彭城に帰還した項羽は、秦から降伏してきた章邯たちを連れ、懐王に謁見した。
懐王は大喜びで、
「項羽将軍は出征してから、たびたび大きな戦功を立てているな。この功績を石碑に刻んで千年先まで伝えようではないか」
と、盛大な酒宴を設けて諸将を労った。
ここで懐王は、大将たちに恩賞を賜った。
項羽は、伝統ある中国文化の中心地、魯の君主として魯公に封じられ。
劉邦は、沛公の位を正式に承認された。
項羽が各地を転戦している間に、沛公劉邦は南陽(中国中央部)を攻めていたのだが、そこで多くの賢人を招き入れて、手下の大将をさらに充実させていた。
劉邦配下の顔ぶれは、
蕭何。
樊噲。
曹参。
周勃。
王陵。
夏侯嬰。
柴武。
靳歙。
盧綰。
丁復。
周昌。
傅寛。
薛欧。
陳沛。
張蒼。
任敖。
その他、合わせて大将50余人。
軍勢は10万人に及んだ。
一方、項羽の手下には、
范増。
英布。
鍾離昧。
桓楚。
于英。
丁公。
雍歯。
章邯。
司馬欣。
董翳。
魏豹。
張耳。
陳余。
共敖。
臧荼。
龍沮。
などをはじめとして、総勢110余人。
兵数は50万を超えるほどであった。
こうしてみれば、項羽の勢力はすさまじい。
だが、項羽には一つ欠点があった。ここまでで何度か露呈したように、やたらと喧嘩っぱやい性格で、敵とみると容赦なく殺伐を行った。仁愛の心に欠けていたのだ。
この噂は百姓の間でもすでに広まっており、それゆえ、勢いははなはだ盛んであっても、人民が心から服従しているとは言いがたいものがあった。
一方の沛公劉邦は、あの性格。ちゃらんぽらんで、おおらかで、それでいて義理人情を好み、あまり人を殺さず、才能がある者を広く求め、百姓に対してもよく憐みの心を向けた。
懐王も、最近では沛公の人柄を深く愛し、いつも臣下にこう言うようになっていた。
「沛公劉邦は心が広くて優しい人だ。あの人に秦征伐を任せれば、きっと各地の郡国の支持を集めて、百姓も安心させてくれるだろう。
魯公項羽は軍勢が極めて強力で、天下の諸侯も震えあがって目を合わせられないほどだ。性格が剛くて乱暴だから、余も、少し……怖い」
そのため、項羽が謁見に来た時、懐王はいつも玉座から立ち、項羽の機嫌を損ねないように気をつけながら対面していたのだった。
*
それからしばらくしたある日。秦の都咸陽に入り込んでいた間者が、報告をもたらした。
「二世皇帝の暴虐はますます悪化し、趙高も好き勝手に人を処刑し、百姓はみな恨みを抱いております」
項羽はこれを聞き、懐王に申し上げた。
「臣は、長いあいだ軍馬を養成し、秦を滅ぼして民を塗炭の苦しみから救おうと思ってきました。
ついに、その時が来た! すぐに進発しようと思います!」
懐王はうなずいた。
「では、卿と沛公とで秦を討伐せよ!」
懐王は沛公劉邦を呼び、こう命じた。
「秦の無道はここに極まり、天も人も、ともに憤っている。すぐに討伐して天下泰平の世を作ってくれ。
ところで、秦を攻めるには東と西、二つの道がある。卿らはこの二路に分かれて、同時に秦を攻めよ」
これは、以前に軍師范増が提案した作戦であった。
秦は、国土の四方を極めて険しい山脈に囲まれた天然の要害国家だ。都咸陽に繋がるまともな道はわずか4ヶ所しかなく、その全てに堅固な関所を築くことで、秦は外敵の侵入を防いでいた。
すなわち、函谷関、武関、散関、蕭関の4つがそれである。
このうち現実的に侵攻が可能なのは、秦の東側に位置する函谷関と武関のみ。
つまり懐王の言う二路とは、函谷関を通る東路、武関を通る西路、この2つを指すのであった。
懐王は左右の臣下に問いかけた。
「東西の道は、どちらが秦に近いのだ?」
群臣は答えた。
「東西ともに道のりはほぼ同じ。険しさも大差ありません。いかがでしょう、ここはクジ引きでどちらの道を行くかお決めになっては」
懐王は、
「そうしよう」
と、東・西の文字を書いたクジを作り、二大将に引かせた。
その結果、沛公劉邦は西路。魯公項羽は東路と決定した。
このとき懐王は、二人にこんな約束を交わさせた。
「卿らは、秦が好き勝手に無道な政治を行い、民を悩ませていたために、余を立てて楚王とし、人民の望みに従おうとしてくれた。
だが余には大した才能がない。天下の希望を担うのは荷が重すぎる。
だから、こうしよう。
卿らのどちらでもいい、先に咸陽に入った方を王とし、後から入った者を臣とせよ。そして天下の政治を卿らに任す。
全てが終わったら、余には、静かな所でのんびりと暮らさせてほしい。
勝利の知らせを待っているぞ」
劉邦と項羽は、地に拝伏した。
「承知いたしました。心を尽くして王の仕事に取り組み、長安の地に都を建てることは、もとより我らの願いであります!」
*
かくして――
秦との最終決戦に臨むべく、劉邦と項羽は進発した。
まずは両軍ともに定陶まで進み、そこから二手に分かれて秦を目指す手筈である。
いよいよ明日から別行動、というとき、劉邦は項羽のところにヒョイと顔を出した。
「やあ、魯公」
「何か用かい、劉邦さん」
劉邦は、いつもの馴れ馴れしさで、愛らしく笑った。
「あれよあれよという間に、なんか、とんでもないことになっちゃったなあ。
こんなとこまで一緒に来たのも何かの縁だ。俺と義兄弟の盃を交わしちゃくれないか? 俺が弟、あんたがお兄さんってことで」
項羽は目を丸くした。
「なに言ってるんだ。そっちのほうがずっと年上だろう?」
「細かいこたァいいんだよ! 俺は項将軍を尊敬してるんだから。仲良くやろうよ、ね、兄貴!」
項羽は思わず苦笑した。劉邦が項羽の圧倒的な強さと若さを尊敬していたのも事実だろうし、項羽の方もまた、劉邦の明るく愉快な性格が嫌いではなかったのだ。
かくして義兄弟の誓約は交わされた。
項羽が兄で、劉邦が弟。
もし太平の時代に出会えていれば、生涯の親友にだってなれたかもしれない二人……
その夜は酒宴を設けて諸軍を労い、項羽と劉邦自身も親しく酒を酌み交わし、翌朝、両軍は東西に分かれて出発した。
項羽と劉邦は、まだ知らない。
よかれと思って懐王の提案した約束が、後にとんでもない大乱の原因となってしまうことを。
本当の戦いが、秦を倒したその後にこそ待ち構えていることを――
(巻三へ、つづく)
■次回予告■
秦を目指して進む劉邦。その道中、彼は生涯の師との出会いを果たす。策を帷幕に運らせて、勝ちを千里の外に決する。奇謀神算孫呉に優る、三人傑の冠たる男。
彼は張良、字は子房。
その知略、一人たりとも及ぶものなし。
次回「龍虎戦記」第十二回
『軍師、借ります』
乞う、ご期待!