は折られた矢を持って函谷関に戻り、項羽の態度と言葉を詳しく章邯に報告した。
これでようやく不安から解放された章邯は、大喜びで勅使趙常の首を刎ねた。
すぐに諸大将と10万の兵を引きつれ、全員で函谷関を出ると、漳南の30里手前で陣を取り、自身は秦の大将数十人のみを連れて、楚の陣門に投降していった。
そして……楚陣において、章邯は思わぬ出迎えを受けた。
左右を見渡す限り埋め尽くす、一糸の乱れすらない楚の隊伍。
勢ぞろいする武具。幾重にも連なりはためく軍旗。
堂々たる威儀があたり一面に満ちる中、鼓が三度鳴り響き、厳かに轅門が開いていく。
その向こうで待っていたのは、他でもない、総大将項羽その人。
まるで王者を迎えるかのような、これ以上は考えられないほどに丁寧な儀礼であった。
この出迎えを指揮していたのは、もちろん知恵者范増。章邯を懐柔するための策の一環ではあっただろう。
だがこの出迎えは、范増の思惑以上に深く、章邯の心に突き刺さった。
中国全土を西へ東へ、死ぬような思いで戦い続けたあげく、味方から罪を問われて生死の狭間に転落した章邯。ずっと抱え続けていた不安、悔しさ、切なさに、項羽からの丁重な扱いが、染み入るように、効いた。
章邯は楚陣の中に踏み込むや、膝から地に崩れ落ち、男泣きに涙を流し、震える声で項羽に告げた。
「それがし……趙高に讒言され……二世皇帝は救援を送ってくれず……それどころか詔を下して死を賜い、妻子一族を投獄され……進もうにも退こうにも、頼れる相手はどこにもいなくなってしまったっ……
赤ん坊が父母にすがるような気持ちでここに投降してきましたが、それがしは定陶の戦のとき、将軍の叔父御を殺害いたした。その罪は万死でもまだ軽い。
それなのに! こんなにも、こんなにも尊重していただけるなんて……思ってもみなかった!
この御恩は天地のように深い。これからは一命を捨てて秦と戦い、将軍に命を拾われた恩に報い、三族を殺された恨みを晴らしまする!」
項羽は章邯に歩み寄ると、膝をつき、さっぱりと笑って、章邯の丸まった背中を叩いた。
「お前たちは、もう俺に降伏したんだ。昔のことは気にするな。
忠義を尽くして国に奉公しろよ。秦を滅ぼしたら、地位も財産も思うがままだぞ! な!
さあ行こう。酒宴を用意してあるんだ。飲もう飲もう! あははは……」
同じ武人として章邯の慟哭に共鳴したのか、あるいは、兄貴分として尊重されることが生まれつき好きなのか……いずれにせよ、つい先日まであれだけ凄まじい怒りを向けていた相手に、こうも気さくに心を寄せることができる。
思えばこの項羽も、面白い男であった。
*
一方、函谷関を守っていた秦の大将は、この事態に青ざめていた。
彼は、あくまで要塞函谷関の責任者であって、章邯の部下ではない。ゆえに章邯に同行はしなかったのだが、10万の大軍を擁する章邯の行動を止めるだけの力も持ち合わせていない。
大急ぎで都咸陽へ早馬を飛ばし、事の次第を報告するのが精一杯であった。
「章邯は勅使を殺し、10万の兵を引き連れて楚に降伏しました。章邯と項羽、力を合わせて関中へ攻め入ろうとしています。緊急事態です!」
これを聞いた趙高は大いに怒り、二世皇帝のもとへ駆け込んだ。
「章邯たちが謀反しそうですよ、と何度も申し上げましたのに、陛下がノンビリしていらっしゃるから、本当に10万の軍勢を率いて楚に降伏しちゃいましたよ!」
二世皇帝は仰天した。そしてまず最初に手を付けたのが、降参した章邯ら諸将の妻子一族を片っ端から処刑することであった。
*
この話は、遠く楚陣の章邯らの元へも伝わった。
覚悟していたこととはいえ、家族を皆殺しにされる衝撃は、深い。元秦軍の大将たちは、みな声をあげて悲しみ、怒りを総身に満たして項羽の元へ押し寄せた。
「項羽将軍! 今なら函谷関を守る者はおりません。
すぐに漳河を渡り、新安、澠池(ともに函谷関手前の都市)を攻めましょう。そうすれば秦を破るのは簡単です」
これを聞いた項羽が、軍師范増に相談すると、范増は首を横に振った。
「味方の大軍は長期に渡り国外にいたから、人馬は疲れ、軍資金なども不足しはじめておる。
それに、このあいだ楚の懐王陛下が彭城に遷都なさったばかりで、都の開発などもまだ済んではおらぬ。
主力を失ったとはいえ、秦は国力豊かで兵は強い。軽々しく戦ってはいけません。
ここはいったん彭城に帰還し、懐王に見え、地盤をしっかりと固めて人馬の気力を養い、兵糧も蓄えたうえで、東西二路より同時に秦を攻めるのがよろしかろう。
さすれば敵は前後両面の対処に追われて連携を失うでしょう。
逆にもし軽率に攻め込んで、その隙に万一彭城を敵に襲われたら、苦労ばかりで功は得られぬ。それどころか、かえって名折れになるというものだ」
項羽はこの意見にうなずくと、すぐに撤収を開始した。
(つづく)